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いつかの君を、救いたい――  作者: 三日月 和樹
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 眠りから覚めると、少し気分が悪かった。なんかこう、腹の中から何かが沸き出てくるような感覚。例えば、大食いをした時とか、ケンカして腹パンされたときに感じるような気持ち悪さ。だが、そんな記憶はボクにはない。

「被検体、バイタルは正常値です」

 女性の声がする。早起きは得意な方だが、なぜだか『スッ』と起きられない。

 ……だが、寝ている場合じゃないことに気が付くと、一気に覚醒した。

「覚醒を確認。もう一度、眠らせますか?」

「いや、その被検体の処置は完了している。急ぎ、解放準備に移れ」

「了解しました」

 ボクのすぐ隣に立っている女性は、バインダーを片手にボールペンで何かを書いている。

「…………」

(しゃべれない…!)

 麻酔が効いているのだろうか。声を出すことが出来ず、首から下も動かせない。

 でも、とにかく、ここがどこなのかが知りたかった。

 首を動かし、状況の把握を優先する。

 ボクはストレッチャーに縛り付けられていた。体を何本かのゴムで抑えつけられている。

 ボクの隣にも、ボクと同じように抑えつけられている人がいた。

(なんで、先生が……?!)

 なんと、隣に置いてあるストレッチャーに縛り付けられていたのは長谷川先生だった。

(どういうことだ!?ボクの予想が正しければ、ここは『再生』の研究をしている施設。そして、先生はこの施設とは協力関係にあるはずなのだが……)

「それじゃ、お願いします」

 女性がそう言うと、ボクのストレッチャーが長谷川先生のストレッチャーから引き離されていく。

(一体、どこに連れていかれるんだ?)

 ストレッチャーはカタカタといいながら、施設の廊下を進んでいく。

 ストレッチャーを押しているのは、この施設の正装なのか施設内で見たすべての人が着ている白衣を着た如何にも研究員ですと言っているような人たちだった。いや、白衣は真っ白に決まっているのだが、今のボクはその白衣に血痕やらが付いていないということにすら安堵していた。

 施設内の装飾は全くと言っていいほど無かった。無くてはならない照明だけが埋め込まれた天井。これまた白い扉の前を通過した時に見えた白い部屋番号が書かれた黒いプレート。さながらここは研究施設なのだろう。

 先生がなぜ捕まっていたのかは分からない。だけど、あの廃墟とのつながりがこの施設にはあるのは間違いない。……ということは、加納さんの『再生』とも無関係ではないということ。

 だとすると、この白衣を着た研究員のような人たちは『再生』の実験をしてるということか……。こいつらが……か。

 真横にいる男性を睨みつけた。


 スーと音がして扉が開く。自動横開きの、この施設に合ったいかにものシステムである。

「それでは頼んだ。すでに目が覚めているようで、意識が覚醒している可能性が高い。必要ならばもう一度打っておこうか」

「いえ、大丈夫です。もしもの時は私が打ちます」

「分かった。では、これを」

 ボクを乗せたストレッチャーを部屋まで運んできた白衣の男が話していた相手は、聞き覚えのある幼い女の子の声をしていた。

「もう一人いるが、こちらはまだ処置が済んでいない。いる、ということだけ覚えておいてくれ」

「はい」

 そう言うと、男は部屋から出て行った。

 それよりも、この女の子の声には何故だか聞き覚えがある気がしてならない。どうにか確かめようとしてはいるが、頭も押さえつけられているので、見える範囲が限られている。そのせいで、女の子の姿が確認できない。

「久しぶりですね。才川さん」

「だ、れだ……?」

(よし、口が動かせるようになってきたぞ)

「そうですね。会ったことはあっても、こうしてお話をするような出会い方ではありませんでしたからね。あなたが私について分かっていることなんて、ほとんどないのではないですか?」

「訳が分からない。会ったことはあっても、話が出来なかった?……それじゃ、君は急いでいたのか?」

「ええ、まぁ、はい。実験の為の接触だとしても、出会いとしては最悪の天気でしたもんね」

(最悪の天気?実験の為に会ったことがあるって、ボクは君たちについて何の手掛かりも得られていないんだぞ?面識があったのなら、それこそ――!!)

「記憶力が悪いのかなって思いましたけど、思い出すのに時間が掛かっただけみたいですね。なにしろ、夢のように思わせようともしてましたから」

「……君だったのか。ボクの前に……ボクと中野さんの前に現れたのは」

「中野一美さんですね。彼女の時も実験でしたけど、正直、彼女の友人への執着は少し危険視していました。私の視点から言わせてもらいますと、怖かったです。」

 彼女は続けた。でも、実験は予定通り成功した、と。

「この研究に興味は沸きましたか?想像すら恐ろしい死者の蘇生実験。小説や映画の世界だけにしか存在しなかった出来事が現実で起きている。それをあなたは今、見てしまっている。まるで、選ばれし者のようではないですか?」

「……興味はないよ、一切。あと、選ばれし者って言うよりただの被害者だろ。巻き込まれた、ただの被害者だ」

 興味はない。心からそう思っていた。たとえこの施設と『再生』についてを知ったって、ボクには悲惨な結末しかないと分かっている。間違いなく、ボクはこの研究においてただのモルモット。それを自覚して、今、ボクは施設関係者と対話している。

「なるほど。加納さんの時はもっといろいろと質問してきました。普段冷静に物事を考える彼女は、逆にこういうイレギュラーな事態に関しては全く冷静でいられなくなるのに対し、あなたは普段よりも冷静なんですね」

 意外でした。と、彼女は言う。だが、ボクはかぶりを振った。

「そんなことないよ。ボクはただ、道から外れたことには関わりたくないだけだ」

「なるほど…………気が付いていますか?すでに拘束は解かれ、身体は自由に動かせるはずですよ」

 それを聞いた瞬間、身体の感覚が戻ってきた。一瞬だけ、どこをどう動かせばいいのか分からなかったが、すぐに感覚を取り戻すことが出来た。

「私が言えることではありません。ですが、身体を動かせるようになったあなたにとあるお願いがあります」

 ボクはストレッチャーに座るように起き、足元を確かめて着地した。今の彼女は、睡眠薬と思しき注射器を持ってはいるが……いいのだろうか。多分、ボクが本気で彼女を押し倒し、脅迫しようとすれば出来てしまうくらい、分かっているはずだ。

 彼女は茶色の長髪を揺らし、中学生の制服を着ていた。と言っても、ブレザーは着ていない。

 無防備な女の子にこんなことをするのは心苦しいが、それでも、この施設から逃げ出すためには仕方のない犠牲だ。

 ボクが足の調子を確かめ終えるのと同時に、大きく息を吸い込み、意を決して彼女は言った。

「どうか、お姉ちゃんを助けるのを手伝ってください!脱出のお手伝いをしますから!!」

 それは、ボクの意識が覚醒してあまり時間が経っていなかったせいか、はたまた、この状況では予想できるはずのない言葉が出たせいなのか。ボクはその言葉の意味がすぐには理解出来なかった。

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