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いつかの君を、救いたい――  作者: 三日月 和樹
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 日曜日。夏休み以来の久しぶりの休日。

 夏休みにやり残したことをする人もいれば、家でゴロゴロする人もいる。

 セミの鳴き声は聞こえなくなり、夏が過ぎたなら秋が来る。

 そんなことを感じさせる今日この日、私と才川くんは千穂の家に来た。私は久しぶりの友達の家だが、私の隣にいる才川くんにとってはこのアパートが自分の家でもあったのだった。

「なぁ、東京の時は口実があったけど、さすがにここじゃあなんの口実もないぞ?家だってすぐ近くだし、留守中の加納さんの部屋にボクが入ったら、加納さんの両親にはいろいろと心配させてしまうんじゃないか?」

「もう、男のくせにぐずぐずしない!急にひ弱な乙女になってないで、とっとと呼び鈴鳴らしなさいよ」

 才川くんの心配を放って、私は才川くんの手を握って呼び鈴を鳴らせた。

「ええっ、ちょっと待てって――」

「は~い?」

 才川くんが慌てていると、扉の奥から、久しぶりに聞く親友のお母さんの声が聞こえてきた。

「どなた様でしょうか?」

「急にすみません、才川和美です」

 ガチャッと、扉が開く。

「…あっ、あらあら。お久しぶりね、一美ちゃん」

「はい、お久しぶりです」

 伯母さんは、千穂にそっくりだ。きれいな人だが、少し痩せすぎている感じがあるところが特に似ていた。

「今日は、夢さんに会いに来たんですけど……」

「ああ、そう言えば言ってたわね。あれ、あなたたちの事だったのね……あの子、誰が来るとは一切言わないで電話を切っちゃうのよ。そういうところ、お父さんに似たのね」

「お、お久しぶりです」

「もしかして才川くん?大きくなったわね~」

 やっぱり、近所なだけあってお互いに面識はあるようだ。

「あっ、ごめんなさい。どうぞ遠慮しないで中に入って。さっき夢も帰ってきたところなの」

 そう言って、伯母さんは、私たちを奥の部屋。姉妹の部屋へと案内してくれた。

 そこには、東京から帰ってきたばかりで、トランクケースの中身も出していない夢さんが、一つしかない勉強机の椅子に座っていた。その机の持ち主は、おそらく千穂だ。

「ひっさしぶりだね。二人とも」

 相変わらず元気な人だな、と私は思う。

「まあまあ座ってくれたまえ。聞きたいことも少々あるが、話したいことの方がたくさんあるんだ。さっさとそこのベッドに座って、聞く準備をしてくださいな」

 私たちは、ベッドの上に腰を下ろす。

「あの、ボクここに居ていいんですか?女の子の部屋だし、その、本人から許可貰ってないし……」

「なんだ、才川くんって、そんな些細なことを気にするの?大丈夫だよ大丈夫。元はここ、私と千穂の部屋なんだから!」

 仕方なく。と、本当に渋々と才川君がベッドに座った。

「それじゃ、まずは君たちに問いたいことがある。って言ったら怒るかな?」

 怒る? 私と才川くんが不思議そうな顔をすると、

「自分たちが知っていることを言いたい!って……そういうのはないのかな」

「そういう……いえ、私は最近、全然千穂と会えてないから……才川くんは?」

 私が聞くと、才川君は「いや」とだけ言う。どうやら、才川くんも最近、千穂と会っていないらしい。

「そっか、じゃあ、私一人が話す感じになっちゃうんだなあ。こりゃあ、飲み物必須だぞ?」

 狙っていたのか、どうなのか、知りはしない。が、ふすまが開き、伯母さんがお菓子とお茶を持ってきてくれた。

「ありがと、母さん。さて、話そうか。なんだか真剣になって妹のことを知ろうとしている君たちを見ていると、私の知ってることだけでも教えたくなっちゃってね」


 一年前――

 もう誰もいないはずの廃墟に、人影が見えた。

 そんな、どこにでもあるような単純な噂が流れ始めた。

 まあ、それだけならば聞き流すくらいの気持ちでいた。というより、最初から聞く気もなかった。

 それは、女子高生の間でいつからか出てきた噂話。誰かの作ったであろう妄想。

 だが、先生はそれに興味を惹かれたようだった。

「へぇ~、その廃墟、ここから遠くないんでしょ?ちょっと行ってみる?」

 吹奏楽部を引退した後も、長谷川先生と私は、仲が良かった。

 そのころ、私は高校三年生。目指す大学も決まっていた私は勉強に明け暮れる日々だったが、その息抜きとして長谷川先生はいろいろな場所へ連れて行ってくれた。

 そして、今回行くのは、その廃墟ビルに決定したらしい。

 相当、その廃墟ビルに行くことを楽しみにしているのか、長谷川先生はいつもよりも早めに日程を決めた。

「せっかくだから、千穂も連れて行っていいですか?一人よりも二人、二人よりも三人の方が、怖くなくなる気がして?」

 先生はう~んと唸ってから、

「…………まあ、確かにそうね。呼んであげて」

 千穂を連れていくことを了承してくれた。


 翌日、私たち三人は、長谷川先生の車で、噂の廃墟ビルへと向かった。

 もちろん、親には多少の嘘を吐いた。長谷川先生の家で勉強を教えてもらうと言う名目で、私と千穂は行かせてもらえた。

 運転は長谷川先生、助手席には私。後部座席に千穂が乗った。

 後部座席から身を乗り出して、千穂がはしゃいでいる。

「ねえ、お姉ちゃん。ここから行くところって、廃墟なんでしょ?もし本当にお化けが出たら、どうする?」

「大丈夫!そんときは、お姉ちゃんがこの拳でぶっ飛ばすから」

「うんうん、それが良いわね。夢ちゃんの拳がお化けに聞くかどうかは分からないけど、気持ち的にはばっちり」

 こんな感じで、のほほんと、長谷川車は山道を登っていく。

 千穂も長谷川先生とは面識があったし、親も私の部活の顧問だったことで、長谷川先生に私たち姉妹を預けるのには、そこまで反対はしなかった。

「今思ったんだけど、先生。お姉ちゃんと私が夜中に出かけてもいいの?」

「二人だけじゃ絶対にダメだけど。……今回は特別よ」

「「はーい」」

 一時間くらい走って、私たち三人を乗せた車は目的地へと着いた。

 まるでビルでありながら、最初から人を寄せ付けないように作ったのではないかと思ってしまうような山奥にあったソレは、蔦やクモの巣がまとわりついており、およそ人が使っているものではなかった。

 そして、私たちは廃墟へと入った。

 長谷川先生を挟み、三人は横に並んで手をつなぐ。

 奥に進めば進むほど、暗闇に吸い込まれるような感覚に陥ってくる。

 もうそろそろ暗闇に目が慣れてくるころ合いだと、私は思った。

 懐中電灯は先生の持っていた一本のみ。二人と手を繋ぐため、私に懐中電灯が渡された。

 正直、懐中電灯を持っていても、怖かった。私が当てている光の先に何かが出てくるかもしれない。と、想像してしまうだけで、足がすくんだ。

 そんな私に引き換え、長谷川先生は、私たちの手を引いてずんずんと進んでいく。

「足元、気をつけなさい。よく見えないからね」

「「はい」」

 丁度三階に着いた辺りになって、私は違和感に気が付いた。

「先生!千穂は!?」

「千穂ちゃんなら……えっ」

 見ると、先生の向こう側に千穂の姿は無く、いつの間にか消えてしまっていた。まるで、闇に消えるように。

 それから、私と先生は必死になって千穂を探した。

 下の階に戻ったり、上の階にまで見に行った。

 だけど、いなかった。

 その時、彼女は見つからなかった。


「千穂が見つかったのは、それから数日後のこと。先生は、自分の責任だからって言って、ずっと探し回っていたけど、絶対に行かなきゃいけない用事が出来ちゃって、海の近くの町に行ったらしいの……」

「……それで、千穂はどこにいたんですか?」

「どうやって移動したのかは分からないけれど、廃墟から何十キロも離れたそこの町で見つかったんだって。正確には、港の倉庫近くで」

 はっきり言って、謎だらけな話だった。

 それが本当に嘘じゃないのか。そう疑うぐらいには、いろいろと突発的で奇想天外で、聞いていておなかがいっぱいになってしまうような話だった。

「ごめんね、私、説明がヘタクソだからさ」

「いえ、ありがとうございます。そんなことがあったなんて……」

「いいよいいよ、私も、きっと君たちに聞いて欲しかったんだよね。多分……」

「それは、どういう……」

「ああいや、別に、どうということはなくて。誰かに話すことで、千穂を誘ってしまった私の罪を誰かに知ってほしい、っていう気持ちがあったのかも知れないな、って思ってね。私って、姉なのにワガママね」

 いろいろとしゃべっている間に太陽は沈んでしまい、私は一晩だけ泊めていただけることになった。

 気が付いたころには、才川くんはすでに玄関で靴を履いていたので、夢さんが送ろうと玄関に行った。

 何やらそこで少しだけ話をしているようだった。

 さて、久しぶりの親友の家でのお泊りだ。その親友がいないのはなかなかに変だけれど、仕方がない。

 いつかまた、昔みたいにお泊り会でもしたいな。今度は、私の家で。

 そんなことを思いながら、私に何か手伝えることはないか、台所に立つ伯母さんに聞いた。

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