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「一人で来てほしい」
この状況が状況でないのなら、きっとボクは飛び上がっていただろう。そして、喜びに震えていたことだろう。
当たり前だ。
女の子に呼び出されて、喜ばないボクなどいないのだから。
しかし、今回ばかりは喜んでなどいられなかった。そんな余裕はなかった。
いや、今まで行方不明だった女子からの電話。ただごとでないのは、百も承知の事実である。
だからこそ、ボクは覚悟を決めて、約束の場所に向かわなければならない。
そこは、放課後の音楽室。彼女と初めて会った場所。そして、彼女にとっておそらく決着であろう場所。
教室を出る前の鐘の音は妙に重く感じられ、上がらなければいけない階段の前では、帰りたくなって下に降りようとしてしまう。
やっとのことでたどり着いた音楽室までの道のりは、いつもより二倍近くも遠く感じられた。
ガラッ――
ボクの心情とは真逆に、ドアは無情にも、とても軽く開いてくれた。
そこにいたのは……
「久しぶりね、才川くん。全然会ってなかったようにも思えるけど、実際はそこまで時は経っていないわね。」
ボクと加納さんが散々振りまわされた相手。生と死を繰り返す少女。謎の薬の服用者。
そこにいたのは、加納千穂だった。
さらりとした黒髪には何のアクセサリーも髪留めも付けていない。着ている服はこの学校の制服で、真面目な高校生の装い。
「お姉ちゃんと会ったんだって?お姉ちゃんも一美も、余計なことばかりしてくれるなぁ」
だが、今日の加納さんは、前に会った時と少し違った。
妙にすっきりした印象を受ける。
「久しぶり、加納さん」
「うん……思えば、私の再生がバレたのは、才川くんが最初だったのかもね。いや、最初じゃあないか。私の再生を知って、初めて首を突っ込んでくれた人。あなたの印象は、そんな感じかな」
彼女の言った『再生』。それは間違いなく、ボクたちの飲ませた薬による効果だろう。
そう、ボクたちが飲ませ、それによって彼女は再生した。
……がしかし、事はそう簡単なことでもないらしい。
一度、しっかりと状況を考えてみよう。
ボクが知っているのは、ボクと中野さんそしてたぶん姉の夢さんも生き返らせたということ。
そして、彼女を生き返らせるためにはレインコートを着ていた少女の持つ、あの錠剤が必要だということだ。
ボクと中野さんが彼女を生き返らせたとき、いずれも加納さんは『死んで』いた。
つまり、この期間の中で加納さんが自分の生死を確認する手段はなかったはず。
「私ね、昔は友達も多くて、人望も……うん、多分厚かったと思う。自分で言うのもなんだけどね」
「聞いたよ。中野さんから」
「そうなの?ふ~ん、あなたたちって、やっぱり仲が良かったのね」
「そういうわけじゃないよ」
そういうわけじゃない。
ボクも中野さんも、加納さんの再生に関わってしまって、真実にたどり着こうとして必死になっていた……だけだ。
仲が良いとか、そういうことじゃない。
ただ単に、協力関係だったとかそういうものだ。
「まっ、どっちでもいいか。そんなことより、『なんで加納さんは、中野さんじゃなくてボクを呼んだんだろう?』って思ってるでしょ」
ボクは、短くうなずいた。
やっぱり、今日の彼女は少しどころではなく、明らかに違う。
「その理由としては、まあ、簡単なことよ。一美は少し友達に飢えすぎていた。そういうことなのよ。だから、私という唯一の友達に対して友情じゃなくて恋愛観を抱いてしまった。間違えちゃったのよ、きっと」
「そんなことは、ないと思う。彼女は、必死になっていた。ボクよりも……あれは、きっと間違いじゃなかったよ」
加納さんは、少し考えるフリをして、
「それはまぁ、そうかもしれないわね。うん、私が決めつけるべきことじゃなかった。でもじゃあ、あの子じゃなくてあなたを呼んだのは、間違いだったの?……ううん、きっとこれは正解。だって、あなたは『良い人』だもの」
――!!!
「あなたは良い人。捨てず、諦めず、終わらせない。あなたは良い人よ、私のことも見捨てなかった。だから、あなたにしたの」
ボクは、良い人、良い人、良い人……?本当に、良い人とはいったい何なんだろう。どんな人なのだろう?
「あなただから、私は選んだのよ」
分かっている。ボクの正義はじいちゃんだ。だったら、じいちゃんのように生きればいい。




