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いつかの君を、救いたい――  作者: 三日月 和樹
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 これは、私がまだ小学生だった頃。

 私にとって、私の人生にとって、とっても大事な日の話。

 あの子と出会えた、ラッキーな話……

 …………

 私が一番好きな席、一番後ろの窓際。

 授業中に外を見られるし、後ろの人に配られた書類を渡す手間もないし、掃除の時間になって後ろに机を寄せるのが楽で、そして何より――

 ――人に話し掛けられることがとても少なかった。

 担任の先生たちは、口々にこう聞いてくる。

「中野さんは、みんなが嫌い?」

 いや、私は、みんなが嫌いなわけじゃない。

 人との会話。これ以上に無駄なことはあるだろうか?

 テレビやゲームとかの趣味の話?一人でもやれるためにソロプレイがあるのであって、そこに共感はいらない。

 テストの話?自分一人でやった方が邪魔されなくて良い。

 私はここが凄いとか、そういう才能の話?別に、褒めてもらわなくても……。

 さみしくないのか?……じゃあ、そっちはどうなんだ?

 人間誰しも、一人では生きてはいけない。そんな当たり前なことは十分分かる。

 だけど、そこに友達は果たして必要なのだろうか?

 幼稚園の時も、私は一人で絵を描いていた。といっても、塗り絵である。

 一人で黙々と色を加えていく感覚は、とても心地良かった。誰に指図されることもなく、誰に振りまわされることもなく、悲しくなることもなかった。

 でも、私は、みんなが嫌いなわけじゃない。

 今にして思えば、きっと小学生の頃の私には、友達と一緒にいる必要が、意味が分からなかったのだろう。


「確か中野さんって、図書委員だったよね?」

「うん」

 私は、覇気のない返事をする。

 給食後の休み時間。今日も一人で本を読もうと思っていた私に話しかけてきたのは、クラスで一、二を争うような人気者の女の子だった。

 彼女は、その明るい笑顔を振りまきながら、きれいな黒髪を揺らす。

 彼女は、私の後ろのロッカー。その上に置いてある小学生から見れば大量の本を指さしていた。

「あれ、やりに行くんでしょ?」

 ハッ、と思い出す。

 忘れていた。今日は、ロッカーの後ろに置いてある本を、別の本に取り換える日だった。

 別の本は、図書室に置いてある。図書委員の仕事は、主に、それ。

 しかし、一か月間は取り換えないので、自分が何の委員だったかも忘れてしまっていた。

 朝の会で、図書委員の人はよろしく、と先生が言っていたことを今になって思い出す。

「あ、ありがと」

 それだけ言って、私は大量の本へと向かう。

 確かに多いけど、二回に分けて運べば余裕だ。

 もう一人、図書委員の子はいるのだが、いつもすぐに外に遊びに行ってしまうので、私一人でやっている。もちろん、私だけが頑張っているのに、その子になんのお咎めもない、というわけはなく毎回反省文を書かされてはいる。が、男の子である。

「(また、あの子は反省文か……)」

 反省文とはいっても、所詮は小学生のレベルである。どうせなら、もっときついお仕置きを考えてほしいものだ。

 しかし、今の今まで自分が何委員かも忘れてしまっていたので、もし自分がやらかしてしまった時の為に、刑は優しいもののままにしておこう。告げ口はするが……。

「待って」

 少女の声が、後ろから聞こえた。

「私も手伝うよ。二人で持っていけば、一回で済むでしょ?」

「え……それは、そうだけど」

 何故だろう。親以外の人と話すことに慣れていないせいか、謎の汗が出てくる。

「でも、いや……いいの?」

「うん、全然いいよ。じゃあ、行こっか」

 彼女は、私よりも多く本を持たれてしまった。図書委員として、少し困惑した。

 だけど、だからこそ私には分からなかった。良い人。良いことをしようとする人の気持ちが、分からない。

 私たちの四年一組の教室は三階、図書室は二階。

 いつも一人で運ぶときは、本を何冊も抱えて階段を下りなければならない。しかも、二往復。

 彼女の助けが借りられて、ラクになったことを考えればうれしい……。

 しかし、話したことがほとんどない人と二人きりというのは、それはそれで居心地が悪かった。

「もしかしてさ、中野さんって、私のことキライ?」

「そ、そんなことは……でも、ごめんなさい。少し、苦手」

「そっか……じゃあちなみに、どんなところが苦手なの?」

 それは、決まっている。

 今のこの状況のように誰とでも話せて、多くの友達をつくっていて、そんなところ。

 ……?いや、これは嫉妬とかじゃなくて……、つまりは、

「そういう、とこ」

「え、どういう?」

「だから……」

 言葉で言えない。この感情をどういうのか、私は知らない。だから、言えない。

 ずっと、ずっとずっとそうだった。言葉にはできないけど、この感情というか……とにかく、これは幼稚園の頃からあった。

「理由は、ないの?……じゃあ、頑張るよ」

「……は?」

「私、中野さんに隙になってもらえるように頑張るから!」

 どういうことだ?

 話の流れから、彼女は怒ったり、悲しんだりするのかと思った。だけど、そうじゃなかった。

 頑張る?

 頑張るって、何だろう?

 今思えば、このときだった。

 このときに初めて、私は自分に足りないものが分かった気がした。

『頑張る』。それは、今までに私がやってこなかったことなのだろう。

 いつも私は、いろんなことに目を反らして、逃げてきた。それが正しい選択だと言うかのように、決めつけるかのようにそうしてきた。

 でも、それが違くはないにせよ、真に正しい回答ではなかった。

 逃げるも一つの答えだ。そして、今までの私にはそれしかなかった。でも、新たな選択肢として、『頑張る』が分かった。

「私も……頑張るよ」

 先ほどとは違い、私の方が多く本を抱えて歩く教室への帰り道。私は、唐突に言った。

「ん?」

「私も、頑張るよ。『加納』さんを好きになれるように」

「ええっと、うん。よくわからないけど、頑張って」

 おかしな会話だった。私のおかしな発言に、それをよく聞いていなかったであろう加納さんの適当な回答。

 でも、これが私にとっては、第一歩だった。

 いつも後ろを向いていた私が、初めて友達というものを作ろうと思った瞬間だった。

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