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都内某所――。
当たり前と言うべきか、ボクの住んでいる町よりも人通りが多い。が、ここは人通りがそんなに多い場所ではないのだそうだ。
誰がそう言っていたのかと言えば、もちろん、東京に一人で住んでいる、加納さんの大学生のお姉さん。加納夢さんだ。
いつも人形のような無表情で何を考えているか分からない加納さんと違い、夢さんは笑顔を絶やすことのない人だった。
どうでもいいことだが、ボクがお姉さんを夢さんと呼んでいる理由は本人の希望だ。
「いや~、先輩から後輩扱いわれるのは別に気にしないけどー。あんまり先輩面というか、そういうの苦手なんだよね~」と言っており、にははと笑っている。
ボク、中野さん、夢さんは、現在ファミレスにいた。最初、ボクは女性が二人ということで気取ったようにカフェと言ってみたが、「そういうのに疎いからな~、私」と夢さんに言われてしまい、結局ファミレスに入ることにした。正直、すごい恥ずかしかったのは事実だった。
「そういえば、一美ちゃんと才川くんって、千穂を通して知り合ったんだって?」
え?
「だって正直、一美ちゃんって千穂の事が好きだったんでしょ?」
好き、だった?
「そ、そそそ、そんなことあるわけないじゃないですか!?第一、私と千穂は同姓ですよ!」
「え~、私はそれでも、全然良いと思うけどな~」「……でも、私は違いますから」
拗ねてあちらの方向を向いてしまった中野さんを撫でながら、夢さんはボクに向く。
「あ、ごめんごめん、一美ちゃんを狙ってるなら、一美ちゃんが千穂に告る前にしないとダメだぞ♪」
なんだろう、この人。初対面の女の人だからと緊張してしまっているボクとは真逆で、心から楽しんでいるのだろうか。それならそれで良い人みたいだし、ボクとしては気が楽だ。
「っと、それで君たちは一体、私に何を期待してきてくれたのかな?いや、確かに一美ちゃんとのデートは最初から予定していたものだったし、どこに行こうかとか、何をしたいかとかいろいろ考えてはいたけれどさ。才川くんも来たってことは、君たちは私に……ううん。加納千穂の姉に何か聞きたいことがあるから来たってとこ?」
夢さんの表情が真剣になる。さっきの能天気さからは想像もできない。真面目な夢さんには冗談が通じない気がした。
「ごめんなさい。では、単刀直入に聞きます。今の千穂の状態がどうなっているのか、夢さんは何か知っていますか?」
中野さんの質問に、夢さんは腕を組み、コクリコクリと頷く。
「うんうん、本当に単刀直入だねぇ。もう何年もこっちで暮らして、千穂と全然会えていない私にそう聞くの?むしろ千穂のことなら、あなたたちの方が良く知ってるんじゃない?」
「そ、それは……」
「まっ、知らなくてもしょうがないかっ。昔からあの子、学校にしか行ってなかったからねぇ」
学校にしか行ってなかった。だけど、中野さんの話では、
「でも、学校のみんなからはとても好かれていたと――」
「それがあの子の凄いところ。バカ姉として、あの子の才能だと自慢として言えるところ。千穂はみんなから好かれる性格だったのよ」
夢さんの話を真剣に聞いていたので気づかなかったけど、中野さんがボクのことを睨んでいた。
「話を戻しますよ。全く……」
今の全くは、明らかにボクに向けてだったな。まぁ、話を脱線させかけたのはボクだから仕方ない。
「実は、数日前から千穂と連絡がつかないんです」
「ふ~ん、もううちには行ったの?あ~、ごめん。私の親が共働きで遅くまで帰ってこないこと、忘れてたわ。でも、たぶんあの子はうちにはいないでしょうけど」
夢さんが、チラとこちらを見たが、さっきのセリフはもしかして、ボクに解説してくれていたのだろうか?
「なぜ、そう思うんですか?」
「オッケー、それじゃ、驚かないでほしいんだけど、今度はこちらから質問するわね」
「あなたたちは、あの子のアレ、何回見たの?」
アレとは?
十中八九、加納さんの『蘇り』のことだろう。
明らかに世界の理を無視した、あのとんでもない所業。ボクだけじゃなく、中野さんをも巻き込んだあれはいったいなぜ、どうやって、何の目的で?
それこそが、ボクたちの追うもの。その答えこそが、ボクたちが知りたいことだった。
「…………」
今、この人がそれを口にした。
実の姉が、妹のアレについて知っている。最低でも、謎を解く鍵くらいは持っているだろうと、そんな気がした。
だからだろうか、ボクと中野さんは、謎の緊張感を感じていた。
それから最初に口を開いたのは、意を決した中野さんだった。
「一回です。才川くんも、一回」
「そう、まぁ、一回だけというのなら、まだマシか」
ちょっと待ってくれ、ではこの人はすでに答えを知っている?そう言う結論にたどり着いた。いや、そう考えることしかできない。
それに、加納さんが蘇っているのは一回や二回どころではないということも分かる。
「それは、どういう――」
「ストップ!ごめんね~、こっから先は千穂たちとの約束で言っちゃダメなことになってるの。でも、そうね。あなたたちなら、自力でたどり着けるかもね。その時は、まあ……」
「あの子に、優しくしてあげてね」
彼女から電話が掛かってきたのは、夢さんと会った次の日。翌日だった。
携帯の相手の名前を見て、思わず後ずさってしまったのは、おそらくボクの人生でもう一度あるかないかの反応だっただろう。




