10
夏休みに入った。
放課後のチャイムと共に、ボクたちのテンションは上がりっぱなしだった。
特にすることも決まっていない長い休み。
小学生と中学生で計九回味わってきたが、やはりこの始まった瞬間というものは、どうにも輝いた時間に思えてしまう。
「よっしゃ、夏休みだぞ夏休み!正規お前、今年の予定は決まってるか?」
「いや、ないけど」
周りの同級生のテンションも高かったが、極めて高かったのは、やはりというか、大興奮している俊夫だった。
毎年毎年、なぜか俊夫は、まわりとは一線を画してハイテンションだった。
例外はない。今年もそうであるらしい。
「やっぱり、夏と言えばスイカに花火に浴衣に浴衣に浴衣だろ!?さいっこうじゃねーか!!」
あっ、なんか今、コイツが夏休みを好きな理由が分かった気がする。
と、確かに夏休みはたのしみなのだが、今はやらなきゃいけない。というか、知らなきゃいけないことがある。
もちろん、加納千穂さんのことについてだ。
数日前に駅のカフェに呼び出された後から、学校では加納さんを見かけるが、別に話をするようなことはない。
あの、謎の電話番号の件についても、何の音沙汰もない。
それに、やはり一番考えるべきことはあの少女と薬のことだ。
あの時は、気が動転していて頭が回らなかったからあんな行動をしていしまったが、あんなの、絶対に良くない。
実際あのあと、何日かは眠れない日が続いたが、だいぶ落ち着いてきた今なら、あの少女がいったい誰なのか、死んでいたはずの加納さんに飲ませた、蘇り薬について。
ボクは、今年の夏休みを使って、どうしても知りたい。
とりあえず、何か起こさないと事態は進行しない。
ボクはポケットからスマートフォンを取り出し、連絡先を漁った。
とにかく、加納さんと接点のある、すでにボクが会っている人へ。
ボクが電話をかけたのは、中野一美さんだった。
彼女なら、多少は力を貸してくれるかもしれない。
多分、ボクから電話が掛かって来たことには驚くだろうけど、加納さんのことだったら、きっと聞いてはくれるはず。
プルプルプルプル、ピッ。
「あ、もしもし。この前カフェに行った才川だけど……」
『はぁはぁ、な、なんだ。千穂じゃないんだ……』
電話に出た彼女は、ひどく疲れているようだった。
走っているように思えるが、ランニングの途中にでも掛けてしまったのだろうか。
だけど、千穂じゃないって悲しんでいたようにも聞こえた。
『で?ただのおしゃべりとかだったらもう切るわよ!こっちは今忙しいんだから!!』
そ、そんなに熱心にランニングに打ち込んでいたのか……。それは悪いことをした。
「いや、ごめん。ちょっと、加納さんのことで聞きたいことが有ったんだけど――」
『千穂のこと、何か知ってるの!?』
ん?いや、何も知らないけど。
『何か知ってるなら教えて!千穂は……千穂はどこに行っちゃったのよ!』
「は、はぁ!?」
『教えて!昨日からずっと電話にでないのよ!!』
明らかに、彼女は慌てていた。
そして、今、ボクも驚いている。
いや、ボクの予想が外れたことに対してではなくて、加納さんが中野さんの電話に昨日からずっと出ないことと、中野さんが昨日からずっと電話を掛けていることに、だ。
友達として心配だ。というのなら分からないでもない。だが、昨日からずっと掛けているというのはどうなのだろうか?
『ちょ、ちょっと!?なんで黙ってるの?なんか知ってることあるんなら、さっさと言いなさいよ!』
おっと、電話をそのままにしていた。
「ボクは何も知らない。けど、力にはなれるかもしれない。とりあえず合流しよう、走ってるってことは、どこか当てがあるんじゃないの?」
『へ、変に鋭いわね。そうよ、今は千穂の家に向かってるの。○○アパートよ!!』
「そうか、分かった!○○アパー……」
待てよ、ボクはそこを知っているぞ?
知っていると言うか、なんというか。
『そうだ!今、そこに向かってるけど、私が遊びに行ったのって、小学生くらいの時以来なのよ!お願い、知ってたら――』
「知ってるよ。そこは、ボクも住んでるからね」
そうして、ボクは黙ってしまった。
あの日の出来事が、脳内再生される。
あれは、雨の日だった。
ボクも加納さんも、ちゃんと学校に通っているので、なぜか気にしてはいなかった。
もしかしたら、ボクの精神状態がおかしかったのかもしれない。
彼女にあの薬を飲ませ、生き返らせた。
よく考えなくてもとてつもないと分かることを、ボクは平然として、忘れていた。
そうだ。そうだった。あの時、確かに彼女は死んだんだ。
生き返った。異常すぎる。
「……アパートの前で待ってる。今は、どこにいるんだ?……うん、分かった。今から言うとおりに来て」
数時間後、ボクと中野さんは、アパートの前で再会を果たした。




