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陰陽姫  作者: 白羽ちきん
陰陽姫編
3/3

第参話 陰陽師認定試験(下)

斯くして奇跡は起きるのだ

時は少し遡る。

 一ヶ月前、干支天満宮(えとてんまんぐう)は、太夫会合の間

 各神社より集められた十二の神が互いに向かい合い座す。上座には番頭の大辰(おおたつ)太夫がいつもの優しい顔とは違う神妙な顔つきで佇んでいる。

 

 「さて、皆にももう伝わっているとは思うが、数日前、御上殿が御姿を隠された。」

 

 

 大辰は真剣な声で淡々と語る。

 

 

 「恐らくは、天下転覆を企む妖の輩であると推測される」

 

 「はっ!妖如きに御上殿がやられる訳なかろう!」

 

 

 大亥(おおい)太夫は長煙管を蒸しながら大辰を小馬鹿にする。

 

 

 「あぁ、わかっているよ。ただやり口のほぼは、妖のものと見て間違いないだろう。御殿には多くの獣のような爪痕や歯形、血痕が残っていた。」

 

 「しかし…妖だけで御上様を襲撃するなんて無茶な話でしょう?」

 

 

 大巳(おおみ)太夫は袖で口元を隠しながらか細い声で疑問をかける。

 

 

 「我々もそう思い、調査をした。やはり()()妖だけではなかったようだ」

 

 

 大辰は、言うのを躊躇うように息を吸い込むと、そろりと吐き出した。

 

 

 「恐らくは、大妖怪か。最悪、陰陽の家のものが、一枚噛んでいる可能性が高い」

 

 

 太夫達は一瞬にして響めき立つ。

 大辰はそれを制するように片手を上げると、ざわめきの声はしんと消えた。

 

 「理由として、御上殿の御殿に襲撃など、並の妖では出来ない。知能の高い大妖怪か、陰陽の者が操った可能性もある。それ程今回の奇襲は妙な点が多い。という事だ。」

 

 「御上殿の玉座にある水晶に濁りや光の衰えは見られず、命に別状はなさそうだ。只の一時的な避難であれば何の問題もないのだが、今回の場合、勾引(かどわ)された可能性も否めない。と言うよりも、御上殿からのお告げがない以上、後者の可能性が高いのだが…」

 

 

 太夫達の顔に深く動揺が刻まれる。まるで飼い主を失った愛玩動物のように揺らいでいた。

 

 「この件について、分かっていることは現段階では以上となる。今後、調査から判明したことがあれば、随時報告をあげよう。…

 さて、引き続きではあるが、この件により、一つやっておかねばならない事がある。」

 

 大辰が指をひとつぱちんと鳴らすと、太夫達の目の前の資料がひらりと裏返る。そこには太夫衆全員の名簿と、それに従う陰陽姫の名が記されていた。


 

 「御上殿の失踪により、今、我が神群は危機に直面していると云っていいだろう。だからこそ、長年放置してしまったこの議題を解決せねばならない」

 

 大辰が数名の神の名をすっとなぞると、その名は巻物から浮き出てゆらゆらと揺れた。

 その名の一つに、猟神(りょうじん)・大戌太夫。 

 

 「ここに印された者達、まだ君達は陰陽姫を従えていない」


 

 名指しされ、皆少し跋の悪そうな表情を見せる。

 

 

 「まあそんな顔をするなよ。君達の事情は知っているし、中には従えたくても出来ない者もいる。それも承知している」

 

 

 柔らかい言い方だが、大辰の瞳は、動かない。

 

 

 「もう、そんな悠長な事も言っていられない。わかるね?」

 

 「そこでだ」

 

 

 また巻物はひらりと翻り、中の文書は変わる。

 

 

 「急遽、陰陽姫認定の試験を執り行う」

 

 

 太夫達にまたざわめきが起こる。陰陽姫認定の試験を急遽行うなど、前代未聞である。

 

 

 「何を()かすか!」

 

 

 膳を叩き怒声を飛ばしたのは、猿飛神社の神、大申(おおさる)太夫である。

 

 「認定だと!?下らん事を!そもそも此処に晒された奴らのほぼが、無能と判断された者共じゃろうが!!特にこの大戌なぞ!!」

 

 怒声と共に大戌を指さし、大辰を睨みつける。

 

 

 「まあそう怒るなよ大申。それに―…」

 

 

 「これは提案ではない()()()()だ。」

 

 

 大辰の眼がギラリと大申を睨む。

 

 「干支太夫衆頭領(わたし)の決定権に、何か異論でも?」

 その剣幕に逆らえず、大申は渋々腰を下ろした。

 

 「そんな顔をするな、大申。いいじゃないか。チャンスは皆にあるものだ。」 

 

 腰を下ろしても歯軋りを辞めない大申を大辰は軽く宥める。

 

 

 

 「さて、皆もう聞いたな。これは決定事項だ。日時は今日日より一ヶ月後、場所は此処干支天満宮の格闘場とする。詳しい詳細は後ほど(くだん)に届けさせよう。今日は以上で解散とする。」

 

 

 

 それだけ言い残すと太夫達の混乱も置き去りに、大辰は足早に会合の間を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*********************

 

 

 

 

 

 「くそったれが!」

 

 大申は憤りを抑えきれず渡り廊下の柱を殴る。

 振動で廊下が揺れ、柱にヒビが入るが、大申にそれを気にする余裕はない。

  何より大申太夫が気に食わないのは、あの犬公(大戌太夫)の陰陽姫もという点であった。

 犬鳴(いぬなき)総本家は、少し前から親族共が、あるものは行方を(くら)まし、あるものは一家とともに心中し、その数をぽつりぽつりと減らして行った。

 原因は掴めぬまま、遂に天才と呼ばれた陰陽姫、犬鳴唱恵(となえ)までもが倒され、残されたのは陰陽の気が全くない犬鳴奏恵(かなえ)と唱恵の娘でありがなら、陰陽の気は胡麻粒ほどの能無し、犬鳴舞であった。

 

時間の無駄だ、何になる。能無しは能無しだ。何があろうが変わらない。

 陰陽の器とは、生まれた時から既に決まっているのだ。

 

 それを今更認定しようなど、大辰の考えが全くわからない。

 

 「おい!(ちか)!!帰るぞ!!」

 

 大申が怒鳴ると、どこからともなく目の前に少女が姿を現す。錆利休色の袴の巫女服を着ている。大申の着物と同じ色である。

 

 「そんなに叫ばなくったって聞こえるッスよ太夫」

 

 「やかましい。おどれは儂の陰陽姫じゃろうが。口答えをするな」

 

 誓と呼ばれた少女、猿飛家の陰陽姫猿飛 誓(さるとび ちか)は、はいはいと頭を掻きながらドスドスと床を踏み鳴らして歩く大申と共に干支天満宮を後にした。

 

 

 

 

 

 時が過ぎ、一月後。

 試験は大辰の予告通り滞りなく行われた。

 

 

 結局一月前と変わらないしかめっ面で大申は天満宮に訪れた。

 

 そしてその眉間に刻まれた皺はばったりと会った人物によりさらに深く刻まれる。

 

 大申が最も嫌う大戌太夫である。

 

 「やぁやぁ、猟神様におかれましては御機嫌如何かの?」 

 

 軽いが、明らかに敵意のこもった口調で大戌を馬鹿にする。

 大戌の深い紅の瞳がキッとこちらを睨んだ。

 

 「貴様か。悪いが後にしてくれ」

 

 「おいおい、まさか此方がお前さんとこの陰陽姫擬きを評価してやる身分だとわからん訳では無いじゃろ?」

 

 大戌は一つ溜息をつき、なおも睨みながら言う

 

 「阿呆に割く時間は無いと言っている。退け」

 

 「はっ!口を慎め駄犬が」

 

 何方も引かず睨み合いが続く。

 犬猿の仲、とはよく言ったもので、大戌と大申は昔から突っかかりが多かった。

 一分ほど両者睨み合いを続け、大申はふんっ、と大戌の傍を通り過ぎた。

 「おどれの所の出来損ないがぼろ切れになる様を楽しみにしておるわ」と一言耳打ちして。

 

 

 

 

 

 会場に入り、太夫衆の席に着くと、もう大戌を除いた皆(大戌の家の者の試験なのに居たらおかしいだろう)揃っているようだった。

 

 少し遅れてきたことに不満なのか、斜め前の大午太夫がギロっと睨んできた。

 

 「随分と遅い到着であるな」

 

 「あぁ、誰かさんの様に足は速く無いでの」

 

 「嫌味であるか。いや、それとも猿風情に地面を歩けと言うのが無理な話であったか?ならば宮内に木を植えなければな」

 

 「ちっ、逃げ足ばかり早い癖に五月蝿い奴じゃ」

 

 

 ばちばちと視線が火花を散らす。それを見ていた大卯の顔が青ざめ始めた所で大辰に止められた。

 

 

 入口の五色の幕があがり、少女が入ってくる。

 

 腰まで伸びた黒い艶のある髪。白い肌。愛らしい幼さの残る顔立ちに、濃い緋の袴に見覚えのある刀。

 

 大戌の家の者だと一目で分かった。

 

 その容姿に嫉妬してしまったか、またちっ、と舌打ちする。

 

 どこまでも気に食わなかった。

 

 肘掛に頬杖をつきながら見ていると大午に扇子でぱちんと叩かれたが無視しておいた。

 

 

 「犬鳴神社、犬鳴総本家より参りました。犬鳴舞と申します。宜しくお願い致します」

 

 

 「ああ、君が舞ちゃんか。話は大戌から伺っているよ。試験は君のハンデを考慮して特別形式にしてあるから。頑張ってね。あ、緊急の場合はきちんと助けるから安心して。ただし、救助が入った時点で、試験は失格になるから気をつけてね。 いいよー。じゃあ妖を入れて」

 

 大辰の言葉の後、鳥居から成人男性の身長に頭五つ足したような大きさの妖がわらわらと群れとなって現れた。腕や足はゴツゴツの筋肉で覆われ、口元から牙が覗いている。

 

 中型妖、邪鬼である。

 

 

 「…二十七、二十八、二十九、三十…、よし揃っているね。舞ちゃんも用意はいいかな?

 良さそうだね。では、始め!」

 

 銅鑼の音が鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 試験開始と共に、妖達は舞の頭を噛みちぎろうと雄叫びを上げ襲いかかっていく。

 

 『斬燕!』

 

 舞は短い呪と共に攻撃する。が、中型妖にそんな小技は時間稼ぎにしかならない。

 

 その上、時間制限がある中でそんな真似をするのは自殺行為だ。

 

 てんでダメだと大申は溜息をつく。

 

 「時間の無駄だの」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 試験も残り二分を切った。妖は未だ5匹ほどしか倒されていない。

 舞はふらふらとよろめきながら妖達の猛攻を刀で凌ぐばかりであった。

 

 「きゃあッ!!!」

 

 

 一匹の妖に蹴飛ばされ、壁に激突する。

 力なく地面に落ち、這い蹲る。

 

 中々の迫力のある画におっ!と声を上げると後ろの大辰に咳払いをされた。

 

 

 舞は尚も体を起こすが、震えている様子が伺える。

 「残り、一分」

 

 

 そのアナウンスに促され、ずりずりと移動しながら妖と距離を置く。

 

 

 なんとか立ち上がり、刀を構える。妖達も少しずつ距離を詰めていく。

 

 

 「残り、三十秒」

 

 

 もう、舞に勝機は無い。誰の目にも明らかだった。

 

 「おい、大辰。もうええやろ」

 

 見ていられない。大丑(おおうし)太夫はそう大辰に声をかける。

 

 「これ以上は危険や。お嬢ちゃんの体が壊れしまう。止めさせ」

 

 「駄目だ」

 

 

 大辰はぴしゃりとその声をはねのけた。

 

 

 「な、お前、何を見とったんや!もう解るやろ!あのお嬢ちゃんには陰陽の才は無い!これ以上意味もなくこんな惨たらしい事続けて何になるんや!」

 

 大丑に賛同するような視線を周りの数名の太夫が、無言で大辰へ注ぐ。

 

 大辰はピクリとも動じず、続けた。

 

 

 「まあ、座りなよ大辰。それにわたしが何時、意味が無いと言ったかな?わたしは意味の無い事なんてしないさ」

 

 「儂には解らん。お前は何を言っとんのや。お前は今その意味の無いことをあの娘に強いとるやろうが!!!」

 

 「だから何時わたしがこの試験に意味が無いと言った!!!!!!!」

 

 

 大辰の怒鳴り声が部屋を震わせた。

 

  「三度目はないよ。座れ、大丑」

 

 

 その怒気に流石の大丑も逆らえず、座った。

 

 これには大申も困惑せざるを得なかった。

 そうだ、大辰はこんな結果の見えきった事などしない。未来を視る事の出来る大辰は、そういう奴なのだ。

 

 それがどうした事か、こんなにも無益な事を、今日は頑としてやめようとしない。

 どうなっても知らんぞ、と犬鳴の小娘に視線を移す。

 

 舞は片足を引き、刀を体の横に伏せ、刀身の背に手を添えた。

 

 その構えに大申は見覚えがあった。

 気に食わないあの大戌の剣技の十八番、『遠吠』である。

 

 溜め息が思わず零れた。大戌の遠吠は刀身を離れて攻撃をする呪を(おも)とした攻撃である。

 しかし、刀身を離れて尚殺傷力をもつ様な呪を使うには、それなりの呪力が要る。

 指先から小さな呪しか放てないような少女にそんな真似はできない。

 指先と刀身では当然力の消費が違うのだ。

 大戌とて、そんな無茶は教えない筈だ。

 

 ()()()()

 

 

 構える舞に妖の群れは襲いかかってくる。

 

 

 

 

 少女の眼が、群れを見据えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『遠吠!!!!!!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 当たりが赤と白の閃光で塗りつぶされた。

 

 轟音と妖の叫びが響く。

 

地響きが宮を大きく揺らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次に顔を上げた瞬間、大申は目の前の光景に息をも忘れた。

 

 少女は、目の前の妖の群れを肉塊を通り越し塵と化してしまった。

 

 

 「なんと…」

 

 「有り得ぬ!」

 

 「だが現に…」

 

 「しかしあの娘は!」

 

 太夫衆のざわめきが耳の端で蠢く。

 

 

 大申も同じく目の前の光景が信じられなかったものの、現に舞の前に立ちはだかっていた妖達は1匹たりとも残らず一掃されていた。

 

 「制限時間内、だね」

 

 後ろから大辰の余裕の声が聞こえた。

 

 

 「そこまで~。

はーい、舞ちゃんよく頑張りました。今から結果を持っていかせるから、そこで少し待っててね」

 

 

 大辰は案内を入れ終わると、紙にサラサラと文字を書き、一人の巫女に手渡した。

 

 大丑はそろ、と振り返り大辰に問うた。

 

 「大辰、お前、解ってたんか」

 

 「まあねー。だから言っただろう。わたしは、意味の無い事はしないってさ」

 

 大辰は頬杖をして自慢げに笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*********************

 

 

 

 


 一方、試験会場の外で、大戌は舞の戻りを今か今かと待っていた。

 

 受験者本人の力を見る為、守護神は手出しが出来ぬよう、試験中、会場は愚か、太夫衆の座る席に着くことも許されない。

 

 故に、守護神は受験者が戻ってくるまで結果がわからないのだ。

 

 

 苛立ちのような不安のような感情を持て余しそわそわと待っていると、片手に紙を持った舞が戻ってきた。

 

 

 「舞!」

 

 名前を呼んだものの、固まってしまった。

 

 シワひとつ無く仕立てた巫女服は襤褸(ぼろ)になり、体には痛々しい傷が目立った。

 

 

 「…太夫……あの…」

 

 

 舞は声のみならず体を震わせる。

 

 

 「舞、大丈夫だ。御前は良く頑張った。それだけで充分だ。もう良い、もう」

 

 「違うの…あの…」

 

 

 舞は震える手で紙を差し出す。その紙をそっと受け取る。

 

 違う?一体何が。

 

 かさ、と畳まれた紙を開く。

 

 そこにはこう記されていた。

 

 

 

 

 

 『通知

 

 大戌神系 犬鳴総本家 序列第弐位 犬鳴 舞

 

 上記の者、干支太夫神連合主催の陰陽姫認定の試験に合格した事をここに認めるものとする。

 

 干支太夫衆 頭領 大辰神』

 

 

 

 

 

 

 「は……」

 

 合、格

 

 

 

 「舞…わっちの頬を叩いてくれ、夢やもしれん…」

 

 「太夫…現実だよ………合格したよ…」

 

 

 驚きのあまり1度塵のように消えた感情が喜びとなって湧き上がった。

 

 

 「舞…!!よくやった!!良く、本当に良くやった…!!!!偉いぞ…!」

 

 大戌は舞を抱きしめ大きな尾をぶんぶんと振り回した。

 

 

 舞は大戌に抱きしめられ揉みくちゃにされながら、憧れの母に近づく1歩が踏み出せた幸せを一人噛みしめた。

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