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雨降ル森ノ魔女 ①

 

 振り続けるは冷徹な青。

 覆い尽くすは憎悪の赤。

 空に広がる灰色は、天の威光も届かない。


 さぁ、始めよう。


 演者には絶望を。

 観衆には喜劇を。

 そして愚かな道化わたし悲願しゅくふくを――。

 


◇◇◇◇◇◇◇◇



 納得がいかない。

 その理不尽さ足るや、リアちゃんとナベちゃんをモフリ倒しても晴れないだろう。

 いや、言い過ぎた。それだったら雲一つ無い青空のように晴れやかになる自信がある。

 まぁ何が言いたいのかといえば、後ろの荷台でふんぞり返っている鬼畜上司のせいで俺はまた人間の尊厳を失っているのだ。

 つまりはリヤカー+俺=惨めという図式である。最近扱いが雑過ぎて涙も出ない。


 

 「…ナツメさん、大丈夫ですか?」


 そうして己の境遇に何度となく溜息をついていると、リアナが心配そうに声を掛けてきてくれた。

 まったくリアナは優しい。しかも可愛い。

 そんな彼女に要らぬ心配を掛けるなんてできるだろうか、いや出来るわけがない。ここは、自分が大丈夫であることをアピールしなければ!彼女の顔を曇らせる訳にはいかないのだ。


 「ダイジョウブダヨ?リアチャン」


 失敗だ、明らかに怪しい物を売る露店の外人である。


 「…片言になってるね、ナベちゃん。」

 「わふ」


 そりゃ、こんな仕打ちを受けているのだ。言葉が不自由になっても仕方ない。


 「ほら、リア。そいつなら大丈夫だと言ったろう?」


 悪魔が何かをほざいているようだが、原因はあんたの我が儘だってことは忘れないで欲しい。

 しかも荷物をクッション代わりに優雅に本など読んでやがる。せめて労いの言葉でも掛けてくれ。

 

 「所長ぉ?出来ればホント勘弁して欲しいんですけど…」


 辛辣な言葉しか返ってこないことは分かっていても、堪らず所長へ嘆願する。

 

 「…ん、なんだ?リアにでも代わって欲しいのか?はっ、腑抜けが。前世に謝ってこい」


 ほら見たことか。所長に期待した俺が馬鹿だった。


 「あんたが式神でも出せば一発解決だろうが!」


 「やだ。符がもったいないし」


 やだ、とか年を考えろ年を。


 「いや、明らかに非効率でしょこれ。符が勿体ないのは分かりますけど…」


 「誰かが引くっていうのがいいんじゃないか。主に私の優越感的に」


 人力をご所望でごさいますか、そうですか、って納得いくか!


 「明らかに昨日の怨恨のそれじゃねーか!大人げねぇんだよ!」


 「うっさい、若禿」


 「は、ははは禿げてねーし!ちょっとデコが広いだけだし!」


 「うははは」


 「あぁ!?笑いやがったな!もう勘弁ならね-!降りろ年増、ここで決着つけてやる!あと禿げてね-!」


 「あぁん?だぁれが生き遅れだぁ?…オマエ、楽ニ逝ケルト思ウナヨ?」


 「誰もそこまで言ってねーよ!あと、どうやって発音してんだよそれ!怖ーんだよ!」


 売り言葉に買い言葉である。第三者が見れば二人の間に龍とトラ猫が見えたであろう。

 こうなったらもう俺が地に臥すまで終わらない。勝敗は火を見るより明らかなのだ。



 「だ、だめー!」


 今まさに決戦という名の蹂躙が行われようとして、そこに可憐な乙女の叫びが木霊した。

 

 ビクッと動きが止まる俺と所長。

 そろそろとリアナへ顔を向けると、そこには少し涙目のリアナがいた。


 「喧嘩、ダメッ、二人とも」 

 

 今にも降り出しそうな空模様。これはダメなヤツだ。


 「り、りあ!?してないしてない!喧嘩してない!なっ?ナツメ?」

 「も、もちろん!リアちゃん?喧嘩してないよー、じゃれてるだけよ-?」 

 

 何がそうさせるのか、大いに狼狽えながら必死な弁明タイム。


 「ホント?」


 小首を傾げて問いかけるリアナに鼻血を吹き出しそうになりながら、所長と二人でコクコクと首を縦に振る。

 

「もう喧嘩しちゃだめですよ?街までもうすぐなんですから」


 やはり年が一回りも違う子に怒られると、大人としてダメ人間の烙印を押されてしまう気がして反射で謝ってしまうようだ。

 リアナには一生勝てそうにない。


「は、はい。以後気をつけます。…えっと、それでリアちゃん、あとどれくらいで到着するか分かる?」


 平謝りしていることに情けなくなりながらも、街という単語に反応してリアナへ質問をしてみる。


「あの森を越えた先にナーシスという街があるんです。夕方には到着できそうですね」 


 リアナの家から約六時間もの時間が経ち、俺の腰もそろそろ限界を迎えていたが、あと少しという希望で活力が湧き上がる。


「よっしゃ、じゃさっさと森を突っ切りますか!」


「…あー、待て」


 しかし、そんな元気を取り戻した俺を余所に、所長からのステイが掛かる。


「何すか、早く行きましょうよ」


「…あの森、何か力が働いてるな」


 不穏な何かを感じているのか、鋭い目線を森に向けている。


「へ?いや、確かに不自然に雲が森にだけ掛かってますけど、魔術的なモンは感じませんよ?」


 魔術の流れや干渉なら俺でも分かる。しかも森一帯だけ不自然に覆われているのだ。それだけ大規模な力ならヘナチョコの俺でも感じないはずはない。


「魔術ではないな、これは…。リア、ここはどんな場所か分かるか?」


 珍しい。あの所長でも即答出来ないことがあるとは。

 怪しいと感じても何の魔術か分からないらしい。ならと、知っていそうなリアナへ問いかける所長。


「…森には入りません。迂回して街を目指すつもりです。森の中は危険なんです。なぜなら…」


 少し深刻そうな顔で答えるリアナ。

 そんなに危ない力が働いているのだろうか。

 固唾を飲んで彼女の言葉を待つ。




「…ここは魔女が住んでますから」



「「は?」」



 ―――この世界には魔女がいるらしい。





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 「また森に入り込んだバカがいるようだ」


 最近は特に多い気がする。

 肝試しにやってきた若いカップルか、森を通過できれば勇者になれるなどと蛮勇を競うアホども。

 もしくは、この力を欲する領主の使いか――


 まぁどうでもいい。早々にお引き取り願うだけだ。


 そして、いつものように、その侵入者がいる方向へ手を向け――



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「へ、へー、ま、魔女ね」


 異世界に着いてからというもの、モンスターやらケモミミやら尻尾やら驚いてきたが、魔女かー。そうきたかー。


「はい、この森に入ったら五体満足では帰れないと聞いてます」


 物騒すぎる。さすが異世界。

 しかし、噂が流れるということは。


「実際に危ない目にあった人がいるということかな?」


 俺と予想を同じくした所長が問う。


「そうなんです。肉屋さんから聞いた話では、あの森に入った人が居たそうで…」


 あの親父、リアちゃんと楽しくお喋りしてんじゃねーか。


「何でも帰ってきたはいいんですが、凄く衰弱してたそうです」


「衰弱か…」


 思考に入る所長。

 こうなると長くなるのは長年の付き合いで分かっているので、放っておいて質問する。


「五体満足では帰れないと言ってたけど、怪我をしたのは何かに襲われたとかかな?」


「すいません、そこまでは分かりません…」


「あー、いいよ、何となく原因は分かったから」


 恐らくモンスターか何かに襲われて、逃げ惑ったというところか?しかし、それだけなら衰弱という言葉は適切ではないが…


「まぁ、帰って来れたはいいが、恥ずかしくてデマを流したと。そんなところですかね?所長」


「…ん?そうだな…」


 歯切れが悪い。違う原因を考えているのだろうか。


「はぁ、じゃあ迂回しますか」


 森をそのまま抜けることができたら早かったのだが、リアナがいるのに危険は犯せない。

 泣く泣くリアナの先導で迂回ルートに入っていったのだった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「ん?」


 楽しくリアナとお喋りしながら、ガラガラとリヤカーを引いて森を迂回していた俺達。

 そんな癒やしを満喫中、道の先に物々しい格好の方々が現れたのだ。

 西洋風の甲冑を身につけ、両刃の剣や槍を手にした強面達である。

 この世界にはあんな顔しかいらっしゃらないのだろうか。


 二十人ぐらいか。装備からして野盗の類では無いようだが、さてはて。


「リアちゃん、あの人達何してんのかな?」


「いえ、私にも。でも、あの方々は次の街にいる兵士だと思います。あの旗の形はナーシスのものですから」


 なるほど、兵士が何故か森の前にたむろしている訳ね。目を付けられないようにさっさと通り過ぎますかね。


 少し警戒しながら何食わぬ顔で近くを通ったが、特に気にされる様子は無かった。

 拍子抜けだが他に気掛かりがあるようで、森の中を注視しているようだ。

 何にせよ、トラブルはごめんだ。リアナに安心させるように笑顔を見せて通り過ぎようとした時、それは起こった。




「■■■■■■■■■■■――――――!!!」


 怖気を誘う咆哮。

 圧倒的なソレは一瞬にして伝播し、その場にいる者の時を止めた。

 ビリビリと震えるのは空気だけで無く、地面が物理的に揺れているようだ。


 考えるよりも早く、リアナを音のした方向から庇うように立てたのは訓練の賜物だ。所長は既にリヤカーから降りて臨戦態勢となっており、ナベちゃんも俺の足元で警戒している。


 兵士達は皆、腰を抜かしたり棒立ちになっている。失神して倒れた奴もいた。

 そんな中、恐らく隊長であろう一際豪奢なマントを付けた男は、部下であろう兵士達に渇を入れていた。


「た、立て!貴様らは栄えあるナーシスの兵士!臆病風に吹かれることは許さん!」


 あの怒号のような圧に素早く立ち直ったはいいが、足が震えていて説得力はなさそうだ。その証拠に兵士達は未だ立ち直っていない。

 そんな様子を眺めつつリアナを横目で見遣ると、耳はペタンと伏せているが気を失ったりはしていないようだ。


「リアちゃん大丈夫かい?」


「え?あ、はい…」


 大の大人が失神してしまいそうな咆哮を浴びても、少し呆然とするだけで済んでいるとは…。何気に強い子なリアナ。こっちがビックリである。


「いきなり現れるんだよなぁ、ビックリしたわ」


 そう、突然現れたのである。()()()()()()()


「ナツメ、中に入るぞ」


 まぁ、ですよね。


がいる可能性は高まりましたね。」


 無から有を取り出すなんて、異能以外に無いだろう。それに奴は俺らをこの世界に()()()()()()()―――




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