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出会いはモフモフの中で ③

 恐らく俺は貴重な体験をしている。

 異世界にきたから?いや違う。犬耳っ子がいたから?それは次点だな。


 そう、俺は今、


「早くいけ」


「へい!」


 ――人間なのに馬のようにリアカーを引かされている。



 もちろん運ぶのはお嬢様方。あとなんか沢山の戦利品。

 これぞまさしく馬馬車の如く働くってか?へへ。あ、ナベちゃん、一緒に歩いてくれるの!?ぼかぁ幸せだなぁ。

 現実をナベちゃんで逃避する。ナベちゃんが何でもあり過ぎて、俺のナベちゃん株がストップ高だ。


 あの後、少女誘拐の誤解を解いてくれた彼女が買い物中であることを知った俺たち。

 取り敢えずの目的地として護衛を兼ねて一緒に街へ行くことにしたのだ。あと何故リヤカーを押しているかと問われれば消去法で俺しかいないからである。

 そういうわけで現在、俺たちは近くにあるという街へ向けて進んでいた。



「リアナです。リアと呼んでください!先生からはそう呼ばれていたので。街まで宜しくお願いします!ナツメさん!ユカリさん!あ、あとナベちゃんも!」


 道中、まずはということで始めた自己紹介。

 年は十四。よく笑う娘、というのがリアナの第一印象だった。


「元気だねぇ、おじさん元気がよくて礼儀正しい子は好きよ?」


「おい、馬。気持ち悪いから喋るな」


 馬には喋る権利すらないらしい。

 なんだよ、自分だけ楽しくお喋りしちゃって。俺だってリアちゃんの情報を色々と知りたいのに。


「で、リア。この辺りの地名を教えてくれるか?」


 所長は俺を黙らせると、現状を把握するためリアナに質問を続けた。


「は、はい!ここはエルステラという国で、大陸の東端に位置してます。私たちがいるのはその国境近くですね」


 聞いたところによると、この世界には大陸は一つしかなく、大小十八の国があるとのこと。

 その一つであるここエルステラは海に面する海洋国家で、領土的には中規模程度。国家間での戦争はなく、あるとしても小競り合いくらいなモノらしい。

 まぁ、どこも周りは他の国に囲まれているのだから、あまり国力は削りたくはないのだろう。


 しかし、とうとう来ちゃいましたか異世界。

 まぁ犬耳っ子がいるのだ。分かってはいたが戸惑いは大きい。


「異世界っすかぁ、とんでもないことになりましたね所長」


「……ああ」


 口元に手を当てている所長から生返事が返ってきた。

 何やら一点を見つめ考察しているようだ。原因や帰る手立てでも考えているのかもしれない。

 とりあえず難しい事は所長の頭脳に任せ、俺はリアナとのスキンシップに励むことにしよう。


「ところでリアちゃん、さっき回収したゴブリンの装備って売れるの?」


 神月さんとこのゆかりさんが木っ端みじんにしたゴブリン軍団。

 爆破したとはいえ、全てを塵に還す程の威力は込めていなかったようで、所々でバラバラ殺リン事件となっていたのだ。

 やつら鉄の剣やら何やら装備していたため、ある程度無事だった物を拝借してきたという訳である。

 死体からはぎ取る行為はあまり気持ちのいいものではなかったが、旅の資金は必要だし仕方ない。


「だ、だと思います。私も直接見た訳ではないんですけど、ギルドの人達が戦利品を売っていたと聞いたので…」


「なるほど。いやー、リアちゃんがいてくれて助かるよ!おじさんたち何も知らないからねぇ。路銀も必要だったし」


 日本円は当然使えないだろうから、ホントに助かる。


「い、いえ!ユカリさんもナツメさんも凄かったです!私、何も出来なくて…」


 敵を殲滅した所長、その爆風からの回避にアイテム収集していた俺。

 何も手伝えなかったことが彼女を苛んでいるようで、言葉が尻すぼみになっていく。


 自分に力が無いことに劣等感を感じてでもいるのだろうか。

 あまりそういう事は考えない方がいいのだが。

 じゃないと俺のようになってしまう。


「気にすることはないよ、リア。今自分に出来ることをすればいい。出来ないことは直ぐにできない。当たり前のことだ」


 考え事が終わったのか、所長はリアナへと手を伸ばしその綺麗な白髪を撫でる。


「こと私に限って言えば、天才だから何でも出来てしまうというだけだ。そこの馬はただの出来損ないだがな」


 ニヒルな笑みを浮かべる所長。それにリアナがふふっと笑う。


「やっぱりリアには笑顔が似合う。だから笑っていなさい」


「ユカリさんは私の先生みたいです。私、自分が出来ること沢山見つけたいです」


「あぁ、焦ることはない。ゆっくりで構わないんだ」


「はい!」


 ホント所長は小さい子には優しい。俺にもその優しさの半分くらいくれたっていいのに――。



 「しっかし、何でリヤカーとか出せるんですか?何か次元の高いポケットでも持ってるんですか?」


 雰囲気が和んだところで話題を変える。俺が今引いているリヤカーをどこからともなく取り出した所長に質問してみた。


「わ、私もびっくりしました!こんな完成度の高い荷車初めて見ました!」


 リアナも衝撃を受けているようだが、取り出した事より質に驚いているようだ。

 確かに完成度は高いが、どこにでもあるリヤカー。こちらにはこのくらいの物を量産できる技術はないようだ。だとするとあまり買い物には期待できないかもしれない。


「なに、材料はあるんだ。後は設計図を頭に思い浮かべて術式を構築すればいい。簡単なことだ」


 事もなげに答える所長。恐らく簡単と思っているのは所長だけだろう。例え設計図があったとしても、それを出力し複雑な術式をその場で組むなんて芸当、誰にでも出来ることではない。

 一度ホントに頭の中を覗いてみたい。


 小さな所長が並列処理するためにわんさか居る所をを想像して、不覚にも少しときめいてしまった。不覚。


 そして二時間ほどリヤカーを引いていた俺たちの前に、現実ではお目にかかれないような光景が広がる。


「おぉ!」


 石壁で囲まれた街。

 背後には厳しい山々が連なり、そこから流れる二つの河川に挟まれるようにそびえ立っていた。

 両方の川へ伸びた橋は幅も大きく、行商人と思われる人々が行き交っている。


「あれが国境の街、リバリエです」


 そうして、俺たちは異世界の街に着いたのであった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 リバリエに入ると外から見るだけでは判らなかった街の様子に再度感嘆の声を漏らしてしまう。


「すげー活気だな」


 国境の街ということもあるだろうが、商人や住人達からの熱気が立ち籠めている。道の端にはテントが乱立し、その下で商品が所狭しと並んでいるのだ。

 安さを宣伝しようと声を張り上げる商人、他の店より値切ろうとするヒゲ面の厳つい男、談笑する主婦など、そこかしこから聞こえる喧騒に驚きを隠せない。

 建ち並ぶ石造りの民家と異国情緒を匂わせる人々の様子は、どこか中世ヨーロッパの雰囲気を思わせた。


「この辺一帯で一番大きな街ですから!あ、装備を売るならそこの角を右です」


「ほい、了解」


 無事に着いた事に安心したのかリアナはどこか嬉しそうだ。

 微笑ましいリアナを眺めつつ、まずは荷を売ることから始めることに決めた俺たち。

 ますば件の武具店へと足を向けていた。

 

 途中、街の人から向けられる視線が何やらおかしいことに気付いたが、リアナが可愛いからとか、ナベちゃんが可愛いとかなので気にしないことにする。

 ナベちゃんの可愛さは異世界にも轟くのだ。仕方ない。


 リアナの案内で大通りから離れ脇道へ。

 この辺りから大通りに比べると人通りは少なくなり、どことなく退廃的な雰囲気を漂わせていた。


 そしていくつか道を折れた先、ようやく店に着いたのである。


「ホント腰が壊れるかと」


 道端にしゃがみ込みトントンと腰を叩く。

 約四時間慣れないリヤカーを引いていたのだ。自分のタフさに感動さえ覚える。

 隣でナベちゃんが心配そうにこっちを見ているが、体が言うことを聞かず、いつものよう元気を見せることが出来ない。

 ごめんよナベちゃん、情けないご主人で。


「お疲れさまでした!ここが武具を扱っているお店です!」


 元気にピョンと飛び降りるリアナ。

 それに続いて所長もリヤカーから悠然と降りてくる。


「…しかし、また何とも言えないファンタジー感だな」


 嘆息と共に店頭に置いてある物に目をやる所長。

 武器を街で開けっぴろげに売っている様子に流石の所長も驚いている。

 見たことのある武器や防具から、一体どうやって使うのか判らない物まで。多種多様な武具が一斉に並んでいる光景はファンタジーならではの物だろう。


「さて、んじゃちょっくら行ってきますか、ね」


 このまま眺めている訳にもいかないと立ち上がった俺は、ナベちゃんを抱え頭に載せる。

 ワクワクの初買い物である。ワクワクしない方がおかしい。

 

 緊張しながらも引き戸を引いて店内へ。


「たのもー」

「わふ!」


 出迎えたのは埃っぽい空気と薄暗い雰囲気。

明かりがなく日の光だけが店内を照らし、漏れる光に反射して埃が舞っているのが分かる。

 店先同様、武具が雑多に所狭しと置かれている様子から店主の性格が見て取れるようだ。


 辺りを見回しつつ店の奥へ向かうものの、店内に人影は見当たらない。

 どうやら休憩中のようだ。

 一旦外に出ようかとも思ったが、カウンターらしきものが見えた俺は、そちらへ近づきつつ再度呼びかけを強めてみる。


「誰ぞ!誰ぞ居らぬか!」


「うるせー!聞こえてんよ!」


 奥の住居スペースらしき所から出てきたのは筋骨隆々のオッサン。昔気質なハゲ頭に額の傷。

 おいおい、なんでヤの付く職業の人がこんなとこにいんだよ!


 店内で大声を上げたからか、機嫌が悪そうである。

 そんな強面のオッサンはこちらを睨みつつ近づいてきた。


「なんだい兄ちゃん、何か用か?」


「お、おぅ、あのぅ、武具を売却したく伺ったんですが、こちらでよろしかったでしょうか?」


 こ、これは、あれだ、処世術という奴だ!決して見た目にビビビビってる訳じゃない!これは相手が油断した隙に土手っ腹に一発入れるって寸法よ!この揉み手はそのための予備動作!

 こんなオッサン程度ワンパンよ、ワンパン!


「ん?武具を売りに来たのか。ナヨナヨした兄ちゃんが来たから、なんぞまた身の丈に合わん武器を買いにきたのかと思ったぜ。もしそうだったらボコボコにして追い出してやるとこだったがな!ガハハ!」


 ガハハとか笑うオッサン。イメージ通り過ぎて逆に怖い。

 そして俺を客だと判断したのか言葉から少し刺も消えていた。

 オッサンのツンデレなぞいらないのだ。美少女に転生してからやり直してほしい。


「んで?その売りたい物ってのは?」


「あ、あぁ、こっちに置いてある」


 衝撃的な出会いを果たした俺たちは物を見せるため外へと連れ立つ。

 そこには売却するためにリヤカーに積んでいた武具があった。


「な、なんじゃこりゃ!」


 店主は口を大きく開けて驚いている。

 店主の目線は、大柄な背丈を以てしても見上げなければいけないほど。

 何故ならリヤカー一杯にロープで固定された武具が山と積まれたていたからである。高さにして三メートル近く。

 こんなのを引いてきた俺の腰がやられない訳がない。


「で、オヤジ、幾らになんの?」


 驚いている店主の肩へ手を回す。


 さて、交渉開始と行きますか。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 「お嬢ちゃん、おじさんが何でも買ってあげよう!」


 ホクホク顔の俺は今、リアナ達と共に買い物に来ている。

 あの後、大量の武具売却で結構な路銀を手に入れたため、次に旅の準備をしているところだった。

 因みにリヤカーは所長がまた魔術的なアレで仕舞っていた。何でも次元の位相がなんちゃらとか言っていたがよく分からない。


「い、いえ、私ちゃんとお金持ってます!」


「なら可愛いおべべを買ってあげよう!ほらリアちゃん、これなんかどう?」


 服屋の店先に並んだヒラヒラした服を指差す俺。


「うぅ、可愛いですけど…、はっ!ち、違います、私食料を買いに来たんです!」


 リアナもお年頃なのか、可愛い物には目が行ってしまうのだろう。

 可愛いなぁ、もう。

 女の子に貢いでしまう世の男共の行動が分かってしまう。そりゃ貢ぎたくもなるわな!ガハハ!


「おい、そこまでにしておけよ駄馬が。それ以上発情するなら去勢も辞さないが?」


 所長から絶対零度の視線が突き刺さる。

 男の急所が的確に抉られる前に話題を変えることにしよう。


「い、いやー、やっぱり旅の醍醐味は買い物ですね、所長!」


「あぁ、そうだな。たくさん買う物はあるから、もし金が足りない場合はお前が稼いでこい。アレだったら炭鉱みたいなとこに身売りしてやるよ。犯罪者にはお似合いだな?ナツメ」


 話題転換は失敗。しかも下手すれば地下行きが確定する。とんでもない上司だ。

 もうリアナへ話題を振るしかない。


「リアは街には住まないの?家から半日近く掛かるんだっけか。遠くない?」


 俺はリアナへ疑問に思ったことを質問した。

 こんな遠い所まで一人で来ているのだ、何かしら不測の事態が起こってしまっては遅いのだ。


「え?あ、いえ、そうできたら、良かったんですけど…」


 俯いていくリアナ。

 俺はしてはいけない質問をしたのだと気付く。

 しまったと思った時にはリアの独白は始まっていた。


「私、街には住めないんです。先生からも不必要に行ってはいけないと…」


 リアナの顔は見えない。所長はこちらへ殺気を送りつつ優しく問いかける。


「理由を教えてくれるか?」


 そして、その問いにリアナは声を震わせ衝撃の内容を口にしたのだった。


「…わ、わたし、悪魔憑きで、だ、だから……」


「「はっ?」」


 素っ頓狂な声が出てしまうのは仕方が無い。

 俺と所長はハモるように声を上げ、その声にリアナの体はビクリと跳ねる。

 聞き覚えのある単語。疑問は尽きない。


「へ?え、どういう…」


「…あ、お店着きましたね、私ちょっと行ってきます!」


 質問に被せるように声を上げたリアナは、何も無かったかのように笑顔で店に駆けだしていった。


「ちょ、リアちゃん!?」


 こちらに来てから驚きの連続だ。

 異世界に犬耳にモンスター。終いには悪魔憑きである。

 助けを求めるように所長へ顔を向けるが、さすがの所長も困惑気味だ。


「どういうことっすかね、悪魔憑きって」


「…恐らくだが、彼女の境遇が原因と考えるのが無難だろうな。リアのような姿の人間を街で全く見ていない」


 彼女からは悪魔憑き特有の雰囲気は感じられない。

 つまり原因がリアナの容姿に拠るものと所長は言っているのだ。

 言葉の通り悪魔に憑かれたから、と。


 まだあんな子供なのにも関わらず、害を与えるような力さえないリアナを人々が悪魔に仕立て上げたと、そう言っているのだ。


「この街、要らないなぁ…」

「グルル…」


 湧き上がるどす黒い感情にナベリアスも同調する。

 近くを通った人はその瘴気に気付いたのか、短く声を上げ足早に逃げていった。


「やめておけ、リアが悲しむだけだ」


 所長の一言で感情が一瞬で霧散。

 全くありがたい存在だよ。


「仕方ないとは思わんが、人と違うという事で迫害を受けるのは何処の世界でも変わらん。なら、認めている奴が周りにはちゃんといるという事を教えてあげないとな」


「…そう、ですね」


 力ずくの解決は後々自分の首を絞めるだけ。

 判っていたはずなのに、言われて気づく俺は昔から馬鹿なままだ。


「俺、リアのとこに行ってきますよ!」

「わふ!」


 まずは俺が彼女を認めるんだ。

 そう決意してリアナの元へ掛けだしたのだった。


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