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出会いはモフモフの中で ②

「ごめんなさい」


 ナベちゃんとの再会を果たしたは良かったのだが、見知らぬ少女にとっては堪ったモノではなかっただろう。出会った瞬間に大の男が訳の分からぬ言葉を叫びなから抱きしめて頬摺りしてくるのだ。

 完全に犯罪者。しかも変質者の。

 俺だったら全力で逃げ出している。


「ホントすいませんでした」


 そんな俺の五体を投地せんばかりの謝罪に対して彼女は、


「だ、大丈夫です。ナベちゃんと会えて良かったですね」


 なんて笑って言ってのける。後光が差して見えるようだ。

 眩しすぎて目が潰れてしまう、主に罪悪感によって。



「それで…」


 謝罪の態勢から顔を上げ彼女を見た。

 さすがに今の状況を無視できない。なんせ、目の前の彼女は普通ではあり得ないのだから。


 さて、なにを聞こう。

 如何せん聞きたい事は山ほどある。ここは何処で何という地名なのか、彼女は何故耳や尻尾を付けているのか、何故日本語を喋れるのか、そして


 近くにアイツはいるのか…。


 ただ、そんな質問をしてもいいのか迷ってしまう。

 彼女の見慣れない服装。民族衣装のようだが、東欧に近いのかもしれない。自分の今の格好を思い出し、おそらく異邦人と思われているのが自然だろう。


 つまり俺の常識が彼女のそれと違うのは、火を見るより明らかなのだ。不躾な質問をして距離が開けば、今後一切答えが返ってこなくなる可能性もある。


 …それはダメだ!

 こんな犬耳っ子に嫌われるのだけは何としてでも避けなければ。今俺に必要なのは選択肢を間違えてはいけないということ。

 どうしたものか。

 こんな時に頭脳担当がいないことが悔やまれる。くそ、所長は何処行ったんだ?


 腰に手を当てカッコつける上司を思い浮かべ、しかし、その姿は爆音と閃光に塗りつぶされたのだった。



◇◇◇◇◇◇◇◇



 衝撃は遅れてやってきた。

 直前に周りが吸い込まれるような感覚。その後、張り詰めたような静謐な空気に変わっていく。そして、聞き覚えのある音。

 その変化に俺の体はすぐに反応してくれた。


 目の前の少女を庇い、地面に体ごと引き倒す。


「むぎゅ!」


 可愛らしい声が聞こえたが、それどころではない。身を固く衝撃に備える。


「口を開けろ!」


 素直にしたがってくれる彼女の目と耳を体全体で塞ぐ。

 直後、熱と暴風は真上を通り過ぎていった。


 運がよかったのだろう。

 倒れた側が爆心地より低かったことで塹壕の役割を果たしていた。また少し距離があった事も幸いし、対ショック防御のための時間が取れた事も大きい。

 もう少し近ければ伏せる前に直撃していただろう。


「大丈夫か?」


 時間がなかったので少し乱暴になってしまったが、彼女に見たところ怪我はなさそうである。


「は、はい!大丈夫です!…でも、今のは?」


 まだ耳がおかしいのか犬耳をしきりに擦っている。彼女は何が起こったのか分からないようで困惑の表情を貼り付けていた。

 そして、俺の背後――音が聞こえた方の光景に、彼女の顔は驚愕に染まっていく。


 消えていたのだ。

 直前まで森があっただろう場所が、だ。それが今は見るも無惨な状態に様変わりしている。驚くのも無理はない。

 木々が消し飛び、爆心地だろう箇所はクレーターになっているのだ。迫撃砲も斯くやの破壊の爪跡。


「ま、魔法!?」


 おしい。

 俺はあれが何であるか知っていた。20年程前から一緒にいたのだ、当たり前である。

 そして、その力の正体は


「魔術だよ」


 晴れていく煙。

 爆心地から鬱陶しそうに長い黒髪を掻き上げ現れたのは、何を隠そう我らが誇る最終兵器。


 マジカル・ユカリンである。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「もう!大怪我するとこでしたよ。勘弁してくださいよユカリン!」


 危うく後ろだけ裸になるところだったのだ。あと爆発後アフロヘアーも添えて。

 このくらい愚痴ってもバチは当たらないはず。


「コッ!?」


 が、ノーモーションからの顎への一撃。あだ名はアウトだっらしい。


「で、何だって?ナツメ」


「な、何でもないであります、所長…」


 プルプルと震える膝に苦戦しながら立ち上がり…ぁ、やっぱ無理。脳が揺れて上手く立てない。生まれたての小鹿のように膝が笑い転倒した。

 絶対この人前世はモンクとかだ。間違いない。


 尻だけ浮かせた情けない土下座スタイルになってしまった。

 立てないのだ仕方ないじゃないか。隣を見るとナベちゃんも一緒になって地面に伏せていた。お茶目なナベちゃんに笑みが零れる。


 とりあえず所長の無事は確認できたのだ。今はそれを喜ぼう。

 とは言え、それでも依然状況は不明のまま。物騒なことをやっていた所長に見慣れぬ場所。

 そして近くにいたはずのアイツ。


 何か知っていないか顔だけで所長を仰ぎ見て、現状の確認をしてみる。


「ってか、何があったんです?あんな物騒なもの使ったりして」


 そう、物騒すぎる。

 さっきの爆発は天使の力。その身に降ろし、力を拝借する所長の魔術。

 神月として陰陽師でありながら、魔術を習得しているのだこの人は。その特殊さ故に裏の世界で所長を知らない者はいない。


「ああ、目が覚めたら目の前に不思議な化け物がいてな。驚いたんで爆殺した」


 絶対嘘だ。

 冷静が服を着て歩いているような人がそうそう驚くかよ。恐らく襲い掛かろうとした不埒な輩に静かに鉄槌を下したに違いない。

 あーあ、事後処理大変だぞこれは。


「ヤバイですよ人殺しちゃ!どうするんですか、また目を付けられますよ?」


 犯罪者といえ人は人。

 司法の発達した先進国で殺人が罪に問われるのは言うまでも無い。例え裏の世界にいる身だとしても、バレれば問答無用で捕まるのだ。

 まあ、犯罪者であれば苦労はするがお咎めなしにする方法はいくらかあったりするけども。


「だから化け物と言っただろう。緑色の原始人みたいな奴だったんだよ」


「は?」


 訳が分からない。人を虐げ過ぎて、とうとう加害妄想でも発症したのか?しかも魔術まで使うとか勘弁してほしい。


「あ、あの!」


 そこに一人会話に置いてけぼりだった彼女が声を上げた。


「それって、ゴブリンのことでしょうか?」


 彼女の口から発せられる聞いたことのある単語。

 しかし、それが意味するところは分からず、固まってしまう俺と所長。彼女が言うには、所長が滅殺したのはゴブリンだとのこと。森に住み、近づいた獲物を多数で狩る低級モンスター。

 低級とはいえ普通の人では歯が立たないため、人は普段森には近づかないらしい。


「確かに20匹以上いたな」


 さらっとんでもない事を言う所長。


「ちょ、ちょっと!ゴブリンて!意味わかんないですよ!」


 もうオーバーヒート寸前。

 そりゃ名前くらいは何となく聞いたことくらいはある。あれだ、ゲーム序盤に出てくる経験値の足しにもならない奴。

 もし所長のレベルが上がったらどうするんだ。


「その子といい、さっきの奴らといい、ここは我々が知らない所らしいな」


「知らない所って言われても…、じゃあ、ここは異世界とか平行世界とかなんですか?いくらなんでもそれは…」


 所長が知らない場所なんて見当も付かない。

 飛ばされた場所は異世界でしたってか?よくある、よくある。


「まぁ、今の我々には知りようがないな。そんなことより」


 所長が今の状況をそんなこと呼ばわりしている。ホント、タフで頼りになる。


「お前、とうとうやってしまったな?いつかやるとは思っていたが、このどさくさに紛れて犯罪に手を出すとは…」


「へ?」


 何を言っているんだ、この人は。犯罪だと?またお得意の加虐するための妄想か?

 まったく、早くデレが欲しいぜ。


「…未成年者略取」


 その言葉に今の状況を思い出し、ハッとなる。


「え!?いや、ち、違います!この子は…」


「しかもお前の趣味丸出しの恰好までさせているときた。なんだ?どこに隠していたんだあの耳は。しかも尻尾まで。本当に救えないなお前は。まあ、ここで始末してやるよ。なぁに、変態性癖が世間様にバレる前に終わらせてやるんだ、感謝しろ」


 ドス黒いオーラが立ち昇る。

 あれは人がしていい目じゃない。よっぽどあんたの方がモンスターじゃねーか。


「ちょ、いや、話を!話を聞いて!まっ、待って、ホント!あ、アッ-!」


 残響を残し消えていく声。

 残念、ナツメの冒険はここで終わってしまったのである。




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