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邂逅の終

 「境界認識異常者」の発見及び処理が今回の依頼。今回もであるが。

 いつもなら被害が出る前に対象はナベちゃんの嗅覚ですぐに発見されていたが、初めて失敗している。引っ掛かりはするのだが、上手くすり抜けられているようだ。

 申し訳無さそうな顔で見てくるナベちゃんを励まし、地道に探すしかなさそうである。


 幸いにも最初の数件以外に人里での被害は出ていないとはいえ、いつ犠牲者がでてしまうとも限らない。そのため迅速な行動が必要とされたが、半年掛けて動向を探り網を張って、ついにその動向を捕捉したのだった。


「で、S県山中と。近いなぁ…」


 場所は首都近郊の山間の県。東側には太平洋を望むベッドタウンもある。そのまま海まで出て沈んでくれないかと思う。


「ここから北上を始めるはずだ。また愚直なまでに真っ直ぐだな。」


 ダイニングテーブルに広げた地図には標的の足跡が記されていた。所長はペンで軌跡をなぞり、予測地点をトンと指し示す。


「何でいつも北上してるんですかね、あいつら。日本縦断とか意識高すぎ。家が一番なのに何も分かっちゃいない」


 そう、異常者と呼ばれているものは、何の例外も無く北上しているのだ。

 発生はランダムでも、目的は一致しているという気持ち悪いまでの統率感。神にでも選ばれた勇者達なのかもしれない。


「目的地を探ってもいいが…、初代の言もあるからあまり気は乗らないな」


 神月家は代々陰陽師の家系で、所長はその現当主。

 つまり明らかに前衛特化しているくせに、こう見えてバリバリの後衛職なのである。

 魔法使いユカリンを想像し、ありかなしかでいえば無しと判断した。

 その神月家には言い伝えというか予見予知というか、そういった類の物が伝わっており、その中には「境界認識異常者」についても書かれていたという。

 内容は、発生を止めることは不可能で奴らは北上しつづけるということ。目的地に辿り着くと世界がやばいとかなんとか。

 ノストラダムスも真っ青である。


 発生しだしたのは江戸時代くらいだといわれており、そのどれもが予知どおり北上していた。


「何かしらのパワースポットがあるのか、ルールがあるのか知らないが、奴らの認識に巻き込まれるのだけは勘弁だな。奴らの気持ち悪い世界に興味など微塵もない」


そう言って、所長は置かれていたベレッタを手に取り、


「今回もさっさと片付けるぞ」


スライドを引いたのだった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 しかして、冒頭に戻るのである。


 現在我々は件の山中でのピクニック中。

 遠くから聞こえるのは、おそらく突出した警官達の悲鳴だろうか。被害が大きくなる前に何とかしなくてはこちらの沽券にも関わってしまう。


「どうします?所長?」


 判断を仰ぐ部下の鑑。


『…少し待て、予測を少し変える』


 最初は警察との連携も上手くいっていた。

 どうにも様子がおかしいとことに気付いたのは、山に入ってすぐのこと。予定通りに配置された警官たちで追い込み漁に掛けようとして、その予測が外れ突破されたのだ。

 その後は仕切り直すも、こちらの意図を悉く外され今に至る。


 今までこういうことは無かったはずだが、何事にも例外は付き物ではある。今は神月所長がその場の判断で適切な指示を与えているようだ。

 しかし、どうやら誘い込まれたのは俺たちらしいと気づくには少し遅過ぎたのだった。



『…もういい。ナツメ誘い出せ。ここで仕留める』


 業を煮やした所長からの突撃命令。

 了解とだけ伝え、俺はおもむろに左の袖を捲り上げた。


「さて、ナベちゃん、お仕事しましょうか」


 露出した左腕に右手を添え、願いを籠める。

 左腕に発光していく幾何学模様と文字の羅列。術式の名は降霊術。概念だけを封じ込め、依代をもって顕現させるは魔の系譜。

 すでにこの身に降りているがゆえに霊格も呪文も不要。ただ己が体を代償にする間倉家の邪法である。


 赤色が術式を駆け巡り、瞬きの内に召喚は完了した。


「わふ」


 顕現するナベちゃん。

 正式名はナベリウス。序列二十四番にしてグリモワールの悪魔。ギリシャ神話に登場する冥界の番犬ともいう。


 俺は力の入らぬ左手を放置し、現れたナベちゃんを撫でる。


「ごめんな?狭かったね。あとでトップブリーダーも垂涎のものを食べさせてあげるから」


 今夜はステーキだ。


 日常生活では召喚しっぱなしのナベちゃんだが、仕事中は追い詰めるまで出さないように心掛けている。

 漏れ出る力に気付かれないようにするためだが、それは建前で本音はあまり外に出して汚れるのが嫌だから。

 だが、突撃ならば仕方なしと俺はナベちゃんにお願いする。


「ナベちゃん、俺あそこで狙撃するから射線に呼び出してくれる?」


 意を得たと言わんばかりに駆けだしていくナベちゃん。全くよく出来た娘である。

 駆け出していく途中、ボフンという音と共にナベちゃんから煙が吹き出す。これは戦闘用に特化したナベリウス本来の姿へのメタモルフォーゼ。

 煙から現れ出たのは、この世のものとは思えぬ咆哮と三メートルを越える狼のようなフォルム。

 その姿は白い毛並みも相まって神々しくもある。


「行ってらっしゃーい」


 颯爽と駆けていくナベリウス。

 ものすごい安心感に、定置についた俺はライフルをバックから取り出しつつ


「あの煙、別に不要なんだよなぁ…」


ぶっちゃけていた――。




 あの煙が実は変身中の体の変化を見せないようにとナベちゃんの優しさであったのだが、そんなことつゆ知らず、俺は作戦通りに標的が目標地点に向かってきている事をスコープ越しに確認していた。


 ナベちゃんはその持ち前の脚力で一気に標的へと迫る。だが相手は異能者。攻撃方法やその出所が分からない以上、近付きすぎるのは危険なのだ。ナベちゃんもそれを理解しているため、一定の距離を保ち地を駆け、時には木を足場に三次元的な動きで相手を牽制している。


 距離が遠い。まだライフル銃は構えない。


 どのような異能かは、ある程度予測はついている。所長によれば空間切断のようなモノとか、なんとか。その大きさは豆粒大から直径40cmくらいの球体。ただ被害状況から察するにと一言あったが。だがおそらくは対象にはその程度しか扱えないだろうとのこと。それ以上の能力には人が耐えられず、使ってしまうと自身にも影響が出てしまうようだ。

 用心のため、ナベちゃんには半径2m程度の余裕を以て対処してもらっている。

 しかし例え異能者であっても、ナベちゃんの速さにはついていけないだろう。全力でないのもあるが、悪魔の一柱を相手取るには同等以上の格が必要である。強さ云々ではなく位階の高低差により攻撃が届きにくく、また視認しにくいのだ。

 異能者ではあるが元は人間、比べるもなく圧倒的な格差がそこには横たわる。

 ―――ただ、その格差を埋めることもできなくもないが。


 焦らされてナベちゃんを追っている標的。少し遠い。伏射の姿勢に入る。


  


近づいてくる標的。


後ろ姿を視認し、一瞬目の前にノイズが走った。


頭を振りスコープを覗く。


――そこには、己の罪がいた。


振り向く標的に最初は目を疑ったが、現実であることをすぐに認識する。


漏れる怨嗟の声。

思考が狂喜へと反転した。

体は歓喜に打ち震え、目の前の現実に長い年月を経て失われつつあった記憶がフラッシュバックする。

そして激情と快哉。


「…やっと、逢えたな」


逃がしはしない。

ここで全てを清算させる。

そして感謝する。思い出させてくれてありがとう、と。


意識は全て目の前に。


『おい、ナツメどうした?返事をしろ』


所長が何かを言っている。


『くそ、返事をしろナツメ!なにが――、…あいつか!ナツメ、お前ではダメだ!』


耳元で喚き散らしていた無粋な機械は投げ捨てる。

今あいつがいるんだ、少し静かにしてほしい。


何百と繰り返した動作を完了させ伏射の体勢へ。


距離はおよそ八百といったところ。


外す気はしない。


スコープのレティクルは奴の頭へ。


早鐘を打つ心臓の音さえうるさく感じる。


やっと終わる。


悲願も後悔も、悲哀も絶望も、何もかも。


こいつで終わらせ…




あいつがこちらを見ていた。



そういえばこんな顔だったな、なんて関係のない感慨を抱いてしまう。


数瞬の硬直。


気を取り直してトリガーを引いた。


焦った射撃が力を分散できず、銃口が跳ね上がる。


弾丸は命中することなく明後日の方向へ。


二射目、と気付いたときにはあいつを中心に異能が発動していた。


放射線状に膨れ上がるドーム状の異能は、食らえば地面に落ちているアレらどころの話ではないだろう。


迫る異能の痕跡。


消えていく世界。


何もかも失敗したくせに、口元がどうしようもなく歪んでいることに俺は気付いたのだった。



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