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第3章:強迫観念?ただの厨二?3

 決戦の日は秋晴れだった。


「緊張してるか、駒田?」


「あ、ああ……まあな……」


やるだけのことはやった駒田だったが、


いざ決戦の時を迎えるとなると、手が震えて呼び鈴を押すのにも一苦労だった。


「はい、加納ですが?」


「おいこらぁ! 加納力出せや!


霊兎寺高校の駒田が直々に参ったぜ!」


緊張して地が出ているのか、駒田はインターホン越しにガンを飛ばしていた。


「なんて応対だ、これだから不良は!」


嶋村が駒田を押しのけて、代わりに応対する。


「うちのものが無礼を働きまして、申し訳ありません。


霊兎寺高校の何でも屋サークル『ミレーヴァ』の嶋村です。


加納大君はご在宅でしょうか?」


「本人です。少し待っててください」


数分すると、黒い扉から加納大が姿を現した。


続いて、加納大より体の一回り大きい男が出てきた。


「こちらが双子の兄、加納力です」


「どうも」


嶋村たちに丁重にお辞儀をする加納力は、


数年間の引きこもり生活の割には、こざっぱりした外見だった。


だがゴツい顔をしており、加納大の双子であるとはにわかには信じ難い。


「このたびは俺の我が侭な思い込みで皆様に迷惑をかけてしまい、


誠に申し訳ない。


俺が引きこもりに陥った理由は、弟の大から聞いていると思う」


加納力は、自分の境遇について長々と話してくれた。


「自分の体が誰かの体を傷つけてしまうかもしれないと思うと、恐怖を感じている。


そう思わせる魔物が、俺の身体を蝕んでいるんだ」


中二病らしい内容ではあるが、加納力の顔は真面目だった。


「『自分が怖い』という表現が一番しっくり来る、そういう状況に陥っているんだ。


それならば一度コテンパンにやられて自分の無力さを痛感すれば、


この妙な恐怖から抜け出せるかもしれない。


1年前からそう考えるようになった」


しかしこの1年間、自分よりも強い人間が現れることはなかったという。


「恐怖から抜け出すためにも、


俺は手を抜くわけにはいかない。


さあ、早く俺を倒してくれ」


加納力は、芝生の広がった庭の真ん中で、空手の構えを取った。


いつでもかかってこい、と言わんばかりである。


「さ、駒田。


1週間の成果を見せる時よ」


「よっしゃ」


駒田はバッグから、青いグローブを取り出した。


ボクサーの拳は凶器そのものである。


いかに空手の有段者とはいえ、重大な怪我を負わせる可能性も否定できない。


「そうか、そこまで考えていたとは」


加納力は、駒田がグローブをはめた意義を理解しているようだった。


「ヘッドギアはつけなくていいのか?」


「フン、」


駒田はかぶりを振って、答えた。


「パンチ使う人間が、パンチよけられないでどうすんだよ?」


「……」


突然駒田はバックした。


ついさっきまで駒田の頭があった位置には、


加納力のごつい拳が制止していた。


「失礼……どうやら全くの素人ではないらしいな」


「嘗められたもんだなあ。


俺は霊兎寺高校の駒田太助だ、覚えとけよ」


駒田はニヤリと笑いながら、華麗なフットワークで加納力に近づく。


しかし、突然駒田の動きがぎこちなくなった。


統率のとれなくなった駒田の脚を、加納力の蹴りは的確に捉えた。


「お、おい!


どういうことだ、アレ?」


早くも東海林の声がうわずった。


「……慣れてないのかもしれない」


格闘技に関してはど素人な嶋村たちに、


興津はわかりやすく説明してくれた。


駒田は中学校時代、ボクシングを経験している。


その対戦相手も言うまでもなく、ボクサーである。


当然、何人ものボクサーと、何回も戦ったことになる。


「ボクシングはフットワークが重要な鍵となるから、


当然幾多もの駒田の対戦相手は皆、フットワークで素早い動きをしていた。


でも加納力には、フットワークさながらの素早さがない」


動きがあるか否かだけではない。


加納力の構えはボクシングのそれとは全く異なったものになっていた。


「加納力の構えはとても低いわね。


ボクシングをやってる駒田から見れば、どこにパンチを当てればいいかわからなくて混乱してるのかも」


「それを1週間教えてたんじゃないのか?」


「うーん、まさかあそこまで低く構えられるとは思ってなかったのよ……」


ばつが悪そうに興津が説明しているさなか、駒田の拳が加納力めがけて飛んでくる。


しかし加納力の左手は駒田の拳を受け、そのまま駒田の顔面を捉えた。


「……」


加納力は、拳で口の端をぬぐっている駒田を静かに見下ろしていた。


「やはり、俺の力は危険だ」


誰へ話すでもなく放たれた加納力の言葉は、駒田の耳に容赦なく入り込んでいた。


「俺なんか引きこもってた方がいいんだ。


こんな力をもってたら、誰かを殺してしまう」


興津は心の中で、この男ならば冗談でなく人を殺すくらいの力はありそうだと感じた。


空手は競技ではなく武道である。


急所を狙い相手を倒すことに特化し更に鍛錬を重ねた四肢を使えば、


並大抵の人間を殺すことなど赤子の手を捻るくらいに容易いことなのかもしれない。


「……」


駒田は静かに立ち上がった。


ダメージが残っているのか、険しい目つきを加納力に向けた。


だが立ち上がる駒田を見た加納力は、


視線をあわさずに呆然と立ち尽くしているのみだった。


「加納力、」


駒田は何気なく放った一撃は、


焦点の定まらない加納力の顔面を小突く結果となった。


「俺はボクサーだ。


拳で誰かに負けるわけにはいかねんだよ」


「……」


加納力は、静かに笑った。


「おもしろい、」


加納力の笑みは、闘争心から来るものにしては少し純粋すぎるようにも見えた。


「オラオラァ!」


加納力の表情などお構いなしとばかりに、駒田の両拳が加納力に迫る。


それと呼応するように、加納力も両腕を繰り出す。


加納家の庭は、一進一退の乱戦の場となった。


「若干駒田が有利にも見えるが」


「さっすが嶋村。


ボクシングのパンチは空手のそれよりも手数が多い。


打ち合いになれば、ボクシングの方が有利になるのは当然よ」


「一撃の強さを重視する空手と素早さを重視するボクシング、手数打つのはどっちがやりやすいと思う?」興津は尋ねた。


「そうら、加納力の拳速が落ちてきたわ」


拳速だけではなく、加納力全体のスピードも落ちてきていた。


加納力の体は多くのパンチを受け、かなりダメージが蓄積しているように見えた。


「これで、終わりだ!」


やがて加納力の顔面に、青いグローブが思いきりめり込んだ。


加納力は声もあげず、その場で倒れこんだ。


「よっしゃ!」


駒田も、思わずガッツポーズした。






 「……俺の恐怖は消え去ったよ」


駒田が加納力の元へ近づく。


加納力は仰向けに倒れたままで口を開いた。


「俺はまだまだ弱い。


……いや、変に意地張って、外に出られなかったんだ。


お前が俺を叩き潰してくれたおかげで、外に出るきっかけを掴んだ気がする」


夏はもう過ぎたが、今日は少しばかり暑いのかもしれない。


試合をしていない嶋村の額にも、汗が出始めていた。


「礼を言うよ」


芝生の上で拳を交えた者同士が手を握る。


その光景を見て、嶋村たちは手を叩かずにはいられなかった。






 翌日、加納大は総額3千円の報酬とともにお礼を言いにきた。


しかし駒田には、報酬よりも楽しみにしていたものがあった。


「なあ興津、黒河さんのアドレス教えてくれよ!」


加納力に勝ったら、黒河の道場主の孫・黒河風華のアドレスを教える約束になっていた。


偶然道場で鉢合わせた黒河風華に、駒田が心奪われたのが発端だった。


「わかったわよ」


「ヘヘヘ、あんな綺麗な人と知り合いになるなんて。


もしかしたらメアド交換を機に……」


「それにしても、綺麗な人ってのは大変ねえ」


興津の口が、突然苦虫を噛んだものになった。


「……なるほどね」


興津の心を読んだ遊佐が、意地悪そうに笑った。


「あんだよ、どうしたんだよ?」


興津の強張った顔を見かねて、駒田が声をかける。


「風華さんには既に彼氏持ちなのに」


「え゛!?」


駒田の顔から動きがなくなった。


「あ、もしかしてその感じ……」


「その人に惚れてたのか?」


「このリアクションを見るに、そのようだなあ」


「あらあら、気を失ってるようね。


心が読めないわ」


初夏の夕日で教室が汗ばむ中、


駒田は氷漬けにされたように立ち尽くしていた。


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