第3章:強迫観念?ただの厨二?2
教室に連れて行って話を聞くと、
駒田は元々『ミレーヴァ』に入ろうとしていた、と言い出した。
しかしいざ教室に入ろうとすると、不良という身分もあるし恥ずかしいと感じ、
入るに入れず苦しんでいるところに、
たまたま駒田を探しに出た嶋村や興津と出会った、というのである。
「新人獲得って、アホらし……」
思わず東海林も溜め息ついた。
苦心してデータを収集していたのが滑稽に思えたからだ。
「僕たちの予想とは違った形だったが……。
さっきも言ったとおり、我々『ミレーヴァ』が君を欲していたのは本当だ」
嶋村は、加納大が依頼してきた仕事を事細かに説明した。
「……なるほど。
つまり、俺は加納力って中二ヒッキー野郎をノセばいいんだな?」
「そういうこと」
「ちょっと待って!」
横槍を入れたのは興津だった。
興津は、眉間にシワを寄せていった。
「噂はかねがね聞いてる。
さっき拳も見たし、ボクシングをやっていたのは本当だってことはわかった。
でも、さ」
興津は、駒田太助が空手有段者である加納力を倒せるか疑問に感じていた。
「不良してたからケンカ慣れとかはしてると思うけど、
空手の有段者って、そんな簡単には行かないわよ?」
すると駒田は、自分が弱いと言われていると思ったのだろうか、
即座に言い返した。
「なんだと?
テメーよりゃ強えぞ!」
さすがは不良だな、と嶋村は内心感じた。
不良は自身の腕っ節がそのままステータスになる。
不良高校ではお馴染みの番長という存在も、
彼らの中で一番喧嘩の強い者だけに与えられる称号である。
「ふーん、黒河道場門下生の私にケンカ売るなんて、
身の程知らずもいいトコねえ」
黒河道場、とは興津が通っている道場である。
武道の世界では、かなり名高い道場であると言われている。
「面白え!
今ここでハッキリさせるか?」
「望む所よ!」
興津は手を使って丁寧に、駒田は足で乱暴に、
それぞれ机を動かして場所を作り始めた。
「お、おいおいお前ら……」
止めようとする東海林は、更に嶋村と遊佐によって止められた。
「脳筋肉同士、好きにやらせましょ」
「え、でも……」
「きっと10秒もかからないだろう」
嶋村は、結果を既に知っているようだった。
心配している東海林をよそに机が片付けられ、
教室内に一定のスペースができた。
「「行くわよ(ぜ)!」」
駒田は素人目に見ても、見事なフットワークだった。
しかし開始早々、興津の渾身のローキックが駒田の太股を砕いた。
蹴られた駒田はその場にヘナヘナと倒れこみ、起き上がることはなかった。
「そうら見なさい。
私はね、小学校の頃から道場に通ってたのよ」
「くっそう……。
中学校から今の今まで無敗だったのに」
後に東海林が調べてくれたのだが、
駒田は中学校時代、ボクシングの地区大会で優勝した経験があるそうだ。
そんな駒田が、ブランク期間があったとはいえ、
ものの数秒で倒された。
(興津が男だったら、今回の依頼なんかすぐに片付いたろうに)
そう思わずにはいられない嶋村だったが、
興津の声で、嶋村の思考は一旦ストップした。
「今のままだと空手の有段者に勝てるか微妙……いや、たぶん勝てない。
だからこれから1週間の間、私は駒田を鍛え上げる。
そういうことにしようと思うんだけど、どうかな?」
「そうね。
駒田とやらならば、可能性はあるだろうし」
「俺もこの意見に賛成。
今考えられる中で最善の策だろう」
「悔しいけど……この女に教えを乞うしかねえよな」
嶋村以外は全員賛成のようだった。
もちろん嶋村としても、反対する理由は特に見当たらない。
「ではその方法でいく。
興津と駒田には苦労かけるが、よろしく頼む」
「了解」
「あ……そうだ、あいつらの所行かないと」
駒田は思いついたように手をポンと叩く。
「あいつら、とは?」
「いやさ、これから『ミレーヴァ』の活動もあるだろうし、
今までつるんでた奴らともあんまりつるめなくなる。
その旨を話そうと思ってな」
「ふむ、」
曖昧な返事を返したまま、嶋村は考えた。
(こいつは不良だが、案外まともな奴かもな)
(いや、)と嶋村は心の中で訂正を加えた。
そもそも不良が全員不真面目だという考え自体、固定観念だ。
理屈ではわかっているのだが、身体がなかなかおっつかない。
(僕もまだまだ未熟だな)
「どうしたの嶋村、変に笑い出して」
自嘲から来る笑みを興津につっこまれた。
「いや、なんでもない」
翌日はミレーヴァの活動日でなかったので、嶋村は早々に教室を出た。
たまたま遊佐と鉢合わせたので、一緒に帰ることにした。
「今日からだよな」
「そうね。
なんとか頑張って欲しいわね」
駒田を空手有段者と渡り合えるようにするため、
興津は自身の通っている黒河道場という所に、彼を1週間通わせることにした。
「心配だな」
「依頼された仕事は成功させたいものね」
まだまだ『ミレーヴァ』の客観的な評価は、妖しげな新興サークルの域を出ていない。
「少なくとも一定の評価を得られるまでは、
依頼された仕事は全部成功させたいものだ」
「ま、なるようになるわよ」
空手の有段者がどれほどのものか、嶋村が知る由もない。
彼には、とにかく駒田の実力飛躍を願うしかできなかった。
「みなみ……あの駒田とかいう少年、なかなか見所があるな」
一方興津は駒田とともに、黒河道場を訪ねていた。
道場主は今年で80を迎えるが、老いた様子はちっとも見えない。
日に焼けた黒い肌、立派な白髪と白髭が、
彼の強さを表しているかのような外見だった。
「ハァ……ハァ……」
駒田は、さっき不良仲間に『ミレーヴァ』に入る旨を話した。
不良仲間はフクロにすることもなく、肩を軽く叩いて応援する意志を見せてくれた。
『よっしゃ、あいつらのためにも頑張るぜ!』
と威勢がよかったのはよかったのだが、
その威勢も練習がはじまった途端、消えてなくなった。
「いっそのこと、このまま門下生になってもよいのじゃぞ?」
「い、いえ……ハァ……ハァ……家からも……遠いですし……」
道場主の課した練習メニューは、駒田にとって想像を絶するものだった。
まだ練習メニューも序盤だというのに、
早速息を切らしていた。
「そんなんで息を切らしてちゃ、有段者には太刀打ちできないわよ?」
「く、くっそ……なめんなクソア……マ……」
「あらあら、これは大したことない不良さんねえ」
興津は、ここぞとばかりに駒田をいじっていた。
半分は、いじることで駒田の自尊心をおちょくることで逆に駒田のやる気を引き出そうとして、
そしてもう半分は、単純に楽しかったからである。
「オメーはいっつもこんな量の練習をこなしてんのか?」
「まっさかー?
駒田やってる量の2倍くらい、ってトコかしらね?」
「く、くっそー!!
無理ゲーもいいとこだー!」
駒田はバタンと倒れこんだ。
「お、もう諦めちゃうのかなー?」
「新人をそんないじめるのは悪趣味よ」
満面の笑みを浮かべる興津の後ろから、声が聞こえた。
「あ、風華さん!」
彼女が風華と呼んだ女性。
道場主の孫で、この道場の門下生でもあった。
彼女は大学受験への準備期間を過ごしている――簡潔にいえば浪人生という身分だった。
「勉強はかどってますか?」
「痛いところ突くわね……。
まあ、やってることはやってるわよ」
(あんまやってなさそうだな)と興津は感じた。
黒河風華という女性は腕は立つのだが、勉強があまり得意でない。
というよりも、勉学に興味を見出せないでいる。
今年の3月になって何食わぬ顔で道場にやってきたので受験結果をおそるおそる尋ねたが、
彼女は清々しい顔で「浪人よ」と答えた。
『そもそも私、理系向いてないのかもしれないわ。
所詮お姉ちゃんとは違うのよ』
『すごく今更なこと言いますね』
風華には姉がいた。
姉の方は文武両道を地で行くような人で、
かつては浪人もせずに最高学府の文化一類の切符を勝ち取った。
『それにあの人文系じゃないですか』
『そんなのどっちだって一緒よ。
東大よ、東大?
数学だって理科だって出てくるのよ?』
『いや、まあそうですけど……』
あれからそろそろ半年が経つが、結局文転したのだろうか。
そんなことを思いながら改めて風華を見る。
さっきまで苦い顔を浮かべていた彼女は、毅然とした顔になっていた。
「それよりも、うちの道場の練習は他よりも厳しいの知ってるでしょ?
だからへたばっている新人をいじめるのは……」
興津が振り向くと、駒田は練習に打ち込んでいた。
「ヨッ! ホッ! ハッ!」
さっきまで無言でやっていたのに、掛け声までつけている始末である。
「なんだ、まだ動けるの。
あらあら、この子はタフね」
「ヘヘヘ、いやあそれほどでも」
(……男って単純で扱い易いわねえ)
鼻の下が伸びている駒田に、興津は白い目を向けていた。
1週間が経った。
いよいよ加納力を打ち負かす日を翌日に控えたこの日、
黒河道場は休みだった。
放課後の2年D組は、興津と駒田の練習の音で騒がしかった。
「……えっと、彼女たちは一体?」
興津と駒田が特訓している間、嶋村たちは他の仕事を片付けていた。
行方不明になったネコを探してほしいという依頼で、
幸いネコはすぐに見つかった。
東海林がネコに引っ掛かれたことを除けば、造作もない依頼だった。
「なんでもありません。
それでは報酬は確かに受け取りました。
また何かあったら『ミレーヴァ』まで」
嶋村は冷静に対処したが、
依頼人は終始奇妙な眼差しのまま、興津たちを見つめていた。
「……なあ、興津」
「何よ、練習中に私語は厳禁よ?」
「もし俺が、加納力に勝ったら、さ」
「もったいぶらないで早く言いなさい。
喋りながらだとスタミナ持たないわよ?」
「黒河さんのメアド、教えてくれ」
「あーわかったわかった。
今は特訓よ特訓」
瞬間、駒田のパンチ力が強くなったような感触を興津は覚えた。