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最終章:堕天使の断罪3

 ―――






 「え? なんでアンタが持ってんのよ?」


『ミレーヴァ』はこのところ、不定期ながらも頻繁に活動日を設けていた。


突然「今日の放課後に集まるぞ」という嶋村のLINEで突如活動日となるケースも多かったが、


皆にとって一致する目標があったので、誰も不平や愚痴を言わなかった。


かくしてこの日も、嶋村の唐突な意見により集まることになった。


ところが永澤公孝やルシファー・パーティを催していた者たちをはじめ、


『ミレーヴァ』にとって障害となる存在は学内にも存在している可能性は否定できない。


極端な話、表向きでは協力の意を示す生徒会ですら完全にシロであるとは言えない。


そう判断した嶋村の意向により、学校から徒歩10~20分程度の所にある嶋村の家で会議をやることになった。


嶋村の両親は懸賞で当てた旅行に行っており今日は帰ってこないとのことだったので、


『ルシファー』に関する話も気兼ねなく行うことができた。


その『ルシファー』だが、なぜかそれを所有していた魚住が嶋村たちに披露していた。


「これが今話題の『ルシファー』です」


『ルシファー』は現時点では脱法ドラッグのため、


所持していたところで特に罪に問われるようなことはない。


魚住もそれをわかっていたから、『ルシファー』を入手したのである。


魚住は自身に大人びた女性の変装を施して、柳井征が立ち寄っているとされるクラブに入り込み、


柳井征との接触を試みた。


美人に変装したからか、結果は想像していたよりもあっさりとしたもので、


こちらから仕掛けるまでもなく柳井征の方から近づいてきたとのことだった。


「前に僕が貰った奴とは少し形状が違うな」


嶋村は鳴瀬川から、『ルシファー』を入手している。


「もしかしたら、法規制が追いついちゃったから、すぐさま別のものにしたのかもしれません。


ともかく、お金が欲しいと言って、柳井征から実際に『ルシファー』を仕入れました。


これがその時のやり取りです」


そういって魚住が取り出したのは、小型の録音機だった。


機械の中では、柳井征と思われる男と見知らぬ女の声が話していた。


「本当はこれだけでも十分弱みを握ったことになるんですけど……」


魚住が持っている『ルシファー』は何度も言うように、現時点では法律で規制されているものではない。


罪刑法定主義を採用している日本では違法物でないものを所持しているにすぎない魚住が処罰されないのと同様、


柳井征を牢獄に幽閉させるための材料にもならない。


精神的な圧力を与えることはできても、それは仮初の圧力に終わってしまう。


「今僕たちがわかっている範囲で、現時点で柳井征に適用させることのできる犯罪は、


遊佐や東海林、駒田に対する傷害罪くらい、か」


弱いな、と嶋村は思った。


(どうせならば、祖父の柳井茂雄が2度と政界に復帰できないような大きなものが出てこないものか)


「あ、そういえばですね」


魚住の声がほんの少し高くなった。


「柳井征のおじいさんが柳井茂雄っていう政治家らしくてですね、


こんな話をしていたんですよ」


そういって彼女は再びペン型の盗聴器を取り出した。


『そうそう、俺もそろそろビッグになるんだよ』


『あら、それはどういうことかしら?』


女性の声は変装した魚住のものだそうである。


『俺のじいちゃんが政治家やっててな。


柳井茂雄ってんだけど、聞いたことある?』


『ん、テレビで何回か見たことあるわ。


なんでも、民自党の総裁選に出るとか出ないとか』


『もう決まったようなもんなんだよ』


『身内だからって強がり言っちゃって。


まだ決まったわけじゃないんでしょ?』


『何いってんだ、政治家なんて皆頭でっかちだからな。


カネさえ積めば皆味方してくれんだよ』


『へえ、賄賂ね』


『賄賂なんて言い方するなよ。


ギフトって奴さ、ギフト』


柳井が認めなくとも、賄賂であることに変わりはない。


これが明るみに出れば、柳井征の祖父は間違いなく失脚するだろう。


思わず口元が緩んでしまうのに必死だった嶋村だったが、


自身のスマホから音楽が流れたことで真顔に戻ることができた。


親からの電話だろうかと考えながら、廊下に出て電話に出た。


「はい、もしもし」


「……」


『ミレーヴァ』のチラシをはじめとして、嶋村は自身の携帯番号を外部に広報している。


この類の悪戯電話がかかってきたことも、何度かあった。


今回も他愛ない悪戯だろうと思って電話を切ろうとしたところ、


声が聞こえた。


「やっぱりあの女はお前の手先だったか……」


「申し訳ないが、仰っていることがよくわからない。


悪戯電話ならば切るぞ」


「栗山藍を拉致した」


冗談半分で悪戯をしかける三下相手にマトモに応対するのもばかばかしいと思っていた嶋村だったが、


電話を切ろうとした指が静止した。


「現在の時刻は午後5時10分。


午後8時ジャストに、ビル霊兎寺地下2階に来い」


「もし、行かないとしたらどうなる?」


「栗山藍には、一生消えない傷を負ってもらうことになる」


電話の相手の下劣な笑いが、嶋村の心を逆撫でした。


「ふざけるな!」


「あと、このことを警察に言っても構わんが、


その場合だって、栗山藍がどうなっても知らんぞ?


こっちにはな、薬物中毒で性欲まみれのサルみてーな奴が腐るほどいんだよ」


嶋村は歯軋りしたが、「了解した。8時にそこへ行く」と行って電話を切った。


嶋村が皆のもとへ戻ると、「一体誰だったの?」と興津が詰め寄る。


「……恐らく、『ルシファー』をばらまいてる取り巻きのリーダー、柳井征だ」


魚住が披露してくれた『ルシファー』を調べてみると、


その中に1つ、他の錠剤と比べてやや大きいものがあった。


その錠剤を割ってみると、中に小型の器械のようなものが内蔵されていた。


「こいつは盗聴器か」


「まさか、私の正体バレてたんですか?」


「そこまでは知らない。


だが、柳井征が変装した魚住を疑っていたことは明らかだな」


再び嶋村のスマホが鳴った。


今度は見知らぬ相手からメールが届いていたが、内容を見る限りでは柳井征からのものであろう。


『午後8時ジャストにビル霊兎寺地下2階まで来い。

さもなくばこの女がどうなってもしらんぞ』


文面とともに、椅子に縛られた制服姿の栗山藍の写真が同封されていた。


不自然な形をした僅かな光が、苦い顔を浮かべている栗山藍の顔を映し出していた。


「皆、」


嶋村は魚住、駒田、興津の顔を交互に眺めた。


「もうここまで来たからには引き返しはできません」


魚住の声は力強かった。


「柳井征一味をボコボコにするために俺はボクシングを再開したんだぜ?」


駒田は自身の拳を嶋村に見せた。


「8時ジャストね?


行かないなんて選択肢はないわ」


興津は首の骨を鳴らしていた。


その時、インターホンが高らかになった。


こんな時間に一体誰だろうと嶋村がモニタを見ると、


怪我で戦線離脱した2人の同胞の顔を画面越しに見ることができた。


「東海林に遊佐。


退院したのか?」


頭に巻かれた包帯は既になくなっていたが、2人は揃ってかぶりを振った。


「病院でもネットを使えたことが幸いしたよ。


なんでも、栗山藍が奴らに拉致されたらしいな」


「それで、居ても立ってもいられなくなって抜け出したの。


幸い私たちは、もう明日か明後日には退院できるくらい回復してるようだし」


「しかし……」


「病院に戻そうったってそうはいかないわよ」


「たとえ戻したって、何度でも抜け出してやる」


嶋村も建前上は、こちらも建前上入院中の身分である東海林や遊佐を仕事に連れて行くわけにはいかない。


しかし建前だけで動けるほど人間は徹頭徹尾にはなれない。


それは嶋村とて、同じことだった。


「……午後8時に、奴らの本拠地であるビル霊兎寺の地下2階に乗り込む」


嶋村はインターホン越しだけでなく、同じ部屋にいる興津たちにも呼びかけた。


「もしかしたら生きて帰って来れないかもしれない。


午後7時半にこの家から目的地に向かうから、それまで各自、覚悟を決めておけ」

これは罠か、はたまた真実か?

(嶋村たちは事情を知らないので)

ともかく、ついに敵陣突入へ!

果たして、嶋村たちを待ち受ける者とは……?


次回予告をするんでしたら、上記のような感じでしょうか。

それほど暑くもなく、かといって寒すぎない。

丁度いい気温の夜ですね。

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