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最終章:堕天使の断罪2

 嶋村たちがルシファーを売買している連中の討伐に精を出している頃、


東海林は相変わらず病院での退屈な生活を送っていた。


頭を打ったということで心配されていた後遺症も残らず、


現在は頭の外傷治療のために病院にとどまっている。


家の人に頼んで自前のノートパソコンを持ってきてもらったので、


日々の暮らしには退屈こそしなかったが、『ミレーヴァ』の活動に参加していないので若干のもどかしさを感じていた。


その矢先に病院の屋上へと暇つぶしに行くと、


よく見知った顔が佇んでいた。


「遊佐」


彼女は東海林と同じように、頭に包帯を巻いていた。


遊佐は東海林の呼びかけにも反応せず、屋上から見える街を眺めていた。


日はやや西に傾いてはいるが、


灰色や白色の無数の建物が所狭しと並んでいる様子は観察できた。


東海林には、まるでそれが遊佐とともに作った壮大な模型のように思えた。


この模型の中には、日々の暮らしがある。


公園で泥まみれになって遊ぶ小学生もいれば、


家計と相談しながら夕飯のおかずを買う主婦もいる。


これが模型だとしても、この模型は部屋の中で作られた無機質なものではない。


この模型は生きているのだ。


「綺麗だよな」


遊佐の反応はない。


彼女は表情1つ変えず、ただ一心に『模型』を眺めていた。


遊佐の頭に巻かれた包帯もあり、東海林は少し不安になった。


「おい、遊佐。


大丈夫か?」


彼女はかったるそうに呼吸した。


「そんな……まさか……」


頭に強い衝撃を受けて、脳に損傷が加えられる事態は珍しいことではない。


記憶障害、感情欠如、植物状態……幾多の症例が東海林の脳を駆け巡った。


「久々に会った人間に対して、だいぶ失礼な思い込みね」


ここでようやく、遊佐の声が聞こえた。


彼女の顔を改めてみると、彼女はこちらを向いて笑っていた。


「もっとも植物状態だったら、こんな所にいるはずないじゃない?」


「……ったく、紛らわしいことしやがって」


口を尖がらせてはみたが、東海林としては心底安心した。


「確かに綺麗よね。


それこそ模型みたいに」


遊佐の目は再びフェンスから先の町並みに向いていた。


「ああ。


薬物に汚れた街とは思えないよな」


もっとも、東海林や遊佐が眺めているものは街の表面である。


表があれば必ず裏があるように、綺麗な町並みという表の仮面を持った霊兎寺の裏面はルシファーの闇に堕ちているのかもしれない。


「なあ遊佐、」


「恋愛沙汰ならお断りよ」


遊佐は表情一つ変えぬまま、東海林の問いを聞く前に答えを示した。


「面倒なことはしたくないのよ」


東海林は「はぁ」と軽く溜め息したが、その顔は清々しかった。


「どうせそういうと思ったさ。


ずっと前から知ってたんだろ? 俺の気持ちを」


「私の特殊な能力をなめないで頂戴。


人の心を読むなんて、単に指を動かすくらい簡単にできちゃうんだから」


しかし遊佐の顔からは、不快さは感じられなかった。


「ま、私としてもそういう風に思ってくれてたのは嬉しいわね。


これからも仲良くやりましょうよ」


他意のない笑顔とでも表現するべきなのか。


遊佐は笑顔で片手を差し出した。


「ったく、それが振った人間にすることかっての」


そう言いながらも、東海林も片手を出した。


遊佐の暖かい感触が、東海林の手のひらを伝って彼の心にまで入ってきた。


「綺麗な町並みね」


ここで再び遊佐は視線を反らした。


霊兎寺は住宅街だが、すぐ先には世界でも有数の都市・東京の街がある。


白や灰色が比重を多く占める住宅街の後ろには、特別区のビル群が見えた。


「よし、俺があそこのビル群に勤めるようになったら、


また告白してやる」


「ええ、楽しみにしてるわ。


そのときはまた断ってあげるわよ」


「よし、その台詞覚えてるぞ?」


「望む所よ」


遊佐とは形式的には友達であり、それ以上でもそれ以下でもない。


他愛ない会話を楽しみながら、東海林はこういう関係も悪くないなと感じていた。






 ―――






 円威はゲームセンターで放課後を謳歌していた。


格闘ゲームにはまっている円威は、この日もバーチャルの世界で格闘技に明け暮れていた。


80を越える中国人を操って、暗殺者や僧侶、プロレスラーを薙ぎ倒す。


現実の世界ではなかなか想像できない非リアリズム的な感覚が、円威は好きだった。


最後までクリアして、スタッフロールが流れる。


さあ、そろそろ帰るかと席を立ち上がったのと同時に、


聞き覚えのある声が円威の耳をすっぽ抜けた。


「あいつは拉致ったか?」


柳井征。


かつて友達を薬物中毒に貶め、殺害した張本人だ。


「もちっす。今から行くんですか?」


白いTシャツを羽織った丸刈りの小男の姿も見える。


「ああ。ちょっとな」


(誰か拉致ったのか?)


円威は、ばれないように2人をストーキングすることにした。


幸か不幸か、栗山藍を尾行しているうちに、


相手に悟られないで後をつける技術を習得していたので、


柳井にばれる心配もなかった。


ゲーセンを抜けると、薄暗い繁華街である。


道路は誰かが捨てていったであろうコンビニ製品の包装が散らばっており、


この一帯における治安の悪さを物語っていた。


(おそらくはビル霊兎寺に向かうんだろうがな)


ビル霊兎寺は、『ルシファー』を捌く柳井一味が根城としている場所とされている。


5階建ての建物だが、実質は不良グループの憩いの場である。


このビルの地下が柳井たちの本拠地であることを、円威は自身の諜報活動で知っていた。


柳井たちがビル霊兎寺の前へ差し掛かる。


円威の心拍数が一気に跳ね上がる。


柳井たちが一歩一歩進むごとに、円威の心臓も脈打つ。


しかし柳井たちの足は、ビル霊兎寺の中には入らなかった。


(ん? どういうことだ?)


ばれたか。


しかし、それにしては柳井たちの様子はあまりにも自然体だった。






 「そう。ありがと。


引き続き、情報あればメールでもいいから連絡よろ」


鳴瀬川は、円威からの電話を切った。


電話を切ると、再び生徒会室が静かになった。


今日は『ミレーヴァ』で臨時例会が行われるという情報を察知したので、


イヤホンを介して盗聴を試みているのだが、


何も聞こえない。


(中止になったのかな?)


生徒会室を抜けて、2年D組の教室へ向かう。


鳴瀬川自身が隣のE組だったので、教室まで忘れ物を取りに行くていで向かうことにした。


「ん?」


2年D組の教室から、2人の生徒が出てきた。


1人はうちの制服だが、もう1人は違う高校の制服のようだ。


いや、高校生にしては背丈が低い。


「あ、鳴瀬川さん」


霊兎寺高校の制服を着ていた方が声をかけてきた。


「どうしたの? 白川さん」


白川舞。


噂では『ミレーヴァ』のヘヴィユーザーだそうで、


ことあるごとにこのサークルを訪れているという。


「弟が『ミレーヴァ』に行きたいっていうから来たんだけど、


今日はやってないみたいだね……」


白川舞の言うことには、とある一件を機に、弟が遊佐を慕っているとのこと。


進路のことで悩みがあるとのことだったので、相談しにきたのだそうだ。


「そのようだね」


扉に填められた窓から教室を覗いても、


人っこ1人いなかった。


その時、鳴瀬川は胸ポケットから振動を感じた。


取り出すと、円威からLINEがきていた。


『クラブ』『ANGEL2階』『栗山藍』『拉致られてる』


すぐさま『りょ』と返信を打とうとしたが、更に情報が流れてきた。


『ミレーヴァにうその情報流してる』


『8時にビル霊兎寺に行かそうとしてる』


「えっ」


思わず声をあげてしまった。


瞬間、鳴瀬川は(しまった)と思った。


「ん、どうしたの?」


白川舞が、LINEの内容に興味を持ったらしかった。


「あ、なんでもないよ。


大丈夫」


「そういわれると逆に怪しいっすよ」


中学生の男の子が、勝手に画面を覗き込む。


なんてデリカシーのない男だ。


「こら、守。


勝手に人の携帯見ちゃだめでしょ」


そう言いながら、白川舞も画面を一瞥した。


まったく、なんて姉妹だ。


「え……」


目が点になるとはこのことか。


そう思わせるほど、2人は目の動きを止め、画面を注視した。


「鳴瀬川さん、どういうこと?」


鳴瀬川は、自身のケアレスミスを悔やみながら、


2人を2年D組の教室に誘導した。


ちょうどいい。


たった今思いついた、栗山藍を救出する作戦に、2人も巻き込もう。


どうせ『ミレーヴァ』の人間は巻き込んでしまっている。


今更何人巻き込もうが、知ったことではない。

夜も蒸し暑いと、いよいよ夏だなって感じですよね。

虫さえ出てこなければ、一年中夏でもいいんですが(笑)

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