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第11章:脱法の毒牙5

 ―――






 「そう。ともかく、ご苦労さま」


円威が薬物売買グループと接触した。


感情が先行してしまった結果、たまたまその場に居合わせた女子生徒を放置してしまったことも併せて報告してくれた。


「戻ったが、遊佐も栗山も居なかった。


柳井の野郎に、拉致られたかもしんねえ」


「いや、それは大丈夫」


鳴瀬川は自身が仕掛けた盗聴器で、2人が病院に居ることを知っている。


そのことを話すと、電話の向こうからは安堵のため息が聞こえた。


「しかしよ、まずいことになったな」


「まったく」


『ミレーヴァ』の人間が実際に襲われたとなると、


中途半端だった嶋村も態度を豹変させるだろう。


「生徒会だけで片付けたかった案件だけど、もう無理だろうね」


生徒会は、いわば学校という閉ざされた自治体の行政機関である。


生徒会長が総理大臣で、生徒会員が閣僚。


行政機関である以上、内部の問題は率先して解決に動かねばならない。


『ミレーヴァ』は何でも屋サークルではあるが、


立場的には一介の同好会に過ぎない。


一介の同好会が背負うには、学校内部をめぐる薬物事情の問題は、あまりにも大きい。


鳴瀬川も円威もそう思っていたから、今までは『ルシファー』の案件は『ミレーヴァ』に隠匿するように努めていた。


「どうする? 


嶋村もそうだが、仮にあいつが渋っても、どうせ興津あたりが黙っちゃいないだろう。


『ミレーヴァ』の介入は避けられねえな」


鳴瀬川は、受話器に向かってため息を吐いた。


「ま、こうなるのもある意味必然だったのかもしんないし」


「すまねえ、生徒会長」


「いいよ、しょうがないしょうがない。


ともかく円威君。これ以上気負わないで、今日は休みなさいな」


「明日からも働いてもらうことになるだろうしね」鳴瀬川は電話を切った。


「さて」


鳴瀬川は電話をポケットにしまうと、鞄から財布を取り出し、コートを羽織った。






 ―――






 駆け足で病院までいくと、遊佐想奈と書かれたプレートの病室には『面会謝絶』の看板がかけられていた。


栗山藍が遊佐の病室の前に佇んでいたので、嶋村たちは彼女から話を聞くことにした。


栗山自身は落ち着いているように見えたが、その目の周りは赤かった。


病室の前で話をするのも迷惑がかかるとのことで、


4人は病院の中に設置されたカフェに移動した。


「そういうことだったのね」


ひとしきり話を聞いた興津は歯を食い縛った。


「私があんな男と付き合ってたばっかりに、想奈ちゃんにまで怪我を負わせちゃって……」


栗山はそういって、また泣き出した。


「嶋村先輩!」


魚住は机を力強く叩いて、嶋村の方を向いた。


「これでも『ルシファー』根絶をしないって言うんですか!?」


「どうなのよ?


この期に及んでまだ怖気づくわけ?」


興津にもやりこめられ、目のやり場に困った嶋村は左の方にそっぽを向いた。


そっぽを向いた先には、顔に包帯を巻いた低身長の男がいた。


「駒田っぽい奴がいるぞ」


その低身長の男もこちらの存在に気づいたようだった。


こちらへと歩み寄ってきた辺り、駒田のようだった。


「おーおー、嶋村たちじゃねえか」


駒田の口の動きには妙なところがあった。


「お前らも奴らにやられた……わけじゃなさそうだな、イテテテ」


言い終わったあとで、駒田は左の頬を押さえた。


嶋村は制服からメモ帳とボールペンを取り出して駒田に差し出した。


「骨かどこか折れてるんだろう。


これを使え」


『すまねえ』


お世辞にも綺麗な文字とは言えなかったが、読めない文字ではなかった。


「一体誰にやられたんだ?」


1分ほど経ったのちに、駒田はメモ帳を嶋村たちに見せた。


『ルシファー売ってる奴ら

東海林も入院してる 柿沼が教えてくれた

あいつ意識不明』


「東海林の病室に案内しろ!」


『うるせー ここ病院』


嫌悪の目線と無言の非難にもさらされ、嶋村は小声で「すまない」という外なかった。


『案内する ついてこい』


筆談の駒田に従って、そそくさと会計をすませて一行は東海林の病室へと向かった。


案の定、『面会謝絶』に阻まれ病室の中に入ることはできなかった。


「あの、すみませんが」


女性の看護師が嶋村たちに声をかけてきた。


「東海林康雄さんのご友人ですか?」


嶋村は「はい」と返答すると、女性の看護師は複雑そうな表情を作った。


「……きっと、大丈夫ですよ」


そう言って彼女は去った。


嶋村には、その物言いがあまりにひっかかった。


同時に、嫌な予感がした。


こういう予感ほど、不思議とよく的中するものだ。


扉につけられた透明な板から垣間見ると、


妙な機械と数本のチューブで繋がれた友の姿があった。


「東海林……」


傍らにいる興津みなみとともに、東海林康雄という男も嶋村にとってはかけがえのない男である。


『ミレーヴァ』の情報担当としても惜しい人材であり、


何より男の友人の中では一番親しい存在であった。


その東海林がいなくなることなど、想像したくもない。


『まじですまん


つらいけど あやまることしかできない』


筆談で謝罪の念を述べるのは、


不良ということで、最初は苦手に思っていた駒田太助。


しかし彼は根はまっすぐな男で、柿沼の妹の手術の時には真っ先に駆けつけるなど友達想いな一面もある。


そんな彼も、『ルシファー』を売りさばく連中に怪我を負わされた。


「消えてしまえばいいのに。


『ルシファー』も、アイツも」


涙ながらにひとりごちる栗山。


彼女を『ルシファー』を売りさばく元彼から守り通した遊佐想奈。


他人の心が読める彼女はある種神秘的な存在である一方、


嶋村自身がいない時の咄嗟の統率力も持ち合わせている。


その彼女も、『ルシファー』売買連中の手に落ちた。


かけがえのない仲間を3人も、手負いにさせられてしまった。


しかしそれでも決心が固まらないほど、薬物が絡む問題は厄介である。


ただ悔しそうに歯軋りする嶋村の肩を、何者かが叩いた。


いきなりのことだったから、嶋村はおおいに狼狽した。


大声で怒鳴られた時みたく後ろを振り向く。


「おっと、驚かせちゃったかね?」


「……なんだ、鳴瀬川か。


偶然だが、あいにく取り込み中でな」


「だろうね」


鳴瀬川は、機械と繋がれた東海林の病室を一瞥した。


「しばらくの間、校内において君らに戒厳令を出すから」


校内の統治権を『ミレーヴァ』に委託するということか。


「は? 何を言ってるんだ?」


鳴瀬川は言葉では返さず、嶋村に手を出すよう促した。


少しして出された嶋村の上に、彼女はなにかを置いた。


「これでわかるでしょ。


我々としても、どうにかしたい問題なんだよ」


鳴瀬川は返答を待たず、去っていった。


残された嶋村の右手には、イラストの書かれた小さい錠剤が入ったチャック袋が載せられていた。


「……」


一応は生徒全体の長ともいえる生徒会が支持してくれる。


これで、薬物調査を行うことに対する公的な障害は取り払われた。


私的な妨害は依然として油断できないが、鳴瀬川から下された戒厳令は、


『ミレーヴァ』にとっては決して小さくない追い風だった。


嶋村は心の中で、躊躇っていた心情を灰にした。


これまで以上に、何かが燃え上がるのを感じた。


決して情熱などというような生やさしい響きではない。


「……やるぞ」


憎悪、怨恨、復讐、破壊、殺戮。


嶋村の声には、そういった類の気迫が濃厚に込められていた。


興津が嶋村の目を見ると、彼の目はいつになく感情的になっていた。


「『ルシファー』も、それを売りさばく悪鬼も、


この街から排除する」


嶋村は、興津、駒田、魚住の顔を交互に見渡した。


「僕ら『ミレーヴァ』は麻薬をさばく連中を敵に回すことになる。


当然ながら、相手は得体の知れない奴らだ。


正直、向こうに何をされるかわからない。


『ミレーヴァ』を去りたければ止めはしないが、どうする?」


「愚問ですよ、先輩」


『去るわけねーだろ、バカ!』


魚住も駒田も、とうに覚悟はできているようだった。


「仲間が怪我させられて、私が黙ってると思ったら大間違いよ。


操、何年私と腐れ縁してんのよ?」


興津は拳を鳴らしていた。


その顔は、口で言うよりも明瞭に「待ってました」と告げていた。


「皆、ありがとう」


嶋村は皆の目を交互に見た。


その顔は、心なしか笑顔だった。


「栗山藍さんだったかな?」


一通り皆の目を見た後、嶋村は栗山に目線を向けた。


「今回の件については、あなたはこれ以上気負わず、


私たち『ミレーヴァ』にお任せください。


『ルシファー』も、それを売る連中も排除します」


排除できる根拠などない。


しかし、根拠がなければ作ればよいのだ。


6人中3人もの人員が負傷させられて戦えなくなってしまったが、


魚住には演技力と変装スキルがある。


興津には道場で鍛えられた武の心得がある。


そして嶋村には『ミレーヴァ』の仕事解決に幾度も貢献してきた頭脳がある。


相手が得体の知れない輩であろうと、


全くの負け戦にはならないだろう。


『ミレーヴァ』は、ただでさえ仲間が怪我を負わされている。


どうせやるなら『ルシファー』に絡む一連の騒動を徹底的に暴いてやろうと嶋村は考えていた。


何者かは知らないが、この嶋村操が率いる『ミレーヴァ』に喧嘩を売ったわけだ。


身も心もぼろ雑巾同然にして、身の程というものを存分に思い知らせてやろう。


「皆」


再び嶋村は興津たち3人を交互に見回した。


堕天使ルシファー女神ミレーヴァには勝てないことを、証明させるぞ」

仲間が3人もやられてしまっている所から、奮起する場面。

このシーンも、個人的にお気に入りです。

頭脳派の嶋村と肉体派の興津、演技派の魚住。

悪名高い堕天使ルシファー集団を、どのように甚振るのか。

6月7日以降、最終章にて明らかになります。

(とうとう本作も、佳境に入りましたよ)

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