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第11章:脱法の毒牙3

 ―――






 嶋村が不審に思っている頃、東海林は永澤公孝と帰路を共にしていた。


永澤公孝が『ルシファー』という薬物の常用者であること、


最近では定期的にビル霊兎寺にある事務所で金銭と引き換えに薬物を購入していること、


永澤公孝の言う『病気』が仮病であり、実情は麻薬の禁断症状であること。


東海林は自身の情報収集網を余すことなく駆使して、


永澤公孝の境遇を知った。


この情報をもとに部活内で永澤公孝を自白させる手も考えたが、


東海林としては同じパソコン部の部員ということもあり、あまり事を荒立てたくなかった。


「先輩、話ってなんですか?


俺も暇じゃないんで手短に頼みますよ」


「ああ」


永澤公孝にせかされるが、東海林としては口が重たい気分だった。


今の時点では、永澤公孝に不審な点はない。


額を見ても、汗に濡れてはいなかった。


「なあ永澤。


俺はお前の先輩だよな?」


永澤公孝は狐につままれたような表情をみせて「そうですけど?」と返した。


「なあ、その先輩に、何か隠し事とかないか?」


「隠し事、ですか?」


「例えば、『ルシファー』とか」


その名前を出した途端、永澤公孝の額から汗が噴き出したのを東海林は見逃さなかった。


「『ルシファー』……な、なんすか? 堕天使ですか?」


「とぼけるな!


最近妙に汗をかくようになったのは『ルシファー』の禁断症状だろ?」


「ち……」


永澤公孝は「違う」と言いたかったのかもしれない。


東海林も、本来であればそう言ってくれることを望んでいた。


しかし、幸か不幸か、彼は既に知っている。


仮にここで永澤公孝が「違う」といっても、東海林にとっては見苦しいだけであった。


「俺の情報収集能力をなめんな。


お前がビル霊兎寺の事務所へ行って定期的に『ルシファー』を買ってることだって知ってるんだ。


あの暗号にも、『ビル霊兎寺には近づくな』って書いてあったろ?」


「……」


永澤公孝は、歯軋りをするのみで、何も言葉を発さない。


「なあ、何とか言えよ!」


東海林が永澤公孝の肩を揺らす。


その途端、東海林は後ろに突き飛ばされた。


「イッテ……、お前!」


「……これを」


永澤公孝は錠剤の入った小袋を取り出した。


「これを飲んでいれば、俺は勝ち誇った気分になれるんだ」


相手を嘲り笑う永澤公孝の顔が、なぜか東海林には悲しそうな表情に見えた。


彼の半生に、一体何があったのだろうか。


しかし、今は、彼の気持ちを理解してやる余裕などない。


「おい、やめろ。


そんなもん捨てろよ!」


東海林の制止も聞かず、永澤公孝は自身の右手に錠剤を2粒乗せ、口にした。


「へっへへ」


脱力する東海林の顔を見て、永澤公孝は不気味な笑みを浮かべた。


「東海林先輩、そんな顔しないでくださいよ?


さあ、これ飲んで一緒に元気になりましょ? ね?」


目から口から、あらゆる顔のパーツを崩壊させたような表情のまま、


永澤公孝は1粒の錠剤を、東海林に渡そうとした。


「やめろ!


俺はそんなもんいらねえ!」


永澤公孝の顔が、やにわに変わった。


「せっかく人があげようっつってんのに、いらないだって?」


「当たり前だ。


そんな得体の知れないもん、誰がいるかってんだ!」


「そう……」


永澤公孝は身体を横に揺らした。


「じゃあお前なんかこうしてやる!」


不安定な身体から、いきなり東海林を突き飛ばしにかかる。


いきなりのことで、東海林は避けきれなかった。


永澤公孝の両腕に吹き飛ばされた東海林の身体は、


鈍い音とともに、衝突した電柱の足元に落下した。


「へへ……へへははは……」


永澤公孝は荒い息をはきながら、腑抜けた笑い声を出した。


「先輩が……悪いんだぜ……」


笑いながら永澤公孝は、再び『ルシファー』を数粒飲み込む。


『ルシファー』を消化器に突っ込むと、その場から走るように立ち去った。


遠のいていく意識のなかで、東海林は力なく笑った。


(皮肉だよな)


永澤公孝がとぼけた通り、ルシファーとは悪魔でもあるが、その実は堕天使の一人。


永澤公孝は悪魔に魅入られ、そしてその悪魔によって苦しめられている。


矛盾した行動をとる永澤公孝のことを考えながら、東海林の意識はブラックアウトした。






 「話とは何だ?」


同じ頃、霊兎寺学園駅前の裏路地では一触即発の空気が流れていた。


2人の男が互いを睨む形で仁王立ちしている。


1人は低身長の金髪で、もう1人は白いバンダナを巻いた大男だった。


「ヒザマ。2年ぶりだな」


ヒザマは昔から名の知られた不良ではあった。


天性の才能を持っていたヒザマは幼少の頃からケンカ無敗で、その名を聞くだけで恐怖を覚える不良も多い。


ヒザマが地元の工業高校に入った頃、その高校の不良たちは激しく動揺した。


その工業高校はそこそこ不良校として知られていた。


名のある不良校の荒くれ者たちが、後輩1人抑えられないようでは名が廃る。


そう考えた彼らは、ヒザマを呼び出して集団でリンチすることにした。


彼らは金属バットや木材、果ては火炎瓶まで用意してヒザマを待ち構えた。


ケンカ無敗という噂を聞いていたからにはヒザマという男が相当な手練であることが予測できたことも理由にあったが、


何より武器を駆使して集団で少人数を甚振るやり方が、この工業高校の伝統的な『シメ方』でもあったからだ。


約束した時刻通りにヒザマは1人でやってきた。


先輩集団は丸腰だった彼を、一気に数人で囲んだ。


ヒザマを囲んだ者全てが刃物や棒切れを持っていた。


得物を持った者全員が、同時にヒザマに襲い掛かった。


全方向から同時に攻撃が繰り出されればいかなる達人も避けることはできない。


実際、この方式でこの工業高校は他校の名だたる不良を倒してきた。


しかしヒザマに限っては、この方法も通用しなかった。


ヒザマは自身を囲ったなかでも一番身体の大きい男に低姿勢からタックルをしかけ、仰向けになぎ倒した。


そののち、その男の両足を脇に抱え込み、振り回した。


いわゆるジャイアントスイングで、ヒザマを包囲していた集団をなぎ倒した。


やがて火炎瓶が投げ込まれたが、脇に抱え込んでいた男を盾にして火炎瓶を回避した。


やがて火炎瓶がなくなると、先輩集団が一斉に襲い掛かったが、


一対一の白兵戦でヒザマを止められる者は1人としていなかった。


かくしてその工業高校の先輩集団は、たった1人の1年生に全員が倒されてしまった。


ヒザマは1年生の内からその高校のいわゆる番長になれる権利を獲得したが、


この暴力事件が仇となり、退学処分を食らってしまった。


もっともヒザマとしても、退学自体は何も感じなかった。


純粋に強い奴と戦いたい。


退学して暇な時間が増えた分、ヒザマはむしろ自身の境遇を肯定的に捉えていた。


ヒザマが退学して半年経った頃、


駒田は中学3年生で、ボクシングに熱心に取り組んでいた。


その矢先に、ヒザマの噂が駒田の地元にも入り込んできたのだ。


駒田は当時ボクシングや喧嘩では無敗だったこともあり、


噂のヒザマ相手にも勝てるだろうと高を括っていたため、ヒザマを倒してやるぜと周りに吹聴しだした。


その噂を聞きつけたヒザマは、駒田にタイマン(1対1の決闘)を申し込む。


負ける気の無い駒田はこれを二つ返事で承諾し、その日の午前1時に近所の河原で落ち合うことになった。


その話を聞いた駒田の仲間はヒザマをフクロにして名を馳せようと、


彼ら自身も同じ時刻に河原で待ち伏せすることにした。


そして約束の時刻が来た。


駒田は目にも止まらぬ両拳と軽快なフットワークでヒザマを翻弄しようとしたが、


ヒザマの一撃を食らい、ものの数秒で倒された。


その瞬間に草葉の陰から駒田の仲間が出てきたが、


その全てがヒザマによって地に顔を伏せることになった。


このようにヒザマは喧嘩無敗ではあったが、


金品を奪うようなことはせず、また仲間を作ったりもせず一匹狼として活動していた。


少なくとも、2年前まではそうだった。


「それなのに、どうしてあんな薬物さばくような奴らとつるんでやがる?」


2年前までは、ヒザマはただの喧嘩屋だった。


それが、今では薬物売買グループの用心棒である。


「……愚問だ」


ヒザマの声は野太いものだった。


「麻薬がどうとかは関係ない。


俺にとってはこっちの方が、強い奴らと戦えて丁度いい」


「ふざけんな!」


駒田の素早いフラッシュ(目くらましパンチ)が繰り出されたが、


ヒザマはそれを片手で受け止めた。


「また2年前と同じ失敗をするのか?」


ニヤリとも笑わぬ淡々とした口調が、駒田を激しく焦らせた。


「く、くそ!」


どれほど引っ張っても、はたまた押しても、掴まれた腕はヒザマの手から離れない。


「お前のような雑魚に用などない」


ヒザマがもう1つの手で裏拳をかますと、


駒田はその場に崩れた。


ヒザマは2年前と同じ光景を眼下に見下ろしながら、


「もっと強い者と拳を交えたい」と呟いて、どこかへ消え去った。






 「白状しろ……あいつはどこにいるんだ!?」


遊佐は栗山と帰路をともにしていた。


といっても単に一緒に帰っていたわけではなく、


遊佐は栗山のストーカーを現行犯で押さえようとしていたのである。


しかしそのストーカーは、自らその姿を現した。


「ストーカーってあなただったのね」


遊佐は、両腕を組んで男と対峙した。


「円威邦孝」


かつて栗山にストーカーまがいの行為を働いていたとされる円威邦孝その人が、


遊佐と栗山の前に立ちはだかっていた。


円威邦孝は憎悪の目を栗山に向けながら、右手にはサバイバルナイフを装備していた。


「円威……」


恐怖におののいて遊佐の背中に隠れる栗山に代わって、


遊佐が円威邦孝と立ち向かった。


「そんなストーカーまがいのことをしても、彼女の心は動かせないわよ」


言いながら、遊佐は別のことを考えていた。


遊佐の心の目を持ってすれば相手が心の裏で考えていることなど手に取るようにわかる。


それゆえ、円威邦孝が実は栗山を激しく嫌っていることも知っていた。


その円威邦孝が、なぜ嫌っている人間をストーキングするのだろうか。


「俺の友達にはな、麻薬漬けののちに廃人同然になって死んじまった奴がいんだよ」


その声は憎悪が十分すぎるほど込められていた。


「そしてそいつに『ルシファー』とかいうクスリを提供したのが、お前の彼だってわけだ」


「彼……まさか征のこと?」


確かに栗山の人間関係には、柳井征という赤い髪を持った男がいた。


「そうだ。


『ルシファー』さばいてやがる奴らに復讐してやんだよ」


円威はその為に、生徒会に入った。


生徒会に入れば、公然と校内中をうろつくことができる。


実際、円威は去年の12月頃から『ルシファー』中毒に陥る生徒を調査していた。


校内の風紀を正さんとする鳴瀬川を味方につけたことも、円威にとっては追い風だった。


「最近じゃあよ、パソコン部のやつがいるな」


「パソコン部……まさか」


遊佐には心当たりがあった。


つい先日、『ミレーヴァ』の門を叩いたパソコン部員がいたからだ。


「あの変てこな暗号文をしたためたのは、あなた?」


「『ビル霊兎寺に近づくな』ってやつだろ?


正直永澤は、あんま頭よくなさそうだったから、


もっと簡単なもんにしとけばよかったとは思った。


だからあいつが『ミレーヴァ』に相談したとき、俺は歓喜したよ」


永澤1人では解けなくとも、『ミレーヴァ』の手にかかれば、


あの程度の暗号くらいすぐに解いてくれる。


「ま、結局聞いてもらえなかったがな。


それよりもよ、栗山」


円威は、遊佐から栗山に目線を移した。


「柳井征って奴の住所を教えてくれ」


「それで、何するの?」


「決まってんだろがよ」


円威は、左手のサバイバルナイフをちらつかせた。


「それが、さ」


栗山は、苦い顔をした。


「あいにく柳井征ならば、別れたんだよね。


彼、暴力ばっかだし」


「な……何!?」


その瞬間、円威が肩から崩れ落ちた。


肩から崩れ落ちた際に、手に持っていたサバイバルナイフも落とした。


「じゃ、じゃあよ、お前は、あいつの居所を知らねえんだな?」


「うん、電話番号もメアドも消しちゃった」


「……そ、そうか」


円威は顔をあげぬまま、まるで独り言のように呟いた。


「お、俺は今まで、何のためにお前をストーキングしてたんだ……」


栗山に対する尾行で、校内の評判も急落していた。


いまや、まともに接してくれるのは、鳴瀬川くらいしかいなくなった。


虹色の青春を犠牲にしてでも、友の仇をとりたかったのだろう。


それなのに、である。


「残念なのはわかるけど、


私だって麻薬売ってるとか吹かしてる人間なんかと付き合えないよ」


「麻薬売ってるとか吹かしてる人間、ねえ」


道路の向こう側から、人相の悪い集団がこちらへ近づいてくるのが見えた。

昨日、銭湯に行ってきました。

体重を量ったんですが、なんと48キロ。

こないだ友達に「お前やせた?」って言われたんですが、

ここまでとは……。

なんとなく50は切りたくなかったので、少しショックでしたね(笑)

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