第10章:決着と暗雲4
「話って、なんですか?」
興津と別れてから、すぐに嶋村はある場所へ向かった。
それは、ある時を境に待ち合わせ場所となった所でもあった。
「お待ちしてましたよ」
霊兎寺学園前駅はそこそこ大きな駅で、この時間帯でも割と多くの人間が行き交っていた。
「久々にお顔を見れて嬉しいです、嶋村さん」
嶋村は息を1つ吸い、その名を読んだ。
「植野さん」
植野絵梨佳とは、とある依頼を通して親しくなった。
3年が自宅学習となるその日まで、毎日登校をともにしていた。
かれこれ植野とは、1ヶ月近く会っていないことになる。
植野は満面の笑顔を嶋村に向けていた。
その笑顔を見て、嶋村は胸が刺される感覚に陥った。
「植野さん……僕は……」
「ど、どうしたんですか?」
いつになく真剣な嶋村を見て、
無邪気な笑顔を浮かべていた植野も異変に気づいたようだった。
「僕は……」
嶋村はひとつ、大きな呼吸をした。
「僕は、あなたの気持ちに応えることはできません」
「え……」
植野の顔が石のように硬直した。
「僕はやっぱり、あなたを選ぶことができないんです」
その瞬間、植野の口元が綻んだ。
「やっぱり……興津さんを選ばれるんですね」
「え?」
「ずっと前に、あなたたちが2人で歩いてるところに偶然出くわしたことがあったでしょ?
あの時に私、思ったんですよ。
『悔しいけど、お似合いだな』って」
植野の顔は微笑みを絶やさない。
「だから、せめて高校生活最後の思い出にと思って、
周りくどいこと言ってあなたをデートにお誘いしたの」
そういって植野は人差し指を唇にあてた。
嶋村の目の前にいるのは大人になろうとしている少女ではない。
嶋村からすればすっかり大人の、植野絵梨佳がそこにはいた。
「よくわかりましたね、私があなたのことを恋焦がれていたってこと」
「植野さん……その、なんと申していいか……」
「あなたが後ろめたい気持ちになる必要なんてないわ」
しどろもどろな嶋村と、いつになく雄弁な植野の2人は、
傍から見るとあまりに対照的だった。
「だから、せめて私からの最後のお願い」
「……何でしょうか?」
「興津さんを、大事にしてあげてくださいね」
目は涙に濡れながらも、笑顔を絶やさない植野。
(大人だ、この人は)
嶋村はそう思わずにはいられなかった。
「今まで一緒に登校してくださって、
本当にありがとう」
植野は深々とお辞儀をした。
あまりにそれが美しいものだったから、逆に嶋村が恥ずかしくなってきた。
「そ、そんな、いいですよ、お辞儀だなんて」
嶋村が慌てて植野の顔を上げさせようとしたが、
そうする前に植野の声が嶋村の耳に突き刺さった。
「嶋村さん、帰って」
「え?」
「私だってこんな状態で笑顔を続けるの、辛いんですからね。
だから、早く帰って……」
その声は震えかけてはいたが、芯のある声であることに違いはなかった。
「植野さん、短い間でしたが一緒に登校できて楽しかったです」
断じて、その場しのぎのお世辞ではない。
嶋村は短い間だったとはいえ、植野との登校を毎日の楽しみとしていた。
たとえ恋人としては見れなくとも、その思い出に偽りはない。
「ありがとうございました」
嶋村も、植野に負けじと深くお辞儀して、足早に去った。
やがて聞こえた植野の嗚咽を、嶋村は背中で聞いた。
遠ざかっていく彼女の泣き声を背中で受け取ることが、
嶋村にとって自分ができる最大限の敬意であるように思えた。
翌日の放課後、暗号解読の依頼者である永澤公孝が再び『ミレーヴァ』を訪れた。
「暗号は解けました。
もっとも解いたのは僕ではありませんが」
嶋村は昨日の疲労や諸事などどこ吹く風とばかりに、依頼者の正面で自信漲る代表としての顔をしていた。
「では暗号解読の一番の功労者である東海林に説明してもらいましょうか。
東海林、頼むぞ」
東海林は「りょーかい」といって、昨日依頼人から託された暗号、
そしてA4用紙にまとめられたレポートのようなものを机に出した。
「詳しくはここに書いてあるが、まあそれは、暇だったら見てくれればいい。
単刀直入に言うと、この暗号が言っているのは『ビル霊兎寺には近づくな』」
ビル霊兎寺とは霊兎寺学園前駅の南口にある、ちょっとした雑居ビルのことである。
「確かあそこって、暴力団まがいの事務所があるとかって……」
興津が言うとおり、ビル霊兎寺は暴力団とまでは行かずとも、
がらの悪い若者グループの事務所があると言われている。
「そういうこと……だったん……」
今日は2月らしく北風が吹いてとても寒い天気だが、
永澤公孝は汗だくになっていた。
「永澤君、大丈夫ですか?」
嶋村が声をかけるが、永澤公孝はそれに応じない。
応じないのではなく、応じれないように嶋村は感じた。
彼が胸を押さえて、蹲ったからだ。
「胸が……苦しい……」
「ちょっと、大丈夫なの!?」
興津に背中を撫でて貰うこと数分で永澤公孝は回復したようだった。
顔色はまだ悪いが、立てるくらいには治まったようだ。
「すみません、身体が病弱なもので……。
報酬はこちらに置いておきます」
永澤公孝が何気なく置いた紙には、それぞれ野口英世と樋口一葉が描かれてあった。
「暗号解読してくれてありがとうございました。
では用事があるので失礼します」
永澤公孝は、まるで逃げ帰るかのように教室を去っていった。
「あいつ、あんな身体病弱だったっけ?」
東海林が首を傾げている。
嶋村は苦い顔をしながら、しかし東海林に冷たく言い放った。
「東海林、永澤公孝君について色々調べてくれないか?」
東海林は複雑な顔をしたが、やがて「おう」と曖昧な返事を返した。
―――
鳴瀬川は、生徒会長の椅子に腰を預けながら、大きな音を立てて舌を打った。
「いきなりなんだ、会長さんよ」
「ストレスは美貌の敵だぜ?」と薄っぺらい言葉を吐く円威に対して、
鳴瀬川の顔は神妙だった。
「そんな暢気なこと言ってる場合じゃなくなりそうだよ」
「どういう意味だ?」
「動き出したよ、彼らが」
ことの重要性をようやく理解したのか、円威は顔をしかめた。
女心と秋の空なんて言いますが、春の空もなかなかだと思います。
昨日だって、午前中はあんな晴れてたのに、
夕方頃になって雨が降ってきましたし。
そういえば一昨日、巷で話題のビリギャルを買いました。
でも、まだ読めていません。
読めていないといえば、1週間前に買ったコナンの新巻も読めてません。
本を読む時間が欲しいです……。




