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第10章:決着と暗雲2

 「え? 操が?」


『ミレーヴァ』の活動場所である2年D組の教室から保健室までは、


そこそこ距離がある。


すっかり日も暮れて真っ暗になりつつある廊下を、


嶋村、興津、東海林といった『ミレーヴァ』の初期メンバーで歩いていた。


しかし、動いている足は4本だった。


「ああ、特に今日なんかずっと上の空で、


俺が5回呼んでようやく反応したくらいだ」


嶋村は意識があるのかないのかわからないが、反応がない。


その状態のなか、東海林は最近の嶋村の様子を興津に話していた。


「何に悩んでるのかしらね?」


「さあな。


俺も気になったけど、教えてくれる素振りもないしな」


「はぁ……水臭いったらありゃしないわ」


興津は心底がっかりしたような顔をした。


「俺はこいつとつるむようになって2年になるが、


嶋村はいつも自信にみなぎって、そして何でもやり遂げる。


そんなこいつをあそこまで追い詰めてるものが何なのか、全くわからない」


話し込んでいるうちに保健室についた。


扉を開けると、養護教諭が慌てた様子でこちらへ駆けていくのが見えた。


「あっ、もしかして急病人?」


「えっ、はい」


「本当にごめん!


先生これから急用があってどうしてもいかなくちゃなの」


両手を合わせて謝罪する養護教諭は、今年で35を迎える中堅どころである。


「う~ん……ベッドだけでも使わせてもらえないでしょうか?」


興津が困ったように懇願するのを見て放っておけなくなったのか、


それとも単に急いでいたからなのか、


養護教諭は「カギさえ職員室に返してくれるなら、ベッドだけなら使ってていいわよ!」と早口に言って、カギを興津に渡した。






 東海林が嶋村を寝せてやっても、嶋村は何も言わなかった。


「興津、お前は小学校の頃からの付き合いだったんだろ?」


興津と東海林はベッドのそばにあった椅子にこしかけた。


「ええ。


幼馴染特有の腐れ縁ってやつかしら?」


「だったらさ、こいつの悩みを聞いてやってほしいんだよ。


俺には無理かもしれないけど、お前になら話せるかもしれない。


この頭でっかちを、助けてやってくれ」


そう言うと、東海林はソファを温めないうちに席を立った。


「さてと、俺は戻るよ」


「え?」


突然のことに興津は戸惑ったが、


「だって頭のあんまよくないあいつらだけじゃ不安だし、


それにお前だって2人でいたいだろ?」


「はあ? 何言ってんのよ?」


興津の顔が見る見る赤くなるのを東海林は見逃さなかった。


「俺が気づいてないとでも思ったか。


俺の情報収集能力を侮りすぎたな」


「……ふん、」


興津は東海林から顔を反らした。


「だったら私だって、とびきりの東海林の秘密を知ってるんだから」


「なんだ、一体?」


「アンタ、遊佐のこと好きでしょう?」


攻守逆転と言わんばかりに、今度は東海林の顔が赤くなった。


「べ、べ、べつに好きってわけじゃない。


単に、可愛い奴だなって思って……」


「それを世間では好きっていうの。


さ、早く彼女のもとへ行ってやんなさい」


東海林はそっぽを向きながら、「おーおー行ってやるよ」と言って、


保健室を後にした。


「……」


興津はしばらく嶋村の顔を眺めていた。


別に際立ってブサイクというわけではないが、イケメンというにはほど遠い。


要するに、石を投げれば当たるくらいにどこにでもいそうな顔である。


それなのに、キザったらしい。


無論それは女性に対してとかそういうことではなく、


喋り方や立ち居振る舞いが、「僕は君より上だ」と言わんばかりの雰囲気をかもし出している。


そして、それに見合うだけの実力を持っているのだ。


その自信家の幼馴染が今、自信を失いかけている。


(私は……)


興津は考えた。


この人に対して、幼馴染であり腐れ縁である私は何をしてやれるのだろうかと。


きっと悩める賢人を癒してあげる女神にならば、なれるのではないかと。


(だって私は……この人のことが、)


沈みかけた夕日のみが保健室を照らす。


(この人のことが、誰よりも好きなんだから)






 2年D組の教室では、暗号との格闘が目下行われていた。


『ながみよ246C242424262438には近づくな』


「さっき嶋村は24がどうとか言っていたわよね」


「いち、に、さん、……24は5コあるぜ」


「24が多い……でも一体それが示すものって何だ?」


「もしかすると『24』が観たかったのかもしれませんねー」


駒田や魚住はあまり頭がよくない。


遊佐も、こういった暗号解読の類は苦手なようである。


東海林は学内でもそこそこの成績を誇っていたが、


それでもこの暗号が解けずに四苦八苦していた。


「なあ、保健室に行って嶋村の知恵を借りようぜ」


「そうですよ!


私たちの頭じゃこんな暗号、100年かかっても無理ですって」


「ダメだ」


しかし東海林は、嶋村に助けを借りようとは考えなかった。


(今嶋村は、それどころじゃないんだ)


何に悩んでいるのか、東海林にはわからない。


しかし、今の嶋村には、とにかくゆっくりと休んで欲しかった。


「私としても病人を戦場に引きずり戻すようなマネは嫌」


東海林の心を読んだのか、それとも単に空気を読んだだけなのか、


遊佐も東海林に乗っかった。


「そりゃ私だってすんごく申し訳ないですよ。


熱出した嶋村先輩に更に熱を出させるようなマネするのは」


「でも、俺たちじゃ無理なんだよ!


このながみよ何とかってロボット野郎の謎を解くのは」


一瞬、東海林の目が止まった。


「……おい、駒田。


今お前、なんと言った?」


「あん?


だから、ロボット野郎って……」


「なんでだ?」


「だってよ、わけわかんねー数字がいっぱい並んでるからよ。


いかにも機械みたいな名前じゃねえか」


「機械……か」


「どうしたんですか? 東海林先輩?」


魚住がキョトンとした顔で東海林の顔を覗きこんだ。


「機械……パソコンみたいな機械にはな、」


東海林は魚住、駒田、遊佐の3人の顔を交互に眺めるように説明をはじめた。


「JISコードってのがあるんだ。


詳しく説明すると長くなるから省くが、要はパソコンに映っている日本語を表示させるための数の羅列なんだよ」


「そのJISコードに照らし合わせると……」といって東海林は自前のノートパソコンを開いた。


ものの数分後に、東海林は3人にノートパソコンを見せた。


インターネットブラウザとワードが画面の半分ずつを占領していたが、


左のインターネットブラウザには『JISコード一覧表』と書かれた、数字とアルファベットが複雑に並んでいるものが並んでいた。


『  …

  2424 い

 2425 ぃ

  2426 う

   …

  2437 し

  2438 じ

  2439 す

   …

  246B る

  246C れ

   …』


右半分のワードには、暗号文と解読が書かれていた。


『246C242424262438。

246C=れ

2424=い

2426=う

2438=じ』


「数字の部分は、『霊兎寺』と言いたいんだろう」


三者三様の溜め息が、同時にこぼれ出た。


「んで『ながみよ』についてだが、


数字がパソコン関連だったから、こいつもパソコンに関する何かであることは容易に想像がつく」


再び東海林はパソコンを操作した。


「魚住。これ、何て言う?」


東海林が指さしたのは、『東海林』の上に小さく『しょうじ』と書かれたひらがなだった。


「そこまで馬鹿じゃないですよ!


『しょうじ』ですよね」


「いや違うな。


この『しょうじ』と書かれたのは何だ?」


「読み仮名、ですか?」


「そうだ。


それを逆から読んでみろ」


「えーっと、な、が、み……」


再び3種類の声が聞こえた。


今度は溜め息ではなく、驚愕の叫びだった。


「ながみよってのは、読み仮名のことなのね?」


「恐らくな。


そしてこういう読み仮名を、パソコンじゃ『ルビ』なんて言う。


遊佐、『ルビ』を逆から読んでみろよ」


「ビル、ね」


「お、おい、それじゃ!」


駒田の顔色が変わった。


答えに気づいたのかもしれない。


「ああ。恐らく、こういうことだろう」


東海林はパソコンから暗号文に目線を移した。


「ビル霊兎寺には近づくな」


教室の扉が、微かに音を立てた。


しかし、誰もがそれに気づかなかった。






 ―――






 生徒会室に入ってくるなり、円威は嬉しそうな表情を浮かべた。


「円威君、どうしたの」鳴瀬川は生徒会長の椅子に身体を預けながら、彼を出迎えた。


「普通にきもいんだが」


「悪いな生徒会長。


ちょっと嬉しいことがあったんでな」


「ふうん」


鳴瀬川は、大して興味もなさげにパック飲料の紅茶を啜った。


「どうでもいいがよ、会長さん。


アンタ、紅茶ばっか飲んでるよな」


「そうだろうね。


私もそう思ってるよ」


「カフェイン飲んでる割りに、いつも眠たそうな目つきしてやがる。


ちゃんと寝てるのか?」


「寝てるよ。


しかも目つきは生まれつきなんだが」


鳴瀬川は、少し声を荒げた。


別にコンプレックスを持っているわけではなかったのだが、


目つきについてとやかく言われるのは、あまり好きではなかったからだ。


「まあいいさ。


ともかく、」


円威はペットボトルの水を飲み干すと、ソファから立ち上がった。


「依然として、由々しき事態であることに変わりはない」


「そうだね」


鳴瀬川は、窓の外を見やった。


東の空は既に暗く、東京都心のビル群はライトアップされていた。


「ま、円威君。


引き続きよろ」


無表情のまま、鳴瀬川はこれまでよりもずっと強い口調ではっぱをかけた。

最近、天気の悪い日が続きますね。

そんな中、今日久々に自転車に乗ったんですよ。

乗ったといっても、駅前に行っただけですけどね。

少し前まで気楽に行けてたんですが、

今日は息があがっちゃって、後半キツキツでした(笑)

後ろの荷物が重たかったのか、それとも運動不足か……。

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