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第10章:決着と暗雲1

 「それじゃこの問題を……嶋村」


「……」


「おい、嶋村」


「はい!


申し訳ありませんが、もう一度言っていただけませんか?」


「15行目からはじまる文の和訳だ」


「……はい。


『たとえ私たちが望まなくとも、科学の発展は止めることは誰にもできず、それによって発生する諸問題に直面するたび、私たちはそれに取り組んでいかねばならないのである。』」


「そうだな。そんな感じで訳してもらえればいい。


この構文はな、……」


嶋村は軽く息をついて、自分の耳から脳への信号をシャットアウトした。


考えても考えても、答えは見えてこない。


そもそも嶋村は何も考えていなかったのかもしれない。


何もせずにただ頭の中で『考えている』状態というのは、


時として何も考えていないことがある。


(今の僕の状態こそ、まさにそれではないか)


嶋村を取り巻く2人の女性。


どちらも、単に親しい人という枠組みで捉えることなどできなかった。


だから、悩んでいた。


男が1人である以上、女も1人でなくてはならない。


重婚が法的に禁止されている日本では、それは暗黙の了解であり、


鉄どころか鋼の掟である。


何があったとしても、その掟が破られてはならないのだ。


(一体……)


嶋村は自分自身に問うた。


(僕はあの2人を好いているのか?)


小学校の頃からの腐れ縁である興津みなみを。


ある時から登校を共にした植野絵梨佳を。


(いっそのこと、どちらか僕を激しく嫌っていればいいのだが)


しかしそれも叶わぬ願いなのかもしれない。


嶋村自身の主観であるが、興津も植野も、彼に対してはかなりいい感情を抱いているように見えた。


(僕は……一体どうすれば……)


嶋村の悩みは計算式や論理で導けるような代物ではない。


深い霧の中、何も持たずに手探りで何かを探すように嶋村は悩み続けた。


「おい、嶋村!」


東海林の声で、ようやく嶋村は脳内の濃霧から一旦は脱出することができた。


いつのまにか休み時間になっていたようだった。


「どうした東海林?」


嶋村は驚いたように東海林を見た。


「それはこっちの台詞だよ。


5回呼んでようやく反応するだなんて、


なんか俺に怨みでもあんのか?」


「いや、ちょっと考え事をしていただけだ」


「ふーん」


東海林はいぶかしむような目で嶋村を見たが、


「まあそこはどうでもいいや。


それよりも、パソコン部の後輩が『ミレーヴァ』に頼みたいことがあるんだって。


今日の放課後、連れてきていいか?」


東海林は『ミレーヴァ』のメンバーでもあるが、同時にパソコン部のメンバーでもある。


パソコン部の副部長として雑務をこなしながら『ミレーヴァ』の仕事にも取り組んでいる、


二束のわらじを履く男であった。


「もちろん構わないが、


どんな仕事か聞いてないか?」


「うーん、それは聞いてないな」


かくして今日の放課後、東海林に連れられて若き依頼者が来ることになった。






 1月のカレンダーが取り外されてだいぶ経ったからか、


次第に暖かい日も増えてきている。


今日も季節上は冬だが、春どころか初夏のような天気だった。


季節に似合わず駒田は下敷きを団扇代わりにしていた。


「おーい魚住、アイスでも買ってこいよ」


「えー? なんで私がそんなことしなくちゃいけないんですかー?」


「馬鹿野郎、後輩ってのは先輩の言うこと聞くもんだろうが」


「い・や・で・すー。


ていうか先輩が奢ってくれるもんじゃないんですかー?」


「チェッ、最近生意気な口聞くようになったなあ」


依頼者をつれてくると言っていた東海林以外の5人が教室にいたが、


口を動かしているのは駒田と魚住だけだった。


遊佐は相も変わらず分厚い文庫本の世界に入り浸り、


嶋村は何か考え事をしているかのように手を米神に当てていた。


興津も腕組みして何か考え事をしているようだったが、


彼女の場合はイライラしているようにも見えた。


「ったく、一体どうしたんだよ3人して。


遊佐はいつものことだが、嶋村たちまで黙り込んでよ」


「『んなもん俺が知るわけねーだろバカ』」


「コラ、テメー俺の口真似してんじゃねえぞ!」


魚住は昔、青少年の劇団に入っていた経験があった。


その経験からか、誰かになりすましたりするのが彼女の得意技であり、


そして趣味でもあった。


今もこうして、駒田の真似をして退屈を紛らわしていたのである。


「だって駒田先輩が1番、私の身長に似てるんですもん」


「真似する基準はそこかよ!


例えば……遊佐だって身長は割と低い方だろうがよ」


「『軽々しく私の名前を出さないで、このミクロヤンキー』」


もう一人の駒田は、今度は遊佐になった。


「テ、テメー、割と身長低いの気にしてるってのに。


この妄想族め、現実の厳しさ教えてやらあ!」


頭に血が上った駒田は、魚住の右肩に拳を当てた。


もちろん、大幅に手加減をして、ではあるが。


血が上ったとはいえ、この魚住とのやりとりを駒田自身も楽しんでいたのである。


「『駒田! 下級生に変なあだ名つけたり暴力を振るったりするな!』」


声量こそ小さいが周りを黙らせる嶋村の声。


もちろんそれは、魚住の口から発せられたものだった。


「こうなりゃ俺は興津の真似だ! 格闘女子ローキック!」


「『ふん、所詮ボクサーの出すキックなんてそんなものだ。


くらえ、六法全書パンチ!』」


駒田と魚住による、興津と嶋村の壮絶な戦いが繰り広げられる。


ここで駒田はある異変に気づいた。


「いやあごめんごめん!


ちょっと色々あって遅れちまったよー!」


しかしその異変を口に出す前に、扉の音とともに東海林が依頼人とともに入ってきた。


「どうも」


東海林についてくるようにして、どことなく野暮ったい男子高校生が入ってきた。


「パソコン部で東海林先輩にはお世話になっています。


1年F組の永澤公孝です」


駒田は永澤公孝の自己紹介を何とはなしに眺めながら、考え事をしていた。


嶋村も興津も我が強い。


2人とも落ち着いている様子ではなかった。


故に「こいつらはほっとこう」といった心の持ちようではなかったはずであり、


それならばどちらかが「いい加減にしろ」と止めてくるはずである。


『格闘女子ローキック』やら『六法全書パンチ』やら、


冷静に考えれば、2人を触発するには十分すぎるくらいのふざけたフレーズである。


現に、今までは魚住と2人をからかう旨のじゃれあいをするたんびに、


「2人とも、あとでどうなるかわかってるわよね?」と興津が目を光らせるか、


あるいは「お前たち、少し度が過ぎるぞ」と嶋村が鋭く鶴の一声を発していた。


しかし、今日はその兆候すら見れなかった。


「……なんであいつら、止めてこなかったんだ?」


駒田の独り言は、誰の耳にも到達せずに空しく漂ったのち、


あっけなく消えてしまった。






 永澤公孝は席に着くやいなや、自分のバッグをまさぐって、


1枚の紙を取り出した。


『ながみよ246C242424262438には近づくな』


「何これ?」


興津は首をかしげた。


「昨日、僕の下駄箱に入ってました。


どういう意味なのかさっぱりなので、解読してください」


「ながみよ……なんのことだろうか」


いかに嶋村といえど、瞬時に暗号を解読できるほどではない。


しかしそれ程難しい暗号でもないような気がしていたことも事実である。


「承知しました。


明日の放課後までに解読してみせましょう」


少しばかり頭を捻れば解けない暗号ではなさそうに思えたので、


嶋村は躊躇いなく期限を設け、依頼者を帰した。






 「なが何とかには近づくなってことだから、


やっぱ人間かなんかなんじゃねーの?」


駒田はこういう頭を使う仕事は苦手のようで、早々に戦線離脱してシャドーボクシングをはじめた。


「ながみよ、永見世、長見代……」


遊佐は、ノートに色々漢字変換して書いてみたが、


「あら、藍からメールがきてるわ」


「メール? それに藍って誰よ?」


「栗山藍よ、同じクラスの」


「ああ、彼女ね」


栗山藍は、つい1ヶ月ほど前に盗撮の犯人を突き止めて欲しいと言ってきた依頼者である。


この件については色々とゴタゴタがあったのだが、


そのゴタゴタは遊佐と栗山藍の間での秘密とされている。


先の一件以来、遊佐は栗山藍とよく話すようになったようだが、


ともかくそのメールの返信をするのを口実に、遊佐も匙を投げた。


残った嶋村、興津、東海林、魚住の4人も頭を捻って考えてはいたが、


一向に目の前の暗号は解けそうにない。


「これは正直よくわからないわね」


「まずは数字の方からやってみませんか?」


魚住は暗号の数字の部分だけをノートに書き写した。


「246C242424262438だから……。


『にしむしにしにしにしにむにしみや』……あっ!」


「西西うるさいわよ」


「これ……きっと!」


何かを見出したのか、興津の声にも反応せずに魚住が立ち尽くした。


「魚住、何かわかったのか?」


東海林は暗号文とのにらめっこをやめ、魚住の方を向いた。


「え、ええ!


『246C242424262438』は『にしむしにしにしにしにむにしみや』って読めます。


つまり、『西虫西西西にむ西宮』。


きっと、西さんって人か西宮さんって人が関係してるんじゃないでしょうか?」


「なんだよ……そんな単純なわけないだろ」


東海林には盛大に肩を落とされたが、


嶋村が手を顎にやりながら「いや、着眼点はいいぞ」と言ったのを聞いてか、


魚住は嬉しそうな笑顔を作った。


「この暗号、『24』がやたら多いのがすごく気になってたんだ。


もしかするとこれは……」


言いかけて、嶋村の声が止まった。


「これは……何だ?」


東海林の問いかけに対する返事はなかった。


「おい嶋村、これは何だって……」


東海林が嶋村の方を見て、東海林の目が止まった。


さっきまで雄弁に自論を述べようとした男は、今や机に突っ伏していた。


「……嶋村から、何も読めないわ」


「寝たんじゃねーか?


『ミレーヴァ』の会長として色々苦労してるだろうしさ」


駒田が軽く嶋村の肩をたたいてやっても、嶋村からは何の反応もなかった。


「嶋村先輩、疲れてたんですよきっと」


「最近何かに悩んでるっぽかったからなあ、睡眠もまともにとってないんだろうな」


「違うわ……」


ただ1人、興津だけは意見を異にした。


「すごい熱じゃない!」


彼女は突っ伏している嶋村の額に自身の手のひらをやっていた。


「おい、マジかよ!」


「嶋村は私が運んでいくから、アンタたちはひとまず暗号を解いてて頂戴!」


「い、いや、そういう役目って普通男がするもんじゃ、」


ツッコミを入れようとする駒田だったが、突然「イテェッ!」といって自分のスネを押さえてのた打ち回った。


蹴った張本人は「野暮ったいマネを……」と呟いたが、それは駒田以外には誰にも聞こえなかった。


「ひとまず嶋村のことは興津に任せて……」


しかし興津は、嶋村を背負うのにあくせくしていた。


「っと、意外と重たいわね」


「おい遊佐、」


駒田はスネをおさえながらだみ声を出していた。


「なんで正論を言った俺を蹴ったんだ?」


「あー……えー……うー……んー……」


遊佐が苦し紛れにうなっているうちに、嶋村は東海林におぶられ、


興津とともに保健室まで行ってしまっていた。

私、実はそこそこプロレスヲタクだったりします。

なんで突然こんなこと言い出したかって言うと、

実は先日、大原はじめっていうプロレスラーのブログを偶然見つけちゃったからなんです。

週刊プロレスでこの選手の記事を見たことあるんですが、

プロレスと自分が参戦している団体のこと、すごく真剣に考えてる人だなって感じましたね。

(全く関係ない話ですみません(笑))

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