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第9章:それぞれの想い4

 翌日の昼休みも遊佐は屋上にいた。


興津も魚住もその場にはおらず、縮こまってひとりで文庫本に目を通している。


文庫本に目線を落としながらも時折屋上の扉に目をやりながら過ごしていると、


やがてその扉が開いた。


「話って、何かな?」


長めの髪をゆるやかなパーマにして、更に赤茶色に染めた髪。


遊佐のクラスメイト、栗山藍である。


「寒いかもしんないけど、こちらへいらっしゃい」


遊佐は優しく手招きした。


その手招きに促されて、栗山藍も遊佐の隣に座り込んだ。


「昨日、あなたは犯人探しをやめるように私たちに言ってきたわよね?」


「うん」


「でもね、生憎、犯人探しをやめるわけにはいかない事情ができちゃったのよ」


言いながら、遊佐は栗山藍の心を読もうと試みた。


「事情?」


「そう。


私の友達がね、盗撮されてたのよ」


栗山藍の呼吸が一瞬止まったように、遊佐は感じた。


「それって、『ミレーヴァ』のあの子?」


「あの子っつっても2人いるんだけど……短い茶髪の子?」


「違う違う。


長い黒髪の子だよ」


『ミレーヴァ』の女性陣で長髪なのは興津だけだった。


彼女の髪の色も黒である。


「1週間前にカメラを1個……じゃなかった、2個回収した時にね」


「うん」


「動画をパソコンに保存したのよ。


その動画を昨日、改めて観たんだけどね。


そこに偶然興津が映ってて」


腕を組みながら遊佐は話し続けた。


その口調は淡々としながらも、どこか感情が入っていた。


「いやあ、それにしても苦労したわ」


「どうしたの?」


「そのカメラってのが厄介者だったのよ。


特殊な作りになっていて、動画を確かめようにもパソコンにどうやって繋ぐのか四苦八苦したのよね。


しかもね、そのカメラ、見た目だけだとカメラだってわかんないのよ。


最近の技術はいい意味でも悪い意味でもすごいわよね、本当に。


全く何なのかしらね、あの変てこなちっちゃいカメラ」


「ああ、ペン型カメラだよね。


最近、ああいうので手軽に盗撮できちゃう時代だから怖いよね」


「……ねえ、栗山」


遊佐はペットボトルのお茶を一口飲んで、溜め息をついた。


「そろそろ、白状した方が身のためよ」






 「え?何のこと想奈ちゃん?


白状って、何を白状するの?」


栗山藍は、何を言っているのかわからないといった様子で問うた。


「まず1つ目。


私はさっき、『私の友達が盗撮されてる』って言ったわよね。


それ以外のことを言っていないのに、あなたは興津が盗撮されてることを見抜いた。


どうしてかしら?」


「え……?」


栗山藍は途端に申し訳なさそうな顔になった。


どうしたのかと思って遊佐が心を読んでみると、


遊佐は少し胸が痛くなった。


「そ、そういえば私にはあまり友達がいなかったわね……」


顔を引きつらせたまま、遊佐は自身の境遇を再認識した。


「うん。


少なくとも、同じクラスで仲いい人あんまいないじゃん。


だから、彼女のことかなと思って、さ」


「ま、まあそれはいいとして、2つ目」


遊佐は合間にコホン、とわざとらしい咳払いをした。


「興津を盗撮していたカメラについて、私はさっき愚痴をこぼしていた。


でも、ペン型カメラとは一言も言っていないの。


もちろん、それだと特定できる言葉も発していない。


あなたはどうして、興津を盗撮していたカメラがペン型カメラだとわかったのかしら?」


「うっ!」


栗山藍の顔が歪んだのを遊佐は見逃さなかった。


「そして3つ目。


これは昨日の話なんだけど、1週間前に私たちがカメラを回収して以来、


栗山は盗撮に遭っていないと言ったわね?」


「え、ええ、言ったわ。


でも、それがどうしたの?」


栗山藍は、まるで「静かにしろ」と刃物を突きつけられた時のような声を出していた。


「そして、盗撮の犯人を探すのはやめてほしいとも言った」


「ええ」


「でもね栗山、私たちはね」


栗山藍が唾を飲み込む音が遊佐の耳に入り込んだ。


「盗撮カメラを回収したこと、そもそもあなたに言った憶えはないのよ」


「……」


栗山藍はとうとう返答をしなくなった。


「どうしてあなたは、その事実を知っていたのかしら?」


「そんなこと、言ってない!」


「さっきも、」


栗山藍の虚勢の叫びは、遊佐の静かな声に打ち消された。


「さっきも、こんなやりとりがあったわよね。


『1週間前にカメラを1個……じゃなかった、2個回収した時にね』」


遊佐が『1個』と言った時、栗山藍の顔がやや引きつったのだ。


「そんなの偶然だよ!」


なおも栗山藍は虚勢を張って自分の挙動を認めなかった。


「別にあなたを脅そうとか、そんな気はさらさらないのよ」


栗山藍の声は遊佐のよりも高く、そして大きい。


しかし彼女の声は、低く小さいはずの遊佐の声にかき消されていく。


「だから、いい加減認めてちょうだい。


栗山の言う通りほぼぼっちの私が、こうやって場を作ってやってるんだから」


「……」


虚勢を張る元気がなくなったのか、栗山藍はその場にうな垂れた。


長い赤茶色の髪の毛が彼女の顔を覆い隠した。


「家族が……」


彼女は掠れ声で言葉を発した。


「家族が、少しでも楽になれば……」


「栗山……」


太陽が分厚い雲に隠れ、暗くなる。


遊佐は、さっきよりも寒くなったように感じた。


「うちね、実はとっても貧乏なの」


「……」


「当然お小遣いなんてもらえない。


中学生の弟や、小学生の妹も、そのことで毎日からかわれてね。


私はお金持ちになりたかった……いや、私の家をお金持ちにしたかった。


弟が、妹が、そして親が、楽に暮らして行けるようになるのなら、


私はどんな手段を使ってでもお金を稼ぐって……」


「でもどうして、わざわざ私たちに犯人を突き止めさせようとしたの?」


「盗撮のこと、他の子も何人か気づいてたらしくてね……。


疑いの目が向けられる前に……、


その……被害者のフリをしようとしたんだ……」


「どうしようもない愚か者ね、あなたは」


遊佐は突き放すように言った。


「そんなことをしてお金を稼いだって、あなたの家族は喜ばないわよ。


学校で盗撮して稼いだ金ですって渡したら、


あなたの家族はどう思うかしら?」


「……本っ当、馬鹿だよね」


自嘲のたっぷりこもった口調で、俯きながら栗山藍は言った。


「周りからは優しい優しい言われてる私が、こんな……」


「ていうかさ、優しいから、こんな馬鹿なことしたんでしょ?」


「え?」


遊佐の方を向いた栗山藍の目は潤んでいた。


「家族のためにと思って、盗撮してたんでしょ」


「……うん」


「確かに、やり方にだいぶ問題はあった。


でも、あなたの根底にある思想は間違ってはいないんじゃないの」


その瞬間、栗山藍は遊佐の胸に顔ごと埋めた。


5時間目を告げるチャイムが鳴ったが、


遊佐は聞こえなかったことにした。


「……気の済むまでこうしてなさいよ」


苦手に思っていた相手に突然胸を借りられるのはこそばゆいものがあった。


それゆえ、遊佐の声はお世辞にも優しさのこもった声とはいえなかった。


それでも遊佐は少しだけ、この栗山藍という人間を好きになった。


家族のために自分が泥を被った少女の頭を撫でてやると、


少女は彼女の胸に頭をつけたまま、泥を洗い流すがごとく声を挙げて泣いた。


この哀れな女の悲しみを癒すことができるのであれば、


1時間くらい、いや今日の残りの授業などどうでもよいと遊佐は考えていた。






 この日、外部からの依頼が2つ入ってきた。


いつもであれば嶋村と興津が一緒に行動するのだが、


今回は魚住の研修という名目で、嶋村と魚住で外部まで言っていた。


もう1つの方では、東海林と駒田が向かっていた。


そういう事情があったので、定期活動日だというのに、


2年D組には興津と遊佐しかいなかった。


遊佐が文庫本に目を通しているさなか、


興津はあちこち歩き回ったり、時折拳を振っていた。


「どうしても気になるわね、あの盗撮野郎!


セイッ!」


何かが風を切る音が遊佐の耳を掠めた。


また拳を振ったようだ。


「あの盗撮野郎ならね、今朝、私の所に自首してきたわよ」


顔も知らぬ盗撮野郎への怒りを空気に向けて発散する興津に嫌気が差したのか、


遊佐は文庫本から目を離さずに独り言のように言った。


「えっ!?」


「受験勉強のストレスが溜まっていた3年生の男の人でね」


「あれ、でもカメラの指紋は女のものだったんでしょ?」


「バレないように色々細工してたんだと。


卒業する前にこういうことはケリをつけようって、今朝来たのよ」


遊佐は、なんとなく本当のことは伏せておいた方がいいような気がしていた。


『私、もう盗撮なんてやめる。


ちゃんとバイトして、家族孝行する』


涙の後に語った栗山藍の言葉を遊佐は反芻していた。


『だから、回収したビデオは中にあるファイルも含めて破棄しといて。


盗撮で稼いだお金は、全額ユニセフに募金するよ』


『そうね。


今回のことは私の心に閉まっておくから、


これからは普通の仕事で真っ当にお金を稼ぎなさい』


栗山藍は元来、優しい子なのだ。


優しいがゆえに道を誤る人間もいるが、彼女はまさにその典型的な人間なのかもしれない。


彼女はまた、同じ道を辿るかもしれない。


(その時はまた、私が修正してあげればいいのよね)


「うん?


どうしたの、突然笑ったりして?」


首をかしげた興津に遊佐は、「思い出し笑いよ」とだけ言った。

現実逃避が半端ないです。

公務員試験の勉強しなきゃなのに、また本を買っちゃいました。

林修の仕事原論っていう本です。

「いつ買うの?今でしょ」みたいなノリで購入して、

「いつ読むの?今でしょ」みたいなノリで読書して、

「いつ書くの?今でしょ」みたいなノリで書評しました。

(※ちょっと古いネタですみません)

(※小説投稿用じゃない方のブログで、書評の真似事をしています)

http://blogs.yahoo.co.jp/aiueon_haku006

よかったら覗いていってくださいね。

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