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第1章:イタイほどに貴方が好き2

 「なにか……」


彼女の声は静かだったが、確実に東海林の耳に到達していた。


鶴の一声そのものではないが、


一言で場を治めてしまう人間はこのようにして治めるのだなと思えてしまうものだった。


「い、いや、その……」


先程の浮かれは既に跡形もなく消え去っていた。


遊佐は、東海林に向かって右手を差し出した。


「うわっ!」


思わず飛び上がる東海林だったが、


続けて遊佐が話した内容は、東海林の予想を反したものだった。


「……渡したいものがあるそうね」


「え?」


言われて、自分の仕事を思い出した。


「あ、これを……」


東海林のアタフタした手から、遊佐の落ち着いた手へとラブレターが渡る。


まるで東海林自身が彼女に恋文を渡しているかのようだった。


「……」


封を丁寧に取る。


それほど熱心でない様子で読む。


教科書の一文でも読むかのような目つきだった。


「……彼の気持ちには答えられない。


そう伝えて」


「は、はい!」


なんとも表現できない恐怖感から逃れたくて、


東海林はそそくさと2年A組の教室を後にした。






 その日の放課後のことである。


依頼主に遊佐の返事を間接的に伝えた後、


依頼主は500円をそっと置いて静かに教室を去った。


「ま、青春なんてそういうものよ。


さっさと次の恋に目を向けなさいって」


興津は、遊佐の反応をある程度予想していたらしく、


教室のドアに目線を向けて、少し苦い顔をしていた。


「東海林」


嶋村には、依頼主のことよりも気になる事案があった。


「なんだよ?」


「遊佐想奈って、どういう子だったんだ?」


「おっと。


無趣味の嶋村も、さすがに女の子には興味があったみたいだねえ」


「そ、そういうことじゃない」


ニヤニヤしながら問い詰める興津の言ったことが全くの間違いというわけではない。


だが嶋村の真意は別にあった。


遊佐にラブレターを渡して帰ってきた直後の東海林の顔が、


やけに蒼ざめていたことが気になって仕方がなかったのだ。


東海林本人としては巧く誤魔化したつもりだったのかもしれないが、


「明らかに様子がおかしかった。


遊佐って子について、何かあったのか?」


「うっ……」


思い出したらしく、東海林の顔が再び蒼ざめていく。


「実はさ、あの子、ちょっと怖かったんだよな」


東海林は、自分の感じたことを率直に二人に話した。


「なんか、全部見られてるような気がして」


「全部見られてるって、そりゃあ目も鼻も口も耳も全部見える部分にあるんだから当たり前じゃない?」


「そういうことじゃないんだよ!


なんかこう……体の内側まで見透かされているような……」


「……ふむ」


嶋村は拳を顎に当てて、しばらく物思いに耽っていた。


30秒くらいして、目を見開いて真顔で口を開いた。


「その子、少し興味があるな」


「ちょ……! アンタ、何てこと言ってんのよ!」


「いや、眼力というか、目力めぢからというか。


とにかく、彼女についてもっと色々な情報が欲しいものだ」


「……」


興津は、なぜか頬を膨らませて不機嫌そうな表情を浮かべていた。


その時である。


ラブレターの依頼主が去っていったドアから一人の女子生徒が入ってきた。


「ここね」


今朝にメールをくれた子がいて、この時間帯に落ち合う取り決めとなっていたのだ。


「お待ちしておりました。ようこそ『ミレーヴァ』へ。


まずはそこにおかけ下さい」


統括役の嶋村が、依頼者の女子生徒に席に座るよう促して、


「今朝メールをくれた白川舞さんですね?」


「はい。


あの……」


白川は、怪訝そうな顔を浮かべた。


「……本当に、何でもしていただけるんですね?」


「ええ。


法律に引っかかる類のものでなければ、


原則としては全ての依頼を承ることとしております」


「それでは……、」


といって白川が出したのは、一枚の写真だった。


見るからに愛想の悪い茶髪の男の写真だった。


「弟の守です。


近くの白沢中学校の2年生ですが、


最近素行が悪くなっています。


この間は、下級生を集団でリンチしたとか……。


弟は私たち家族を皆毛嫌いしているようで、


私の言葉に耳を傾けようともしません。


なんとか弟を改心させてください」


「……わかりました」


嶋村の脳裏には、仕事を遂行できるか不安がなかったわけではない。


「『ミレーヴァ』の名に懸けて、必ずや白川守君の足を洗わせましょう」


『ミレーヴァ』はまだまだ新参サークルで、


それほど名前も通ってはいない。


知名度をあげるには、一見難しい仕事をこなさなければならない。


そう強く思っていたから、嶋村は仕事を承ったのである。

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