第9章:それぞれの想い3
「で、これが2つ目です。
どっちかっていうと、こっちの方がかなり重要です」
「こっちもなにも、1つ目の情報なんか要らないのよ」
「すみませんでしたって……ていうか手加減くらいしてくださいよ」
「あれでも手加減したのよ」
「いじめられてた時代に殴られたやつよりも、ずっと痛かったんですけど」
興津にどつかれた左肩を痛がりながら魚住が開いたのは動画ではなく、動画一覧だった。
「先輩方、この動画群を見てどう考えますか?」
「どうって……」
興津は左の人差し指で顔をかいた。
「映ってる人が違うわね」
ボソリといった遊佐に向かって、魚住は人差し指をむけた。
「ご名答です、遊佐先輩!
きっと盗撮犯にとっては、スカート履いてる限り、
映っている人は誰でもよかったのではないかと思われます!」
「だとしたら、何も栗山藍だけを狙った盗撮ではない、ってこと?」
「そういうことになりますね。
むしろ、栗山さんが映っているのは、私が見たところせいぜい1つか2つです」
「うーん、私はあいつが犯人だと思ったんだけどなあ」
興津は腕組みしていた。
「遊佐、A組にひとり、かつて栗山藍のストーカーだった奴がいたって話、あったじゃん?」
「ええ、あったわ。
円威邦孝でしょ」
円威邦孝とは、かつて栗山藍に対してストーカー行為を働いていたとされ、
女子生徒を中心にすっかり干されてしまった2年A組の男子生徒である。
「今でも休み時間は1人でいるか、生徒会室にいることが多いわね」
「やっぱり犯人はそいつですよ!」
「そうよ!
みるからに怪しいもん、一人で何をコソコソやっているのか。
きっと生徒会っていう権限を利用して良からぬことを……」
「興津も魚住も、それで彼を犯人扱いするのは早計すぎるわよ。
それに円威、むしろ栗山を嫌ってるのよ」
「それは、きっと好意の裏返しじゃないんですか?」
「そんな生易しいもんじゃないわ」
人の心を見透かせる遊佐だからこそ、
腕組みしながらつんとした表情で発される彼女の言葉には説得力が備わっていた。
「ともかく、他にも手がかりを……」
「手がかりなら、そこにあるじゃないか」
教室の扉から声がした。
それは聞き覚えのあるものだった。
声がして、扉が開かれるとそこには東海林が立っていた。
「活動日でもないのにお前らがこの教室に入ってくのをみて、
もしやと思って立ち聞きしてたんだ」
「え……」
興津はげんなりした表情を浮かべた。
「ってことは、あの会話も」
女性陣3人の顔が、急に熱を帯びたように真っ赤になった。
「え……」
事態を察知できた東海林も、一気に熟した林檎と化した。
「あ、あ、あれか!
えーっと……だな、アレだよ。
その……ふむ、えー……」
東海林は目を閉じて息を大きく吸い込んだ。
そして目を一気に開いた。
「お、俺は、アレだよ、大きくても小さくても全然オーケーだぞ!」
東海林が頭を捻って考えたその場凌ぎの台詞だったが、
むしろ変な空気になってしまったようだった。
「そ、そ、それよりも、今は仕事の話だろうが!」
「……そうね、ド変態」
慌てる東海林を見たからか、それとも最初からそこまで羞恥心を感じていなかったのか、
遊佐が冷静に受け答えした。
「教室であんな猥談をするお前らに変態とか言われる筋合いはねえよ……」
「まあそうかもしれないわね。
とりあえずそこの固まってる2人は今は放っておいて、
さっき、手がかりならそこにあるって言ったわよね?」
「ああ、言った」
「それってもしかして、カメラについてる指紋のことかしら?」
東海林は自信満々に「そうだ」と言った。
「でも、ここには指紋を浮かび上がらすものがないのよ」
「ところがあるんだよ」
東海林は、自身のポケットから、白い粉末状の何かが入った小瓶を取り出した。
「『ミレーヴァ』にいる以上いつかはそんなこともあろうかと思って、
俺はな、そういうのを常備してる。
こいつは粉末のアルミニウムだ。
これで指紋を浮かび上がらせることができる」
東海林の持っていた粉末アルミニウムで浮かび上がった指紋は、
どちらかというと小さめのサイズだった。
「おいおい、こんな小さい指の男なんているのか?」
「これじゃむしろ女みたいね」
「女……」
東海林は、息をゴクリと飲んだ。
「もしかすると、犯人は女なのかもしれない」
「一体何のために? レズなの?」
「いや、中にはそういうのもいるかもしんないけどよ……。
だいたいの理由はな、カネだよ。
こういう盗撮動画は、ある筋の業者に対して売れば割とカネになるんだそうだ」
女子更衣室は、確かに男よりも女の方が出入りも容易である。
「つ、つまり、
女子の誰かがお小遣い欲しさに盗撮カメラを仕掛けたってことですか?」
ようやく正気に戻った魚住が会話に入ってくる。
「俺はそうと見た」
「それならば、私と遊佐、魚住は体育の着替えの時間のたんびに、
誰かが怪しい行動を取っていないかチェックしましょう」
興津も調子を取り戻したようだが、その顔は複雑だった。
その後1週間、興津たちは怪しい者がいないか、更衣室を使うたびにチェックしていた。
しかし怪しい素振りを見せる人物は誰一人いなかった。
放課後にも更衣室をチェックしたが、盗撮カメラと思われる類のものは発見できなかった。
「1週間前にカメラを回収されて、懲りたんじゃないかしら?」
放課後の教室には、興津、遊佐、魚住がいた。
「本当にそうだといいんだけど……」
興津が腕組みしながら受け答えしていると、
教室の扉が開いた。
「ここが『ミレーヴァ』の活動場所だね」
開いた扉の先には、栗山藍が立っていた。
「ええっ?犯人探しはやめにしてほしい?」
「うん。
幸い、あなたたちが1週間前に盗撮カメラを回収してくれて以来、
盗撮されてる気がしてたのが、パッタリとおさまったの。
もしかしたら犯人も、反省してるのかなって思ってね」
「でも、だからって、盗撮が許されることじゃないわ!」
興津が強く反発したが、栗山藍も強情だった。
「もしも盗撮やってる人が白日に晒されれば、
その人の人生はめちゃめちゃになっちゃう。
私なんかを隠し撮りしたくらいで、そこまでの重荷を背負わせることもないかなって思って、ね」
なおも食い下がろうとする興津をおさえたのは遊佐だった。
「『ミレーヴァ』では、依頼人の意志を最優先させることにしてるわ。
あなたがそれでいいというのであれば、私たちは犯人探しをとりやめる。
本当にそれでいいのね?」
「うん。
もっとも、また盗撮してくるようなことがあれば、
その時はまたお願いするけど」
「もちろんよ」
途中までとはいえ仕事をしてくれたのだからと、栗山藍は報酬の2万をその場で手渡したのちに教室を後にした。
「はぁ……あの子、変に同情しちゃってんじゃないわよ」
栗山藍が去ったあとの教室で、興津は心底肩を落としていた。
「優しいのも度を越すと問題ですよね」
「あれじゃあ絶対変な男に捕まるわよ、ねえ?」
「……」
興津と魚住が陰口でも叩くかのように話し合っているなか、
遊佐はひとり何気なく、1週間前に回収した動画群を見ていた。
1週間前にペン型の小型カメラのデータを、遊佐は自分のパソコンに入れていたのだ。
(……あら?)
遊佐は目を見開いた。
幸い井戸端会議をしている2人には気づかれなかったようだった。
運転デビューは、別に事故りませんでした。
いや、車体がぐらついたりすることはありましたけどね?
とりあえず、そこまで身構えなくても運転はできるなってことがわかりましたよね。
でもあれですね。
運転中に眠くなるのって本当なんですね……。
ロングドライブの際にはガムやレッドブルが必需品になりそうです(笑)




