第9章:それぞれの想い2
栗山藍が屋上の踊り場から去ったのちに、その場で作戦会議が開かれた。
容赦なく北風が吹きつけていたが、依頼人のプライバシーを守るという名目で、
興津たちは屋上で作戦会議を行っていた。
「さて、この仕事はこの場にいる3人でやるわよ」
「ええ?
嶋村先輩たちに黙ってやるんですか!?」
「もっちろん!
女の子にとって、盗撮されたなんて事実が多くの人に知れ渡るのはおおいに恥ずかしいことだしね」
遊佐はそれについては何も言わず、ただ笑みを浮かべていた。
その余裕しゃくしゃくとした笑みが、何となく嶋村を彷彿とさせるものだったので、
興津は遊佐に対して腹を立てざるをえなかった。
「な、何笑ってんのよ」
「極秘でやろうとしてる理由は、それだけじゃなさそうね」
「……」
興津は目に見えて憮然そうな表情を浮かべた。
「『ああああああああああああ』ですって?
私が深層心理までは読めないことをいいことに小賢しいマネを……」
「と、とにかく!
今はそんなことはどうでもいいの」
赤らめた顔を更に赤らめて話をぶった切ったあとに、
ようやく興津は本題を切り出した。
「まずは、放課後に更衣室をくまなく探すわよ。
だいたい部活動は3時半から6時半までのところが多いから、
1回目は5時に、2回目は7時に探しましょう」
「はーい!」
「了解したわ」
同時に今日の4時50分に2年D組に集まることを言っておいたあとで、
興津は売れ残りしか残っていないであろう購買まで降りていった。
遊佐と魚住はそれぞれ、集合時間の2~3分前に教室に入ってきた。
「待ってたわ」
「うん? 先輩、顔がなんだか青いですね」
興津は心なしか、元気がなかった。
「え、そうかしら?」
「『操ったら、昼休みから全然帰ってこないわ』」
遊佐は、興津の声色を真似ていった。
「あれ? 嶋村先輩の荷物じゃないですか、これって?」
魚住が気づいたとおり、
興津の座っている席の前には、嶋村の荷物がそっくりそのまま置かれている席があった。
「どこ行っちゃったんでしょうね、嶋村先輩」
「……」
興津は嶋村の荷物を黙って見つめていたが、
「さっ、仕事よ仕事。
早速更衣室行くわよ!」
興津は目前の不安を必死に薙ぎ払うかのような声をあげると、
遊佐と魚住を外へ出るように促した。
―――
一方嶋村は、『仕事』の遂行を楽しんでいた。
ファミレスでご飯を食べ、最近流行りのミステリー映画を見たのちに、
買い物を経て、カフェでゆったりとした時間を過ごしていた。
「それにしても、いいんですか?
怪しまれないように、バッグとか全部教室に置いてきたんですよね?」
植野は申し訳なさそうな表情をした。
彼女の目の前に座っている人間は、授業をふいにしてこの場にいるのだ。
「なに、明日朝一で学校行けばすむ話です」
「いえ、それもそうですけど……」
嶋村は、午後の授業を無断欠席している。
午前には学校にいた分、なおのこと怪しまれることは必至だった。
「それについては、昼にトイレへいったがトイレのカギが壊れて夕方まで出れなかった、とでも言っておきます」
植野は懸念と安心の合わさったような、戸惑い顔とも笑顔ともいえない顔を浮かべた。
しかし、突然屈託なく笑った。
「どうしたんですか、いきなり?」
「だって、なんだかおかしいじゃないですか。
祝日でもなんでもない平日に、制服の男女が町を出歩いてるなんて」
「おかしくはありませんよ」
嶋村も笑いながら受け答えした。
「そもそもあなたは授業がない。
僕だって、あなたから依頼された仕事を『ミレーヴァ』として遂行している。
いわば公欠です」
「あら、やっぱり私とのデートはお仕事なの?」
「あなたが自分でそう仰ったじゃないですか」
口では軽く言ったつもりだったが、植野が上目遣いで聞いてくるものだから、
嶋村は内面動揺しながらそれを表に出さないように必死だった。
「そう……」
植野は複雑そうな顔をしたあとで、突然口元を緩ませた。
「ま、これだけでもよしとするか」
「おや? 今何か仰いましたか?」
植野の表情の変化に見惚れた嶋村は、彼女の反応に追いつけなかった。
「いえ、なんでも」
この場で2人が話した内容は、取るに足りない内容のものである。
各々のクラスで起きた陳腐な出来事、最近読んだ本、大学で何をしたいか。
大した内容でなくとも、言葉を交わしているうち、いつのまにか日は沈み、
気がつくと、時計は20時を指していた。
「あらやだ。もうこんな時間」
「では、そろそろ行きましょうか」
花金でもない平日だったからか、入った時はほぼ満席だった室内も、
夜の帳が下りた今となっては、閉店直前かと見紛うほどになっていた。
穣布駅の改札は、カフェの目と鼻の先にある。
嶋村は、穣布駅から京王線に乗って帰路に着く。
「今日は楽しかったです、ありがとうございました」
会社員やOLでそこそこ賑わう改札前の一角で、
植野は嶋村に、深々とお辞儀をした。
嶋村は、彼女の所作から、植野の育ちのよさを感じた。
「い、いえ」
見惚れてしまっていたのもあって、思わずどもってしまった。
「弁明するわけじゃありませんが、
僕も仕事とは名ばかりで、結局楽しんでおりました。
受験勉強、がんばってください」
別れ際の植野の笑顔を見て、
彼女と別れてからもしばらくの間は、嶋村も笑顔を抑えようと必死だった。
これがデートというものか。
なるほど、なかなか悪くない。
―――
2回更衣室を探す時間を設けるまでもなく、
1回目の段階で盗撮用と思われるカメラを2個発見した。
中身を確かめると、確かに着替えの様子が映っていた。
前日までに撮りためたものも入っていて、恐らく盗撮に使われたカメラであることは間違いなさそうだった。
「んで、これからどうするの?」
遊佐は腕を組みながら興津に問うた。
「う~ん……そうね……」
興津は悩んだ。
実はこの後のことはあまり考えていなかったのである。
「……」
魚住は、盗撮用カメラの中に入っていた動画を熱心に眺めていた。
「魚住、あんたも真面目ね。
それとも、もしかして女の子の身体に興味があるとか?」
興津のからかいに、魚住は別の返事をした。
「私、この動画を見て2つ、わかったことあります」
目の前で大きくVサインして、
魚住は「まず1つ目ですが、」といって、再び動画を再生させた。
「これって興津先輩ですよね?」
「え?」
魚住が指差したところには、確かに興津が移っていた。
つい数日前の体育の時の着替えの最中のものだった。
「先輩って、胸、大きいんですね」
「は?」
「私なんかご覧の通り、まな板ですからね」
軽く溜め息つきながら、魚住は自身の胸のあたりをさすった。
「とまあ、これが1つ目です」
「え、ちょ、そこまでボケろとは言ってないわよ!」
顔を林檎のように真っ赤にしながら魚住に拳骨を振り下ろそうとする興津をとめたのは遊佐だった。
「あなたにはわからないようね」
「は?何がよ?」
「私や魚住みたく、胸の脂肪に乏しい人たちの苦しみを、よ」
「な、何言ってんのよ」
「『貧乳どもがぎゃあぎゃあ騒いでやがるわ、ああ見苦しい』」
「私の声真似で思ってもないこと言うんじゃないわよ」
「まあ、興津のその胸だとすると、
体育のたんびに下劣な男子たちからの視線が痛く突き刺さるでしょうねえ」
「そんなこと言ったら遊佐だって、
『黒縁メガネ少女萌え~』とかって、さぞ好奇の目線で見られてるんじゃないの?」
「せんぱーい」
魚住の顔は白けていた。
「一体いつまでそんな猥談を続けるおつもりですかー?」
「「お前が原因よ!」」
運転デビューが刻一刻と近づいている……。
来週の木曜日、学科の友達と旅行に行ってきます。
その時に運転することになったんですが、どうやら雨だそうで。。。
でも実際天候なんかはどうでもよくって、坂道発進が怖いです(汗)




