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第8章:雑用係にうってつけ1

 鳴瀬川樹理は、パックジュースのミルクティーを一口含んでまた項垂れた。


「はあ」


大きな溜め息をつく。


目の前には大量の書類。


2学期も終わりに差し掛かり、生徒会では、生徒全員を対象とするアンケートを行った。


アンケートといっても、特に大それたものではない。


好きな購買のメニューはなんですか、思い出深い行事はなんですかなど、


その辺を転がる小石のようなありきたりなことを生徒全員から聞き出す。


聞き出して、ランキングを作る。


このランキングはどういうものかというと、3月の卒業式目前に全校生に配られる冊子に掲載するものである。


全校生に配られるものだが、実質は3年生への贈り物のようなものである。


3月に配るものなので、3学期にやればいいものだと考えてしまうが、


そうも言えない事情も存在する。


「3年生、3学期は受験だもんね……」


ひとりごちる鳴瀬川にとっても、対岸の出来事ではない。


彼女だって、半年後には世間の荒波を味わうことになるのだ。


集計自体は3年生の協力が無くとも、生徒会のメンバーがいればいつでもやれる。


なにも師も奔走する12月にやらなくとも、と感じた鳴瀬川だったが、


生徒会室全体を眺めて、即座にその甘い考えは消え去った。


書類を保管しておく場所がないのだ。


棚はどれも埋まっており、文庫本1冊入る余地がない。


普段使っていない引き出しはたてつけが悪く、なかなか開かない。


机に置いておくのは、言わずもがな邪魔だ。


さっさと集計を行えばいいものだが、1学年で8クラスもあるマンモス校全体のデータをまとめるのは、


到底ひとりではできない。


しかし次の全体会は来年である。


いかに生徒会長といえど、一端の生徒に過ぎない。


強権を発動させて他の生徒会員の時間を剥奪するのも気が引ける。


「何でも屋みたいなのでもいれば、やらせるんだが……」


何でも屋、か。


声に出してみて、思った。


「いるじゃん」


少子化のご時勢にしては珍しく、総勢24クラスもある学校。


しかし霊兎寺高校が他と違うのは、それだけではなかった。






 ―――






 まもなく日付が変わろうとしている。


ベッドの上で座りながら、さりげなくスマートフォンを眺めていた嶋村だったが、


誰かからLINEが来ていることに気づいた。


今日の夕方頃に届いていたものだった。


『『ミレーヴァ』さん。仕事いい? 報酬は2万』


送り主は鳴瀬川樹理。


霊兎寺高校の生徒会長だ。


『連絡遅れてすまない。


明日の放課後に詳しい話を聞くがいいか?』


ほどなくして返信が来た『いいよ。てか今じゃだめなの?』


「ねえ操、」


傍らにいた興津が、嶋村のスマートフォンを覗き込む。


そしてやにわに笑顔を浮かべて、「あらあ、ふ~ん」と何度も軽く頷いた。


「こんな真夜中に生徒会長と密談ですかあ、ふ~ん」


「こないだは興津とデートしてたかと思えば生徒会長と公然浮気だなんて、


うちの会長はいい気なもんね」


「ったく、こっちは必死になってラブレター考えてんのに」


シャーペンを回していた遊佐に、ワードになにやら打ち込んでいた東海林も毒づいた。


「あっ! このやろ、ずりいぞ」


「別にずるくないですよ、ただ角に置いただけですもん。


ていうか駒田先輩、オセロ弱っ」


「この野郎、殴り合いなら負けねえぞ? あ?」


駒田と魚住はオセロに勤しんでいた。


この日、『ミレーヴァ』は厄介な依頼仕事を請け負った。


その仕事内容は、『明日までにラブレターの内容を考えてくれ』という内容である。


ただのラブレターであれば、東海林が適当にコピペして見繕えばいいだけの話である。


しかしこの依頼人の場合は事情が違った。


『その……、社会人の姉貴の、友達なんだ……』


『社会人へのラブレターだと?』


『しかも、結構百戦錬磨の方で……。


姉貴曰く、フラれた男は数知れずって感じの人なんだよ』


『それはまた、すごい方に惚れたんだね』


『もちろん、お金は払う!


ラブレターを代筆してもらうなんておかしいってこともわかってる!


でも、どうしても思い浮かばないんだ。


だから、その、お願いします』


依頼人の名前は、押尾芯汰。


押尾が去ると、急遽話し合いが行われた。


『だいたいラブレターの代筆って俺がやってるけど、


社会人の、しかもモテモテの人なんだろ?


コピペじゃ絶対ダメだろ』


『こういうの得意そうな人って、うちにはいないわよね……』


『駒田はどうだ、そういうのは』


『残念だが、俺は年齢イコール彼女いない歴の人間だ。


女の口説き方なんて知る由もない』


『遊佐先輩とか、モテそうじゃないですか。


こういうラブレターはダメとか、ノウハウあるんじゃないですか?』


『確かに私はラブレターを貰ったことあるけど、


添削するのと書くのとは話が違うわよ』


時間は進んでも、話は全然進展しない。


どうしようもないので、急遽6人で考えながら書こうということになった。


しかし霊兎寺高校生の御用達である喫茶店『セレナーデ』は満席で、


その他のファーストフード店やレストランも、6人席は空いていなかった。


そこで、学校からは一番近いところに家がある嶋村の家で執筆しようということになったところまでは順調だった。


ところが、である。


場所を変えたところで、誰かが妙案を出すなどということは起こるはずもない。


やがて何人かは、飽きてきた。


『最近、うちの操はどう?


ちょっかい出したりしてない?』


『ハハ、彼は平常運行ですよ』


彼にとっては腐れ縁の興津は、昔はよく彼の家に遊びに来ていた。


その為、嶋村家の面々とも顔馴染で、


リビングへ行って、嶋村の母親と世間話に興じていた。


『へえ、先輩の部屋って整頓されてますねえ。


あ、オセロがある!』


家中ではないにせよ、部屋のあちこちでものを物色しまくる魚住。


『やっぱり飲み食いできるもんがなきゃはじまらねえ。


出してもらうのも嶋村んちに悪いし、買ってきたぜ!』


いつのまにかコンビニで、ジュースやお菓子を買ってきた駒田。


こんな状態が続き、結局1行もかけぬまま日付が変わろうとしている。


「そもそも、なんでラブレターを代筆させるかねえ」


遊佐は頭を抱えた。


「まったくだ」


東海林はキーボードに手を置いたまま、左手の人差し指を苛立たしげに動かしていた。


「話聞く限りじゃあ、そんな偽の恋文で動くような女じゃないだろ」


嶋村は2人のやりとりを聞きながら、目線をスマートフォンに戻した。


『別に今でも構わんが。皆が僕の家に居る』


『仲良しかよ』


『仕事だ』


『社畜乙』


さりげなくスマートフォンを操る嶋村を、興津は面白くなさそうに見ていた。


「なんだ興津、そんなにこの男が他の女と話してんのが不満か?」


駒田が腕組みしながら問いかけた。


オセロ盤一面が白で埋め尽くされているかのようで、駒田に勝ち目はなさそうだ。


「ぬっ、別にそんなんじゃないわよ」


「顔に書いてありますよ、興津先輩」


魚住が一手を打つ。


その瞬間、盤上から黒が消えた。


「ああああああああっ! テメーこの野郎!」


「僕がこんな真夜中に、」


嶋村は、駒田の嘆き声をかき消すかのようにひとりごちた。


「仕事とはいえ、女とLINEすることが不満なのか?」


「別にー?」


「ふん、何を勘違いしてるわけでもないとも思うがな、


僕は鳴瀬川とは何もない。


上司にしたいとは思うが、政治家を恋愛対象としては見れん」


「そうですかー、はいはい」


興津は空返事だったが、その顔は物事が杞憂に終わった時のように安心していた。


その表情が嶋村にも伝わったのか、


彼も安堵の溜め息をかすかに漏らした。


「そんなに不満なら、みなみがうつか?」


「いや、別にいいわよ。


さ、さっさと仕事終わらせなさいな」


そのやりとりを、東海林たちは無言で流していた。


というよりも、彼らはすでに意識がなかった。


ほどなくして、四者四様の寝息が嶋村の耳に聞こえた。


「あら、皆寝ちゃったの」


「無理もない。


知りもしない人にラブレターを書くんだ。


疲れて当然だ」


嶋村も、大きい欠伸を1回した。


「みなみ、すまんが鳴瀬川とのLINEを託す」


「え、どういうこと?」


「僕は、ラブレター執筆をやるよ」


「私はいいけど、あんた、そういうの、できんの?」


興津は嶋村からスマートフォンを受け取った。


「なに、適当に書けばそれっぽいものはできるだろう」


「っていうかさ、」


興津は嶋村として鳴瀬川に返信を送った。


返信というよりも、鳴瀬川との会話を楽しんでいた。


「ぶっちゃけ、ラブレター執筆も、操一人でどうにかなったんじゃないの?」


「多分な」


嶋村は悪びれもせずに答えた。


「ラブレターだろうと何だろうと、


それっぽい文章を書くことなど造作もない」


「じゃあ、なんでわざわざ私も含めて、あんたの家に泊めたのよ?」


「気になるか?」


「なる」


「そうか」


東海林ほどではないが、嶋村のタッチタイピングもなかなかのスピードである。


彼は10本の指をキーボードの上で滑らかに動かしながら答えた。


「単純に、お泊り会をしてみたかったからだ」


「……操ってさ、」


「なんだ?」


「意外と子どもっぽいんだね」


拙作の為に時間を割いていただき、毎度ありがとうございます。

実は、ブログで掲載している本家を改訂したうえで投稿してるんですよ。

この章はこの改訂にあたって、新たに設けました。

いわば、「小説家になろう」の為に書いたといってもいいかもしれませんね(笑)

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