第6章:イジメノ構造ヲ破壊シロ5
『ミレーヴァ』の統括役、リーダーの嶋村だった。
「不良タイプは苦手だ」と自称していた嶋村だったが、
遊佐が心を読んでみても、うろたえている様子は微塵もなかった。
むしろ自信に満ち溢れた、いつもの嶋村がそこにいた。
女だから?というわけでもなさそうである。
もっとも、駒田という不良と接することで免疫がついたのかもしれない。
「ああ? やってみなさいよ?」
金髪女は、なおも強気の姿勢を崩さない。
「じゃあ、お前。前に出ろ」
嶋村は金髪の女を指差して、
遊佐の銃口の前に立たせた。
「どうせ玩具でしょ?」
銃口の前に立ってもなお、金髪の女はたじろぐ様子を見せない。
その強気な様子を見て嶋村は不気味に笑った。
それは正義の味方が浮かべる誠実に満ち溢れたものではなく、
その正義の味方を瀕死に追いやったときの悪者の笑みのようだった。
「遊佐、どうせならばそいつのどちらかの眼球の前に銃口をセットしろ」
「そうね。どうせ玩具だもん。
ねえ、お嬢ちゃん?」
遊佐は、拳銃で金髪女の頬をぺちぺちと軽く叩いたあとで、
嶋村の言うとおり、女の右目の至近距離に銃口をセットした。
彼女もまた、悪者の笑いを浮かべた。
他の集団の女子高生も、怯えていた魚住乃亜も、
事の成り行きを固唾を飲んで見守っていた。
「は、早く撃ちなさいよ?
それとも玩具だとバレるのが、いまさらになって怖くなったの?
ほら、ほら、ほらあ!」
女子高生の口数が突如多くなった。
見た目は本物の拳銃そのものである。
頭では本物のはずがないと考えても、多少なりとも恐怖を覚えてしまうものだ。
それが至近距離で、しかも自分に銃口が向けられているのだから尚更である。
「ねえ、玩具だと思う?」
遊佐は小悪魔的な笑みを浮かべて問いかける。
死刑執行人が、死刑囚に対して「最後に言い残すことは?」と告げているかのようだった。
「あ、あ……」
「ねえってば?」
「あ、あ、当ったり前よ!」
金髪女は金髪女なりに、勇気を振り絞ったことだろう。
「ここはアメリカじゃないのよ!」
「そう」
遊佐は一瞬無表情になり、再び微かに口元を緩ませた。
「ざーんねん」
パァンッ!という音とともに、金髪の女は後ろに尻餅ついた。
周りの連中の顔も、恐怖に満ちていた。
「空砲でしたとさ」
遊佐は自身の右米神に、玩具の拳銃を数回当てた。
その表情は、心底相手を馬鹿にするようなものだった。
「怖かった? ねえ、怖かったでしょ?」
「……こ……こ……」
尻餅ついた女は、しばらくまともな言葉を話せないでいた。
その表情は、泣いているのか怒っているのかよくわからない。
ただ、金髪女の目は、湿っているように遊佐は見えた。
「もしかして泣いてるのかしら?
いい年して、だっさいわね?」
さっき、金髪女の取り巻きが魚住乃亜に対して言い放った言葉である。
金髪女は表情を変えぬまま、よろよろと立ち上がった。
直立するやいなや、いきなり沸騰した薬缶のように、顔を真っ赤にして怒号をあげた。
「この野郎!」
女はポケットからナイフを取り出すと、
近くにいた女子高生の首筋に付き立てた。
「皆、この2人をフクロにしな!
抵抗すれば、魚住の顔ぐちゃぐちゃにしてやる!」
とんだ茶番を見せられた怒りと、偽物だったという安心が混ざり合って、
連中は一斉に、嶋村と遊佐に襲い掛かった。
いや、正確には襲い掛かろうとした。
「離しやがれ!!」
その声は、先ほどの威勢の利いた声ととてもよく似ていた。
連中は皆驚いて、声のした方を振り向いた。
魚住乃亜を押さえていたはずの女が、今は自身が押さえられていた。
正確には、この表現は正しくない。
金髪の女が捕らえたのは、魚住乃亜ではなかったからだ。
「途方もない馬鹿ねえ。
こともあろうに、私を人質に取ろうだなんて」
『人質』は金髪の女の右腕を極めながら、嶋村たちの方を向いた。
茶色い髪のエンジェルショートであったはずの人質の髪は長く、色も黒かった。
「嶋村に遊佐、ご苦労様」
金髪の女が苦悶の表情を浮かべるなか、人質もとい興津は白い歯をこぼして笑っていた。
「あなたたちの茶番に皆が魅入ってる隙に、
あの子とすり替わらせてもらいました!」
興津曰く、本物の魚住乃亜は東海林とともに2年D組の教室で待機しているという。
ちょうどその頃、東海林は2年D組の教室でノートパソコンをいじっていた。
「あの、何をされてるんですか?」
魚住乃亜は彼のパソコンを覗き込んだが、
彼が何をしているのか、よくわからなかった。
「とりあえずは、出会い系に載せられた君の情報を削除してる。
……よし、削除完了。
よし、次は君をいじめてた連中についての更なる情報収集だな」
東海林は、魚住乃亜に語りかけるようにひとりごちた。
「おお、早速こんなに。
君をいじめてた連中、叩けば叩くほど埃が出てくるよ。
自分がやるならまだしも、人に援助交際をやらせようだなんて言語道断。
さっきやろうとしていたことだけでも十分失態に追いこむことはできるが、
悪人に情けは無用。
どうせなら、悪事全部を曝け出そうと思ってね。
おお、すごい。レイプ教唆に窃盗致傷。
こりゃ退学だけじゃあすまないな」
「それも、『ミレーヴァ』の仕事なんですか?」
「う~ん」
東海林はしばらく考えてはみたが、うまい返答が何も思いつかなかった。
「まあ、半分は仕事で、半分は俺の個人的な趣味、って所かな」
「なんだか、楽しそうですね」
「そりゃ、俺の趣味だからな」
「いえ、そうでなくて。
『ミレーヴァ』ってサークルが、です」
東海林はなぜか、照れ隠しのように笑った。
興津が離してやっても、金髪の女は右腕を押さえてのた打ち回っていた。
「なんなんだ、オマエは?」
連中は一斉に、興津を囲んだ。
興津の後ろには壁。
連中はたった4人だったが、誰もが何かしら武器を持っていた。
「簡単にいえば、『正義の味方』ってやつ?」
興津は、親指で鼻をこすった。
「それにしてもアンタたち、なかなかの武闘派ね。
いっつもそんなの持ち歩いてんの?」
釘バットや鎖、メリケンサック、そして鋏。
「うっせえ!」連中のひとりが、思い切り鋏で突き刺しにかかった。
それよりも早く、興津の掌底が鋏を持った女の顎を砕いた。
「武器持ってその人数でやろうったって、そうはいかないわよ」
嶋村と遊佐は、一歩離れた場所から興津の戦闘を眺めていた。
下手に手助けをすれば、逆に面倒なことになると考えて、
あえて戦闘には加わっていないのだ。
右に一回転して、その力をそのまま全体重乗せた肘打ち。
足の軌道を途中で変えるブラジリアンキック。
赤子の手を捻るがごとく順調に、呆気なく連中はなぎ倒されていく。
しかし、さっきまで鋏を持っていたの1人が興津の両足を掴んだ。
咄嗟のことで、興津は対処しきれなかった。
「今だ! 一斉に攻撃しろ!」
連中の1人が、思い切り釘バットを振り上げる。
さすがの興津も恐怖を覚えた。
やってはならないことと頭では理解していた。
しかし、顔を背け、目を閉じてしまった。
これでは、避けられるものも避けられない。
(しまった!)
あとは殴られるのみである。
ああ、馬鹿なことしちゃったなあ。
しかし、いつまで経っても身体に衝撃は伝わってこなかった。
(どうしてかしら)おそるおそる目をあける。
さっきまで釘バットを構えていた女が、興津の目の前でノビていた。
「はぁ……はぁ……。やっと見つけたぜ」
興津の丁度正面に当たる位置で、駒田が息を切らせていた。
「事情はわからんし、女を殴るのは気が引ける。
が、とりあえずここにいる奴らをノセばいいんだな?」
「そういうことよ。
助かったわ、サンキュ!」
「礼なら、こいつら全員倒した後に言いな!」
相手のパンチの戻り際にパンチを放つリカバークロス。
身体を屈め、伸び上がるのと同時にフックを放つガゼルパンチ。
駒田の登場で、さっきまで息を吹き返しかけた悪党たちは薙ぎ倒されていった。
釘バットを持った女、残った左腕でナイフを構えている金髪の女が最後に残った。
「この野郎……、男のクセにはずかしくないの?」
釘バットを持った女は青い顔をしていた。
「わりいことやってる奴は女だろうと容赦しねえさ。
俺はそういうところは男女平等なんでね」
「訴えるから。
絶対に訴えて、金ふんだくってやるから!」
「はいはい、そうかよ、そいつぁこわいねえ」
釘バットの女は、駒田のストレートを顔面に貰うと、
声も出さずに、真後ろに一回転して倒れた。
「な、何なのアンタたちは?」
とうとう最後の一人となった金髪の女はナイフこそ構えていたが、
足元が震えているのが誰の目にも明らかだった。
「朝の時といい、今といい、邪魔しやがって!!
ムカつく!」
興津は、前に出ようとした駒田を引き止めた。
そして自分が前に出ると、女の頬を思い切り平手打ちした。
女は、平手打ちした方向に倒れた。
「今度あの子に近づいたら、」
興津の顔は無表情だったが、その口調からは怒気が見え隠れしていた。
「次は顔を正面から打つわよ」
その後、魚住乃亜をいじめていた連中については、
東海林がリークした数多の悪事も手伝って、その日の内に退学処分となった。
これで、魚住乃亜をいじめていた連中がいなくなった。
「そんなヒエラルキーができてただなんて……」
ヒエラルキーの最上層を占めていた連中は、今は身柄を拘束されており、家庭裁判所の審判を待つ状態となっている。
嶋村は昨晩、生徒会長の鳴瀬川からその事実を聞いた。
『あんたたちが止めようとしてたイジメの主犯、とんでもない奴だったぽいね』
『全くだ。そして生徒会長が僕にLINEしてくることもとんでもないことだが』
『そう言わないでよ。私だってあんたたちに感謝してるんだから。
ていうかこないだは敬語だったのに、今はタメ語なんだね』
『僕らはタメなんだからいいだろう。
そして、感謝してるとはどういうことかな?』
『そりゃあ生徒会長として、イジメなんて事実を見すごすわけにはいかないの。
今回のことで、1年の間で妙な階層ができてたことも知れたしね』
こういった人間ピラミッドは、やがてイジメへと発展する。
しかし、頂点を失ったピラミッドほど脆いものもない。
そして頂点が不安定なほど、それが消えた際におこる階層の空洞化は著しいものになる。
「あの時ダメもとであなたに頼んでよかったです!」
週明けの月曜日。
嶋村はいつものごとく、植野と登校を共にしていた。
「ダメもとで頼んでいたのですか?」
「イジメは一度起きてしまうと、イジメの構造ができてしまってなかなか解決しないじゃないですか。
だから私も、頼んでみた直後は後悔していたんです。
無茶振りしちゃったんじゃないかって」
しかし『ミレーヴァ』は事実上、イジメの構造を破壊するきっかけを作った。
「これからどうなるのかまでは、保証できかねますよ?
それに今回、うちの高校から逮捕者を出してしまう事態にもなってしまいましたし」
「でもあの子たちは、イジメ以外にも色々していたんでしょ?
それでしたら、退学に追い込むのは妥当だと思いますよ?」
植野はがらにもなく、さらっと言い切った。
何故か、嶋村にはそれが頼もしく聞こえた。
「今日は、『ミレーヴァ』に6人目の部員が入ります」
師走に入るまで、数えるほどの日程しかない。




