第6章:イジメノ構造ヲ破壊シロ3
「えっ?」
翌朝のこと。
嶋村は、昨日決めたことを依頼主である植野に説明していた。
「やはり、学校の中に居場所があるのとないのとでは全然変わります。
きっとクラスに彼女の居場所はないのかもしれない。
だからこそ、彼女の居場所を作って、彼女の高校生活を楽しいものにしようという考えです」
「『ミレーヴァ』に入っていれば、楽しい高校生活が送れそうですものね」
植野は社交辞令などではなく、本心からそう思っているようにも見えた。
「私だって、3年でなければ入っていたかもしれませんもの」
植野は高校3年であると同時に、受験生でもある。
植野と2人で歩く毎朝が終わるのも、そう遠い話ではない。
「あ……」
嶋村は声をあげた。
反対側の歩道では、昨日と同じ光景。
5人ほどの女子高生がカバンも持たずに群れて歩く中、
その集団に少し遅れた形で6人分のカバンを持って歩いている女子高生。
嶋村は、校門前で待っている興津にLINEを打った。
『あと数分で彼女らは着く。健闘を祈る』
すぐに返信が来た。
『りょ(了解、の意)』
『それよりも、物陰に隠れてるから不審者みたいで周囲の視線が痛いんだけど』
ちょっとして、再び興津からLINEが来た。
『今日も植野さんと登校してるの?』
『うん』
既読はすぐについたが、返信はなかった。
もっとも、嶋村は気にもとめなかった。
「実は、あの子を助けるために、
これから少しだけ、植野さんに協力をお願いしたいのですが」
「はあ、何でしょうか?」
(はぁ……どうしよう)
興津はスマホを持った手で頭を抱えていた。
(このまま行動しないんじゃ、本当に植野さんに取られちゃう。
どうしよう、何か『ミレーヴァ』の仕事を口実にどこかに誘っ……)
そこで興津の思考はとまった。
(そうだ、私は今仕事してんのよ)
『ミレーヴァ』の職務を全うすることを考えれば、
その時は植野のことを考えないですむ。
興津はかぶりを大きく振って、必死に植野を意識から振り落とした。
(仕事中に私事は厳禁よ)
そう自分に言い聞かせつつ、物陰から校門を眺める。
まだ来ないようだった。
「ちょっとちょっと」
後ろから肩を叩かれた。
「何? アタシ今仕事で忙しいんだけど」
あんまり聞き覚えのない声だったこともあり、
後ろを振り向かずに返答した。
「それをいうなら、私も校内治安保全のお仕事なんだけども」
「はあ?」
後ろを向く。
そこには、ライトブラウンのカーディガンを着て、眠たそうな目をしている鳴瀬川が腕組みしていた。
「なんでそんな所で張ってるわけ?
怪しさ満点なんだが」
「正義の仕事よ。
そう、いじめを止めるっていうね」
「はあ」鳴瀬川はため息を吐いた。
「いじめ、ね。
この学校にもあるのか」
「嘆かわしいわよね? 今すぐなくしたいわよね?
だからこそ! 私たちが……」
何気なく校門を見る。
5人のカバンを持たない女子高生の姿が見えてきた。
「ごめん生徒会長。極秘任務だから話しかけないで」
「……」
鳴瀬川は興津から離れた。
しかし去ろうとはせず、空いた校門にもたれかかるようにして、興津の方を眺めた。
生徒会長としての職務か、それとも単に個人的な興味か。
理由はどうであれ、鳴瀬川はこれからの顛末を見届ける気だろう。
それならばお見せしようじゃないか。
鳴瀬川会長よ、これが『ミレーヴァ』流いじめっ子の大捕り物よ。
改めて外を見る。
丁度、5人のカバンを持たない女子高生が入ってきたところだった。
(よし、今ね!)
興津は大きく深呼吸した。
臍下丹田に力を溜める。
息を吐ききると、女子高生の集団の前に躍り出た。
「うわっ! びっくりしたあ!」
「何ですか突然?」
興津は、5人の女子高生の後ろでカバンを持っていた女子高生を一目して、
驚いたような声をあげた。
「ちょっとちょっと、何よ?
あなたたち、カバンも持ってないで登校してんの?」
すると集団の一人がニヤリと笑いながら、弁明しようとした。
「ああ、カバンならあいつが……」
その弁明は、興津の声によってかき消された。
「いやあ、だらしない。怠惰の極み!
あなたたちってば、一体何をしに学校まで来てるのかしら?」
この時、丁度嶋村が植野とともに校門をくぐった。
「何だって!? 手ぶらだと?」
わざとらしい声を嶋村があげる。
「カバンをおうちに忘れるなんて、相当なあわてんぼさんなんですねえ」
植野も、演劇のように大きな声で言う。
閑静な住宅街の真ん中に位置する学校である。
嶋村たちの声が、他の生徒に聞こえないはずがない。
面目を潰された5人は顔を真っ赤にして、俯いた。
「フン」
ここで、興津はいつもの口調に戻した。
「一番後ろのあなた」
呼ばれた女子生徒――魚住乃亜は、ビクッとなって興津の方を向いた。
「自分のバッグ以外は投げ捨てなさい」
「誰だか知んないけど、なんですか!?」
集団の女子生徒の1人がヒステリー気味に叫んだ。
その瞬間、嶋村はしまったと思った。
興津自身も女子ではあるが、彼女はこういった類の抗議に激しい嫌悪を抱いている。
案の定、バチーン、と、歯切れのいい音が校門中に響いた。
「アンタには何も言ってないから。
ちょっと黙ってなさいよ」
頬を叩かれた女子生徒は今にも泣き出しそうな顔を浮かべていた。
「さあ、早く。
置くんじゃないわよ、投げ捨てるのよ」
興津は魚住乃亜に促す。
興津に恐怖を覚えたのか、魚住乃亜は言われた通り、
持っていた6つのバッグのうち、5つのバッグをその場にそっと投げ捨てた。
「よし。
それじゃ、ちょっとついてきなさい」
興津の目には、もはや集団の5人は入ってなかったようだった。
集団が先ほどからしきりに、「暴力反対!」とぼやいているが、
興津は何事もないかのように、右耳から左耳に受け流していた。
「うっせえよ1年ども、朝っぱらからさあ」後ろから東海林の声が聞こえた。
「ピーピー鳴いてんじゃないわよ、このクソブス」
続いて遊佐の声。
この2人はこの作戦には参加してはいなかったが、話だけは通しておいた。
(さすが、わかってるな)
この作戦の1つである、加害者を貶めるという趣旨。
これが主軸になってはまずいが、被害者の気持ちをわからせてやることもイジメ抑止における有効な手段となりうる。
嶋村は、どこか快感を覚えながらも、
『ミレーヴァ』の風紀が疑われるのではないか――という危機感も同時に感じた。
「……」
かつて嶋村が遊佐と初めて接触した時と同じ校舎裏には、4名の生徒がいた。
嶋村、興津、魚住乃亜、そして植野である。
「ありがとうございます」
ぶすっとした表情の魚住乃亜の言葉からは、心がこもっているようには感じなかった。
むしろ、「なんてことをしてくれたんだ」とでも言いたげな表情だった。
「興津、あれは少しやりすぎだぞ」
「うーん、さすがに引っ叩いたのはまずかったわよね」
加害者を貶めるという趣旨に沿ってはいた。
しかしこの状況だと――皮肉なことだが――単に興津が1年生に暴力を働いたと受け取られかねない。
そして問題はそれだけではない。
「これを機に、私はもっとあの教室に居辛くなるかも……」
ボソッと呟いた魚住乃亜の一言が、嶋村たちを激しく焦らせた。
「教室に居づらくなるならば、その教室に居なければいいんですよ」
本来は部外者であるはずの植野は、柔らかい笑顔を浮かべていた。
「休み時間の間は、私の教室にいらっしゃい。
3年D組の植野です」
「……」
「それと放課後ですが、『ミレーヴァ』に訪問されてはどうでしょうか?」
ここで本題を切り出したのも植野だった。
「……」
魚住乃亜は沈黙を貫きながらも、顔を少しだけ上げた。
『ミレーヴァ』の名前自体は知っているのかもしれない。
「でも……」
ここで、魚住乃亜はようやく口を開いた。
「私みたいな人間がお邪魔しても……」
「構わないわよ。
丁度私たちも、1年生が欲しかったし。
ていうか、そのつもりで今回、あんなことしたんだから」
「断る理由はありません。
気が向いたときに、いつでもいらしてください。
無論、今日でも構いません」
魚住乃亜の顔に、かすかに笑顔が出てきたのを嶋村たちは見逃さなかった。




