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第5章:サークルに強制拘束力はあるのか?3

 「はぁ!?」


教室に戻った興津が一番最初に発した言葉が、それだった。


「どうあがいても、所詮不良は不良なんだよ。


あんな勝手な奴、除名だ除名」


すっかり頭に血の上っている東海林は、さっきから『除名』という言葉を連呼している。


「勝手勝手って、少しは駒田の傷ついた気持ちもわかってやんなさいよ」


駒田の側に立っている遊佐は、声こそ荒げていなかった。


しかし強い意志があることは声色から判断しても明らかだった。


「傷ついた気持ちとかいってられっか?


だいたいお前、昨日と言ってることが真逆じゃないか!」


東海林は怒りの矛先を、遊佐にも向けていた。


「事情が違うでしょ!


言うなれば恋敵が依頼主なのよ?


機械としか接してないから、そういう気持ちがわからないのね!」


「ハァ……」


一方興津は、どちらの側につくかひどく迷っていた。


本来であれば、怠慢である駒田の側に立つわけにはいかない。


興津の性格からしても、どう考えても東海林の側に立つのが妥当である。


しかし、興津の内に秘める思いがそれを踏みとどまらせていた。


(もしも……もしもだとして、嶋村が誰か他の人と付き合ってて、


その人から依頼を受けたとしたら)


例えば植野絵梨佳。


気弱である種興津とは間逆のタイプだが、


どちらが女らしいかと問われれば、興津に立つ瀬はない。


そもそも毎日登校しているというだけで、興津にとっては面白くない話である。


興津は未だに、「一緒に登校しようよ」の一言すら言えないのだ。


「ともかく、」


これまで沈黙を続けていた嶋村が不意に口を開いたことで、興津の思考は止まった。


「僕は、思想統制は嫌いだ。


依頼主に対してどんな感情を抱こうと、それについてとやかく言うことはしない。


が、一度引き受けた依頼をキャンセルするわけにもいかない。


可能な限り、駒田を説得して明日は来てもらう。


それができなければ、最悪4人で仕事をする」


誰もが思いつきそうな策だが、


感情が先行してしまっている興津たち3人の脳裏には浮かばなかったようだ。


ひとまず嶋村の案を採用して、諍いに直接からんでいない嶋村と興津が駒田を説得することにして、この日は解散となった。






 ―――






 鳴瀬川樹理は生徒会室で書類をめくっていた。


先日の総選挙の結果、生徒会長の続投が決まった彼女は、


外面では「一生懸命務めさせていただきますので、ご支援のほどよろしくお願いします」と挨拶した。


しかしその内面は、常に鬱屈した感情を抱いていた。


鳴瀬川は生徒会長として過ごしてきた半年間で彼女が学んだのは、


書類整理やら学校のあり方を決めたりする、政治家のような仕事は自分向きでないということだった。


生徒会長として学校を運営していくよりも、一生徒として気楽に過ごしたかった。


しかし表舞台から姿を消すには、鳴瀬川はあまりに優秀すぎた。


周りからの強い推薦に飲まれる形で、続投を立候補することになった。


結局、2位候補に大差をつけて続投することとなった。


「ふう」


今年度の後期における各部活の会計報告を1枚ずつめくる。


ようやく見終ると、彼女はペットボトルのミルクティーを一口飲んだ。


なにとはなしにドアを眺めると、小さい金髪の不良が早足で駆けていくのがみえた。


駒田は別段有名な生徒でもないが、


鳴瀬川と彼は1年の頃から今まで同じクラスだったので顔は覚えている。


風の噂では、確か駒田は『ミレーヴァ』とかいうサークルに入ったそうだ。


「……ん?」


『ミレーヴァ』はサークルという名目ではあるが、


外部の人間を呼んだり、何より実際に金銭を徴収している性質上、


生徒会としては無断で活動させるわけにはいかない存在でもある。


実際、数ヶ月ほど前に『ミレーヴァ』の代表と思われる男子生徒が来て、


活動許可証の申請をお願いしにきた。


活動内容自体は犯罪ではないので、


『ミレーヴァ』の代表者にはその数日後に活動許可証を渡した。


それに乗じて、4月と10月に会計報告を提出することを言っておいたはずだ。


しかし『ミレーヴァ』と書かれた会計報告は、先程眺めていた中には無かった。


カレンダーを見る。


既に11月がはじまっていた。


それを改めて教えようとばかりに、木枯らしが生徒会室の窓を揺らした。






 ―――






 「……」 


翌日の午前8時半過ぎ、穣布駅前には5人の高校生が佇んでいた。


昨晩に嶋村と興津が駒田を必死に説得して、ようやく駒田は仕事に来ることを受け入れた。


しかし、そこには微妙な空気が流れていた。


「ねえ」


11月の割には暑かった。


そのためか、興津は上着を脱いで腕にかけながら、


嶋村の背中をつついて、彼を少し離れた場所へ誘導した。


「大丈夫なの?」


白いYシャツ風のシャツを羽織った興津は不安げな眼差しを、東海林たち3人に向けた。


特に東海林と駒田が微妙な距離をおいて、ケータイをいじっている。


「引越し手伝いなんて、かなりのチームワークが求められる作業よ?」


「それもそうだが、僕が心配しているのはむしろ、依頼者がどう思われるか、だな」


嶋村が両腕を組んでいるので、


彼が着ている黒いテーラードジャケットも肘の部分に皺が出来ている。


彼としても、決して楽観視していたわけではない。


彼自身、迷いながら駒田を説得していたし、そして今の時点でも自分の下した決定に確固な自信を持てないでいた。


「特に今回、依頼者は駒田の恋敵でもいらっしゃる」


「慎さんには、私からも言っておくけどさ……。


あの人、気が短いのよ」


気が短いかどうかは知らないが、かつて不良だった駒田である。


他の人に比べて、ケンカっぱやい一面もあると2人は見ていた。


最悪のシナリオが、嶋村の脳裏を掠めた。


「すまん、少し飲み物を買ってくる」


表面上は平静を装いながら、駅前の売店へ歩き出す嶋村。


しかし興津は、東海林たちの方向へは行かなかった。


「ねえ嶋村」


呼ばれて嶋村は、ついてきた興津の方を振り向く。


興津が気弱な表情を浮かべるのは滅多なことではない。


小学校の頃から半ば腐れ縁で、嶋村と興津は行動を共にすることが多かった。


それでも嶋村が興津のこういった表情を見るのは数えるほどである。


「正直なこと、言っていい?」


男とは不思議なもので、いつも一緒にいる女がいつもとは違う表情を浮かべる時、鼓動が高まるのである。


Yシャツ風の白シャツにベージュのズボン。


昔からボーイッシュな服装を好んできた興津ではあったが、


最近となってはめっきり見なくなった幼馴染の私服姿を見ると、


嶋村は自身の鼓動が速くなっていく感じを禁じえなかった。


「どうした?」


しかし、その動揺が彼の口調に現れることはなかった。


「私、怖いのよ」


同じ『ミレーヴァ』の構成員の駒田と、自身が敬う先輩の恋人。


その2人が殴り合いの喧嘩をするということは、


2人の性格からも簡単に予想がつく。


「……」


興津が間に入れば、2人を止めることは容易いかもしれない。


しかし強引に止めたとしても、2人の間の溝が深まることは避けられない。


「わかった」


嶋村の声に、暖かみはなかった。


「……」


興津は沈黙のまま頷いた。


「ケンカは、起こさせない。


溝も、深まったりはしないよ」


嶋村は淡々と述べていたが、興津の顔がわずかに上がった。


「相変わらずの頼りない口調ね」


「……言ってみただけだからな」


「なーんだ」


「具体的な策があるわけではない。


僕自身も絶対うまくいくとは確信が持てないからな」


しかし、予め策など作っておく必要はない。


必要になったらその場で策を考え、実行すればよい。


嶋村にとっては、決して無謀な考えではない。


「何も思いつかない時は無策で突入して、


必要に応じて策を講じればいいんだ」


言いながら、嶋村は暖かい緑茶のペットボトルを興津に差し出した。


「ありがと」


小声ではあったが、その声ははっきりと嶋村の耳まで到達していた。






 依頼者である根峰姉弟が待ち合わせ場所へやってきたのは9時の5分ほど前だった。


「おはようございます」


「ういっす」


丁寧にお辞儀する根峰朝希に、やや乱暴な口調で軽く手をあげるのみの根峰慎。


嶋村は根峰姉弟に頭を下げながら、その視線は駒田の方を向いていた。


駒田は無愛想なまま、軽く頭を下げるのみだった。


一方顔をあげると、根峰慎がチラリと駒田を見て、即座に目を反らすのが見えた。


「それではいきましょう。


歩いてすぐに着きますので」


2人の静かな攻防に気づいていないのか、根峰朝希は何事もなかったように嶋村たち5人を誘導した。

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