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第4章:この人痴漢です!3


 その後の話し合いは興津主導で進んだ。


依頼者の植野には、3号車の一番前側の扉から乗ってもらう。


白川姉弟には、3号車で植野が痴漢に遭った時に痴漢の腕を押さえる役目を果たしてもらう。


「おそらく彼女に痴漢を働くと思われるのはこの人よ」


興津は自分のスマホ(スマートフォン)でサラリーマンを隠し撮りしていた。


「……この男ですね?」


「うん。


舞のケータイにこの画像を送っておくから、守君は舞からもらいなさい」


「了解」


一方『ミレーヴァ』からは遊佐と東海林が2号車に乗って、


植野たちに同行する。


この二人は白川姉弟に引きずりおろされたサラリーマンを自白に追い込む役割を請け負わせた。


興津と駒田は4号車に乗って、同じく同行する。


この2人はサラリーマンが発狂して暴れだした際の武力担当である。


「私も含め今言った6人は、いずれも始点の京王九姫駅から乗ってもらうわよ」


穣布駅で同時に乗れば、勘付かれる可能性があるからである。


「もっとも相手も京王九姫から乗ってくる奴だったらまずいけど」


嶋村はこれまで同様、穣布駅の構内で植野と待ち合わせをしてもらう。


「その場で僕は、彼女に今回の計画を話せばいいんだな?」


「そゆこと。さっすが、わかってるわね」


ここ1週間、嶋村は毎日植野の登校に同行している。


嶋村を他の女性と関わらせるのは興津にとって好ましいことではなかったが、


よく見知った顔の方が植野の心も落ち着くだろうと判断しての配置だった。


「舞か守君かどっちかが痴漢のサラリーマンを抑えるか、無理そうな場合痴漢を目撃してからでもいいから、


どっちかが私のケータイにかけてきて。


それと、もし痴漢を目撃してからケータイにかける場合、


その次の駅までに痴漢を取り押さえておくこと。


んで、私がどっちかからの着信を確認したら、


私じゃなくて駒田が遊佐か東海林のケータイに電話をかける。


痴漢のサラリーマンを抑えてから一番最初に着いた駅。


そこで、痴漢を引きずりおろしてね」


「わかりました」


「へーい」


いつもは類まれな統率力を発揮する嶋村も、この日は聞き役に徹した。


かくしてこの日は解散となった。


明日起こるであろう波乱の前日の夕日は、穏やかだった。






 ねずみ色の雲が空を埋め尽くしていた。


午後には雨が降るかもしれない。


「おはようございます……」


「おはようございます」


時間厳守な2人は、互いに集合時間の15分くらい前に構内にやってきた。


「ごめんなさい……私が不甲斐ないばかりに、


こうも毎日同行してもらって」


「構いませんよ別に」


嶋村は、植野との登校を特に苦には感じていなかった。


恋慕が芽生えたわけではないが、毎朝の密かな楽しみになりかけていたことも事実である。


『ミレーヴァ』を立ち上げる以前には、異性の先輩と登校を共にするなど夢のまた夢でしかなかった。


(もっとも、その楽しみも今日で終わるのだが)


「どうされましたか? 突然黙り込んで」


「あ、いや、なんでもありません。


それよりも、今日は少しやり方を変えようと思います」


嶋村は、昨日興津が話した作戦の旨を植野に話した。


「……というわけで、今日は僕はあなたには同行しません。


いつも通り3号車の一番前の扉に乗ってください。


その付近に、霊兎寺高校の制服を着た女性と、中学生の男の子がいるはずです。


彼らが痴漢を取り押さえます」


「はい……」


植野は何か言いたげだった。


「どうしましたか?


何か言いたいことがおありでしたら仰ってください」


「その……」


植野はしばらく口をモゴモゴさせていたが、


やがてそれが声となって嶋村の耳に届いた。


「もしこの件が解決しても、一緒に登校しませんか?」


嶋村は京王線ユーザーではない。


『ミレーヴァ』は学校の公認サークルではないので、植野の登校の同行の際の交通費も、全て自費負担である。


嶋村の財布の状況からすれば、一緒に登校するという選択肢はあってはならない。


「そうですか……すみません、出すぎたことを言って……」


「毎朝、霊兎寺学園前駅の横を通ります」


霊兎寺学園前駅とは、京王線における霊兎寺高校の最寄り駅である。


「駅から学校までの10分間を一緒に登校、という形ではダメでしょうか?」


「……いえ、構いませんよ」


植野の表情が綻んだ。


「さて、」


嶋村は照れを隠すように、話題を変えた。


「今日こそ痴漢を取り押さえてやりましょう」


「はい!」


植野はこれまでにない、威勢のよい返事をした。






 その後嶋村は最後尾の車両に乗り、植野は指定された3号車の一番前の扉から乗車した。


「扉が閉まります、ご注意ください」


アナウンスが聞こえ、扉が閉まる。


植野は扉の近くの吊り革につかまっている。


白川舞は、扉と椅子の間に作られた壁にもたれかかり、植野の周りをぼうっと眺めていた。


白川守は、植野の真ん前の椅子に座っていた。


「お出口は、右側です」


程なくして電車は、穣布駅の隣の田布駅に着いた。


乗り降りする客に合わせて、例のサラリーマンが植野の後ろに陣取る。


白川舞はウォークマンを、白川守はケータイをそれぞれいじっていたが、


痴漢が植野の後ろに立ったのを見逃さなかった。


一方サラリーマンはゆっくりと、しかし目を皿にした状態で辺りを見渡した。


右を見て、左を見て、そしてやや不自然な形で後ろを見る。


そして扉の上の電光掲示板を見始める。


その時、彼の腕が動き、その手が植野の身体に触れた。


白川守は正面にいたので、植野が痴漢に遭っている瞬間を見逃さなかった。


白川守の顔が右を向き、その目線が白川舞と会う。


白川舞はケータイを取り出した。


(さて、あとはどうやってあいつの腕を取るか、だが・・・・・・)


ここで白川守は大変なことに気づいた。


植野の正面にいるということは、痴漢の正面にいることも意味する。


もし自分が動けば、痴漢は警戒して手を引っ込めてしまうのではないか。


白川舞がケータイを取り出したので、計画上は次の駅で痴漢を引きずり下ろさなくてはならない。


「まもなく、ねじきが丘、ねじきが丘。


お出口は、右側です」


しかし、動こうにも動けない。


白川舞も、植野たちとは離れた距離にいる。


満員電車の中を掻い潜って痴漢を抑えることはできない。


白川守が悔しさのあまり歯軋りをしようとした時、


何者かの手がサラリーマンの腕を捕らえた。


明らかにうろたえたような表情を浮かべるサラリーマン。


その腕は、ついさっきまで自分が身体を触っていた少女の手に掴まれていた。


「次の駅で、降りていただけますよね」


「ぬっ……」


なんとか誤魔化そうにも、張本人に腕を掴まれている。


「俺も見ましたよ、あなたが痴漢をしている所をね」


追い討ちをかけるように白川守が立ち上がる。


「痴漢だって?」


「マジかよ、だっせー」


「いい年こいて、情けねーな」


周りの乗客もざわつき始めた今、痴漢のサラリーマンに成せる術はなかった。






 その後、ねじきが丘駅に駆けつけた警察によってサラリーマンは身柄を拘束された。


わざわざ説得役や武力担当が出てくるまでもなく、


サラリーマンはあっさりと罪状を認めた。


「ありがとうございます」


植野は『ミレーヴァ』の5人、そして白川姉弟に深々と頭を下げた。


「植野さん、やればできるじゃないですか!」


興津は、当事者である植野が痴漢の手を掴んだことに興奮していた。


「ええ。今日こそ痴漢を取り押さえてやるんだ!


そう、思ってましたからね」


この時植野は、なぜか興津ではなく嶋村の方を向いていた。


「あ、はい、お見事でした!」


半ば慌てたように首を縦に振る嶋村。


その様子を興津は、穏やかでない表情で眺めていた。


「それはそうと植野さん、明日からもよろしくお願いしますね」


「はい、よろしくお願いします」


「え?」


興津の声はうわずっていた。


「ちょっとちょっと、どうしたの、何か新しい仕事でも依頼されたの?」


「ああ、彼女から、明日からも一緒に登校しようと言われてね」


「な……」


「まあ、駅から学校までの10分間程度なんだが」


「なんですってー!!」


「これは嶋村、フラグが立ちそうだ。


くっそー、羨ましいが今回はお前に譲ってやる」


東海林がニヤニヤしながら嶋村と植野を交互に見る。


「おーおー、嶋村のスキャンダルかぁ?


うらやましいなあ、植野先輩とサシで登校だなんて?」


駒田も東海林に加担する。


「……」


白目を向いて口をパクパクさせる興津に、遊佐はボソリと耳元で囁いた。


「これは、一波乱ありそうね。


ま、私は興津を応援してるわよ」


興津は意識があるのかないのか、


遊佐の呟きにも反応せず、ただ呆然と固まっていた。


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