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序章:灰からのハジマリ

 何の変哲もない授業。


嶋村操しまむらみさおにとっては、退屈極まりないとしか表現できない授業だった。


「……であるから、水上置換は……」


霊兎寺れいうじ高校は、偏差値は40台程度の平凡な都立高校である。


IQ180を超える嶋村にとってはもっと上のレベルの高校があったはずだが、


家が近いからという理由で霊兎寺高校に進学した。


しかし、それが間違いだったのかもしれない。


授業は少し予習さえすれば簡単に理解できる所を50分もかけて緩急なく説明するのみ。


部活動もどれもこれも、嶋村の興味を引くものではなかった。


2年生となった嶋村は、家からの距離だけで高校を決めてしまったことを後悔していた。


(高校生活では何か、面白いことを期待していたんだけどなあ)


ふと窓を見る。


校門の前で、何人かガラの悪い生徒がタムロしている。


嶋村は俗に不良と呼ばれる生徒をどちらかというと嫌悪している側だが、


今になって授業に参加しない不良の気持ちが少しだけわかる気がした。


要するに、つまらないのだ。


教師の一方的な演説と化した授業に参加することに意義を見出せない連中が、


校門の前で群れている輩なのだ。


アウトローたちにそれとない親近感を抱きながら窓を無気力な目で見ていると、


背中をつつかれた感触を覚えた。


嶋村が後ろを振り向くと、興津みなみが左手に定規を持っていた。


嶋村は彼女とは小学校1年生からずっと同じクラスである。


彼にとっては、いわゆる腐れ縁だった。


「余所見もたいがいにしないと、


目ェつけられるわよ?」


ヒソヒソ声で忠告を受けると同時に、先生の声が嶋村の背中に届いた。


「じゃあこの問題を、嶋村。


答えてみろ」


「この問題ってどれですか?」


「聞いてなかったのか?


64ページの四角1番だ」


教科書をチラリと見る。


嶋村にとっては、既に理解した範囲の授業など聞いている必要はない。


「Aから順番に、水上置換、下方置換、上方置換、水上置換です」


少し不愉快そうな顔を浮かべる先生を尻目にして、


嶋村は再び外を眺めた。






 「嶋村、お前なんでずっと窓の外眺めてたんだよ?」


休み時間になって、嶋村のもとへとやってきたクラスメイトの東海林康雄しょうじやすおの第一声がこれだった。


「いや、なんだか授業がつまらなくって」


東海林の問いに、嶋村は隠すことなく正直に答えた。


「つまらなくって、って。


あの先生がすぐに人を当てることくらい知ってるでしょ?」


後ろの席の興津も溜め息混じりにぼやく。


「あの先生が当てるのって、教科書のまとめ問題だけだろ?」


「ま、嶋村ならすぐ答えられるレベルなんだろうけどさあ」


「なんか、さ」


けだるそうに椅子に座りなおして、嶋村は言葉を続けた。


「お前たちはいいよな?


東海林はパソコン部でエンジョイしてるし、


興津は地元の道場で頑張ってるんだろう?


僕も、そういう趣味みたいなのが欲しいよ」


嶋村は帰宅部で、これといった趣味もない。


高校の範疇の内外を問わず、そこそこ今の生活を楽しんでいる二人に、


彼は羨望のまなざしを向けていた。


「うーん……趣味がない人間ってのも珍しいな」


嶋村みたくあらゆるジャンルに興味を見出せない人間は決して珍しくはない。


しかしパソコンという立派な趣味を持っている東海林にとっては、


無趣味の人間は新種の動物のような存在でもあった。


「だよね?


ねえ、嶋村。子どもの頃に憧れてたものとかない?」


「子どもの頃……」


嶋村の脳裏には、かつて自分が幼児の頃に見ていたアニメが映し出されていた。


変な爺さんに騙されて、『ヒーロー』という名目のアルバイトをすることになった青年の話である。


ヒーローといっても、実質『何でも屋』と何も相違ないアルバイトで、


出前だったり近所の人の買い物代理だったりと、地域のパシリとして活躍しながらも、


最後には地域の悪の組織を壊滅させ、組織に拉致されていた同業者の女と結ばれてハッピーエンドとなった。


「なんて名前だったかは忘れたけど、


とにかく昔はそのヒーローに憧れてだな。


そのヒーローの真似をして『行くぞ必殺! ドラゴンサンダー!』なんてやって……っ!?」


半ば興奮気味に話していた嶋村だったが、


やがて教室内の生徒全員の視線を感じ、耳まで真っ赤になりながら口をつぐんで座り込んだ。


「……少し熱くなりすぎた」


さっきよりも格段に小さい声で自省の念にとらわれる嶋村を見て、興津も東海林も笑わずにはいられなかった。


「何がおかしいんだ?


僕だって、そういう無邪気な頃があったんだ!」


「いや、悪い悪い。


なんだか想像がつかなくってさ」


「でも、面白そうじゃない?


『何でも屋』って」


嶋村は、この時の興津の声のトーンが、


東海林のものとは少しばかり異なることに気づいた。


「いっそのこと、嶋村が会長になってさ、


『何でも屋サークル』作っちゃえばいいんじゃない?」


「ハッハ、何を言ってるんだ興津は?


そんな容易くできるわけが……」


「いや、」


東海林の声のトーンも、興津のものに近づいたものになった。


「武力のある興津が武闘派担当、


頭脳の秀でた嶋村が会長およびサークルのブレーン、


そして情報戦ならば世界に通用するレベルと自負する俺が情報関連を扱えば、


きっとできる」


「ねえ! 楽しそうじゃない!?


だてに道場通ってるわけじゃないのよ!」


元々は嶋村が語っていた憧れだったが、


今となっては、むしろ興津や東海林の方が乗り気になっていた。


だが嶋村個人としても、現時点で灰色の高校生活を楽しいものにできるような気がした。


「……やってみよう」


こうして都立霊兎寺高校に、『ミレーヴァ』という、何でも屋サークルが設立された。


ローマ神話に登場する戦争の知恵・知略の女神であるミネルウァの名前をそのまま使うことで、


武力も知力も頼れる存在であることをアピールしようとしたが、


「ミネルウァ……、少し言い辛いな」


と嶋村が呟いたのを聞き逃さなかった興津や東海林が、


「それなら『ミネーヴァ』にしましょうよ!」


「いや、『ミレワ』のがいい!」


その後休み時間のたびに3人で集まっては討論して、


最終的に『ミレーヴァ』に落ち着いた。 

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