楽しい時間の過ごし方 ~girl's side~
今日は夕食の後、リディさんとユノさんと一緒に、エレンさんに案内されて、オーレリア様のお部屋にお邪魔しています。
お部屋の中には、私、リディさん、ユノさん、エレンさん。それから、オーレリア様の五人ですね。テーブルもソファも片づけて、全員が絨毯の上に、自分の前にお茶を置いて座っています。
いつもソファに座るので、少し不思議な感覚ですね。
今日は、オーレリア様が、女の子だけでおしゃべりがしたくなったそうです。それで、イハルさんがアルヴィン様を引き受けたそうで、イハルさんたちはお酒を飲む予定と聞きました。
……ただ、イハルさんとアルヴィン様、ヴァージル将軍にリアムさんという顔触れで、いったいどんなお話をするのでしょうか。それとも、黙って飲むだけなんでしょうか。そこが、少しだけ気になります。
「春が終わったら、グレース嬢も人妻ですねぇ」
しみじみとした声でエレンさんが言いましたけれど……その、もう少し、違う言葉でお願いします。何だか、とても恥ずかしくなってしまうので……。
「エレンはいつになるかしらね」
「私は、死ぬまで独り身でいたいですね」
「あらまあ、リアムはかわいそうに」
オーレリア様は、今のところ、リアムさんの味方みたいです。でも、エレンさんがきっぱりと、リアムが嫌いだと思ったら、きっとエレンさんの味方になるのでしょうね。
エレンさんは、貴族としての心得を叩き込まれているそうです。顔も見たくない、声も聞きたくない、という状態でなければ、結婚すること自体は平気だと聞きました。
貴族という立場になじんだ方々は、私には、わかりにくいところがあります。
「そういえば、グレースは、いつ、どこで、どうやってイハル隊長と知り合ったの?」
「……えっと、オーレリア様には、お話していませんでしたか?」
ユノさんやリディさんには、話したことがあると思うのですが……ああ、でも、あまり自信がありません。
「聞いていないわ。一度、聞いてみたいと思っていたの。せっかくだから、話してちょうだい。ね?」
ニコニコ笑って、小首を傾げて、態度でも『お願い』と言われてしまうと、拒否はしづらいですよね……。
何より、話し忘れていた私がいけないのですから。
「あれは、私が解放軍に参加する、半年ほど前のことでした。両親が亡くなったと知らされた後、私は魔物が出る辺りをあちこち歩き回っていて、その頃は、親切な村でしばらく滞在していました」
ですから、野宿は平気です。虫や野生の獣より、不意打ちで現れる魔物や、旅をしている男の人の方が、ずっと怖い存在でしたから。
村の外れで一人暮らしをしているおばあさんが、家に泊めてくれました。男性が怖いとわかると、男の人は近づかないようにしてくれました。本当に、みなさんが優しくて、いいところでした。
「その村が、ある日山賊に襲われました。私はお世話になった恩をお返ししたくて、山賊に立ち向かいました。あの頃の私の魔力は、今の半分よりは多かった程度で、魔力の使い方も下手でした。ですから、全滅させる前に、私の魔力が尽きたのです。そこで、少しでも村から引き離そうと荒野へ逃げていた時、イハルさんが突然現れて、あっという間に山賊を片づけてくれました」
あの時見た、鮮やかでいびつな三日月は、今でも忘れられません。
普段、夜空で見ているどんな月よりも綺麗で、優しいものでしたから。
「戦いが終わったとわかった後も、そばにいて震えが来ない男の人は初めてで……傭兵をしていらっしゃると教えてくださったので、私を隊に入れて欲しいとお願いしたのですが」
「あー、思い出した! 未熟な魔道士なんぞいらん、って断られたんだっけ」
その時の話は、ユノさんにしていたんですね。あ、リディさんも頷いているので、リディさんにもお話したみたいです。
でも、エレンさんとオーレリア様は初耳のようですね……エレンさんが、かなり怖い顔をしているのですが……。
た、多分、イハルさんには悪意や貶める意思はありませんでしたよ? 本心からの言葉だったと、私はわかっています。
「実際、あの時の私は、戦場ではまともに動けない、未熟な魔道士だったと思います。それから、お世話になっていた村で隊長のお話を伺って、傭兵として一人前になれるよう、指導をお願いしました。イハルさんの名前を教えてくださったのも、隊長です。そこで、リアムさんやベネットさんとも知り合いました」
ベネットさんは、たまに、近づいてこようとしましたけれど……リアムさんは、きちんと距離を保って話しかけてくれました。本当に、ごくまれに、うっかり半歩ほど、近寄りすぎることがありましたけれど。
「その隊長っていうのが、ゲルト隊長なんでしょ?」
「はい」
エレンさんに聞かれて、私は頷きました。
私は、隊長のところでは、離れたところに一人でいることが多かったので、実はリノさんをお見かけしたことがないのです。エレンさんも、時々いらしていたようなのですが、お会いしたことはありませんでした。
そのことを、イハルさんやリアムさんたちにお話したことがあるのですが、みなさん、大げさなほど驚いていました。
特にリノさんは、暇さえあれば、隊長のところへ押しかけていたそうで……半年もいて一度も会わなかったのは奇跡的だ、とも言われましたね。
「魔力の使い方や、傭兵を生業にする魔道士の戦い方を、隊長にしっかりと教わり、許可もいただいて、解放軍に参加しようと陣営を訪れたのはいいのですが……その、人が見当たらなかったものですから、どうしていいのかと迷ってしまって……」
「ってことは、そこにあたしが声かけたってこと?」
「はい。とても驚きましたけれど、あの時、ユノさんに声をかけていただいて、本当に助かりました」
まさか、あんなに早くイハルさんに会えて、しかも、イハルさんの隊に入れていただけるだなんて、思ってもみませんでしたから。
あ、でも、本気でかかってこい、と言われたからといって、本当に全力で魔法を撃ち込んではいけないことはわかりました。もう、傷を負ったイハルさんを見るのは……嫌、です。
「話を聞く限りは、出会った時か、再会した時点で、恋愛物語なら話が盛り上がるところよねぇ……でも、あのイハル隊長だもの」
「イハル隊長は、鈍感で真面目を絵に描いたような人でしょ? 見た目に反してわがままで、割と強引で自分勝手なヴァージルとは、雲泥の差よね」
うぅ……イハルさんも、ヴァージル将軍も、何となく、ひどい言われようのような気がしますが……。
チラッとユノさんを見てみましたけれど、まったく気にしていないようですね。……ああ、焼き菓子に夢中で、聞いていなかったみたいです。
結婚されても、ユノさんは相変わらずです。そういえば、リディさんから教えていただいたのですけれど、このところ、騎士団の方々が、団長夫婦が目の毒だと泣いているそうなんですが……ユノさんは、いったい何をしているのでしょうか?
エレンさんとオーレリア様は、楽しそうにお話されています。リディさんも、時々頷きながら聞いているようですね。ユノさんは……まだ焼き菓子に夢中みたいです。
ユノさんがあまりにもおいしそうに食べているから、焼き菓子が気になってきました。私もひとつ、食べてみたいと思います。
表面はサラサラしていますね。歯で押しつぶすと、サクッと音がして、ふわっと砕けました。同時に、甘い味が口いっぱいに広がって、とても幸せな気分がします。
ユノさんがあんなに幸せそうな理由が、よくわかりました。
「で、その鈍感で真面目なイハル隊長が、どんな言葉でグレース嬢に結婚を申し込んだのかが、私は今、非常に気になっているんですけれど」
「ふぇっ?」
口の中に残っていた焼き菓子のかけらが、吸い込んだ息と一緒に喉に入り込んで……お、お茶を……。
慌ててお茶を飲んで、引っかかっていた焼き菓子を押し流しました。
エレンさんは、たまになんですけど、びっくりするような質問をされるので、本当に心臓に悪いです……。
「そ、そんなに変わったことは、言われませんでしたよ?」
これは、本当のことです。
ただ、私にもはっきりと、しっかりと理解できるようにと、言葉は噛み砕いてくださいましたが……。
「ぜひとも、具体的に、聞いておきたいわ」
エレンさんは、引かないみたいです。オーレリア様も、リディさんも、興味津々ですよね……ああ、ユノさんだけ、焼き菓子に夢中のようですね。
「……えっと、イハルさんには、何も言わないと約束してくださるなら……」
私が教えたことで、イハルさんにご迷惑はかけられません。
ユノさんはきちんと聞いていたみたいで、他の方と一緒になって頷いています。
「最初は、ずっとそばにいろ、と」
あ……その時のイハルさんを思い出しただけで、頬が熱くなってしまいました。いえ、頬だけでなくて、頬に当てた手のひらも熱いです。ポカポカしていますね。
イハルさんはいつも素敵ですけれど、あの時は、いつもよりずっと素敵でしたから。
「てっきり、傭兵としてなのだと思いまして、私は死ぬまでイハルさんの魔道士です、と答えたら、ムッとされて……」
その怒りは、私に対してでなく、別のところに向いていました。恐らく、私にひと言で言えないイハルさん自身に、苛立っていたのでは、と思います。
「死んでもそばを離れるな、と」
ここで、ユノさんが思い切り噴き出しました。
やはり、セイライ国の言い方なのですね。私の住んでいた辺りはセイライ国に近かったので、たまに聞いた求婚の言葉なのですが。
中央のこの辺りでは、まったくなじみがないようです。エレンさんもオーレリア様も、不思議そうな顔をしていますね。
「あのさぁ、それ、求婚の台詞だって、グレースにはわかんないでしょ」
「あ、いえ……私は、マーハルニーファでも北の出身ですから、セイライ国では求婚の際に伝える言葉だと知っていました」
「じゃあ、いいこと教えてあげる。それは男の人から言う時の台詞ね。で、女の子から突撃する時には、『死んだらそばに行っていいですか』なんだよ」
……え?
えっと、あの、死んでから、でないとダメなのでしょうか? それは、とても寂しいと思うのですが……。
「で、受け入れないなら、そこで頷くの。受け入れる時の答えは、グレースがイハル兄に言ってみればわかるんだけど……エレンさんたちが聞きたそうだから言っちゃう。『今すぐそばに来い』が正しい返事ってわけ」
「ということは、『死んでもそばを離れるな』にも、ちゃんとした返事があるんでしょ?」
リディさんが身を乗り出して聞いています。私も、興味があります。
「もちろん! そっちは、『この魂が消え果てる瞬間まで、そばにいます』が一般的かなぁ? もっと強烈なこと言う人もいるらしいけど」
え……? わ、私、知らなかったのですけれど……ほとんど同じことを、言いました。
どうりで、イハルさんがびっくりされたわけですね。セイライ国の習慣を知らないはずの私が、正しく受け答えをしたことになりますから。
今聞いて、私も驚きました。
「リディ嬢には、マーハルニーファらしい求婚の仕方を、今度こっそり教えてあげる。ぜひとも、ジャレッド副将軍相手に試して欲しいわ」
えっと、リディさんは、普段はあまり、顔に出ないのですけれど……今は真っ赤です。
ジャレッドさんは本当にいい方なのですが、リディさんからつかまらないと、手もつないでくれないそうです。照れているわけではなく、迷いがあるからなのでしょう。
確実に、リディさんを残して、先に旅立ってしまうから。
ですが、以前、ユノさんが言っていました。本気になったのなら、最後まで責任を持って、全力で駆け抜けるべき、と。その覚悟がないのでしたら、最初からすべてを封じ込めて生きるべき、と。
リディさんは、たとえ残されても、生きていく覚悟はできていると思います。そうでなければ、あの時、受け入れなかったでしょうから。
私は、リディさんにも幸せになって欲しいと思っています。ですから、一度は伝えてしまった以上、ジャレッドさんは、きちんと責任を取るべきですよね。
「それにしても、ヴァージルやイハル隊長が結婚って……一番縁遠そうな二人だったのにね」
エレンさんが、呆れた顔で小さく笑います。オーレリア様とリディさんは頷いていて、ユノさんはイハルさんに関してだけ、納得しているようです。
私はカップを持ち上げて、お茶をそっと口に含みました。
こんな時間の過ごし方も、たまには悪くないのかもしれません。
私の知っているイハルさんは、優しくて、少し不器用な人です。自分の気持ちを素直に伝えて、その結果、人が離れていくことが怖いのだと思います。だから、奥底に隠した本当の気持ちは、ほとんど口にしないのでしょう。
最近、ぽつぽつと話してくれることが、私には何よりも嬉しいのです。
ですから私は、イハルさんに、何度でも伝えましょう。
私は、イハルさんのおそばを絶対に離れません。この命がある限り、イハルさんの魔道士として、生きていく覚悟はできています。
ですからイハルさんも、私をずっと、おそばに置いてくださいね?
それが私の、たったひとつの望みです。




