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捜査は遅々として進みません。別に瞳子は構わないのですけど、構う人もいるのです。
端的に言えば、警察でした。警察は捜査を専門にし、さらには人員も瞳子たちと比べ物にならないほどいるわけですから、彼らの得られる情報はそれこそ桁違いに多いわけです。それを整理するのも瞳子たちの捜査の一つでした。
「学校周りの雑木林にあったのは空き缶、ペットボトル、冷蔵庫、エロ本、古雑誌、等々。特に怪しいものはなし、ねえ。本当に真面目に調べてんのかしら。ごみ掃除かなんかと勘違いしてるんじゃないの?」
その日は瞳子の部屋に集まって三人でそう言った警察の資料を斜め読みにしていました。ちなみにその資料は光と歪が持ってきたものです。バインダーに何冊分も紙の資料を持ってくるなんて面倒でしょうに。というか、警察の資料が簡単に民間人の手に入るのは、よくあることですね。ええ、あるある。
「山の方も随分大規模な捜索をしたみたいですけど、やっぱり何にもなかったみたい」
「うーん、あんまり期待してなかったけどここまで何にもないとちょっとねえ」
「そう言えば、光たちの家は捜査してもらったのですか?」
あの洋館には少なくとも誰かが泥棒に入っているのは正しいことのように瞳子には思えます。一番可能性があるならあそこか、後は校舎くらいじゃないでしょうか。
「ええ調べてもらったわ」
「それで結果は?」
「何にも。あの小屋には私と歪と瞳子以外の第三者の痕跡はどこにもないそうよ」
袋小路。手詰まり。
「あー、なんにせよ情報が足りないわ」と叫んで光は仰向けに寝転がりました。
情報がない、足りない。というのはやはり正しいようです。
現在瞳子たちが持っている情報をまとめてみましょう
八月一日の午後八時四十五分ごろに米倉浩二が死んだこと。
第一発見者は瞳子たち三人だということ。
その死体は学校にあり、時計塔から落下して死んだらしいということ。
その時計塔には彼自身が書いた恋文があったということ。
現場の周辺には瞳子たち三人と米倉浩二以外の誰かの存在を示す証拠はないということ。
もちろん誰もいなかったという証拠もないということ。
それから今知った、光たちの家にも何の痕跡もないと言うこと。
そもそも容疑者がいないこと。
「聞き込みの資料もあるよ。それによると米倉君が最近誰かとケンカしたとか、いじめられていたとか、そういうのはなかったみたい。お金のトラブルもなし。家庭状況もたまのケンカくらいで取り立てて問題もなし。絶望的だよ」
動機も特に見当たらないこと。
歪の言葉は全く正しいと思いました。もう迷宮入りという単語がちらついているように瞳子には思えました。
「失礼します」と小さな声が障子の向こうから聞こえました。その声は、恭子。「瞳子様、お飲物のお代りをお持ちしました」
言われてみれば喉が渇いてきたかもしれません。こうやって紙の資料とにらめっこを初めて三時間ほどが経過していました。
「ありがとうございます。すごくいいタイミングでした」
「ありがとうございます」湯呑を置いて、でも恭子はその場を離れようとしませんでした。まだ何かある? しかし瞳子の鋭い勘がその理由を直感します。
(光、何か言ってください)念じるとそれが通じたのか光は、
「今日は暑いわねー」
ちょう鈍感なのです。
しょうがなく光の足の先を蹴ると、ようやく光は気がついたのか、
「あら、お茶をありがとうね」
「あ、ありがとうございます!」
ご主人さまより光の方が好きなんだからしょうがないものです。お茶を飲んで一息ついてから、光は一つ零すように言葉を落とします。「しょうがないわ」光の声は、苦虫をかみつぶしたような苦渋に満ちたもので、否が応でも彼女が何か重大な決断を下そうとしていることが分かりました。瞳子と歪は自然と身をただし、彼女の言葉を待ちます。瞳子としてはもうこの事件から手を引くと、その言葉が一番欲しいと思います。しかし瞳子の意に反して、彼女は「本当はやりたくなかったのだけど」と前置きしてから重々しい声で言いました。
「私たちで聞き込みをしてみましょう。出来るだけ範囲を限って、そうね、米倉君の家族と特に親しい友達とか、その辺だけに、私自身が聞いてみましょう」
それは、そんなにもったいぶって言うようなことなのですか。
「だってイヤじゃない。遺族に死んだ人の話を聞くなんて」
人の心はそんな無遠慮に踏み込んでいいものじゃないわ、と光は神妙に言います。彼女の言葉は全く持って同感な言葉なのですけれど。
「魚河岸のマグロの様な体勢……」
「マグロ? マグロは好きよ?」
当の本人の光が寝転がったままなのであまり恰好はつきませんでした。




