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お盆前にも光は関係者に話を聞くに行くことを続けていました。瞳子もついて行きましたけれど、誰に聞いてもイヤな顔一つせず、喜んで光の問いに答えるので、なんだか心配して損した気分になりました。それに事情聴取自体は上手くいったのですけど、そこから引き出されるデータ自体はあまり意味のあるものとは言えませんでした。
米倉浩二は自殺してもおかしくない。彼の死に不審な点はないと思う。あの頃の彼も確かに普通とそんなに変わらない様子だったが、だからといって切実な思いを隠していてもおかしくない。彼を殺して得するような奴? 知らない。多分、いないと思う。少なくとも自分の知る範囲にはいない。
だれに聞いてもそんな調子。しまいには光の方がいじける始末。
「何よ何よ、なんでもかんでも私のせいにして! みんな勝手に死んでしまえばいいわ!」
そんな風に気炎を上げるのは瞳子と歪の前くらいなのですけど。そうこうしているうちにお盆になって、瞳子は訪ねてくる親類への応対が忙しくて三日ほど光たちと会えない日が続きました。
「いやー、瞳子ちゃんも大きく……あんまり大きくなってないねえ」などとのたまう失礼な遠縁のおじさんを蹴飛ばして、
「バカねえ、これくらいで止まってくれたことが素晴らしいんじゃない。ねえ瞳子ちゃん、今度お姉ちゃんと一緒にディズニーランドに行きましょ」と鼻息荒くすり寄ってくる従姉を引きはがして。
なんと言うか、みなさんお酒を飲み過ぎなのです。
そんな目の回るような日々を過ごしているうちに盆は明けて、瞳子が光から久しぶりの電話をもらったのは、親類の最後の一人を恭子の車に押し込んで駅に向かわせた、その直後のことでした。なんともタイミングのいい電話です。もしかして瞳子の屋敷に盗聴器でもしかけているんじゃないかと疑いたくなるほどです。冗談めかしてそう言うと、
「そ、そんなことしてるはずないこともないこともないはずだわ!」
……一度業者さんにチェックしてもらった方がいいかもしれません。
「そんなことどうだっていいのよ」光は瞳子のプライバシー権など無視すると宣言してから続けました。「瞳子、明日お祭りがあるのを知ってる?」
「はあ、まあ知っていますけど」
少し予想外な言葉でした。てっきりまた事件のことだと思っていたので。
お祭りというのは村の神社である夏祭りのことです。いつぞや出したデカルト座標で言いますと、大体(1,1)くらいの場所に小さな山と言っていいやら丘と言った方がいいのやら、ちょっとした凸面がありまして、そこにある神社で毎年盆明けにある夏祭りでした。盆踊りとか、そう言うのも兼ねているのでしょう。
「なんだか他人行儀な言い方ね。あんまり好きじゃないの?」
「別に嫌いというわけではないです。ただ、瞳子はあまり人混みとか得意じゃないですから、小さい時に一度行ったきりなので。よく知らないのです」
「じゃあ、明日それに一緒に行きましょうって言ったら瞳子は困るかしら?」
受話器の向こうの声は少し、震えているように瞳子には感じられました。緊張しているのでしょうか。あの光が。少し考え込みます。もしも光に誘われなければ、瞳子は絶対にお祭りなんて行かなかったでしょう。でも、
「いいえ、別にかまいません」
「それはつまり誘われようが誘われまいが瞳子の意思は変わらないってことかしら?」
なんでそんなにネガティブなのですか。
「いいですよ。お祭り、行きましょう。たまにはそういうのも悪くないのかもしれません」
お祭りに行く方が人の死を調査するより百倍ましだと瞳子は思ったのです。でもそんな瞳子の思いもいざ知らず、光は浮かれた声で「じゃあ明日、瞳子のとこに行くわ」と明日の予定を勝手に立ててから電話を切りました。受話器の向こうから通話が終了したことを伝えてくる無機質な電子音を等間隔で流れてきます。
「お嬢様」突然背後から声をかけられてびくりと体をふるわせます。電話に集中していて、辺りに神経を配っていませんでした。無防備な姿を見られたと思うと意味もなく焦ります。
慌てて声の主、由希に応えて「ごめんなさい、ちょっとぼーっとしてて。なんですか」
「明日はお祭りに行くのですか?」
「はい。光と歪も一緒だと思います」
カチンと、小気味良い音を立てて受話器はそのあるべき位置に戻った。
「大丈夫でしょうか」
由希の質問に瞳子は無言で応えます。そんなの瞳子は知りません。やってみなくてはわかりません。だから心に嘘をついて。
「きっと大丈夫です、それより由希」
「なんですか?」
「明日、何を着て行ったらいいんだろう?」
由希は穏やかに笑って言った。
「それは私たち使用人一同にお任せください」




