表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/18

上戸はいえど水曜日

 生活班は、ある意味クラスのはみ出し者で構成されている。

 問題行動の多いカズに、極端に内気な裕也、かなえはこれといって嫌われる要素はないけれど、仲良しグループの中ではよくハブかれているようだし。

 そういう自分も受け入れられているとは言い難い。『美香子は真面目、お堅い』という評価は褒め言葉ではないことぐらいは分かっているのだ。比較的、まともなのはカズのお世話係と化している稔だけかもしれない。口調は相当荒いけれど。


 そういう一体感か何かあるのか知らないが、班内の雰囲気はとってもいい。


 「・・・てなわけでさ、大変だったんだ」

 「へ~、わざわざ掃除しにいっちゃうなんて、よーやるぅ」


 稔が、昨日カズと2人で屋敷に行った話を愚痴り、かなえが面白がってそれに相槌を打っている。美香子の常識では、知らない子どもが押し掛けてきても家の中に入れるお宅はない、と思っていたのだけど、そうではない所もあるらしい。

 知らない家の中はどうなっているのか?ちょっと興味はあるけれど、今は掃除中だ。


 「はいはい、お喋りはいいから雑巾動かして。早く帰りましょ」

 「もう全部拭いたよ~・・・ん?ねぇねぇ、コレ」

 掃除用具入れのふたを閉めようとして、何か違和感を感じたのだろう。かなえが用具入れの裏側を目を細めて原因を探す。

 「コレ・・・奥の、真ん中のあたり。何かひっかかってない?」

 「どれ」

 稔がモップの柄で掻き出してやると、ゴロンと灰色の塊(おそらく紙粘土製)が転がり出てきた。全体的に国語辞典ほどの大きさで、三角形の『物体』が台座と思われるものにくっついている。片面に小さな丸や四角のツブツブがみえるが、それよりなにより・・・


 「ぅわ、ナニコレ?!」

 「汚ねぇ!!」

 「やだっ!サイテー!!」


 暗くジメジメしたところにあったせいか、黒緑色のカビがブワッと塊を覆い、その上2重3重に棉埃が絡み付いている。

 廊下で黒板消しクリーナーをかけていたカズが、面白そうな騒ぎを聞きつけて話に加わってきた。


 「何々?ど~れ、どっかで見たことあるな・・・・・あっ、コレ稔じゃん」

 「お、俺ぇ?!」

 「ほら、だいぶ前の図工の時間にさ、友達モデルにして紙粘土で人形作ったじゃん。稔がゆーや作って、ゆーやが僕作って、僕が稔作ってさー」


 それ、2~3か月ぐらい前の話だったような・・・美香子は記憶を呼び起こす。一週間ぐらい教室に飾ってあったけれど、家に持って帰れって言われてなかったっけ?どうやらカズはすっかり忘れて放置していたようだ。


 「ああ、思い出した。つまりコレ、お前が作った俺か」

 「よく見たら、顔に見えなくもないわね」


 稔は人形の胴体にくっついていたわたぼこりを、指でつまんでとってやった。

 「ひでぇな、早く持って帰れよカズ。かわいそうに・・・人を何だと思ってんだ」

 「今日は荷物多いから入らないな。まー怒んなってば、明日でいいじゃん。忘れないようにここに置いとくからさ、明日忘れてたら教えて」


 稔は複雑な表情で、製作者がロッカーの上に人形をポンと置くのを見ていた。ひょっとしたら自分がモデルなだけに、感情移入しているのかもしれない。

 そこへ、裕也がゴミ捨てから戻ってきた。掃除終了。彼がゴミ箱をもとの位置に戻すと同時に、班員は帰る仕度に取り掛かる。


 「それで、今日もお爺さんの家に行くの?」

 さすがに掃除当番で遅くなった日は寄らないだろう、と思った美香子の意に反して、班長はあっけらかんと答えた。

 「行くよ。けど、カバンおいてから、だな」

 「コイツ、お爺さんに学校帰りに寄るのやめろって怒られたんだよ」

  カズがちょっと顔をしかめて、カバンをしょった。そんな彼を片方の口元を上げて稔は見ている。普段より意地悪そうに見えるのは、気のせいだろう。多分。


 「そーだ、皆も一緒に行こうよ。今、お爺さんの他に、りんねさんっていう優しいお姉さんもいるぞ。それに掃除ついでに中見せてもらったんだけどさ、昔の道具とか色々出てきて面白いんだ。未知の生物はいなかったけど」


 その言葉に、稔がたしなめるよりも早く、かなえが歓声をあげた。


 「えーいいの~?!私、行ってみたいかも。だって中とか入ったことないもん。やっぱお化けとか出そうな空気?」

 「出ないでない。お爺さんは妖怪だけどなー。美香子は?」

 「興味はあるけど、私はパス。結構忙しいのよね」

 「そっか、ゆーやも行くよな・・・ってアレ?」


 班長は言葉を切って、キョロキョロあたりを見回した。いない。さっきまでゴミ箱かかえてたはずなのに・・・。

 そういえば掃除も黙ってもくもくやっていたし、急ぎの用事でもあったのかしら?と、美香子は珍しく思った。いつもなら、誰かが帰り始めるまでじっと待っているような子なんだけど。


 「すばやいなー、アイツ」


 「俺たちが遅いんだよ。さ、早く帰ろうぜ」




※※※


 「まったく、やってられませんってーの」


 青年が声を張り上げた。

 それを宥めるかのように、カウンターの隣に座っていた常連のケンさんが軽く背中をたたいてなだめる。

 「まぁねぇ、子どものうちはどうしたって反発するものさ」

 「そうだよセンセ。それに、どんどん成長すりゃぁどんどん口ばかり達者になって、一人で大きくなったみたいなツラしだすからね。小学生なんてなぁ、まだ、可愛い部類だよ」

 続いて慰める店主の言葉に、青年先生は不機嫌そうにうなった。


 「それで?今度は何をやって騒ぎになったんだい?」

 「この前、壁新聞の宿題を出したんですよぉ、社会科の、郷土の歴史の、壁新聞ですよ。そうしたらうちの問題班が、キラッキラな紙に、歴史も何も微塵も関係のない記事を書きましてねぇ。一面記事でですよ、見出しでですよ、どーゆーことなんですかぁ!」


 「どういうことだろうねぇ・・・その、キラキラっていうのは、何かい?自分達で好きな紙を使えって言ったからそうなったのかい?」

 「指定ですよ、模造紙のデカいやつ配りましたよ。そこんとこはしっかりやるんですよぉ自分は。けどアイツら、それにキラキラした小さいアルミみたいな奴を、ふっつけたんだか貼っつけたんだか・・・紙全体にですよ?ひどいと思いませんかぁ!」


 常連のケンさんが、それを聞いて片眉を上げた。

 「あー、それ『らめ』っていう奴だな。うちの子どもが良くやってるわ。あれ面倒だよ、どこかしら付くし。この前なんか、気が付いたら俺のまぶたでキラキラ光ってんの。まるで化粧してるみたいでさ。恥ずかしいったらなかったね」

 「ふぅん。シールじゃないのかい」

 「違う違う。ふりかけの粉みたいなもんさ。ただし、静電気であちこちくっつくんだね」


 「『めめ』だか『ため』だか、知りませんけれどもねぇ!!」

 「『らめ』だよセンセ」

 「はいはい『らめ』ね、『らぁめ』。何だっていいんですよ、光ってりゃいいじゃないですか勝手に。でも、記事はどぉなんですか記事は。れきしっだって、歴史だっつーてるのに、寺が寺じゃなかったって記事はどーなんですか」

 「なんだそれ」

 「カシスオレンジさわー、追加」


 先生がカウンターに突き出した空ジョッキが左右に頼りなく揺れる。オヤジさんは苦笑して受け取ると、新しいグラスに透き通ったオレンジ色の液体を注ぎ込んだ。


 「はいはい、それで終わりにしときな。明日も仕事あるんだろう?」

 「大丈夫だよ。この人、ヤケ酒だったらビールと焼酎のチャンポンいくからね。サワーだったら大丈夫だろう。・・・で?寺じゃないっていうのは?」

 「3丁目の、古寺ですよ。ぁれ、普通の家だったそうです。フツーですよ普通。何で記事になるなンて考えるんです?子どもだからって何でも許されていいのカッ!」


 だんだん、先生の呂律が回らなくなっている。

 ケンさんは無理やり先生に、水の入ったグラスを握らせた。笑い上戸、泣き上戸は聞いたことがあるが、彼の場合はなんだろう・・・愚痴上戸?あ、絡み酒って言葉があったか。あれに近いかな。


 「3丁目って、あのボロい?・・・あれ寺じゃないの?」

 「いやぁ、まさかそんな。寺だろ?あそこは俺の子どもン頃から寺だって言われてるぞ。庭もやけに広いし、今はないけど4~5年前までお堂らしき建物もあったし・・・」

 店主のオヤジさんは、焼き鳥を焼く手を止めて首をかしげた。

 「まぁでも、らしき、だからな。長年、人も住んでいないし雑草も生え放題だし、誰かの怪談が噂の真相だったりするのかもね」


 オヤジさんのセリフに、一句一句、おなかから声を吐き出すように青年は答える。

 「今、人、いるそー、ですよ」


 「え、いるの?!」

 店主と常連の声が見事にハモった。


 「へぇ、誰か住んでるなんて話、今まで聞いたこともないな」

 「ある意味特ダネだわ」

 妙に感心する2人を無視し、先生は一気にサワーをあおると早口でまくしたてた。


 「キラキラな新聞っ、授業に関係ない記事っ、何なンですカ。だからぁ自分は廊下じゃなく、教室の後ろに変えたンですよ新聞貼るの。生活班だけ別の場所なんてひどいですからね、やりませんよ自分はぁ。だから皆一緒に教室したんですよ、いいでしょ?いいでしょ。間違ってますかぁ?ねぇ?」

 最後の『ねぇ』は、歌舞伎役者の大見得のような動作付(ただし首のみ)だ。


 「い、いいんじゃないかな」

 さすがのケンさんも、青年の勢いに若干引いて、視線でオヤジさんに同意を求める。

 「あぁ、いいよいいよ、なぁんも間違ってないじゃないか。それ気にして今日は荒れてんのかい?」

 「昨日、校長が、放課後教室に来たらしいんですよぉ。2組と3組は廊下に貼っているのに、うちだけ出てない。そぉんなの、校長がひそかな楽しみにしてるなんて知りませんよォ。それを、わざと隠したなぁんて、言われて、キラキラで怒られ、記事で怒られ、変な人形が汚いとかで怒られ怒られ怒られ怒られ怒られ・・・全部全部全部全ぶぜんぶ」



 「オヤジさん。本当に今まで誰も住んでいなかったのかい?」



 急に別の声がして、オヤジさんと常連は振り返った。


 カウンターの片隅で、じっと酒とにらめっこをしていた黒いジャケットの男が、こちらを向いている。あんまり静かに座っていたので、この客の存在を忘れていた・・・店主は、意外と鋭い視線にやや圧されながらも、嫌な印象を与えないように、会話に加わるのはいつでも歓迎ですよという風を装って答えた。


 「あぁ、うん、そうだね。少なくともお袋が子どもの時には、すでに空き家だったようだよ。お化け屋敷で肝試ししたって話してたから」

 「へぇ、そんな古い家を今更手入れに来ているのか。それは面白いじゃないか」


 黒い男は喉の奥で笑うと、何事もなかったかのようにすぐカウンターへ向き直った。店主と常連はあっけにとられて見ていたが、どうも彼はこの先話に加わる気はないらしい、というのがわかるとお互い黙って顔を見合わせる。


一体何に興味を持ったのだろう?


 ごとん、と音がして振り返ると、先生がカウンターにうつ伏していた。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ