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注意されたし火曜日

 「起立、れーい」


 「さよーなら!」


 日直の号令に合わせ大合唱した後、一斉に机を後ろに下げて、我先に教室を飛び出していく。横目で、掃除に取り掛かる文化班を見ながら、稔はこっそりため息をついた。

明日、掃除当番だな~とか、そんな理由じゃなく、これから起こるであろうイベントについてだ。仲間を増やそうと、美香子やかなえや裕也に声をかけてみたものの『やんわり』断られ(そりゃ、怒られに行くようなもんだし)、できるなら自分も何も聞かなかった事にしたいぐらいだけど。


 「よ~し、じゃぁ行くか」

 一日中そわそわしていたカズは稔をせっついて、学校の玄関を出た。今日も天気がいい。

カズは自宅とは全く逆方向へと当り前のように歩き出した。まっすぐ寄り道するつもりらしい。

 せめて家にカバンを置け、と言いそうになって稔は口をつぐむ。ヤツは家には戻らないし、それなら自分だけ一旦帰るのも面倒くさい。


 「仕方ねーなー。あんまり行きたかねーんだけどなー」

 「とかいって~」

 カズは稔の背中を軽く小突いた。

 「お前、『本当に』嫌だったら断るじゃん」

 「・・・ま、な」


 くやしいが、その通り。

 かなりの確率で騒動が起こるから、それを見物したいという気持ちも確かにある。人生にはちょっとのスリルとサスペンスも必要なんだ。野次馬根性と面倒くささが同居する複雑なこの気持ち、カズにはわかんないだろーなー。


 「でもさ、何がそんなに気に入っちゃったわけ?」

 稔はついでとばかり、昨日から気になっていることを聞いてみた。あんなとこ、ただのボロイ家じゃねーか。

 「全部。僕はまだ未確認生物諦めてないし。2階で物音してたの気づいてた?あの家に住みついている可能性あるじゃん?それに」

 「それに?」

 やや社交辞令的に話の続きを促すと、カズは歩みを緩めて声を潜めた。

 「お爺さんは裏庭から来たんだよ」

 「そりゃそうだろ」

 あの時のあのオッソロシイ顔!あんなもんに追いかけられて、よくトラウマにならなかったもんだ。

 「そうじゃなくて、裏庭から 急 に 現れたの」

 「え、なにそれ。急に?テレポートとか?」


 「それは分かんないけど・・・ほら、僕さ、草むらの中にいたじゃない?急に背中をトントンされてさ、稔のいたずらかと思ったけど違ったみたいだし、で、変だな~って思って草かき分けてあたりを見たさ。そしたら人気がなかったのにいきなりお爺さんがにゅっと出てきて・・・シュバッ!」


 そういいながら、カズは腰をかがめてジャンプをした。


 「爺さん地球外知能生物説!」


 後ろを歩いていた3~4年生のグループがビックリして立ち止まり、そして小走りに稔たちを追い抜いていった。ゲラゲラ笑う声が聞こえる。稔はじっくり考えて、やっと適当な返事を返した。

 「・・・しゃがんで草むしりでもしてただけじゃないのか、それは」

 「え、そうか・・・な・・・」

 

 そうかなもどうかなも、それ以外ないだろうがよっ!


 思いもよらぬ指摘にカズは首をひねって黙っていたが、やがて気を取り直したように向き直った。

 「・・・じゃ、いいや。したら、丸田の友達になりに行こう。あんな家に出入りできる小学生なんてきっと僕らぐらいだし。なんか面白いじゃん」


 「まぁ・・・」

 それなら、と頷きかけて、稔はその首を止める。

 「ちょっと待て。『まるだ』ってなんだ?どっから出てきた、お爺さんの名前か?」


 「電話電話。お爺さん『丸田』って人と話してたの、僕聞いちゃったもんね」

 「オマッ、電話って、正座くらった時だろ。俺と裕也が不安につぶされそうになっているって時に、聞き耳なんかたててたのか!ヒデー奴。情報収集してないで、こっち心配しろよ!」

 稔の抗議にトラブルメーカーはニヤニヤ笑った。

 「ゆーやはともかく、お前は慣れっこだろー?

でさ、なんか家に来るとかいう感じだったし、多分、僕らも逢えるんじゃない?お爺さん優しい話し方してたから、子供だと思うんだ。きっと孫だよ孫」

 「はぁ・・・とか言っている間に、着いたな」


 小学校からここまで15分ぐらいかかるはずなのに、くだらない事話してたらあっという間に到着だ。稔とカズは、ほそぼそと続く下校児童の群れから外れ、大きな古い屋敷へと近寄って行った。

 相変わらず、空気の止まった家だ。ちょうど2人の横を車が走り抜けていったが、そんな物音があったことすら感じさせない独自の雰囲気を持っている。図太カズも近寄りがたい空気は感じるのだろう。ちょっとだけ稔の顔を見て、それから意を決したようにチャイムを押した。



 やや間があって、ドアを開けたお爺さんは目の前の小学生たちを見て呆れたように呟いた。

 「本当にやってきたのか」

 「来たよ。なーなー、『まるだ』来てる?」


 直球なカズの喋りは、時々羨ましく思う。そんな稔ではあるけれど、同時にやっぱり礼儀やマナーは大事だよな、とも思った。特に、お爺さんの表情が強張ったのを見たときには!

 (また、正座させられるー、このバカ!)


 少しの沈黙の後、お爺さんはため息交じりにカズを見やった。

 「30ぐらい言いたいことはあるが・・・まぁいい。『まるだ』ってなんだ?どっから出てきた」


 どこかで聞き覚えのあるセリフに、二人は顔を合わせる。

 「おい、知らないって言ってるじゃねーか。聞き違いじゃないのか?」

 「おっかしぃーなー、だってお爺さん言ってたでしょ、電話で、あの時…」


 「あれじゃない?この前、窓の形が〇か□か、そんな話してたじゃない。」

 急に上から声がして、2階から女の子が降りてきた。高校生ぐらいの、髪は2つのお団子で飾り気のない動きやすそうな服装をしている。彼女は2人の前に来ると、にっこりほほ笑んだ。


 「あー、君たちが侵入犯か。こんにちは。話はおじいちゃんから聞いてるよ、ずいぶんアグレッシブだねぇ。元気があるのはいいことだ」

 目がいたずらそうに光っている。結構子供好きなのかもしれない。口をへの字にしたお爺さんが、眉間のしわを一切消さずに彼女へ肩をすくめて見せる。


 「りんね、褒めるな褒めるな。こういうガキはすぐ調子にのるんだから」

 「ほめてほめて、僕、褒められると伸びるタイプなんだ」

 「カズ、頼むから調子に乗んな」


 りんねさんは、3人のやり取りをニコニコと受け流し、居間の方へ手招きをした。


 「丁度ケーキ買ってきてるから、一緒にどう?」

 「うわぁ、やりぃ~」


 「 そ の 前 に ! 」

 カズの歓声を、おじいさんが強い口調で遮る。


 「その前に、掃除を手伝ってもらう」


 「えー」

 「当り前だろう。私は家の手入れの為にここにいると言ったはずだ。それを知っていてやってきたのだから、当然手伝うつもりできたのだろう?」

 「本気でそんなこと思ってないくせに・・・」

 「何かね?松糧君」

 あ、口に出てた。カズにツッコミばかりしているせいか、どうも口が緩くなっていけない。

 「なんでもございません」


 「うむ。りんね、雑巾持ってきてくれ。風呂場にあるから」


 果して、今日の夕飯までには帰ることができるのか・・・?稔はりんねが持ってきたすごい量の雑巾が入ったバケツを目にし、ひそかにため息をついた。これでお礼がケーキだけなんて安すぎるぞ!





※※※


 草ぼうぼうの裏庭真ん中あたりに、草を踏み固めて基地を作った。


 出入口用の通路は草むらの端から迂回するようにつくった。その先の小さな空間も同じように背の高い草でおおわれている。外側から眺めただけでは裕也がどこにいるか見当もつかないだろう。

 裕也は、カズのテンションが高かった理由が少しわかった気がした。何かから隠れるっていうのは案外楽しい。お父さんもお母さんも先生もクラスのみんなも、自分がここにいる限り、うるさく言うことはできないし、馬鹿にもできないし、見つけることすらできない。何もできない。けれど、自分は好きなことができる。本を持ってきてもいいかもしれない、何もせずにぼーっとしていてもいいかも。嫌になったらこの場所から出ることもできる。

 裕也がここをバラさない限り、ここは裕也だけの場所なのだ。絶対誰にも言うものか、カズ君たちにも絶対気づかれないようにしないと。

今日だって、2人がこの家に行くという事を知っていたので、気づかれないように遠くから後をついて行って、中に入ったのを見届けてから裏庭へ入ったのだ。


 「意外と気づかれないもんだよね」


 声を殺して笑っている裕也の横で、当然のように一緒に座っていたロボがちょっと上を見上げる。空はだんだんと赤暗くなっていた。ずっと下を向いて茶緑色の草をつぶしていたから、空の色が新鮮に思える。


 そろそろ帰った方がよさそうだ。カズと稔が屋敷から出てくるのにかち合ったら困る。


 「また明日くるね」


 赤色ロボが手を振ってこたえた。



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