プロローグ3
※昨年の同名小説書き直しです。
年季の入った板の間は、硬い上に冷たい。
稔たち3人は、あえなく妖怪(もちろん人間で、このお寺の所有者らしい)にとっつかまり、古寺一階の廊下で並んで正座させられていた。窓が板でふさがったままなので建物の中は薄暗く、しかもどこか埃っぽい。妖…いや、所有者のお爺さんは少し離れたところで電話をしている。そのくせ話の合間にこちらをチラチラ見るものだから、逃げるどころか足を崩す隙も見つけられない。
そもそも・・・稔は左隣をジロっと見る。
そもそも、カズとはヨチヨチ歩きの頃からの腐れ縁だが、こいつと一緒に行動するとロクなことがあったためしがない。幼稚園の時は、誘拐されかかったこともあったし、川やプールで溺れることなどしょっちゅうだった。
音楽室で猫を飼っているのがバレた時も巻き添えをくったし、大太鼓の皮を破ったり、ぶら下がりロープから落っこちたり、チューリップ畑に一人だけ玉ねぎ植えてたり、遠足のおやつ全部20円ガムにしたり・・・その度に俺が謝ったりフォローしたりしてんだ。お人よしもいいとこだよ、まったく!
一通り心の中で文句を言って、今度は右隣をうかがった。裕也が半泣きでおとなしく座っている。稔は慣れっこになっているけれど、大人しくて控えめな裕也にとって、他人から怒られるなんざ初めての体験だろう。
「なぁなぁ」
トラブルメーカーが若干体を斜めにして、話しかけてきた。
「あ?」
「結局、中入っちゃったな」
「そうだな」
「居間吹き抜けになってんだ。でも意外と狭いよなー」
おい!他人事だな!
全然困っているかけらもない『諸悪の根源』の胸倉をつかんで揺さぶりたくなったが、次のセリフを聞いて思いとどまった。
「僕が注意をひきつけるからさ、稔とゆーやは逃げろよ」
一 応 悪いやつではない。一応正義感もある。だから友達やってるんだけど。
「・・・その気持ちだけ受け取っておく。だから黙って座っとけ」
「反省したか?」
奥の方から、お爺さんが戻ってきた。
「まず3人とも名乗りなさい」
「・・・あ、ゆ、裕也です」「みのるです」「カズでーす」
「フルネームだ、フルネーム!こういう時はきちんと名乗れ。やり直し!!!」
なにも、そんな大声で言わなくてもいいのに。耳の中で声が反響しているかのようだ。もっとも、怒っているのだから当然か。
「・・・宮越裕也です」「松糧 稔」「北浦 か(ゴニョゴニョ)」
お爺さんは3人を均等に見渡すと、ん、素直でよろしい、と頷いた。
「さて、勝手に人の庭に入っちゃいけないと親に教わらなかったのか?松糧君」
急に名前を呼ばれ、稔の背筋がピッと伸びる。あな恐ろしや、質問は指名制らしい。
「まだ人のものだとは思いませんでした」
「どんな空き家にも所有者はいるの!不法侵入だよ、不法侵入。よく覚えておきなさい。で、お前たちは何をしていたんだ?宮越君」
「・・・あ、あの・・・新聞の・・・」
「はっきり喋る!」
「し、新聞の記事探してましたっ!」
学校の先生みたいだな、と稔は思った。しかも気が短い。
裕也なんかすっかり萎縮してしまっている、かわいそうに・・・とはいえ、俺だってこのお爺さんは苦手な部類だ。そろそろ足も痺れてきたし床は冷たいし、余計なこと言わずにおとなしく謝った方がいいな。
お爺さんは、裕也の答えが意外だったようだ。顎のあたりを撫でながら、少し考えた風で稔たちを見下ろす。
「新聞?学校の新聞か?・・・ははぁ、幽霊屋敷とか書くつもりだったんだろう。まぁ、いいオンボロ具合だから、わからんでもない。しかしだな、勝手に人の家に」
「いえ、お寺の歴史を」
「寺ァ?どこの」
「ここの」
稔の返事を聞いて、家主は一瞬目をひんむくと、入れ歯が飛び出てくるかと思うほど大きな声で笑い出した。
「は!は!は!今も昔も寺なんてやったことないわぃ。どこからそんな、は!は!」
最後には前かがみになりながら、涙まで拭いている。その余りに愉快そうな姿に、稔は思わず立ち上がりかけた。
「だって、だって昔そうだったって皆言ってますよ。お地蔵さんだってあんなに沢山あるじゃないですか!なぁ、裕也」
「・・・う、うん」
「地蔵さんは、ひい爺さんが集めとったモンだから一切関係ないぞ。今でいうコレクターって奴だな」
そぉんなぁー。
稔と裕也は肩を落とした。
なんたることだ・・・少なくとも自分は幼稚園の頃には古寺だという話を聞いた覚えがあったのに。ただのデマかよ!
ひとしきり笑って、怒りが消えたのだろう。最初に比べ幾分やわらかい表情で、お爺さんは悔しがっている稔を見る。
「人の噂ほど当てにならんものはないということだ。ははは、いい勉強になったなぁ。今日の所はこれで見逃してやるから、はやく帰りなさい」
ようやくお許しが出た。
「うー」だか「あー」だかわからないため息をつきつつ、ヨロヨロと体を起こす。2時間ぐらい正座してたかな・・・ひどく疲れた。これが精神的なものか正座的なものかはわからないけれど・・・はぁ、新聞どうしたらいいんだ。
と、今まで黙っていたカズが(それはそれで大変不気味なものであるが)ひょいひょいと家主の方へ寄って行き、気さくに話しかけた。
「なー、お爺さん、たまたま今日いたの?」
「いて正解だったな」
お爺さんはやや不愛想に答える。それに臆することなく、好奇心旺盛な班長はたたみかけるように聞いた。
「もう来ないのか?」
「いや」
お爺さんは短く返事をした。が、その先を聞きたそうなカズの視線に負けてさらに付け加える。
「久しぶりに家の手入れをしようと思っとったから、1~2週間はここにいるな」
「じゃぁさ、また来てもいい?僕、もうちょっと家の中みてみたいんだ。今度ゆっくり見せてよ。いいでしょ?」
よくこの状況でそんなセリフが言えるものだ。カズの好奇心を殺すには、地球が割れるか宇宙がはじけるかしないと無理だろう。
呆れと感心が混ざった空気が漂う中、稔は一種の予兆を感じていた。こいつのこんな感じの言い方はなんか前にもあったような・・・いつだっけ?
その時、居間にかかっていた振り子時計がボォンとなり、過去へ向かいかけていた稔の思考が一気に現実へ戻ってきた。4時。
4時?!・・・はやく帰らないと。野球に連れて行ってもらえない!
尚も約束と取り付けようとするカズを引きずり、もう一度お爺さんに頭を下げて、稔たちは屋敷を後にした。
記事の事はもう仕方がない、何とかなるさ!
※※※
「そ~、え?うん、ん?わかった。じゃぁ明日って伝えといてね~、はいはーい」
時間をおきつつも、しつこく電話をかけ続けてようやく連絡が取れたらしい。
かなえは明るい調子で電話を切ったが、どこか腑に落ちない表情をしていた。何か事件でも起こったのかと、私はかなえの次の言葉を待つ。
彼女は首をひねりながら、大体の内容を教えてくれた。
「なんかね、妖怪?につかまって正座してたらしいよ。で、カズが遊びに行く約束したんだって~」
「え・・・妖怪、のような大人に叱られたってことかしら?」
前半は大体当たっていると思うけど、カズの部分がわからない・・・遊びの約束?何かの比喩?
「多分。ゆ~や君半泣きなんだもん、よほど怖いことがあったんだよ~きっと」
同情するかのようなセリフと裏腹に、その表情はどこか楽しそうに見える。
「で、明日用紙持ってくるよう伝えておいてって頼んどいた・・・ごめん、勝手に美香子の家にって言っちゃったけど、よかったかな?」
「いいわよ。もちろん、かなえも清書手伝ってくれるんでしょ?」
「うん」
正座・・・はいいけれど、結局取材はできたんだろうか?
何はともあれ、明日全員くるんだったらオヤツの準備や掃除もしておかないといけないな。
※※※
お読みくださりありがとうございます。
一段落!