ふらりフラフラ金曜日3.2
ただ黙りこくって立っている集団を不審に思ったのか、どこかのオバさんとオジさんが近くによってくる。
「あらあら、ちょっと…もしかしてここの家の人かい?!」
「へー、いつから住んでたんだ?全然気が付かなかったなぁ」
「家の手入れに一時戻っていただけなんですよ…それより、コレ、何かご存知です?」
お爺さんは愛想笑いを張り付けたまま、オジサン達へ返事を返した。多分だが、お爺さんはあまり人とかかわるのが好きではないのかもしれない。声の調子がどことなく等閑だ。
それはともかく、事情を説明できる機会を待ち望んでいたのだろう。オバさんの目がきらりと光る。
「大変なことになったねぇ、あんたんとこ、空き巣が入ったんだよ」
「空き巣?!」
「たまたま通りかかった小学生が発見してさ、警察―って」
カズだ。
稔達、生活班一同は顔を見合わせた。さすがトラブルに突っ込んでいく男。ここまでくると才能というより他ない。
低いうなり声をあげている先生の前で、身振り手振りも大きくオバちゃんとオジちゃんが代わる代わる状況を話していく。
「一斗缶みたいなの抱えててさ、その小学生と取り合いになって、慌てて近所のモンが駆け付けたんだけどもね」
「ほらそこの、パン屋さんとか葛西さんとこの旦那さんとかも加わったんだけどもさ、次から次に投げられちゃって、結局、逃げられちまった・・・あー、富永さんとはいい勝負だったかねぇ。あの人、柔道やってっから」
「あれ、犯人、合気道でもやってたんじゃないかねぇ。柔道の投げとは違うみたいだったけど・・・」
「ん?そうか?いやぁ、あれは・・・」
「あのぅ、それでその子どうなったんですか?」
美香子が丁寧に尋ねた。大方、格闘技かなんかの名前を思い返していたのだろう、オジさんが我に返ったように、返事をする。
「オレらが抑えてる間に一斗缶持って逃げたよ。あの男、すっごい執着してたもんなぁ」
「ねぇ、イットカンって何??・・・そんなの家にあったっけ?」
さっきから繰り返される「一斗缶」がわからないのだろう、りんねさんは少しイラついた様子で問いかけたが、お爺さんはそれに全く気付かず勢い込んでオジちゃんへ質問した。
「・・・!!それは赤い色でしたか?ちょっと丸い感じで・・・」
「丸いかどうかは覚えてないけど、赤かったよ、うん。変なホースもついてたわ」
「そういや何なんだ?アレ。現代アートってやつ?盗もうとするくらいだし」
「まぁ・・・そのようなもので。価値はないんですがね」
「え・・・あ、あの・・・でも・・・」
あいまいな返事をするお爺さんに裕也が何か言いたそうにしているのを見て、稔は語気強めに会話に割って入った。これ以上話が脱線しては困る。
「ちょっと、カズは?その逃げた子、どっちに行きました?」
「えぇーと、あっちの方かな。なぁに大丈夫だよ、ほら、警察の人も探してくれる」
おっちゃんが顎で示した先には、警察官が一人、パトカーの無線機で何やら話していた。時折、どこかを指している身振りを見ると、犯人を捜すために応援を呼んでいるのだろう。
とはいえ、そんなんで安心できるかい!
全然だいじょばないだろ!犯人逃げてんだろ?カズが持っている缶狙ってるだろ?何も安心できる要素ねーじゃねーか!
「はい、そういうことだ。凶悪犯がうろついているんだから、お前たちはもう帰ること。後は先生にまかせなさい。いいな?はい解散」
「よくない!何言ってんだよ先生」「わたし探しに行くっ!」「え、えっと・・・ボクも」「人数は多い方がいいわよね」「ダメダメダメ、帰れ帰れ」「なんだよ石頭!もとはと言えば先生の宿題が…」「大体小学生の」「なんでなんでどーして」「そんなに解散したきゃ先生だけすれよ、ほら解散解散」「なんだと、この」
「えーい、 や か ま し い っ ! 少しは黙らんかっ!!」
周囲は水を打ったように静まり返った。
稔達はおろか、集まっている野次馬や警察まで、目を丸くして発声の主を見る。思いのほかに効果があって気をよくしたのだろう、満足そうな表情を浮かべ、お爺さんは重々しく先生と稔たちの間へ割って入った。
「先生、ここで子供らを帰してもどうせこっそり家を抜け出すに決まってる。そうなりゃもっと厄介な事になるかもしれないぞ。聞き分けがないのはわかっているんだろう?」
「そりゃ・・・でもですね」
「あんた引率してその辺探してみたらどうだ。そうすりゃ少しは気が済むだろうよ。俺も五月蠅いのがいなくなって落ち着くし」
先生は無責任なお爺さんの言葉に、眉間にしわを寄せて稔たちの方をじっと見ていたが、やがて意を決したように口を開いた。
「裕也、お前はこのお爺さんの家で待機。何かあったら、かなえのケータイで連絡する。もし行き違いでカズが戻ってきたら、知らせるように」
「え・・・で、でも、ボク・・・」
「で、連絡待っている間に、お爺さんから電話かりて自分のケータイにかけろ。この件に関係ないかもしれないが、万一ということもあるし。かなえの話だと、メールが来てからずっと電源が切れている状態のようだから、通話できたなら連絡くれ。いいな」
先生が一気に指示を出すと、お爺さんは、電話ぐらいは使わせてやってもいいさというように裕也を見た。そのケータイの件は知らないけれど、一人残していくのはかわいそうな気がする。
「で・・・稔、お前も少し落ち着け」
「先生が帰れ帰れいうからじゃないすか」
「本来なら、帰るべきなんだ。大体寄り道は禁止なんだぞ」
「俺もう一回家帰ってるしー寄り道じゃねーしー」
「まぁまぁ落ち着いて。坊主も先生も、若いのに頭固いんだから。その辺回るぐらいだったらオレら町内会のモンも一緒に行ってやるからさ、ま、仲よくやりましょうや」
再び口論になりそうなところを、おっちゃんが抑えた。
坊主呼ばわりは気に食わないものの、いつまでも口論してても仕方がない。稔はひとまず引き下がることにした。ふんと鼻を鳴らして先生から顔をそむけると、美香子が肩をすくめているのが見える。あれは呆れている顔だ・・・いや、俺は悪くない。多分。きっと。
騒ぎが一段落したところで、先ほどからこちらの様子をうかがっていたのだろう、警官が一人、恐る恐るやってくる。
「こちらのお宅の人ですか?ちょっとお話を伺いたいのですが・・・」
お爺さんは面倒くさそうに頷いて、ちょっとふてくされているりんねさんに向き直った。
「・・・りんね、お前も稔達について行ってやりなさい」
「えー、まぁいいけど。おじいちゃんはどうすんの」
「見ての通り、警察と話をせねばならん。ま、俺の家の事だからな。そこの裕也が電話番をするそうだし、ここは最低限の人数で十分だ。カズリを探すの手伝ってやりなさい」
お読みくださりありがとうございます。
稔は素は煽りタイプ。カズという呪縛がなければ微妙にムカつく子供です。
まぁ、そんな設定も本編にあまり生かせていないんですが・・・。




