ふらりフラフラ金曜日1.2
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お爺さんの家は、相変わらずの静寂とした佇まいである。
けれども一番最初に取材で訪れた時に感じた、頑なで全てを拒むような硬い雰囲気と違い、幾分、和らいだ印象を受ける。何度も遊びに来ているから、すっかり馴染んでしまったのだろう。
カズがいそいそとチャイムを押そうとした時、家の裏の方から物音が聞こえた。
「えーまさか・・・もう草刈り始めちゃった?」
まぁ、この際、お爺さんたちが引っ越していくのは諦めるとして・・・やっぱり裏庭の草ぐらいは残しておいてもらいたい。何かに使えそうだし。何にどう使うのかは見当つかないけど、マンガみたいに背の高くてみっしり生えた雑草地なんて、面白いじゃないか!
カズはあわてて裏庭へまわった。まだ間に合うかもしれない。とにもかくにも残してくれるように頼んでみよう。
「あ」
裏庭から丁度出てこようとしていた影は、カズに気づいて立ち止まった。ドラム缶を半分にした様なものを胸にかかえている。誰だ・・・お爺さんでもりんねさんでもない。でも見たことある。誰だ?
「おっさん、昨日の!!何やってんだよ!そのドラム缶下ろせよ、泥棒!」
その声が合図になったかのように、おっさんはカズを突き飛ばして道路へ走ろうとした。が、すぐにカズがその足へ絡み付いたので、体制を崩し頭から倒れる。はずみでドラム缶が宙に舞い、ごぉんと音を立ててコンクリに着地した。
「はなせ、こンガキ!」
「誰が放すか、こンじじ!」
道路の向こう側で、どこかのおばさんが歩いているのが見える。カズは必死で大声を出した!
「あ、おばさん、おばさーんっ!警察呼んで、ドロボー・・・ぅわ!」
突き飛ばされて尻餅をついた。カズを振り切った男が、赤いドラム缶のところへ尚も寄ろうとしている。なんであんなものに執着しているのか?
あれはきっと取られてはいけない!
カズはすぐさま起き上がると、片手をカバンに突っ込みながら、男を追う。なにか武器ないか、リコーダーか何か・・・硬くて掴みやすいものを探り当て、思いっきり男の背中めがけて投げつける。
投げつけた瞬間、それがカバンに入れっぱなしになっていた稔人形だと気付いた。
(あー・・・、コレ知ったら稔、怒るだろーなー)
それなりの重量がある紙人形はグルグルと飛んで、みごとにヤツの腰に命中した。(まさに凶器)ゴスッと鈍い音が聞こえ、男が前のめりになる。
その隙に、脇を走り抜けようとして、カズは背中に鈍い衝撃を受けてそのまま前へ倒れこんだ。男がカズを蹴ったのだ。しかし、目的のモノまであと数歩。カズは手をできるだけ伸ばしてそれをつかむと、胸に抱替えこんで2~3回地面を転がった。おばさんのどなる声が耳に入る。
「ちょっとアンタ、子供相手に何してんの!」
意外とドラム缶は軽かった。視界の隅で、おばさんがケータイを持っているのが見える。待てば警察がくるかも。執拗にドラム缶を奪おうとする男の手をかいくぐって、体勢を立て直す。騒ぎを聞きつけて、近所の大人が外に飛び出してきた。
「なんだお前は!」「この野郎、大人しくしろ!」
男を取り押さえようとする大人達と入れ違いに、カズはドラム缶を抱えて道路の反対側にいたおばさんの近くまで避難した。大丈夫かい、と声をかけられ背中の泥をほろってもらう。
これで安心・・・
が。
その瞬間、目の前の信じられない光景にカズもおばさんも絶句した。
男の腕をつかんで抑えようとしたおじさんが、あっという間に地べたに転がっていたのだ。まるで紙切れでも扱うかのように軽々とおじさんを投げ飛ばし・・・。
他の男性達が注意深く男を取り囲んでいるが、彼はまったく気にする様子もなく、目線はきっちりカズの方へ向けられている。
殺意とでも呼べるような、鋭い憎しみのこもった目。
やっべ・・・!!
カズは無意識にあとずさった。どう見たって、オジサン達は男を抑えられないだろう。
警察が来るまで持つか?
否!
直感的に離れた方がいいと結論を下し、カズは男とは逆の方へと駆け出した。
何か叫んでいるような声とドタドタした足音やおばちゃんの悲鳴などが、後ろから聞こえる。
逃げろ逃げろ、とにかく逃げろ。
※※※
「いたいた、美香子~!大変、大変!!」
美香子が所属する園芸クラブの水やりが終わり、教室に戻ってくるとかなえがケータイを振り回しながら駆け寄ってきた。教室にはちらほら残っている児童はいるけれど、かなえが残っているなんて珍しい。
「あら、まだ帰ってなかったの?」
「それどこじゃなーい!ゆ~や君からメールが届いたんだけど、大変なんだよ」
これ!っと目の前にケータイ画面を突き付けられ、美香子はあわてて目の焦点を合わせた。黒いモヤモヤした点々が、次第に形を現してくる。
『さらわれる 助けて』
「え?!何これ!」
「ね?ね?冗談でこんなことする子じゃないもん、どうしよう、先生に言ったほうがいいの?こういう場合。それか一気に警察?」
興奮して騒ぐかなえにつられないように、美香子は少し黙った後ゆっくりと言葉を出した。
「・・・えーと、さっき裕也とすれ違ったわよ?先生の所に、今、行っているみたいだけど」
「えええ?」
数分後。
職員室で先生と話していた裕也は、勢いよく割り込んできたかなえ達からの話を聞いて首を振った。
「・・・で、でも、ボク、どこかにケータイ落としちゃって。だから・・・ボクじゃないよ」
ひょっとしたら職員室に届いているかもしれない、と思って、先生の所にきたのだ。そんな答えに、かなえば少し頬を膨らませる。
「けどメアド、ゆ~や君のだもん。・・・あ、じゃあ拾った人がやったのかな」
「こら、かなえ。はっきり分かりもしないのに、勝手なことを言うもんじゃない」
先生の注意にかなえは尚も頬を膨らませた。さっきから散々心配したのだ。ゆーやは無事だったのだし、ここらで面白い感じになってもいいじゃない!犯人推理しようよー。捕まえようよー。
一方、かなえの話を聞いて、裕也はどうしたらよいのか分からなくなってしまった。
拾った人が・・・?
ボクのケータイだし、ボクの責任だよね・・・うわぁ、本当にどこいったんだろう。早く無事に返ってくるといいんだけど・・・。ん?
「・・・あっ!!!」
ロボ!
そういえば、昨日、ロボにケータイ持たせたまんま返してもらっていなかった!
落としたんじゃない、ロボが持っている。・・・ということは。
裕也の表情が変わったことに、いち早く気付いた美香子が声をかける。
「落とした場所とか、心当たりあるの?」
「・・・あ、あの・・・この前の・・・お爺さんのとこの、裏庭で・・・」
と、ここで裕也は言葉に詰まった。なんと言えばよいのだ。そこでロボットに会ったと?仲良くなって一緒に遊んでいた、ロボからのメールです・・・なんて言って信じる人がいるのかどうか。
しかし、先生はその言葉の続きよりも別の事が気になったようだ。
「お爺さんってなんだ?」
「この前、新聞書くのに取材した古い家です。妙にカズが気に入っちゃって」
美香子の返事を聞くと、先生は苦い顔になった。
「あ~、わかった!したらきっとカズ達が拾って悪戯したんだよ~。今日も行くって言ってたし、絶対そうだ」
「稔付きでしょ?なら、そんな文面にしないと思うけれど」
「え~、じゃぁホントに何かあったのかな。やっぱ警察?」
「まだカズと決まったわけじゃないでしょう」
先生は、軽く頭を振って立ち上がった。
「これから、その家に行ってくるか。いずれにせよ、学校としては一度そのお爺さんには挨拶しておかないと・・・カズのことだ、絶対!迷惑かけているだろうし」
色々と信用がないものである。
「行く行く~私も行く~、一回、家の人にも会ってるし紹介できるよ~」
かなえが喜び勇んで手を上げた。
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ドラム缶呼びは、適当な言葉が思いつかなかったのでとりあえずこのままです。
ちょっと丸い一斗缶とか、室内用灯油タンク20リットル用より小さいあたりの大きさなんですけど。子供が叫ぶとしたら、一斗缶よりはドラム缶だよね・・・。




