1.異世界で勇者降臨中
前回のあらすじ。
吸血鬼の眷属少女に後頭部を殴られ退場した天津甕星。
復活したのも束の間、足下でぁゃιぃ魔方陣が!
天津甕星の冒険は、今始まったばかりである!
周囲は石造りの壁。明かり取りの小窓が、高い位置に一つあるだけ。
一見、牢獄のように見える薄暗い部屋。頑丈なのだけが取り柄の部屋。二桁の人員が会合できる程度には広い部屋。円形の部屋だ。
黒いローブを頭からすっぽりかぶった男達が三人。さらに、白いローブをかぶった者が三人。都合六人。
交互に六角形を頂点とする位置に立ち、長々と複雑な呪文を詠唱している。呪を結ぶ指や手の動きも複雑だ。長時間詠唱し続けていたのだろう。どの顔も額に汗が浮かんでいる。
怪奇な道具。原形を留めない動物の一部。解読不明な紋章が書かれた蝋燭などが、一定の法則の下、床や壁や空中に配置されている。
程なく、石造りの床に描かれた魔方陣が、青白い燐光を放ち始めた。
「光り出した!」
その場を仕切る立場にいる者であろう、ビロードの短マントを羽織った者が発した声はソプラノの音域であった。
青年にはほど遠い少年。年の頃は十四。遅れている声変わりと華奢な体つきが、発展途上を物語る。
血筋なのだろう、美しい顔つき。神経質そうな細い顎。
彼を美少女であると断言したら、十人中十人が信じる美貌。ストレートで長い金髪がよく似合う。女としてなら。
男としてなら、もう少し髪型を考えるべきであろう。
「お静かに、サーデル王子」
唇に指を当て、サーデル王子を制するのは黒髪の中年男。この者、鉄板を貼り付けたような胸板の持ち主。軽装だが、幅広の実践的な剣を一振り、腰につるしている。
王子と名のつく者に諌言できるのは、それなりの地位と実力を有する者である。
「すまない、ハスク」
彼の名はハクス。ラベルダー王国、最後の騎士団長だ。
サーデル王子は自分の軽率さを恥じた。そして、もう一人の従者の顔を伺う。
暗い部屋でも銀光を放つ短冊形の金属で身体を覆っている騎士の顔を伺う。ヘルメットはかぶっていない。
額で切りそろえた前髪。背中まで伸ばした黒髪を端で一本にまとめている。冷徹な色をしたアイスブルーの瞳。サーデル王子が姉とばかりに信を置く女性騎士、フェリスである。
フェリスは表情を変えていない。じっと魔方陣を見つめているだけ。サーデル王子の振る舞いを軽率とは思っていないようだ。
いつものように、サーデル王子はフェリスを見る事によって安心を得た。
「サーデル王子、魔方陣を」
先ほど、王子を咎めた黒髪の男ハクスが、今度は自ら声を発した。
矛盾はしない。なぜなら魔方陣による儀式は、そのクライマックスを迎えようとしていたからだ。
複雑な文様が描かれた魔方陣。その文様をコピーした青い光が浮上。周囲の石壁を青く照らす。
立体魔方陣。
時空という意味を表す立体の魔方陣。
魔方陣の中心。床の方陣より、青の光で構成された柱が出現した。
ゆっくりと、ゆっくりと下から上へ、柱を形成していく。
何かが柱の基部にいる。それが生物の形を成していった。
「成功ですぞ!」
黒いローブの男がしゃがれた声を上げる。一人だけ、ローブの裾に銀糸の刺繍が施されている。どうやら、黒い術者達の中で一番上の者らしい。
「勇者召還に成功致し――ゲフォ!」
口から血の霧を吹き出し、倒れていく黒いローブの男。
「魔術師長!」
サーデル王子が動くより早くフェリスが走る。石の床にたたきつけられる直前で、ローブの男を抱き留めた。
「寄る年波には……勝てん……ポーションを……使いすぎた……ハハハハ」
魔術師長以外の魔術師達も、そして白いローブの者達も、力尽きたのか、しゃがみ込んで荒い息をついている。
術式を執り行った者で立っているのは、金糸で縁取りした白いローブの老人ただ一人。
「あ、後は手順通りに……」
白いローブの老人が崩れて落ちる。
「法王様!」
こちらはサーデルが受け止めた。
「じゅ、術式完了――」
法王の全身から力が抜けていく。首から力が抜け、変な方向へ曲がって止まった。
青い光の中の影が、いっそう濃くなる。実体化したようだ。
その場にいる全員から、声にならない声がある。感動という声。
「魔術師長! 法王様! これでこの世界に再び光をもたらす可能性が、……いや、必ずや、あなた達の意志を継ぎ、魔王を打ち倒してみせる!」
サーデルは拳を堅く握りしめ、魔方陣の中心を凝視している。その目が湿っぽい。
柱は、上の方からゆっくりと消えていった。
一同、いやが上にも盛り上がる。
やがて魔方陣の中心に、みなが待ち望んだ勇者が現れた。
ココア色の、モコモコの、ティディベアカットされた小犬………………が、現れた。
声もなく佇む一同。
「犬……ですよ……ね?」
剛勇でならすハクス騎士団長が、自信なさげに声を出した。
同意した一同、おとなしく固まっている。
……なんで犬?
モコモコの小犬は、伏せの位置から起き上がり、クリクリとした愛らしい目で周囲の人間を見上げる。不安そうな目。
ここで誰かが動くべきであった。
小犬の頭上から、七色に輝く光の鱗粉が降ってきた。その光が小犬の身体を包んでしまう。
キラキラと輝きを放つココア色の小犬の体。
「しまった! 神と精霊の加護が……犬に! 何てことだ!」
頭を抱え込むサーデル王子。全身から汗が噴き出ている。
「どういうことだ?」
サーデル王子が息も絶え絶えな魔術師長に責め口調で問うた。
「そんなはずは……」
荒い息。魔術師長が必死に半身を起こし、魔方陣を覗き込む。
どのように凝視しても、そこには小犬が一匹だけ。
「ばかな、確かに、確かに強い力を……二つも掴んだというのに」
「失敗……か?」
再びサーデル王子の目に闇が射した。
「失敗、つーかよ、あんたらの努力は報われるはずだったんだ。いや、何も言うな。大体察しは付いてる。状況は把握した。お前さん達、勇者を召還しようとしてたんだろ? いやいや、あんた達は間違ってない。聖剣を持って戦える存在が召還されるはずだった。あの人、魔法使いかい? 責任者かい? あの人は悪くない。おっと、あの人を責めちゃいけねぇぜ。犯人は別にいる!」
一同、再び固まる。
この理屈っぽい長台詞。いったいだれが喋ったのか?
中性ぽい声。生意気な口調だけど子供っぽい舌足らずなところが憎めない。
「い、いぬ? 犬が?」
一騎当千の猛者、ハクス騎士団長が自信なさげに声を出す。
「そうだ犬だよ。オイラだよ。だが残念だったな。オイラは犬だ。愛玩用に品種改良された愛らしい小犬だ。魔力を強化されようが、筋力を強化されようが、基礎数値が低いから、さして効果はない、微々たるものだ」
クリクリとしたつぶらな瞳が、回りの大人達を見上げている。
「か、かわいい……」
場違いな事を言う女騎士フェリス。ポーカーフェイスなのがなんだか怖い。
「ふっ、よしてくんな。オイラにゃ操を立てた飼い主がいるんだ。そうそう浮気はできねぇが……」
フェリスは美しい女性だ。年の頃は二十歳を過ぎた頃か? いや、二十歳前か? 落ち着きすぎた物腰が、年を実年齢より上に見させてしまう。
銀に輝く鉄片を縫い付けられた皮鎧を身につけている。
「騎士。それも美人による鎧越しの抱かれ心地ってのを堪能するのもまた一興かもしれねえ」
クリクリの目をフェリスに向け、尻尾をブンブン振っている小犬。
「おや?」
小犬が何かに気づいた。
怖い目で睨んでいるハクス騎士団長と目が合った。
「なにかい? あんた――」
小犬が言葉を途中で切った。そして、あわてて天井を見上げる。
「やべぇ!」
何かに気づいた小犬。ひとっ飛びで魔法陣の中から逃げ出した。
何事かと上を見上げるサーデル達。
天井の一部が明るい。青い光で明るい。
青い光が輝きを増した。力強い、眩しい光だ。
その中央から、野太い光の柱が出現。音と地響きを立て床へ突き刺さる。
小犬を召還した柱の成長スピードと明度、それにパワーは比べるべくもない。それも長時間の詠唱無し。一瞬にして。
青い柱を構成する光が、豪快に砕け散った。
「ケラケラケラ!」
豪快な笑い声と共に現れたのは、変な柄のTシャツに、綿の七分スパッツ。やたら背の高い傲岸不遜な生物。
「我こそは、天の悪星、天津甕星! 勝手に推参!」
いやー、復活復活。
今回は、完全不定期連載です。
のんびりと、かつ、細長い目で笑って見てやってください。




