10.Pendulum
各所の見学を終えたモコ助と、お付きのサデ子が歩いている。魔術師長のキュオイズと一番弟子のガニアも一緒だ。
モコ助は、サデ子の腕に抱き上げられている。
勇者の鎧開発センター郡の最初の地点へ戻る途中である。
飲みに出かけたミカボシと別行動を取ってから数時間が経っていた。
「どうでぇ、サデ子? 古代語魔法使い(ソーサラー)の特徴と怖さが解ったかい? ラベルダーがムルティより優れている点は見つかったかね?」
モコ助は、小声でサデ子ことサーデルに聞いた。
サーデルは答える事なく、黙ったまま足を動かしていた。日頃脳天気なサーデルとはうって変わって、陰気に落ち込んでいた。
「くくくっ、まあもうちょっと待てや」
意味深なモコ助の含み笑いである。
「さて、着いたな。ガニア君の入団テスト会場だ」
モコ助達が歩みを止めたのは、大聖堂の前。
固く閉ざされた入り口の前には、聖職者に偽装した見張りの兵士が立っていた。
この中には巨大な振り子がある。
だれにも手を触れさせるな、という命令を実行させる為の処置だ。
「いよいよ、勇者様問題ですな!」
鼻息も荒く、一人意気込むキュオイズ。
一方、ガニアは緊張している。さっきから何度も不浄に立っていた。
「中に入ろう。止まってなきゃいいが」
大聖堂の分厚い扉を開ける。
中では振り子が左右に揺れていた。揺れ幅はだいぶ小さくなっていたが、まだまだ余裕で振れている。
祭壇の前にも、表と同じく聖職者の扮装をした兵士が二人立っていた。
秘密の出入り口を封鎖する為だ。
「さて、キュオイズの旦那、ガニア兄さん、……それと、そこの兵士諸君とサデ子もついでだ」
モコ助がサデ子の腕から飛び降りた。
トコトコと振り子に近づいていき、重りに巻き込まれる直前で座り込んだ。
「さっきと何か変わってねえかい?」
じっくり観察するまでもない。振り子の軌道が、当初より右にズレていた。誰の目にも明らかなズレであった。
「触ったのか?」
キュオイズが見張りの兵士に尋ねた。まるで糾弾するかのように、声に怒気があった。
「いえ! 我々はなにも……」
互いの顔を見合わす兵士二人。
「旦那、あの二人は触れちゃいねえ。疑っちゃ可哀想だ」
モコ助は、兵士達の容疑を晴らしてやる。
「ここを出る前に確認したはずだ。誰の力も意思も関わっちゃいねえ。これは自然とズレたんだ」
「そんなバカな!」
ガニアならずとも、この場にいる誰もがこの言葉を口にした。サーデルでさえ、口の中で唱えていた。
「ところがだ!」
モコ助が、その場の緩んだ空気を締めた。
「オイラは数字と計算式でだけでこれを説明する事ができる。それどころか、一時間あたりで何度傾いていくか示すこともできる。つまり、それは、この不思議な傾きの原因や理由を知ってるからだ」
全員の目がモコ助に集まる。
「それでは、ガニア君へのテスト問題だ……」
嫌な予感に身を縮込ませるガニア。
「……さて、目の前で繰り広げられているこの現象。振り子がズレた理由だけでいい。考えて教えてくんな。回答期限は……そうだな、別に一時間あたりの角度を求めているワケじゃねえ。簡単な問題だし、もう遅いから、答えの報告は明日の朝でいいや。あ、それと特別に、知り合いの魔法使いになら相談してもいいぜ」
ものすごい勢いで、師匠キュオイズを仰ぎ見るガニア。
引きつった顔でそれを迎えるキュオイズ。助けを求め、警備の兵士に視線を向ける。
手を左右に振って、救援を拒否する兵士の顔が必死だった。
「その代わり、カンニングは無しだ。こう見えてもオイラは勇者。魔法は使えねえが、魔法を感知することだけは旦那方以上なんだぜ。それと、宿はさっき聞いた部屋でいいな? オイラ達ゃ勝手に帰るから、じっくり考えておいてくんな。その振り子、もう一度振り直してもいいぜ」
大慌てでウインドボイスを飛ばしているキュオイズ。仲間の魔術師に救援を求めているのだろう。
血の気を無くしたキュオイズ達を後にし、モコ助とサーデルは大聖堂を後にした。
すっかり日が暮れてしまった城内の大通り、モコ助を抱いたサーデルが、本丸に向かって歩いていた。
「ハハハッ、すごい手妻でしたね!」
「ちげーよ」
サーデルの感慨を一言の元に切って落としたモコ助。
「ハハハッ! なんだ、ミカどんの細工でしたか。何の合図も無しであの手際。さすが名コンビ。息ピッタリですね!」
「バカヤロウ! 何を好きこのんでミカどんを相方になんかするもんかい! あれは手品でも何でもねえ。ただの物理法則、数学問題。奇跡も魔法も噛んじゃいねえ!」
「ハハハッ! なるほど……あれ?」
神の奇跡も魔法も関係ない現象だとモコ助は言った。サーデルは理解できず、言葉を無くしていた。
「あれはフーコーの振り子と言ってな……」
モコ助が、サーデルの腕から飛び降りた。
「前に言ったな? この世界は巨大な球体だ。動いているのは太陽ではない。星々でもない。このゴンドワナという名の球体大地が、南北を軸として回転している。フーコーの振り子ってのは、球体大地の回転、つまり自転を証明する原始的な装置なんだ」
サーデルを見上げるモコ助。
「わからねえか? 『物事は簡単に説明できる』方に見方を変えてみなよ。振り子じゃなくて自分が動いていたとした方が、説明しやすくないか?」
モコ助が言うのは仮説の導入。視点変化の思想。
この世界で欠けている思考方法だ。
「動いていたのは振り子じゃない。部屋自体が回転していたんだ。観察していたサーデル兄さんが部屋ごと回転していた。部屋は大地ごと回転していた。自分の目を信じろ!」
信じろと言われてもに、わかには信じられない。
振り子の説明を受けても、理解が追いつかないでいた。
だけど、モコ助が嘘など言わない。モコ助の話は、理路整然としている。
「サーデル兄さん、帰るぞ」
モコ助が、城に向かって歩き出した。
「なんだ? ミカどん組が先着だったのかい?」
部屋に入ってくるなり、モコ助の第一声がそれだった。
綿がいっぱいつまった豪華な回転椅子に座るミカボシが迎えた。
「おい、これ凄いぞ! こんな世界に回転椅子がある!」
ミカボシは、椅子を回して遊んでいる。
フェリスとリーンはというと、フカフカのベッドへ無造作に転がされていた。
「なんだ? サーデル、おまえ難しい顔して? 便秘か?」
「ふうーこーのふりこ?」
ミカボシの頭上に、はてなマークが飛び出していた。器用である。
「仕方ねえなこのやろう!」
フーコーの振り子を長々と説明するモコ助。
「説明してもミカどんに理解できるかどうか怪しいモンだがな」
モコ助は、横を向いてフッと笑った。
「……ああ、あれね。アレだろあれ。説明が難しいヤツ」
どこからか、糸と穴の空いたコインを取り出すミカボシ。即席で振り子を作りだした。
「無理すんな、ミカどん。恥かくだけだぜ!」
「ハーイ、あなたはだんだん眠くなーる!」
振り子は、ミカボシの目の前で、等速性をもって左右に揺れだした。ちょうどミカボシの肩から肩の間で揺れている。
偶然だろうか、狙ったのだろうか、正確に東西方向で揺れている。
ミカボシは、振り子を持ったまま、腰掛けた椅子ごと、ゆっくりと回転を始めた。
サーデルから見て真横、九十度の位置、真北を向いて一旦ストップ。当然、振り子は、東西方向へ揺れたまま。
……なのだが。
「あれ?」
サーデルは、違和感を覚えた。
なんだろう? 何か変だ。
「あっ!」
気づいた。
振り子は東西に揺れている。当然だ。東西に振ったのだから。
ところが、北を向いたミカボシの眼前では、前後に揺れていたのだ。
回転する前は、肩幅で左右だったのに!
振り子の揺れ方向に変化はない。ミカボシが北へ向きを変えたから、ミカボシからだと前後へ揺れるて見えるのだ。
そして、ミカボシの一回転は終わった。
振り子は、元通りミカボシの肩幅で左右に揺れている。
「そういうことか……」
サーデルは、大変な事に気づいてしまった。
静止した状態のサーデルから見た振り子は、ミカボシがどのように回転しようと、左右に振られたまま、振り方向は移動しない。
しかし――。
回転しているミカボシ主体で見ると、振り方向が移動してるように見えてしまう。
ミカボシはドヤ顔でこちらを見た。
「これだろ?」
「ミカどん、てめえ時々奇跡を起こすよな。なあサーデル兄さん? おい、どうしたサーデル兄さん!」
サーデルに、モコ助の声は届いていない。
サーデルは、額から汗が流れるのを感じていた。
振り子が動いたのではない! 知らない間に、ボク達が動いていたのだ!
物言わぬ振り子は、行動でそれを教えてくれていたのだ!
だとすると……。
天が動いているのではない。地が動いているのだ。
船はマストから見える。この世界は平らではない。球体だ。
大地の球体が一日かけて回転している。さらに一年かけて太陽の周囲を回転している。
いや違う! 逆だ!
大地球体の一回転が一日で、太陽を一周することが一年なのだ!
理由は解らない。だけど、こう考える方が、世界の造りが簡単に見える。
……ならば、神の教義は間違っているというのか?
いや、神の言葉を聞いた聖人が誤って解釈したのか? もしや、嘘をついたのか?
この世の成り立ち。神が人間を作ったという話。星々の世界に神が住み、大地の底に悪魔が住むという話。
それも聖人の嘘なのか? 間違っているのか?
ならば、魔法は? 精霊は?
……そもそも、だれが神の言葉を聞いたのだ? だれが神話を文書化したのだ?
ゴンドワナの人類も、魔族も、真の摂理を知らなかった……とでも?
「おい、兄さん、しっかりしろ! ミカどん、てめえ何やったぁッ?」
「オレの催眠術か? オレのせいなのか? ごめんよぉサーデルぅー!」
サーデルは、額に手を置いたまま、膝から崩れ落ちたのだった。
朝が来た。
ドアの外に、ガニアの暗い顔があった。
「その顔は、ダメだった様だな」
彼の後ろで、目の下に隈を作ったキュオイズが立っていた。キュオイズの後ろにも魔法使いの老若男女がたくさん集っていた。みんなして一様に疲れ果てた顔をしていた。
「二百年を生きる、白塔の賢者マウザー・ヘッケラー様をもってしてもダメでした」
三角帽を頭に乗せ、白い顎髭を床まで垂らした老魔法使いが、世にも情けない顔をしてうなだれている。
ムルティ伯国魔法使いの名だたる幹部、賢者、研究者を総動員しても、問題が解けなかったのだ。
ゴンドワナ・ワールド住民の概念的に、解くことの叶わぬクエストだったのだから、予定通りの結果である。だが、規模の想定を失念していた。
「おい、メコ助、これって不味い空気でなくね?」
「モコ助な。まさかここまで大事に至るとは……想定外の出来事だ」
ガニアとキュオイズの顔はもとより、この国の最高知識、アンド権力集団である魔術師団の面目丸つぶれであった。
「メコ助、何とかしろ!」
小声で怒鳴るミカボシ。さすがのミカボシも、この気まずい空気に耐えられなかったのだ。
「モコ助な。頼むミカどん、ちょっと時間稼いでくれ!」
「やあ皆さんおそろいで。お早うございます。今日は良い天気ですね。緑のカーテンは順調に育ってますか?」
ミカボシが何かをしゃべり出した。
モコ助は考える。
ベクトルを変えて誤魔化すしかねえ!
初期設定から弄るしかねえ!
モコ助は覚悟を決めた。
「もう良いぜ、ご苦労だったなミカどん」
親指がくっついたり離れたりする手品を見せていたミカボシに声をかけた。
「残念ながら、ガニア君は不採用だ」
予想されたことではあるが、音を立てて肩を落とす魔術師団。
高齢の魔術師や女性の中には、貧血で倒れる者も出た。
委細かまわず、モコ助は一気にしゃべり出した。
「実のところ、ウチのメンバーは、幸か不幸か女子ばかりなので、男子が入ると非常に気まずい。例えるなら、女子パートの中に、若いイケメン男子大学生を一人入れるようなもの。男子用ロッカールームも無いし、みんなのチームワークすら管理しなきゃならねえオイラの気苦労を察してくれ!」
採用不採用の基準が変わったことに、キュオイズ達は気づいていない。
「第一、ガニア君はキュオイズ魔術師長の一番弟子。いわば次世代の魔術師長候補。ムルティ伯国を背負って立つガニア君に、危険なマネはさせられねえ!」
話の方向が大きく変わった。魔術師達のプライドをフォローする方向へ変わった。
「傷つきやすいオイラのガラスのハートにゃ、重くて仕方ねえ。頼む、察してくれ!」
そして同情をさそう。
クリクリとしたつぶらな目が効果抜群。情のこもったしゃべり方も堂に入っている。
「勇者の鎧というスーパーハードを貸与してくれるだけで、オイラにゃ身に過ぎた真心だ。あんたらの気持ちは、勇者たるオイラが確かに受け取った。どうかオイラの心のケアをするつもりで、ここは涙を飲んで引いてくんな」
そして頭を僅かばかり下げた。ご飯を食べるときより上めに頭を下げた。
「この通りだ。オイラ、いや、勇者の頭は安いものだと思わないでくれよ」
「そういうことでしたら、……解りました! 私が勇者様に余計なプレッシャーをかけていたようです。頭を下げるのはこちらの方です! 申し訳ありませんでした!」
キュオイズはすっかり丸め込まれてしまった。
「その代わり、我ら不眠不休で勇者の鎧を完成させます! どうか心おきなく戦いに赴いてください!」
モコ助は、振り子の件をあえて出さなかった。
魔術師達も、その点をあえて口にしなかった。
事なかれ主義がこの国の本性。
こうして、フーコーの振り子の一件は、無かった方向でオチが付いたのだった。
フーコーさんはさー、大衆の前で失敗ばかりしていたらしいですねー。
次回「襲撃(仮)」の予定。
約百名の皆様、おたのしみに!




