8.……酒場にて
夜の帳がおりていた。
昼間、筋肉冒険隊が、さんざん食い散らかしていた、あの酒場。
サーデル、フェリス、リーンのラベルダー組が、まずい晩ご飯を食べていた。酒も飲んでいた。
今夜は満席である。黒剣騎士団全軍出動を明日に控え、はやる国民・市民。酒場の中も賑やかであった。
だが、筋肉冒険隊に声を掛けようとする勇者はいなかった。
なんか、こう……、なんか、こう、近寄りがたい雰囲気があったからだ。
「わたしの職務が……」
いじいじと酒を舐めているフェリス。だが、瞳は澱が落ちたように澄んでいる。
サーデルは、リーンを肴に酒を飲んでいた。
「ハハハッ! いい食べっぷりですね。これもお食べ!」
リーンは、ホッペタをリスのように膨らませて、口に食べ物を詰め込んでいく。
食欲旺盛な小動物にエサを与える感覚なのだろう。サーデルは、次々と食べ物をリーンの前に並べていく。
「フェリス、お前も食べろ。ほら! ほらぁ!」
サーデルは、手に持った肉の塊をフェリスの目の前でプラプラさせていた。サーデルはきこしめしているようだ。あまり良い酔い方ではない。
木製のジョッキを片手に、表情を変えることのないフェリスである。が、澄んだ瞳をしたまま動じなかった。
「ホラ食べろよ、ほらあ!」
サーデルは、しつこく肉をプラプラさせている。
フェリスの澄んだ瞳から、イライラという音が聞こえてきそうだった。
「うぜえ」
……誰かが喋った。
フェリスは、サーデルの手から肉を取り上げ、自分の口へ突っ込んだ。
リーンと同じように頬袋をいっぱいにするフェリス。表情を変えず、あまつさえ澄んだ瞳のままなのが、なんだか怖い。
「ここにおいででしたか!」
ふらりと現れたのは、癖のある黒髪の男。
生え際の右が一房、かたまって白髪が生えている。
顎髭をきちんと整えた若い男だ。
フェリスが、大きくため息をついている。
「だれよ?」
サーデルが、鳥の素揚げを口に運びながら聞いた。
お行儀が悪い。
「両替の人」
頬袋の食べ物を飲み込んだリーンが、記憶を呼び覚ました。
サーデルも思い出したようだ。
「ああ、思い出しました。両替詐欺の人ですね。……影の薄い」
「誰が詐欺ですか! 手数料タダだったでしょうが! 存在感も結構あったでしょうが!」
サーデルに噛みつく男。昼間の両替商だ。
「私の名はロワウ。商売上、ロワウ・ギワザと名乗ってます。ロワウと呼んでください」
「わかりました。で、何しに来たんですか? ギワザさん」
「ロワウ! それは下の名。……ごほん!」
酔ったサーデルにペースを乱されそうになった事に気づき、咳払いをして元に戻した。
さすが、この若さで独り立ちしている両替商である。
「昼間、サービスすれば、一緒にご飯を食べてくれるって約束したでしょうが! だから来ました! 探して!」
両替商のロワウが、サーデルに歯を剥いた。
そして、フェリスの顔を伺う。一転して優男の顔だ。
「私は、あなたと一緒の席で飲めればそれでいい」
隣のテーブルから樽の椅子を持ってきたロワウ。フェリスとサーデの間へ無理にねじ込んで、強引に座った。そして店に酒を注文した。四人前だ。
この世界の常識で、商人が、プライベートで人に酒を奢ることはない。
それに、そこそこ値段が張る酒だ。
頑張れ、男の子!
フェリスはロワウを無視して、チビリチビリと酒を舐めている。
「昔見たときより、昼間見た方が明るい顔をしていました。昼間より、今見た方が綺麗な目をしています。何かあったようですね?」
「おー、ありました、ありました!」
「あんたにゃ聞いてないでしょうが!」
酔って絡んでくるサーデルに、まともに相手するロワウである。この辺、まだまだ若い。
「フェリスさん。魔王四天王を倒した後のことは考えてますか?」
「今は魔王共を倒すことしか考えていない。それに、魔王が倒れるまで、わたしが生きていられるという保証はない」
フェリスは、舐めるようにして飲んでいた酒を一気にあおった。
安物の酒は酸っぱい味がする。
そこへ、ロワウが注文した酒がやってきた。皆に行き渡る。
ロワウは、ジョッキを両手で包むようにして持った。
「生きていたとしたらですよ。生き残った者には使命が生まれる。そんなことを親戚の爺様が言っていました。」
「ふむ」
フェリスが綺麗な瞳でロワウを見た。
「そうだな。わたしが生きていたら……ラベルダー騎士団再生に、残りの人生をかけるだろうな。手始めに――」
そんな話をサーデルはポカンとした表情で聞いていた。
フェリスが淡々と話を進めている。
「――馬を育てることも平行してやらなくちゃならない。人も馬も育てるのに時間が掛かる――」
ロワウが、丁寧に相づちしながら聞いている。
サーデルの頭には、城でモコ助から聞かされた経済の話が浮かんでいた。昼間聞いた貨幣にまつわる話も思い出していた。
さらにフェリスの話は続く。
「――時間が掛かるということは莫大な費用もかかる。さらに――」
サーデルは、上等の酒を一息にあおった。
ラベルダーで飲まれる命の水と比べれば、濁り水の様な安酒だった。
「ラベルダーは、騎士を育てられない」
斜め上を見つめているサーデルが、何かを言った。
「僕も生きて帰れるとは思っていない。でも、もし生きてラベルダーに帰ることが叶うなら、……武力に頼らない、経済大国を作りたい」
サーデルは、何事のなかったかのように、呑気にあくびをした。そして、モリモリとテーブルの料理を片付け始めた。
結果として、サーデルはフェリスの話の腰を折ってしまった。
ふう、とため息をついたのはロワウだった。
「もし、満願成就された後、フェリスさんが生きていたら、帰りもヴェクスターに寄っていただけませんか?」
フェリスは押し黙っていた。
ロワウの言う意味を理解しかねているのだ。
「……ご飯をおごってくれるのか?」
今度はロワウが押し黙ってしまった。
ちょっと寂しげにロワウが笑う。叶わぬ夢に、笑うしかなかった。
「ええ。その際は是非!」
ロワウは、手にしたジョッキを出した。フェリスが、それに合わせた。
ごつっ!
ジョッキが打ち合わされた。二人は、勢いよく中身を飲み干した。
「あれ?」
思い出したように、ロワウが辺りを見回している。
「背の高い目つきの悪い女の人と、可愛い小犬はどこにいるんです?」
「えーと……」
「ミカどんは、モコ助君と一緒にお城の中です。作戦会議に出席しているんですよ」
サーデルが答えた。
ロワウは、ひょいと眉を片方だけ上げた。
「器用ですね」
「練習したんだ」
そこの所はさらりと流すロワウ。これも商売用なのだろう。
「ところで、ミカどんっていったい何者なんです。彼女が噂の勇者なんですか? 私は、犬が勇者召還されたと聞いてましたが……」
モグモグと食べ続けているリーン以外、サーデルとフェリスが、斜め上の天井に目をやった。
ロワウも天井を見るが、何も無い。
「ミカどんって、結局何者なんでしょうね?」
サーデルがボソリと呟いた。
「召還されてないのに、自力でこの世界へやってきた無敵の戦士」
サーデルはあの時のことを思い出していた。
「神性魔法使いと魔術師の、六人がかりで半日もかけて、やっと一人だけ呼べた召還。それを、たった一人でやってのけた。しかも、魔法剣士の女の子をもう一人連れて……」
この世界にただ一つ。魔王を圧倒する力を持った人。そして、魔族を弄ぶ知力を持った小犬。
フェリスも、ミカボシとモコ助の身上を考えていた。
「無詠唱で、魔法陣無しで魔法剣士を帰還させましたし……。何者なんでしょう?」
フェリスも、あの時のことを思い出していた。
思い出す度、身震いする。
瞬間移動する魔王リップスよりも、早く動けるミカボシ。瞬間移動で消えるより、先に出現位置を察知する能力。
影になったヒトアイを素手でつかむそのデタラメさ。
超音速の剣。魔王を凌駕する身体能力。そのくせ、魔力を持ち合わせていない。
あの人達は何も話さない。こちらから聞けば話してくれそうだが、聞いてはいけない気がしたから今まで聞かなかった。
自分たちは、あの人達のことを何も知らない。
家族や、生まれや、好物や、友達のことも何も知らない事に気がついた。
でもわかっていることがある。あの二人は、悪ぶってはいるが、悪い人ではない。
結局、解らん!
サーデルは、考えるのを放棄した。
「さて……」
「リーンはどうなんだい? 戦いが終わって生きていたらなにする? 故郷のムルティ伯国に帰るのかい?」
モグモグしているリーン。
やっと飲み込んだ。
「魔族が滅んでも……」
まだ口の中に食べ物があるようで、喋りづらそうだった。
リーンがジョッキに手を出した。酒で食べ物を胃の腑に流し込む。
一息ついて、こう言った。
「わたしの戦いは終わらない」
次章 「ゲアガ・リングの爆炎編」
ヴェクスター公国編、リーンで引いた所で、お終いです。
次章、ゲアガ・リングの爆笑……もとい、爆炎は、戦争のお話になります。
今、ヒャッホイの神が降りかけましたが、大丈夫です。
ミカどんとモコ助がいなければ、シリアス路線で行けたんじゃないかと思う今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか? 私は元気です。




