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2.ミカどん、爆誕!

 志鳥一家は、神官職である。だからといって、神殿で寝起きしているわけではない。

 敷地の一角、奥の位置に目立たぬよう、こっそりと日本家屋を構えて住居としている。


 ミカボシが担ぎ込まれてから、しばらく過ぎたある日の事。

 二階のとある一室の前。雫と、屋内でもサングラスを掛けたタケミナカタが立っていた。


「タケミナカタちゃんがお見舞いに来てくれたわよ」

 今日の雫は高校の制服姿。

 胸もさることながら、小さくて痩せた印象の雫であるが、きびきびとした動作から推測して、制服の下の体は筋肉質のようだ。

 イノさん事、ミカボシの部屋の前に立つ雫である。

 雫の後ろに、軍神タケミナカタが小さくなって控えていた。


「いやちょっと、雫さん。私、ちゃん付けですかい?」

「神様なんて、お子供みたいなものでしょう?」

 さらりと言いのける雫。神に対して全く敬意を抱いていない。

 これにはタケミナカタもカチンときた。

「嬢ちゃん、あのな、あんまり――」

 モコモコのトイプードルが、雫とタケミナカタの間に、その小さな身体を割り込ませてきた。


 タケミナカタが、台詞を中断してまで、この小犬を凝視している。


「雫さん。この犬、まともな犬じゃないぜ」

「知ってるわ。経立よ。モコ助っていうの。可愛いでしょ? おまけに賢いの。どこかの天の悪星よりは! 遙かに!」

 モコ助がつぶらな瞳でタケミナカタを見上げている。


 その視線に敵意を感じたのだろう。タケミナカタは細身のレイバンをそっと外す。下からあらわれたのは凶暴な蒼き光をたたえた目。


「犬の分際で――」

 ヒョイと襟首を摘んで持ち上げるタケミナカタ。凶悪な顔を小犬に近づけて凄む。

「経立とはいえ、いっぱしの騎士(ナイト)気取りかい?」

「おいおい、犬とわかってて、その持ち上げ方はねぇだろう? これじゃまるで猫じゃねえか。おいらの犬としてのアイディンティティをちったぁ尊重してくれねえとな」

 低い声の女性声優みたいな声質。誰がしゃべっていたのか?


「犬がしゃべった?」

 間抜け顔をしたタケミナカタ。無意識に小犬を顔から遠ざけていた。


「ふっ、愛らしい小犬がしゃべった程度で驚いているようじゃ、たいした神様じゃねぇな。兄さんよ、いい加減に下ろせよコラ! それとも何かい? 下りたきゃ、腕っぷしでまかり通れってかい? だったらいいぜ。おいらの9ミリパラペラム・バレット・パンチでめぇの鼻骨を粉砕してやろうか?」

 小さな前足をシュッシュシュッシュと繰り出すモコモコ小犬。つぶらな瞳。


「な、なんだこいつ? なんか無性に腹立つ!」

 タケミナカタが狼狽えている。


「モコ助の必殺技らしいわね。その9ミリなんとかって。強力だって事で、あのミカボシですら対抗策を考え込んだのよ。……あたしは見た事ないけど。むしろ存在自体疑ってるけど」

「くっ!」

 一歩引きながらモコ助を取り落とすタケミナカタ。

「モコ助と戦うのなら、あたしとも戦わなければならないわ。どうする?」


「やめだ」

 肩をすくめておどけてみせるタケミナカタ。

「最近の私は、犬と女の子とに相性が悪いんだ」

 目が優しくなる。大人の対応だった。


「正しい判断だ。おいらたちの不毛な戦いでこの家ツブしちまっちゃ、ミカボシが暴れるだろうからな。いいぜ、クリスマスにゃまだ早いが休戦といこうや」

 口の減らないモコ助である。


 納得いかないのか、もう一度厳しい目をするタケミナカタであるが、深呼吸して無理矢理気持ちを落ち着かせた。さすが神。

 小犬を相手にムキになってる自分が情けなかったのだろう。さすが神!


「なあ雫さん、この犬、よく喋るなぁ。何食えばこんなにスラスラ言葉が続くんだろう?」

「人よ。人を食った性格してるのよ」

 うまい事を言うと感心するタケミナカタ。つい最近出会った、ある少女を思い出していた。


「ところで、中から返事が無いが、イノさん重篤なのか?」

 複雑な心情を隠すかのように、タケミナカタはサングラスをかけた。


「みんなに心配をかけようとして恣意的に血を流し過ぎた上に、いきなり立ち上がったから貧血起こしただけよ。心配いらないわ」

 雫はタケミナカタの方を見もしない。

「入るわよ!」

 ふすまを開けて雫が入っていった。


「ぬうぅ?」

 布団に潜ったままのイノさん。濁った目だけ動かして、雫を見上げる。


「いつまでぐだぐだやってるの!」

 今度は返事すらしない。

 読みかけの本に目を落とす。雫の存在は無視した。

「なんだこりゃ? イノさん、いつから宗旨替えしたんだ?」

 宗旨替えは大げさだが、部屋にうずたかく積み上げられた物体は、確かにイノさんにそぐわない物だった。


「こんなにたくさん本ばかり買って!」

 本棚があるのに、それを無視して畳の床に平積みにされた本、本、本。ハードカバーから単行本まで何十冊も。下手すると百冊を超えているかもしれない。


 モコ助が本の山を見渡す。

「たまに賢神を詐称するんだから、たまにゃ本くらい読んでもいいんだろうが、……なんだこりゃ? ジュニア小説とかライトノベルばかりじゃねぇか。勇者だの精霊だのエルフだの魔王だの、くっだらねぇ!」

 モコ助が本の題名を見て悪態をついた。器用に前足でページをめくっている。


「あれからずっとこうなのよ。ここ何日かは貪るようにして本ばかり読んで。まったく、もう!」

「イノさん、どうしちまったんだ?」

「ん」

 タケミナカタが話しかけるも、生返事を繰り返すばかり。本に目を落としたまま、精気が感じられない。


「帰ってきたその日に、ご飯食べながらテレビみてたのよ。元気にね」

 腰に手を当てた雫が、イノさんの現状を語り出した。


「そしたらね、勇者が魔王を倒す映画をやっててね……」

「なんだか想像ついてきたぞ」

「それをいたく気に入ったようなの。『これだ! オレは魔王を倒すために現代へやってきたんだ!』って叫んで、そのまま飛び出してね。DVD借りてきたと思ったら、次はゲーム機買い込んでて、気がついたら本を買いあさってて、今に至るってわけよ」

 ジト目でイノさんを見つめるタケミナカタ。部屋には本の他に、ドラなんとかとかファイナルなんとかといった表題のゲーム用CDが散乱していた。


 モコ助が本を読んでいる。

「現実とフィクションの区別が付かなくなっちまたってワケだな。単純な脳細胞の持ち主らしい身の堕としかただぜ!」

 こちらに一瞥もくれず、だが器用に肩をすくめてみせるモコ助。


「あーもーっ! イノさん! しっかりしてくださいよ! あんたらしくない!」

 怒鳴りながら、カーテンを開けるタケミナカタ。

 昼の光が部屋を眩しく照らすも、なんら反応が無い。


「アマツミカボシ! なにぐうたらしてる!」

 今度は布団を引っぺがす。帰ったときに着ていた服を着たままだった。

「呼び捨てにされても返事無しかいミカボシ!」

「ぬ」

 ギリギリと長い犬歯をこすり合わせるタケミナカタ。重力に逆らい、ゆらりと髪が逆立っていく。サングラスの奥で瞳が神性の金色に光る。


「こらこら、あたしん家で本気出さない」

 雫がタケミナカタの肩を本でトントンしながら、目をミカボシに向けてこう言った。

「ねえ、ミカどん」

「ミカどん言うなーっ!」

 がばりと跳ね起き、顔を突きつけるミカボシ。顔が真っ赤だ。よほど「ミカどん」と呼ばれるのがイヤなのだろう。


 一方、開いたままの口がふさがらないタケミナカタ。


 やれやれと首を振るモコ助。

「ふっ、さすが嬢ちゃん。天津甕星の取り扱い第一種免許保持者だぜ。なあ、ミカどん?」

「ミカどんゆうな! メコ助!」

「モコ助な。……てめぇもワザと間違えてんじゃねぇぞコラァ!」

 以後、ミカどんと呼ばれることとなったイノさんこと、天津甕星。小犬のモコ助と低レヴェルな取っ組み合いを始めるのであった。

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