秘密3
次の週、僕の殺風景の病室に漫画の雑誌を携えて直人は見舞いにやってきた。僕は「サンキュー」と言って、雑誌を受け取って、それきりでいた。
「田中君の病気はそんなに悪いのかい」と彼は尋ねてきた。
「ああ、そのうち、死んでしまうんだよ」と僕は冷静にというか、つっけんどんに答えた。
「そうか、俺のお袋もそうなんだ」と直人が話した。
「へえ」
「こう見ていると、どうやら君もお袋も生に執着が無いようだな。死を待ち望んでいるようにも見える」と直人は独り言のようにつぶやいた。
「君は僕の心が読めるのかい?」
「さあね、君を見ていると、何となく、生きようという精気が感じられない。お袋と同じだ」と直人は言ってから、
「俺は、君と再会したあの日、葬式に行ってきたんだ」
「ああ、確かに君は黒い喪服を着ていたね」
「病院に喪服なんて非常識だと感じると思うだろうけど、俺は急いでいたんだ」
「へえ」と僕は頷き、直人の話を聞くばかりだった。直人は無関心な僕にお構いなしに言葉を続けた。
俺はその日の前日に、お袋から、ある人の葬儀に自分の名代で出席してくれ、と頼まれたんだ。俺は名前を聞いても、会ったこと聞いたことも無い人だった。その人は俺が生まれる前にお袋が生まれる前に看護師をしていたときの担当医師で、お前もお世話になったからって言い聞かされたんだ。でも、俺には何一つ、その人に対して覚えが無かったのだ。とにかく俺は重い腰を上げて葬儀に行ったんだ。
葬儀場で喪主である奥さんは俺の名前を聞いて驚いた様子だった。奥さんはさらにまじまじと俺を見つめて「本当に貴方のお母さんはひどい人ね」と吐き捨てるように言ったんだ。俺にはその意味が全く分からなかった。推測できるのは、奥さんとお袋との間には強い確執があったのは確かなことぐらいだ。ただ気になるのは飾られた遺影を見て、俺はこの人のこと知っていると直感的に思ったんだ。いつ、どこで会ったのかのかは、分からない。僕の記憶の薄い幼い日に会ったのだろうか、そう思ったんだ。
俺は霊柩車が火葬場に向かうのを見送ってから、急いで病院に向かったんだ。お袋に理由を聞くためにね。病院でお袋にそのことを伝えたんだ。しかし、お袋は「そう」というだけでそれ以上のことは一切、話さなかったんだ。




