第8話 電脳アソビ
治安維持部隊小隊長の朝は早い。
「おはようございます……。ふぁぁぁ。今何時?」
【現在時刻、05:53です】
「早すぎ……二度寝していい?」
【推奨されません。本日は非番ですが、生活リズムの維持は機体性能の安定に寄与します】 「ふぁい……」
俺はアレスの正論パンチを浴びながら、重い瞼をこすって起き上がった。
初任務の日から、ちょうど一週間。
激動の着任劇からなんとか生き延び、今日は待ちに待った初めての「非番」の日だ。
ちなみに人間のネオンとルミナは週休二日だが、俺はヒューマロットなので週休一日。
しかも、重大事案があれば即叩き起こされる「実質待機」のようなものだ。
「思ったよりブラックだよなぁ……」
独り言をこぼしながらも、気分は悪くない。
仕事は一日一、二回の出動とパトロールだけ。
その合間に可愛い部下たちとお喋り(一方的かもしれないが)できるし、何より前世の殺伐としたオフィスに比べれば天国だ。
やっぱり仕事で必要なのは「やりがい」と「人間関係」だよね。
前世の、殺伐としたデスクで心をすり減らしていた日々に比べれば、ずいぶんとマシだ。
苦手な書類仕事はアレスに丸投げすれば、完璧な報告書が出来上がるしね!
【最終チェックと校正は自身でされることを推奨。誤りがあった場合、責任は全て小隊長に帰属します】
「いやいや、私はアレス様を信じていますので」
【…………】
脳内で盛大なため息をつかれた気がするが、無視して洗面所へ向かう。
顔を洗い、無機質な制服に着替えて部屋を出た。
「おはようございまーす」
俺は努めて明るく挨拶しながら、広い食堂に入っていった。
部屋と同じく、白くて無機質な空間。
長机が整然と並び、何人かのヒューマロットがすでに食事をとっている。
聞こえてくるのは、カチャカチャという食器の音と、規則正しい咀嚼音だけ。
会話はない。まるで禅寺の修行風景だ。
ヒューマロットは皆、遺伝子調整された美形ばかりなので見分けがつきにくいが、俺の視界にはアレスがARタグで名前を表示してくれるので助かる。
「あ、ナナミさんおはよう」
「おはようございます。1005」
「私のことはビャッコって呼んでいいんですよ?」
「……おはようございます。ビャッコ」
そう言って言葉を交わすのは、顔なじみのヒューマロット。『SFNA0777』さん。
私は7が3つでナナミさんと勝手に呼んでいる。
番号で見てもわかりやすいので、見かけたら声をかけるようにしている人だ。
俺と同じ銀髪エルフ耳の美形だが、俺のような子供体型とは違ってモデル体型の大人な女性といった感じで、密かに朝の目の保養にさせてもらっている。
前世ならとても話しかけられなかっただろう高嶺の花だが、今の俺は同族の美少女なので許されるはず。たぶん。
毎日を楽しくすごす以上、ご近所関係の良好さも必須条件だ。
ふと彼女の手元を見ると、プレートには灰色のペースト状の物体と、カラフルなブロックが乗っていた。
「ナナミさん、またSDC標準食?」
「はい。栄養効率が最適化されていますので」
「それ、あんまり味しないんだよなー。飽きない?」
「『飽きる』という概念が理解できません。摂取は生存のためのプロセスです」
「そっかー。ストイックだなぁ」
俺は苦笑いしながら、配給窓口で追加料金を払い、《ワークサポートミール・プレミアムチョコ味》を購入した。
トレーに乗せられたのは、こぶし大の黒いブロック。
見た目は無骨だが、甘い香りが漂ってくる。
「いただきます」
俺は前世の癖で、元がどうなっているかわからない命に感謝しつつ手を合わせると食事を始めた。
当然ながらこんな動作をしているのは、この広い食堂で俺だけだ。
食感は硬めの羊羹だが、口の中に広がるのは濃厚なカカオの香り。
「うまー」
休日の朝にのんびりと食べる甘味、最高かよ。
一緒に持ってきたコーヒー(ブラックだとやたら苦くておいしくない)にたっぷりとミルクを混ぜて飲めば、もうそこは優雅なカフェと言っても過言ではないだろう。
至福のひと時だ。
「……?」
視線を感じて顔を上げると、ナナミさんが無表情で俺を凝視していた。
「どうかした?」
「いつも追加クレジットを消費して嗜好品を摂取していますが、それは生存に不可欠な行為なのですか?」
「うん。美味しいものを食べるとテンション上がるし、QOL…生活の質が爆上がりだよ」
「……QOL。理解不能ですが、記録しておきます」
ナナミさんは小首を傾げ、再び灰色のペーストを機械的に口に運び始めた。
そんな少し噛み合わない、でも平和な朝食を終え、俺は自室に戻った。
「さて、……なにするか」
ぼんやりと白い天井を見上げてつぶやく。
思えば、この世界に来てからというもの、言われるがままに働きどおしだったので、急に休みと言われてもやることがない。
前世では、多分こういう時スマホをいじってSNSを見たり動画を見たりして時間つぶしていたんだろうけど、ここではアレスがスマホ替わりに活躍してくれているから、物理的なスマホを持っていないんだよな。
「ヘイ、アレス。私は何をしたらいい?」
【質問が不明瞭です。そのまま待機すればよいのでは?】
むう。気の利かない子だ。質問を変えるか。
「この世界で、暇なときにみんな何して過ごしてるの? 娯楽的なやつ」
【ネットダイブではないでしょうか。ナチュラルのネット依存は大きな社会問題になっています】
「今世紀でもまだそれ言われてるの?」
俺はあきれながらそう言う。
まあ、この手の問題はずっと続くものなのだろう。
最近の若い者はと嘆く問題とかピラミッドの時代からあったと聞くし。
きっとネット依存の問題も、ネットが存在する限り永遠に続くんだろう。
人間、中身が変わってもやることは変わらないってことか。 でもまあ、
「せっかくだからやってみるとしようかな。どうやってするの?」
【あなたは電脳化されているので、直接電脳にコードを繋げばダイブできます】
「あー、この前言われてたやつか」
アレスに言われて枕元を見ると、壁からリール式の伸縮コードが伸びている。
これが電脳接続用のセキュアな接続ジャックらしい。
寝起きに充電器を探す感覚で、脳みそに直結するコードが枕元にある生活。
未来ってすごい。
俺はコードを手に取り、少しだけ考えた。
「これ、寝転んだままでもいいの?」
【問題ありません。姿勢による脳負荷は最適化されます】
「へぇ。親切設計だなぁ」
なんとなく感心しつつ、コードを耳裏のポートに接続する。
ニューロウィーブがどうのこうの言っていたけど、細かいことは分からない。
軽い静電気のような感触が一瞬走った。
――世界が、裏返る。
物理的な壁が溶け落ち、視界が光の粒子に分解される。
【ネットダイブ環境を構築します】
「おお……」
思わず声が漏れた。
VRゴーグルなんて目じゃない。
まるで、明晰夢の中に放り込まれたような感覚だ。
膨大な情報の奔流が通り過ぎた後、俺は真っ白な空間に立っていた。
四角い部屋。家具は何もなく、部屋の中央に、古ぼけたブランコが一つだけポツンと置かれている。
俺はそんな不思議な空間を眺めながら首をひねる。
「……ここなに?」
【マイルームです。電脳空間上のあなたの個室となります】
「現実の個室よりは広いけど、殺風景なのは一緒だね。……そして、なんでブランコ?」
俺は中央のブランコに近づき、鎖に触れてみた。
冷たい金属の感触がある。
【ライフログによると、よくここで誰かとブランコをして遊んでいたようです】
「誰かって、誰?」
【――――情報が削除されています】
削除ねえ。
思い出そうとするが、前世を思い出す以前のこの体の記憶は断片的であいまいだ。
それはまるで子供のころの記憶を思い出すような感覚。
懐かしい気もするが、それがこの体が懐かしがっているのか、前世の記憶でブランコ自体が懐かしくなっているのか判断がつかない。
そんなことを補助するためのライフログなのだが、まあ、ヒューマロットの人権が怪しいのは今に始まったことじゃないし、日記がいじられてるくらい目くじら立てることではないか。
大事なのはこれからよ。
気を取り直して、俺はアレスに尋ねた。
「それで、電脳空間で普通の人は何してるの?」
【娯楽、交流、トレーニング、疑似恋愛、承認欲求の充足などです】
「最後ちょっと生々しくない?」
【統計的事実です】
まあ、そうだろうな。 俺はめんどくさくてやっていなかったけど、前世でもSNS投稿に熱心な人は山ほどいたし。
承認欲求は三大欲求に並んで人を動かすエネルギーだ。
でも、せっかくだからもう少し意味ある時間を過ごしたい。
「トレーニングって、もしかして治安維持部隊用のやつもあったりする?」
【条件に合致するプログラムが存在します。あなたの権限であればアクセス可能です】
即答かよ。さすが頼りになる。
視界の端に、新しいウィンドウが開く。
そこには、見覚えのあるロゴ。
《治安維持部隊・戦闘訓練シミュレーター》
「うわ。もろ仕事のやつじゃん」
【やめておきますか?】
前世の俺なら、「休日まで仕事したくない……」とか言い訳して距離を取ってたと思う。
でも今は違う。
この一週間、俺は自分の無力さと、アレスの凄さを痛感してきた。
人生を全力で楽しむと決めたのだ。
そのためには、この「借り物の力」をもっとうまく使いこなす必要がある。
ゲームだって、操作がおぼつかないより上手いほうが楽しいに決まってる。
「じゃあそれ、やろう。今の私にあったレベルのやつでお願い」
【承知しました。訓練プログラムを起動します】
ブランコのある白い空間が、静かに分解されていく。
床が透過し、壁が情報化し、戦闘用UIが視界の端に浮かび上がる。
【シミュレーション・コンバット】 【目標:敵性存在の排除】 【難易度:Lv4】
その言葉とともに、世界が荒廃した市街地の光景へと更新され、路地裏から銃を持った自律ロボットがこちらに迫ってくる。
視界には任務中と同じく、残弾数や敵の予測カーソルが表示される。
Lv4がどんなもんか分らんけど、まあ俺に合わせたということは初心者向けだろう。
(おお、まんまFPSじゃん! これなら俺でもいける!)
俺がA.R.E.S.を起動させて撃つと、ロボットが派手に煙を噴いて崩れ落ちる。
現実と違って、撃った後の事後処理も報告書もいらない。
シミュレーションなら罪悪感なしで撃ち放題だから気分爽快である。
俺はにやりと笑うとアレスに尋ねた。
「これ、スコアとか出る?」
【はい。部隊内ランキングおよび全体記録が存在します】
「よし」
俺は仮想の銃を握りしめ、拳を軽く振った。
「今日は一日、ゲーム三昧だー!!」
◆
一方、第3詰所。 そこでは、のんびりとした空気が流れていた。
カタカタというタイピング音とカチャカチャという機械をいじる音が静かな空間に響く。
タイピング音の方が一旦止まると、それを奏でていた人物――ネオンが口を開いた。
「……今日は平和ね」
「いいことだねぇ」
ネオンの独り言に呼応するように返事するルミナ。 彼女は愛用の工具でドローンの整備をしている最中だ。
しかし、ネオンの方は眉を寄せて言った。
「先週まで立て続けに事案が起きていたというのに、あの子、ビャッコがいない時に限って平和なのはどういう巡りあわせなのかしらね」
「いやー、小隊長殿もなかなか『持ってる』よね~」
笑いながら言うルミナに、ネオンは「笑いごとじゃないわよ」と返した。
「でも、ある程度大きい事案が起きたら非番でも出動がかかるんだから、今日が平和なのはいいことでしょ?」
「……それはまあそうなんだけど。あの子、ちゃんと休めてるのかしら? 着任してからずっと気が張ってるみたいだったし」
そんなことをブツブツというネオンを見ながら、ルミナは微笑ましいものを見る目で見ながら言った。
「いやー、あんなに『ヒューマロットの小隊長なんて』とか言ってたネオンちゃんも、すっかりビャッコちゃんに夢中でお姉ちゃん安心したよ~」
「誰が誰に夢中ですって!? それに誰が、お姉ちゃんよ!」
「あははははー」
そんな会話をしながら、ルミナはネオンのデスクにあるサブ端末を指し示した。
「そんなに平和で暇なら戦闘シミュレーターでもやったら? ネオンちゃん実技苦手でしょ? ハイスコア出したら評価もつくかもよ?」
「別に評価は興味ないけど、業務管理プログラムに何か言われる前にやっておこうかしら……」
そう言いながらネオンは端末をピッピッと叩いていたが、しばらくしてぴたりと動きが止まる。 その様子を感じ取ったルミナが話しかける。
「どしたのネオンちゃん? バグ?」
「……これ見て」
「どれどれ?」
表示されたのは戦闘シミュレーターの管区内記録画面。
そこには、信じられない数字が並んでいた。
【シミュレーション・コンバットLv4 12位 SFTS1005 score:119,788】
「……この表示、昨日までなかったよね?」
「……ええ。今朝までは圏外だったはずよ」
「……Lv4って、過去の凶悪現場データを取り込んだ実戦形式のやつだよね? ベテランでも数分でやられるやつ」
「……そうね」
二人が画面を凝視している目の前で、ピコンという電子音とともに画面が更新された。
【NewRecord! 11位 SFTS1005 score:121,777】
ルミナが顔を引きつらせた。
「…………やってるねぇ。今、まさに」
「…………あの子は馬鹿なの!? 少しは休みなさいよ! これだからヒューマロットの上司は嫌なのよ!」
ネオンの悲痛な叫びが詰所内に響き渡り、たまたま前を通りかかったナチュラルの通行人がびくっと固まる。
そんな、平和な(?)休日の一幕だった。




