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SF世界にTS転生した俺は治安維持部隊を全力で社畜する!  作者: 宇宙のモナカ
グレート・ローテーション

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第75話 地獄のローテーション

土曜日の午後二十時。第41管区治安維持部隊、第3詰所。

自動扉が開き、夜勤のシフトに入るルミナとネオンが元気な足音とともに姿を現した。


「おっはよー! ビャッコちゃん! アイリスちゃんもお疲れ様!」

「遅番、代わるわよ。二人とも疲れてるみたいね」


夜でも溌剌としたルミナのおはようの挨拶と、呆れたようなネオンの声が、静まり返った詰所に響く。

俺は本日の日勤――いや、果てしなく続く連勤のひとつの区切りを終え、文字通り机に突っ伏しそうになっていた。


「ああ、お疲れ……。引き継ぎ事項は、デスクの端末に入ってる……」


俺の口から出た声は、自分でも驚くほど掠れていた。

普段なら自分の口から出ているのが不思議になるほどの澄んだ声も、今はちょっと前世を彷彿とさせる疲れた声だ。

隣に立つアイリスも、俺ほどじゃないものの、疲れた様子だ。


「お疲れ様です。じゃあ私はいつもどおり、シャワー浴びたらアイアン・メイデンの中にいますので……」


フラフラとした足取りでロッカールームへ向かおうとするアイリス。

彼女にとって、自身の分身といってもいい機甲兵『アイアン・メイデン』のコックピットは、世界で一番安全な寝床らしい。

だが、そんな彼女の背中を、ルミナがパッと明るい声で引き留めた。


「あ、アイリスちゃん待って! アイアン・メイデンのパーツ届いたから、換装してもいい?」


その言葉に、ピタッとアイリスの足が止まる。疲れたようにトロンとしてた彼女の瞳に、パッとハイライトが戻った。


「やっとできたんですか?」


弾んだ声で振り返るアイリスに、ルミナは得意げにサムズアップしてみせた。


「ばっちり! 20mm6連装ガトリングキャノン『魔弾の射手(フライクーゲル)』と、ヒート・パイルバンカー『串刺し公(ツェペシュ)』! それにミサイルコンテナ一式も、注文通りに仕上がってるよ! 反動制御プログラムも組みなおしたから今の機体で無茶せずに動かせると思う。今日の夜勤の合間に換装作業やっとくから、今日はアイアン・メイデンの中じゃなくて、ちゃんとお家に帰ってベッドで寝てね!」

「ふぁ〜! ついに……やっと私の子が完全復活です!」


アイリスは両手を頬に当て、ふにゃりとだらしなく顔を綻ばせた。

貰っている物自体は物騒極まりない装備だが、新しいおもちゃを買ってもらった子供のような無邪気な喜び方だ。


「それにね、この前の治安維持部隊との戦闘で使ったリミッター解除も、もっと安定して出力できるように調整しとくし! ついでに、ちょっと便利な追加機能も付けておく予定だから!」


ウインクを飛ばすルミナ。そのメカニックとしての情熱と天才的な技術力は、俺も心から信頼している。

だが、「追加機能」という不穏な響きが出た瞬間、アイリスの表情がスッと真顔に戻った。


「……まあ、ルミナさんの腕のことは信用してますけど。絶対に変な機能つけないでくださいよ?」

「まーかせて!」


満面の笑みでバンッと胸を張るルミナだが、その自信満々な態度が逆に不安を煽る。

過去の事例を振り返れば、嫌な予感しかしない。

とはいえ、嬉しそうに尻尾(物理的にはないが、幻覚が見えるレベルだ)を振るアイリスを見ていると、少しだけ心が和むのを感じていた。


「そして、ビャッコちゃんにもプレゼント! 昨日の夜、一晩中かかってセラフィムのバージョンアップを終わらせたよ!」


ルミナが今度は俺の方を向き、整備用のアタッシュケースを仰々しく開いて見せた。

中に収まっていたのは、俺のメインウェポンのハンドガン。

基本のフォルムこそ以前のモデルを踏襲しているが、その威容は劇的な変化を遂げていた。


「……おお、結構見た目が変わってる」


思わず、俺の声に感嘆が混じる。

以前の武骨な装甲を纏った銃身とは打って変わり、白銀に輝く銃身は鋭利なナイフのようにスマートに削ぎ落とされていた。

その表面には、脈動する血管のように赤いエネルギーラインが走り、淡い光を放っている。


「素材から見直してね。高密度セラミックと超電導合金のハイブリッドだよ。名付けて、セラフィム・サーペント!」

「サーペント……」


俺は白銀の右腕を伸ばし、その新たな武器を手に取った。

驚くほど軽い。それでいて、手に吸い付くようなフィット感がある。

ルミナは胸を張り、待ってましたと言わんばかりに機能解説を始めた。


「前の『セラフィム・ヘキサウイング』を基本的に踏襲しつつ、使用データを元にモードを再編したの。まずは『スマート・スタン』。敵を自動スキャンして、サイボーグ相手なら電磁パルス、生身なら神経遮断パルスを自動で切り替えて流し込む鎮圧用射撃モードだよ」


なるほど。これなら、撃つ相手がサイボーグか人間かを確認する手間が省ける。


「広範囲を制圧する『インパクト・バースト』はインパクト・カノンの後継ね。内部工程は変えてるんだけど、使い勝手は変わらないかな。それから、物陰の敵を追い詰める誘導弾『ホーミング・ブラスター』。これはライトニング・チェーンの後継だけど、特殊弾からブラスターに変えたから発射数も増えたよ。軌道演算が大変だけどビャッコちゃんなら大丈夫だよね?」


なんだかんだここ一番の任務ではよく使うモード2つが残っているのはありがたい。


「そして……ここ一番の切り札、超高出力の『フォトン・パイル』も健在だよ! 今度は銃身は持つと思うけど、エネルギー機構に負担がかかるから1発でエネルギー切れ&オーバーホールは必要と思ってね」


ハウルの野郎に撃ち込んだあれか。

空間ごとえぐり取るようなあの威力はすごかった。

威力がすごすぎて、そうそう普通の任務で使うことはないだろうけど、切り札があるのは心強い。


「それにね、今回一番こだわったのが新機能の『レスキュー・パルス』! これは心停止を検知して、自動でAEDとして機能する救命パルスを打ち込めるんだ。これで現場に要救助者がいた時や、うっかり犯人にやりすぎた時にも安心だね!」

「……へえ、ありがとう。それは助かる」


最近はルミナが任務の度にレスキューキットを抱えているので、少しでも助けになるなら願ってもないことだ。ルミナらしい気遣いの溢れた温かいアップデートだった。

俺が犯人にやりすぎることはそこまでないと思うけど、極力不殺でいきたいところなのであるに越したことはないだろう。


「さて……」


さっそく訓練場で試射といきたいところだが、銃を手にしたまま、視界がわずかに揺れた。


「ふぁぁ……」


堪えきれず、小さくあくびが漏れる。


「大丈夫? ビャッコ、眠いんじゃないの?」


ネオンが心配そうに俺の顔を覗き込んできた。

俺は自分の顔を軽く叩いて意識を繋ぎ止めるが、脳の奥が痺れるような感覚は拭えない。


「昨日の夜は出動が重なって、仮眠がとれなくて……。でも、まだ大丈夫だよ」


そう答える俺の言葉とは裏腹に、精神はすでに限界の淵を彷徨っていた。


大丈夫なわけがない。

俺の意識は今、千切れる寸前の糸で辛うじて繋がっている状態だ。

現在の第3詰所の勤務シフトは、完全に破綻している。


本来、治安維持部隊の詰所は日勤帯(朝八時から夜二十時)と夜勤帯(夜二十時から朝八時)の二十四時間体制で回す。

そしてシフトには、完全に丸一日休む『公休』と、当番明けで一応休みだが書類仕事や待機を強いられる『非番』が存在する。

以前、アイリスが夜勤ソロをぶっ通しで担当する「夜の女王」だった頃は、日勤帯を俺とルミナ、ネオンの三人で回せていたため、まだ人道的な余裕があった。

だが、アイリスがちゃんとチームに加わって通常勤務のローテーションに戻した結果、どうなったか。


例えば、今週のシフト表は以下の通りとなっている。


日曜日:日勤(ビャッコ、ルミナ、ネオン)/夜勤アイリス・ソロ

月曜日:日勤(ビャッコ、ルミナ、アイリス)/夜勤ビャッコ・ソロ

火曜日:日勤(ビャッコ、ネオン、アイリス)/夜勤アイリス・ソロ

水曜日:日勤(ビャッコ、ルミナ、ネオン)/夜勤ビャッコ・ソロ

木曜日:日勤(ビャッコ、ルミナ、アイリス)/夜勤アイリス・ソロ

金曜日:日勤(ビャッコ、ネオン、アイリス)/夜勤ビャッコ・ソロ

土曜日:日勤(ビャッコ、アイリス)/夜勤(ルミナ、ネオン)


これを見てほしい。

お分かりいただけただろうか。俺の公休がない。

他の三人は週に一日か二日の完全な休みがあるにもかかわらず、俺のスケジュールには見事に空白が存在しない。それどころか、月曜、水曜、金曜の夜勤は俺のソロだ。

つまり「日勤→夜勤→そのまま翌日の日勤」という、三十六時間ぶっ通しの勤務が週に三回も組み込まれているのだ。


もちろん、日勤帯で人数に余裕がある時間帯には、交代で仮眠をもらうシステムにはなっている。

だから理論上は「三十六時間一睡もできない」というわけではない。

……あくまで建前上はだが。

逆に事案が立て込めば、非番だろうが仮眠中だろうがお構いなしに呼び出しがかかる。

俺の休みなど、あってなきが如しなのだ。

実際、連勤記録も30日超えてからは数えてない。

ちなみにここ数日にかけては、運悪く事案が立て続けに発生し、俺は仮眠ゼロの3徹をキメたところだった。


どんなに頑丈にデザインされたヒューマロットのボディでも、これが続けば中身の精神が摩耗していき、よく訓練された社畜といえども割とクルものがある。

もし労働基準監督署の人間がこのシフト表を見たら、助走をつけて殴りかかってくるレベルの真っ黒なブラック労働だ。

だが残念ながら、このふざけた世界において、労働基準法はヒューマロットには適用されない。


「ごめんなさい……。私がわがまま言ったばかりに、小隊長が……」


アイリスが瞳を潤ませて俯いた。

彼女が夜勤専属を外れたことが、俺が死にそうになっているシフトの元凶だと察しているのだろう。

だが、ここで彼女に罪悪感を抱かせるわけにはいかない。

上司として部下を安心させなければ。

俺は引き攣りそうになる顔に、無理やり冷静な表情を貼り付けた。


「気にしないで。みんなで助け合うのが人の世の定め。人という字は、大きい人を小さい人が支えるんだよ」

「何言ってるのビャッコ? 本当に大丈夫?」


ネオンが素のトーンで引いていた。

俺は今何を口走ったのだろうか。駄目だ。無意識で話していたので思い出せない。

思考回路が焼き切れ始めている。極度の疲労のせいか、脳内に謎のエンドルフィンが分泌され、視界がチカチカと輝いて見えてきた。


「労働万歳。すばらしきかな、こーぽれーと・ゆーとぴあー。ねばーすりーぷ……あれ、なんだっけ?」

「だめだ! 早く帰ってビャッコちゃん! 完全にバグっちゃってるよ!」


ルミナが悲鳴のような声を上げた。

俺のポンコツ化を見かねて、アイリスがスッと横に並び、俺の腕を自身の肩に回して支える。


「私、小隊長を送って帰りますね」

「よろしく頼むわ。これ以上起きてたら、マジでショートしそうだし」


ネオンが呆れたように手を振る。

そうだ、帰って泥のように眠ろう。ふらつく足で詰め所の出口に向かいかけた時――俺の壊れかけた脳細胞が、最後の最後に『伝達事項』を思い出した。


俺はピタッと足を止め、虚ろな目で三人を見つめ返した。


「あ、そういえば……明日の日曜だけど、第41管区治安維持部隊の全体集会があるから、全員制服で本部集合ね。その間は本隊から交代要員が来るから」

「「「…………え?」」」


三人の絶句する声がハモった。日曜日、本来ならアイリス以外は通常の日勤だったはずだが、それが丸ごと本部の堅苦しい集会に潰れるということだ。

全員に絶望を分け与え、言い切った瞬間。俺の中でプツンと何かの糸が切れた。


(ああ……伝達も終わったし、これで心置きなく……)


すべてをやり遂げたという心地よい充足感と、圧倒的な睡魔。俺はそのまま、床に向かってゆっくりと倒れ込んでいった。


「ぐぅ……」

「あ、だめです。もう持たないみたいです」


崩れ落ちる俺を、アイリスが慌てて抱きとめる。

薄れゆく意識の底で、呆れ果てた部下たちの声が遠く聞こえた。


「とりあえず、仮眠室に放り込んでおきましょう」

「おやすみー、ビャッコちゃん……」


社畜は死ぬほど忙しい。そんな当たり前の事実を抱きしめながら、俺は深い深い闇へと沈んでいった。


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― 新着の感想 ―
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