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SF世界にTS転生した俺は治安維持部隊を全力で社畜する!  作者: 宇宙のモナカ
ファントム・ペイン

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第70話 決着のマージ

粉々に砕け散ったスクラッパーの残骸と、オイルの臭いが充満するメインサーバー室。

そこから、ビャッコはルミナに肩を貸してもらいながら、なんとか歩みを進めていた。


フォボス・オーバードライブを強制起動した代償は大きく、ビャッコの体は鉛のように重い。白銀の右腕からはまだ微かに排熱の赤い蒸気が上がり、全身の筋肉が断裂したかのような激痛が絶え間なく脳を焼いていた。


それでも、立ち止まるわけにはいかない。

二人は這うような歩みで、不気味な生体パーツ解体工場の中を抜け、ようやく施設の分厚いシャッターの外――下層地区の廃棄区画へと脱出した。


「……ここまで来れば、ジャミングの範囲外なはず……っ!」


ルミナはビャッコを壁際にそっと座らせると、即座に自分の携帯端末を取り出し、奪取したデータドライブを接続した。

ネオンが事前に用意してくれていた、秘匿性の高い暗号化通信ルート。

そこを通し、第52ブロックの汚職と非合法取引の全データを、都市の最高監視機関である『統合監査局』のサーバーへと直接流し込む。


送信ゲージが100%に到達し、『送信完了』の緑色のポップアップが虚空に浮かび上がった。


「よし……っ! これでマザーAIがキャッチしてくれたら、私たちの逮捕状はすぐに取り下げになるはずだよ」


ルミナが安堵の息を吐く。だが、その顔はすぐに曇り、不安げに地上へと続く暗い天井を見上げた。


「でも、ネオンちゃんとアイリスちゃんは……」


重い空気が立ち込める。

ルミナとビャッコを逃がすため、多勢に無勢の状況で地上部隊の足止めを引き受けてくれた二人。

いくら彼女たちが優秀でも、正規の治安維持部隊の重武装を相手に、これだけの時間を稼ぐのは絶望的だ。

最悪の『手遅れ』という二文字が、ビャッコの脳裏をよぎる。


「……とにかく、急いで戻ろう」

「えっ、でもビャッコちゃん、その体じゃ……」

「大丈夫。わずかでも可能性があるなら、やっておかないと後悔するから」


そう言いながらビャッコはふらつく足で立ち上がり、ここまで乗ってきた赤いエアバイクへと近づく。

だが、シートを跨ごうと足を上げた瞬間、ガクンッと膝から力が抜け、そのままバイクに倒れ込んでしまった。


「ほら、やっぱり無理じゃない!」

「……っ、ごめん。まともに掴まる体力も、残ってないみたい」


ギリギリまで命を燃やしたのだ、当然といえば当然だった。

焦るビャッコに対し、ルミナは少し考える素振りを見せた後、「じゃあ、こっちだね」と、自分からエアバイクの運転席に跨った。


「ビャッコちゃん、私の前に座って」

「は? 前?」


言われるがまま、ビャッコはルミナの前に腰を下ろす。

すると、背後からルミナが両腕を回してハンドルを握り、ビャッコの体をホールドする形になった。

それだけではない。ルミナが前傾姿勢をとることで、彼女の豊満な胸が、ビャッコの頭と背中に『むにゅっ』と完全に押し付けられたのだ。


「ちょ、ちょっと! この姿勢は……っ!」

「ちょっと蒸れてるから嫌かもだけど、ビャッコちゃんの体格ならこれが一番安定するから」


そんなルミナの言葉に、ビャッコの内心は著しく不安定になるが、それが表に出るほどの元気は残っていなかった。


「後ろに乗せたら振り落とされちゃうでしょ? できるだけ揺らさないように気を付けるから、しばらく我慢してね!」


(いや、我慢するとかそういう問題じゃなくてだな!?)


元・成人男性としての記憶が、後頭部に当たる突然の柔らかすぎる、それでいてずっしりとした感触に激しく警鐘を鳴らす。

顔面を火の出るように赤くして慌てるビャッコだったが、背中から伝わるルミナの温もりと、絶対に振り落とさないという力強いホールド感に、抗う気力すら湧いてこない。


(……はぁ。もう、どうにでもなれ)


ビャッコはしばらくジタバタしていたが、やがて目を瞑り、諦めたようにルミナの腕の中で小さく縮こまった。


「しっかり掴まっててね。行くよ!」


ルミナの掛け声と共に、赤いエアバイクが浮上し、下層地区の暗い通路を猛スピードで駆け抜けていく。

最初に乗ってきたエレベーターは、追跡を防止するためにネオンが上からロックを掛けていて使えない。

二人は、下層地区の別ブロックにある、もう一つの大型エレベーターを目指してバイクを走らせた。


ルミナの運転する赤いエアバイクは、下層地区の入り組んだ廃棄区画を抜け、目的の大型エレベーター前へと到着した。

だが、減速したバイクの上で、ビャッコは鋭く目を細めた。


「ルミナ、止まれ!」


ビャッコの静かな、しかし切羽詰まった声に、ルミナが慌ててブレーキをかける。

エレベーターの強固なゲート前。そこには、重武装を施した治安維持部隊の一個小隊が、ズラリと陣形を組んで待ち構えていたのだ。


すでに上層部からの追手が下層地区の別ルートにまで先回りしていたのか。

ビャッコはルミナの腕の中から無理やり身をよじって立ち上がると、空になったセラフィムのホルスターに手を添え、白銀の右腕を庇うように前に出た。


「ネオンたちを助けるためだ。ここを突破する」

「無茶だよビャッコちゃん、その体じゃ!」


悲鳴のようなルミナの制止を背に受けながら、ビャッコは痛みに霞む視界で敵の隙を探る。

だが――奇妙だった。

待ち構えている部隊員たちは、誰一人としてこちらに銃口を向けてこない。

それどころか、全員の空気がどんよりとしている上に、その装備は妙にボロボロになっている。


警戒するビャッコの前で、屈強な隊員たちの列がススッと左右に割れた。

そして、その隊列の真ん中から、場違いなほど軽やかな足取りで一人の少女がひょっこりと姿を現した。


「あ、ビャッコ! ルミナ!」


片手にデータパッドを持ち、もう片方の手でひらひらと呑気に手を振っているのは、紛れもなく第3詰所の天才ハッカー、ネオンだった。


「……ネオン!?」


予想外すぎる登場に、ビャッコは間の抜けた声を上げる。

急いで駆け寄り、彼女の小さな体に怪我がないかを見回すが、傷一つ見当たらない。


「無事だったの!?」

「ええ。まあね」


ネオンは、いつもの飄々とした態度でコクリと頷いた。

ビャッコは改めて、周囲で膝をついている治安維持部隊員たちを見渡す。

彼らはネオンに怯えるように視線を逸らせており、わざとらしすぎるくらいこちらを無視しているようだ。


「よかった……! なんとか間に合ったんだね」

「間に合ったというか、まあ、そうね」


ルミナが涙ぐみながら安堵の声を漏らすが、ネオンはなぜか視線を逸らし、微妙に歯切れの悪い返事をした。


「……ネオン。これは、どういう状況?」


ビャッコが恐る恐る尋ねると、ネオンはポリポリと頬を掻きながら、呆れたような、それでいて少し誇らしげなため息をついた。


「どういうもこういうも、あの後、地上にいた治安維持部隊は、私たちが全員逆に制圧しちゃったというか……」


(……は?)


ビャッコの思考が、一瞬完全にフリーズした。


自分の聞き間違いかと思い、ルミナの腕に支えられたままネオンの顔をマジマジと見つめ返す。


「せ、制圧って……。あの大部隊の包囲網を、ネオンとアイリスの二人だけで?」

「ええ。まあ、ちょっとした手違いがあってね」


ネオンは悪びれる様子もなく、手元のデータパッドをいじりながら事の顛末を語り始めた。


「治安維持部隊のどこぞの隊員がね、通信越しにこう言ってきたのよ。『お前らの小隊長がやったというなら素直に差し出せば手荒な真似はしない。どうせヒューマロットなんだし、庇う必要もないだろ』って」

「……」

「そしたら、アイリスが完全にブチギレてね。アイアン・メイデンのリミッターを解除して、あそこにいた部隊員、全員綺麗にのしたわ」

「……ぜ、全員?」

「そう。で、やってきた応援用の戦闘用ドローンもなんかセキュリティの甘い旧式タイプのやつでさ。私が裏からハッキングして逆に利用できるようになっちゃって。全員の額に銃口をセットしてから、別のエレベーターで下層地区まで逃げてきたの」


ネオンの淡々とした説明を聞きながら、ビャッコは頭痛を堪えるようにこめかみを押さえた。


(……あの「ここは私たちが食い止めます、小隊長は先へ!」みたいな悲壮な別れ方をしておいて、普通に自分たちで制圧完了して合流するパターンとかあるんだ……)


自分が命を削ってフォボス・オーバードライブを起動し、死に物狂いで駆け抜けてきた裏で、地上に残った仲間たちが敵部隊を文字通り「蹂躙」していたという事実。

もちろん生きていてくれたのは心の底から嬉しいが、なんというか、主人公としての見せ場を完全に持っていかれたような、ひどく複雑な気持ちだった。


ビャッコの微妙な表情の変化を察したのか、ネオンは慌てたように両手をパタパタと振った。


「あ、もちろんデータを取ってきてくれて本当に助かったのよ!? 私たちがエレベーターで下層に降りてくる前、地上には追加の治安維持部隊が到着しちゃっててね。うわー、もう一戦しないといけないか……って思ってたら、ルミナが送ってくれたデータを見た統合監査局が、間一髪で止めに入ってくれたの!」


ネオンはふぅ、と大袈裟に息を吐いてみせる。


「さすがにもう一戦したら危なかったと思うわ。アイリスのアイアン・メイデンだって、あんな無茶な出力で長く戦える状況じゃなかったし。……本当に、お疲れ様。よくやってくれたわね、二人とも」

「……ああ。そっちもね」


ネオンの不器用だが心からの労いの言葉に、ビャッコの胸の中にあった複雑な感情も、スッと解けていった。

結果的に、誰一人欠けることなく生き残ったのだ。それが何よりの報酬だった。


「……そういえば、アイリスは?」


ふと、一番の功労者(にして暴走の主犯)である巨大な重装甲騎の姿が見当たらないことに気づき、ビャッコが尋ねる。

ネオンは肩をすくめて、奥の暗い通路を指差した。


「統合監査局の連中と一緒に、緊急手配されたヴァレリオを追っているはずよ。下層地区で目撃証言があったし、こうやって地上に繋がるエレベーターは張ってるからそう遠くないうちに捕まるはず――」


その言葉が終わるか終わらないかのタイミングだった。


『小隊長ォォォォォォ〜〜〜〜〜!!』


下層地区の通路の奥から、スピーカー越しに増幅された、やけに響き渡るお嬢様特有の高い声が木霊した。


ズシン、ズシンと重々しい駆動音を響かせながら、下層地区の薄暗い通路から巨大な影が姿を現した。


赤と青のパトランプを回転させる統合監査局の装甲車両を引き連れるようにして先頭を歩いてくるのは、第3詰所の誇る重装甲騎『アイアン・メイデン』。

そして、その巨大な機体のマニピュレーターが、地面に擦れるのもお構いなしに『ボロ雑巾のような何か』をズルズルと引きずっていた。


ルミナの腕の中で、ビャッコは目を瞬かせた。


「アイリス……それ、もしかしてヴァレリオ?」

『そうですわ!』


アイリスの弾むような声が、機体の外部スピーカーから明るく響き渡る。


『ひとりでのこのこ下層のスラムを歩いて逃げていたようですが、運悪く地元のチンピラにカツアゲに遭ってまして。わたくしがお声を掛けたら、皆さん快く譲ってくれましたわ』


(あの巨体と重武装で声なんか掛けられたら、そりゃあ泣いて譲るだろうな……)


ビャッコが内心でツッコミを入れている間にも、アイリスは引きずっていたヴァレリオの体を、左腕の巨大な手で無造作に鷲掴みにした。


「ぎ、ぎい、ぎああああああッ!!」


ギリギリと嫌な音が鳴り、ヴァレリオの口から肺を絞り出すような絶叫が上がる。

アイアン・メイデンの鋼鉄の指が、彼の全身の骨を容赦なく軋ませていた。


『あら、失礼しましたわ。どこかの誰かさんのせいで左腕の調子が悪くって、指先の出力制御が上手くいきませんの』


全く悪びれる様子のない笑い声を上げながら、アイリスはヴァレリオをビャッコとルミナの前へと引きずり出した。

かつて第3詰所を見下し、ビャッコの右腕を奪った男の顔は、恐怖と苦痛で見る影もなく歪み、鼻水と涙でぐちゃぐちゃになっていた。


『さあ、まずは小隊長に謝りなさい、この不潔な害虫』

「ご、ごべ……ごべんなざ――」


ヴァレリオが命乞いをするように口を開いた、その瞬間。


ドォンッ!!


アイリスはヴァレリオの頭を、そのまま容赦なくコンクリートの地面へと叩きつけた。

鈍い衝撃音と共に、ヴァレリオの言葉は強制的にシャットアウトされる。


『……やっぱり、小隊長にあなたの吐く息が当たるのが不愉快だから結構ですわ』

「あ、あの! 証拠品が壊れるのでそれ以上は……!」


あまりの猛攻に、後ろに控えていた統合監査局の職員たちが慌てて止めに入ろうとするが、アイアン・メイデンの放つ威圧感に気圧されて半歩下がっている。


(さすが地下闘技場の元チャンプ。容赦がない)


ビャッコは呆れ半分、感心半分でその光景を眺めていた。

自分も散々痛い目を見たが、この男の末路は自業自得だ。一切の同情は湧かなかった。


「……なにはともあれ、これで全部終わりだね」


ルミナが背後からビャッコの肩に顎を乗せながら、ホッと息を吐く。

ネオンがデータパッドを弄りながら肩をすくめ、アイリスが機体の中から「ええ、そうですわね」と優雅に頷いた。


気絶したヴァレリオが統合監査局の職員たちによって拘束され、ストレッチャーで運ばれていく。非合法取引の主犯格が捕まったことで、この後、彼と癒着していた上層部も芋づる式に一網打尽にされるだろう。

第3詰所に掛けられていた理不尽な汚名は、これで完全に雪がれた。


「帰ろう、みんな。……私たちの詰所に」


満身創痍の体だが、ビャッコの意識はまだはっきりとしていた。

ボロボロの体を支えてくれるルミナの温もり。隣で涼しい顔をしているネオン。巨大な機体で守ってくれるアイリス。


下層地区の淀んだ空気の中にも、確実に新しい朝の気配が混じり始めていた。

命を削り、社畜のように働かされ、それでも自分たちの居場所を守り抜いた第3詰所の長い夜が、ついに明けたのだ。


「ルミナ、悪いけど……帰るまでもう少し、寄りかからせてくれ」

「うん、もちろん。……お疲れ様、ビャッコちゃん」


笑い合う仲間たちの声に包まれながら、ビャッコたちは地上へと続くエレベーターへと歩き出した。


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