第7話 ミッション・レポート
詰所は、やけに静かだった。
昨日あれだけ騒がしかったはずなのに、今は機械が吐き出す熱気の音と、端末のキーボードを叩く無機質な音だけが響いている。
ネオンはモニターに向かったまま、瞬きの回数すら減っている。
ルミナは壁にもたれて腕を組み、落ち着かない様子で床の一点を見つめていた。
(……なんだか、えらく静かだな。トラブル対応が終わった後の、あの独特な空気だ)
俺は心の中で、前世のオフィスを思い出していた。
大きな不祥事を片付けた翌日の、あの疲れと緊張が混ざった空気。
何か一言かけて、場を和ませるべきだろうか。
そう思っても、この小さな身体から出る言葉は、いつも結論だけになってしまう。
「なんか、静かだね」
ようやく出たのは、それだけだった
二人は同時にこちらを見た。
その視線が、どこか重い。
「……静かなのは、嵐の前だからよ」
「嵐?」
俺が首を傾げた瞬間、詰所中央のホログラムが起動した。
空間に青白い光が広がり、企業ロゴが浮かび上がる。
《Sakura Device Corporation 治安維持部隊 行動評価システム 接続》
(あ、評価か。そういえば、出動の後には査定が入るって言ってたっけな)
「……評価。始まるね」
俺が短く言うと、ルミナは小さく息を吐き、ネオンは唇を強く噛んだ。
ホログラムの中央に、人影のようなものが現れる。
表情はなく、声にも感情が一切乗っていない。
《評価対象:SFTS1005》
番号での呼び方に、ネオンがピクリと反応したのが分かった。
俺も「あ、そうだった、俺のことだったわ」と思い、ピクリと反応した。
さすがに公式の場面だと名前がこっちというのを覚えておかないとな。
そのあと、今回の事案の一連の出来事が画面で映し出される。
気づかなかったけど、ちゃんとどこからか撮影されていたようだ。
おー、俺の活躍もバッチリだ。
特に最後の銃を撃つシーンなんかなかなかカッコいい。
これあとで映像もらえないだろうか?
そんなことを思いながら眺めていると、一連の描写が終わり、俺が犯人を拘束したところで映像は終了。
総括、という言葉とともに文字が流れる。
《初動対応時間:平均到達時間の-10%を達成》
《被害範囲抑制率:97.8%》
《一般人保護成功率:想定値を大幅に上回る》
数字が次々と空中に並ぶ。
《対象は違法遺伝子改変薬物による暴走状態》
《非殺傷制圧を完全遵守》
《結果、対象は生命維持状態で拘束》
「おお……」
正直、思ったより褒められてる気がする。
横を見ると、ルミナは安心したように肩の力を抜いていた。
《総合評価:極めて優秀なユニット》
その一言で、空気が変わった。
《当該個体は、治安維持部隊用ヒューマロットとして理想的な行動を示しました。A.R.E.S.誘導への適応率も非常に高い。今後は高危険度案件への優先配備を検討。また、追加テストも検討》
(なるほど。評価Sランクってところか。アレスの言う通りに動いただけだけど、悪い気はしないな)
《SFTS1005は、企業資産として非常に価値が高い。継続的な運用により、さらなる成果が期待できます》
資産。
その言葉に、ネオンの指が止まった。
「……待って」
ネオンが声を上げた。その声は、少し震えている。
「ビャッコは、まだ着任したばかりで――休息が必要です。それを『高危険度』に回すなんて……」
《個体SFTS1005の処遇は、企業判断事項です》
被せるように、AIが言葉を遮る。
ネオンはそれ以上、何も言えなくなった。
(評価がいいのは、いいことだろ? 期待されてるってことだし。ネオンも、そんなに心配しなくていいのに)
「……評価、良かった。……大丈夫。問題ない」
俺がそう言うと、ルミナが目を伏せた。
ネオンは、まるで何かを飲み込むみたいに喉を鳴らした。
《以上で評価を終了します。SFTS1005、今後も企業のために最善を尽くしてください》
通信が切れ、ホログラムが消える。
しばらく、誰も何も言わなかった。
「……すごかったわよ、ビャッコ」
ルミナが、ようやく口を開いた。
「初任務で、あの対応。普通じゃない」
「そう?」
正直、言われるほどのことした実感はない。
アレスの言う通りに動いただけだし。
でも、褒められると素直に喜びが湧き上がってくる。
ひゃっほうと万歳でもしたい気分だったが、さすがにそんな子供っぽい真似はできないので、極力真面目に見えるように言った。
「ちゃんと市民と企業の役に立てたなら、よかった」
そう真面目ぶって言うと、ネオンがこちらを見た。
その目は、評価の数字を見る目じゃなかった。
何かを言いかけて、結局彼女は短く「……うん」とだけ返した。
その目は、どこか泣きそうな顔にも見えた。
(喜んでくれてるんだよな、たぶん)
「……次も、頑張ろう」
俺がそう言うと、二人は少し遅れて頷いた。
その時はまだ、分かってなかった。 この“高評価”という名の「資産価値」が、俺をどこまで連れていくのかを。
◆
白い会議室には、音がなかった。
正確には、音を立てることが許されない空気が満ちていた。
壁一面に投影された戦闘ログが、最後のフレームで停止する。
そこに映っているのは、小さな影だった。
「第41管区治安維持部隊、小隊長――SFTS1005」
低い声が、淡々と結果を読み上げる。
「制圧完了まで三分四十秒。民間被害4名軽傷、企業資産1体損傷。部隊損耗ゼロ」
「違法ドラッグ使用者一名、生存確保」
「……優秀だな」
誰かがそう言い、誰も否定しなかった。
「判断が早い」
「迷いがない」
賞賛とも評価ともつかない言葉が、静かに積み上がっていく。
「――博士」
呼ばれた人物は、わずかに視線を上げた。
「この個体の活躍について、どう見る?」
そう声をかけられた博士――白衣を着た女性は一拍置いてから答える。
「想定の範囲内です」
「しかし、成長異常個体だぞ?」
「A.R.E.S.に適応できれば、という条件付きなら想定内です。それに、元々優秀でしたから」
「優秀とは?」
「特別な天才というわけではありませんが……」
博士は少し考えて答える。
「処理能力、適応力、従順性。いずれも安定していました」
「では、今回の成果は成功と見ていい?」
博士は、少しだけ言葉を選んだ。
「少なくとも、現時点では。優秀な子です」
その言い方に、誰かが眉を動かしたが、追及はされなかった。
「興味深いな」
「ヒューマロットが守るべき市民に銃を向けることで問題が発生するかと思ったが、戦闘に対する忌避も、精神的不安定も見られない」
「はい、数値から見るに、本人は“仕事がうまくいった”程度の認識でしょう」
「……それは、良いことか?」
博士は、ほんのわずかに目を伏せた。
「企業にとっては」
その言葉が、会議室に落ちる。
会議室の誰かが言った。
「量産性はどうだ? 再現可能か?」
「現段階では未検証です。この個体は、前提条件が特殊すぎる」
博士の言葉に上層部の一人が、面白そうに笑った。
「では、追加検証をしたまえ。それが君の仕事だろう」
博士は何も言わなかった。
その沈黙を肯定と捉えたのか、会議は次の議題へと移っていった。
その沈黙の裏で、博士の脳裏で記憶が静かに巻き戻される。
――改造前。
まだ番号で呼ばれていなかった頃の、あの子。
研究区画の片隅。
サイズの合っていない椅子に座って、足をぶらぶらさせていた。
「ねえ博士」
「なんだい」
「このテストが終わったら今日はもうおしまい?」
銀髪の少女は手元の端末に入力しながら、年相応の見た目どおりの無邪気な声で尋ねてきた。
そんな少女に対し、博士は笑いながら返す。
「休憩を少ししたら、次のテストだよ」
「えー」
不満そうに眉をひそめながらも、指示された端末操作は正確だった。
ミスは少なく、理解は早い。
突出してはいない。
だが、安定している。
「……ちゃんとやれば、役に立つんだよね?」
「立つとも。誰よりもね」
「そっか。……なら、いい」
それだけで納得する。
評価も、将来も、命令の意味も、深く考えない。
ただ、“必要とされている”という事実だけを真っ直ぐに受け取っていた。
「博士」
「また何だい」
「……これって、楽しいこと?」
あの日、博士は言葉に詰まった。
「……どうだろうね。でも、君は嫌じゃないだろう?」
「……うん。やることあるの、好き。……必要なら、やるよ」
その答えに、博士は何も言えなかった。
この子は、戦うために生まれたわけじゃない。
ただ、与えられた役割を、疑わず受け入れてしまうだけ。
その「命令を自らの価値として取り込む無垢な従順さ」こそが、サクラデバイスにとって最も都合の良い兵器になる。
――それを“成功”と呼ぶのは、あまりにも簡単で、残酷なことだった。




