第4話 テンパーセント・サバイバー
視界の端で、アレスが二人の個人ファイルを展開した。
網膜に直接投影される青い文字が、彼女たちの『過去』を、まるでエラーログのように淡々と語り出す。
月影ネオン。19歳。
情報処理やハッキング技術に特異な才能を発揮する。
サクラデバイスコーポレーションに就職した当初の着任地は中央演算部門。
しかし、そこでクラス違反疑いの事案発生。
証拠不十分につき第41管区へ左遷。要経過観察
炉崎ルミナ。21歳。
前職は民間の修理工房勤務。幼馴染の月影がサクラデバイスコーポレーションに就職したことに合わせ、自身も希望して入社。
武器やサイバネの開発・修理に才能を発揮し、当初は開発部門に着任。
その後、上位クリアランス社員からの《《強い推薦》》で治安維持部隊に転属となる。
それがアレスから教えてもらった、目の前にいる部下二名の情報だった。
(月影ネオン、炉崎ルミナ……)
頭の中で名前をなぞりながら、俺は小さくうなずく。
(俺、うまく自己紹介できてたよね?)
名前も、あだ名も伝えた。
距離感としては悪くないはずだ。
小隊長としては、かなり理想的なスタートじゃないだろうか。
月影さんの方からは、まだ少し警戒されている気がするけど。
まあ、初対面だし仕方ない。
一方で炉崎さんは、最初からずいぶんフレンドリーだ。
「それで、炉崎さん。私の役割は――」
「ルミナでいいよー。その代わり、私もビャッコちゃんって呼ぶし」
「ちょっとルミナ。あなた一応、上官に対して――」
「構わない」
俺はネオンの制止を制するように、掌を上げた。
管理職の基本は、現場の空気を壊さないこと。
前世のブラック企業で、ピリついた会議室がどれだけ生産性を下げ、若手の離職率を跳ね上げるか、俺は嫌というほど見てきたからな。
「じゃあルミナ。改めて、私の役割を確認したい」
「はいはい。と言っても、私もこの治安維持部隊に来たの先週からだから、そこまで詳しくはないんだけどね。ネオンも一緒」
視線を向けられ、ネオンが渋々とうなずく。
「治安維持部隊の基本業務は、担当地区の『ノイズ』の除去。暴走ドローン、ナチュラルの諍い事、あとは……反企業活動。ビャッコちゃんは第41管区の小隊長として、この第三詰所の全権を任されたわけ。おめでと~」
パチパチと、やる気のない拍手が部屋に響く。
「部下は私とルミナ、それから夜勤担当が一人。計三人よ」
ネオンが補足する。
夜勤担当のプロフィールをアレスに投げさせると、『夜勤専門・単独行動推奨』という短い文字だけが返ってきた。
とりあえず、今日は会えなそうだけど、そのうち挨拶しないとなと心に留めておいた。
「そうなんだ。ちなみに、先週までは小隊長はいなかったの?」
何気ない質問だった。
だが、その瞬間、部屋の空気が目に見えて変わった。
サーバーラックの排熱音が、急に大きく聞こえる。
ルミナは視線を泳がせ、手に持っていたレンチを弄ぶように指を動かした。
「その……前任の小隊長は、業務中の不幸な事故で。ちょっと、職場を永遠に離れることになって……」
(永遠に、か。……まあ、労災だよな。未来世界でも現場仕事に危険はつきものってことか)
俺が納得したような顔をしていると、ネオンが冷え切った声で言葉を継いだ。
「……まあ、前の小隊長は普通の人でしたから。あなたと違って」
「ちょ、ネオンちゃん!」
慌てたようにルミナが止めに入る。
俺は自分の細い腕を見下ろして、少し考えた。
銀髪、エルフ耳、小学生並みの体躯。
まあ、鏡を見なくても「普通じゃない」のは百も承知だ。
「いい、気にしないで。私が変わっているのは自覚している」
そう答えると、ネオンの瞳に、値踏みするような……あるいは憐れむような色が混ざった。
「その……小隊長は――」
「ネオンも、私のことはビャッコでいい」
そういうと、ネオンは少し戸惑ったようだが、言い直してくれた。
「……ビャッコは、なんで体格が、その――」
「小さいかってこと?」
俺がそう言うと、ネオンは一瞬だけ視線を逸らしてから、静かにうなずいた。
「ヒューマロットは、出荷される前に肉体を最適化されるはず。そんな、子供の姿のままで送り出されるなんて、普通はありえない」
「ああ、それね」
軽く返したつもりだったけど、二人の視線が一斉に集まったのを感じる。
「成長促進剤の効きが悪い成長異常個体だと聞いている。でも、A.R.E.S.モジュールを埋め込まれたから業務に支障はない」
「……A.R.E.S.モジュール?」
ネオンの声が、わずかに掠れた。
「うん。詳しいことはよくわからないんだけど……」
俺は首の後ろを指さしながら言葉を続けた。
「生存率一割未満の難手術だったらしいんだけど、これのおかげで私は『労働』に適合できるようになった。一時は廃棄処分になりかけたらしいから、本当に運が良かったよ」
カチャン、と乾いた音がした。
ルミナが手に持っていた銃のパーツを、床に落としていた。
彼女たちは、幽霊でも見たかのように凍りついている。
ワックスの匂いと、焦げた電子回路の匂いが混ざる静寂の中、ルミナが掠れた声を出した。
「……運が良かったって、本気で言ってるの?」
「え? うん。だって、これがないと仕事できないでしょ? 働けなかったら、生きてる意味ないし」
「……っ」
ネオンが、吐き気を堪えるように口元を押さえた。
「自分の意志で……受けたの? その、九割が死ぬような改造を」
俺はきょとんとして答える。
「どうだろ。気が付いた時には終わってたし。でも、会社側も、コストをかけて私を修理してくれたわけだからね。期待に応えないと」
「…………」
部屋の温度が、一気に氷点下まで下がった錯覚に陥った。
ネオンの拳が、白くなるほど強く握られている。
ルミナは、落ちたパーツを拾うことも忘れ、俺の背中――皮膚の下に蠢く機械のラインを、悲鳴を上げそうな目で見つめていた。
(あれ……。やば、またやっちゃったか。おじさん特有の『昔は苦労した話』に聞こえたか? 今の若い子に根性論は禁物だったな……コンプラ違反、コンプラ違反……)
「……っ」
ネオンは何か言い返そうとして、言葉を飲み込む。
ルミナが慌てて間に入った。
「えーっと! ほら! もう終わったことだし! 今はビャッコちゃんが無事で、しかも小隊長なんだから結果オーライってことで!」
「ルミナ……」
俺は二人に対し、自分の失言(?)を激しく反省し、挽回しようと、努めて明るい声で言った。
「そうそう。今は元気だし、せっかく同世代っぽい人たちとも会えたしさ」
少し勇気と期待を込めて。
「仲良くやれたら、それでいいかなって」
その言葉に、ネオンは何か言いかけて、やめた。
ルミナも、無理に笑おうとして、失敗している。
そんな様子に気づくこともなく、
(よし、部下2人ともスムーズに会話できたし、青春スタートとしては悪くないよな?)
なんて、俺はのんきに考えるのだった。




