第27話 奪還作戦:裸の王様
「……炉心融解まで、予想時間あと50分を切ったよ」
ルミナがホログラムの時計を表示し、焦燥感を煽るように告げた。
この時間じゃ応援を呼ぶ時間すらないだろう。
つまりは、俺たちだけでなんとかしないといけないということ。
薄暗いダクトの出口付近。俺たちは身を潜めながら、今後の作戦――というよりは、死なないための算段を話し合っていた。
「ここから中枢制御室までは、最短ルートで走れば15分。でも、敵が急所に護衛を張り付けてない訳がない」
ネオンが自分のアサルトライフルの弾倉をチェックしながら、冷ややかに吐き捨てる。
「さっきの戦闘で、私たちの残弾は半分以下。対して敵は、あの『おもちゃの軍団』が何体いるのか。……無理よ。何か作戦を考えないと」
正論だ。 ハンドガンとライフルだけで、あの重装甲のロボット軍団を突破するのは不可能に近い。 だが、行かなければ街ごと蒸し焼きになる。
「武器を拾ってから行く」
「は? 武器って、まさか――」
俺は視線を、いましがた逃げてきた方向――工場エリアの中央広場へと向けた。
「あそこに、最強の武器がアイリスを待ってる」
その言葉に、真っ先に反応したのはアイリスだった。
「えっ……まさか、アイアン・メイデンを取りに戻るんですか……?」
彼女は顔を青ざめさせ、ブンブンと首を横に振った。
「む、無理です! もう、あの子は動きません! 熱でやられて……」
「ルミナ、実際動かなそう?」
俺はルミナの方に視線を向けると、彼女は少し考え込む素振りを見せる。
「……いや、元は環境保全用の重装甲スーツだったよね? 最初に止まったのはフィルターの目詰まりが原因だし、ナパームの火も流石に消えてるだろうから、ちょっと手入れをしたら動かせる、かも」
一か八かに変わりないが、単身で突っ込むよりはマシな賭けだろう。
俺はアイリスの前に屈みこみ、彼女の震える肩に手を置いた。
「アイリス。あの機体を取り返しに行こう」
「む、無理です! 私なんか途中で死んじゃいますよぅ!」
「大丈夫。私がついてる」
俺は努めて優しく、聖母のような微笑み、は浮かべられないので冷静な無表情で告げる。
「今のアイリスは、舞踏会に行くのにドレスを着ていない状態。それじゃあ、心細くて当たり前だよね?」
「う……」
「『裸の王様』ならぬ『裸の女王様』だ。……恥ずかしくない?」
「は、恥ずかしい……です……。ジャージだし……」
アイリスが自分のヨレヨレの格好を見て、耳まで赤くする。
よし、釣れた。
「そうでしょ? だから取りに行こう。あのドレスがあれば、アイリスはまた強くなれる。……私を守ってくれる『最強の騎士』が帰ってくる。違う?」
「小隊長を……守る……」
その言葉が決め手だったようだ。 彼女はおずおずと頷くと、涙を拭って立ち上がった。
「……行きます。あの子を、取り返します」
「いい子いい子」
俺が頭を撫でてやると、彼女は嬉しそうに目を細めた。
横でネオンが「はいはい、チョロいチョロい」と小声で呟いたのが聞こえたが、無視した。
◆
作戦は決まった。
「敵の警戒網を潜り抜け、放置された機体にアイリスを乗せる」。
言うのは簡単だが、やるのは至難の業だ。
俺たちは敵のセンサーを避けるため、正規の通路ではなく、壁の裏を通るメンテナンス用のキャットウォークを選んだ。
足元は金網一枚。下を見れば、真っ赤に煮えたぎる溶鉱炉やパイプラインが口を開けている。
「ひぃッ……! た、高い……熱い……!」
「前だけ見て」
アイリスの足がすくむ。 彼女は俺のジャケットの裾を掴むだけでは飽き足らず、俺の左手を両手でぎゅっと握りしめてきた。
「は、離さないでくださいね……絶対ですよ……?」
「うん、離さないから」
俺は優しく答えて握り返す。 ……が。
(手汗がすごいな……)
恐怖と熱気のせいだろう。彼女の手のひらはぐっしょりと濡れているし、しかも力が強い。指の骨がミシミシと音を立てるくらい握りしめられている。
まあ、迷子紐代わりだと思えば安いものか。
俺は内心のため息を飲み込みながら手を引いてあげる。
「ちょっと、いつまで手ェ繋いでんのよ。遠足じゃないのよ」
背後からネオンの不機嫌そうな声が飛んでくる。
「不安がってるから、大目に見てあげて」
「ふん。……あーあ、やってらんない」
この状況で少し暢気すぎたのか、イラつかせてしまった様子。
ネオンに限って嫉妬しているということもないだろうが、部下の贔屓はあまり褒められたことではないだろうと反省する。
そんなことを考えながら歩く俺らの後ろを、ネオンは荒っぽく足元の金網を蹴りながらついてくるのだった。
やがて、目的の場所が見えてきた。
第4プラント、資材搬入用中央広場。 さっきまで俺たちが激戦を繰り広げ、そして逃げ出した場所だ。
「……ストップ」
俺はハンドサインを出して全員を止めた。 物陰から、広場の様子を窺う。
そこには、異様な光景が広がっていた。
「な、なによこれ……」
ネオンが息を呑む。 広場には、無数の『おもちゃの兵隊』たちが整列していた。
数百、いやもっとか。 彼らは微動だにせず、まるで観客のように広場の中央を取り囲んでいる。
そして、その中心。 天井からの作業用ライトに照らされ、スポットライトを浴びた主役のように鎮座しているものがあった。
『アイアン・メイデン』だ。
機体は修理こそされていない。
装甲は焼け焦げ、ナパームの跡が痛々しく残っている。
だが、火は消えているようだし、スクラップにされることもなく、ただ静かに、持ち主の帰りを待つように立たされている。
「……しっかり待ち構えているかー」
ルミナがバイザーを下ろし、冷静な声で言った。
「もうメルトダウン開始しているし、制御室の方に行っててくれたら助かったんだけどな~」
「そううまくは行かない、か」
俺は広場の四隅に目を走らせる。
機体の周囲には感知式の機銃座や、レーザーセンサーが張り巡らされているのが見えた。
無策に突っ込めばたちまち蜂の巣にされてしまうだろう。
「……あの子……待ってる……」
アイリスが、俺の手を握る力を強めた。 その時だった。
『キーン……コーン……カーン……コーン……』
広場に設置されたスピーカーから、間の抜けたチャイム音が鳴り響いた。
続いて聞こえてきたのは、ノイズ混じりの、しかし聞く者の神経を逆なでするほど甘ったるい声。
『聞こえているかい、アイリス。……パパは、待ちくたびれたよ』
「ッ……!」
アイリスの喉から、ヒュッと息が漏れた。
『君のドレスはここにある。綺麗に磨いておいたよ。……さあ、恥ずかしがらずに出ておいで。いつまでも裸のままじゃ、風邪をひいてしまうからね』
ベネディクトの声は、どこまでも優しく、そして逃げ場のない響きを含んでいた。
『チクタク、チクタク……。時間は待ってくれないよ、アイリス』
スピーカーからの声は続く。 楽しげな、けれど粘着質なその響きは、ダクトの奥底で聞いた時よりも鮮明に、物理的な圧力を伴って鼓膜を震わせた。
『炉心の温度は上がり続けている。このままじゃ、せっかくのドレスも溶けてしまう。……ああ、それも素敵だね。鉄も、肉も、君もパパも、ドロドロに混ざり合って一つになる。最高の家族団欒だ』
「ぅ、あ……うぅ……」
隣でアイリスが過呼吸を起こし始めた。 俺の手を握りしめる力が強くなりすぎて、もはや万力だ。爪が食い込んで痛い。
彼女の瞳孔は開ききり、視線は『アイアン・メイデン』と、その奥にある見えない恐怖の間を行ったり来たりしている。
「パパ……ごめんなさい……戻ります……戻るから、許して……」
完全にトラウマスイッチが入っている。
このままでは、戦う前に心が壊れて、敵の前にふらふらと歩み出てしまうかもしれない。 だが、正面突破で機体に近づけば、待ち構えていた『おもちゃの兵隊』にやられるだけだ。
「……作戦変更」
俺はアイリスの背中をさすりながら、ネオンとルミナに鋭い視線を送った。
「敵の狙いはあくまで『アイリスが機体を取りに来ること』。そこに戦力を集中させている」
「でしょうね。機体の周り、センサーだらけよ」
ネオンが舌打ちする。
「だから、裏をかく。……敵の意識を『機体』から逸らす」
「逸らすって、どうやって? あいつら、アイリスちゃん以外には目もくれないよ?」 「いや、一つだけ例外がある。……『ベネディクトの暗殺』だ」
俺はキャットウォークの遥か頭上、ガラス張りの中枢制御室を顎でしゃくった。
「俺とネオンが派手に暴れて、直接ベネディクトの首を狙うフリをする。親衛隊なら、主の危機には反応せざるを得ないはず。機体の包囲が薄くなった一瞬を突いて、ルミナがアイリスを機体まで運んで」
「はぁ!? 死ぬ気!? あんな数、二人で引き受けられるわけないでしょ!」
ネオンが噛みつくが、俺は静かに首を振った。
「ネオンは後方からシールドを張りながら煙幕を焚いてくれればいい。引き付けるのは私ひとり」
俺はそう言いながら、手早くルミナのカバンから携帯用の小型シールド発生器を取り出すとネオンに手渡す。
部下の安全確保が第一という判断だ。
しかし、ネオンはそれを受取ろうとせず、悲痛な目でこちらを見ていた。
「どうしたの? 時間ないよ?」
「……どうしてあなたは全部ひとりで引き受けようとするのよ」
はて、ネオンにも役割はあるし、適材適所だと思うんだけど。
でもまあ強いて言うなら。
「これが仕事だから」
俺らが活躍しないと街が滅びるなんて、最高にやりがいのある仕事だ。
不謹慎かもしれないが、これが本当の「腕がなる」ってやつだろう。
「っ……!」
だが、さすがに他の人にそれを当てはめるのは酷というべきか、ネオンは痛い人を見るような泣きそうな目でこちらを見ると、煙幕弾は受け取り、そして簡易シールドはこちらに押し付けてきた。
「せめて、これはビャッコが装備しておいて。一番危ないのはあなたなんだから」
「え? ネオンは?」
「ビャッコが前方で引き付けてくれるんでしょ!? 私はいらないわ!」
まあそう言うならお言葉に甘えさせてもらうか。
俺は簡易シールドを腕に装着すると、視線をアイリスに戻した。
彼女はまだガタガタと震えている。
「アイリス。ここでお別れ」
「え……?」
「私はあっちでドンパチやって、ベネディクトの気を引く。その隙に、君はルミナと一緒に機体へ走って」
アイリスの顔色が、さらに蒼白になった。
繋いでいた手に、血が止まるほどの力が込められる。
「い、嫌……嫌です……! 離れないで……!」
「一緒に行ったら、二人とも死ぬ」
「でも……! 私、ひとりじゃ……足が動かない……!」
「ひとりじゃない。ルミナがいる。それに……」
俺は彼女の手の甲に、自分の手を重ねた。
そして、ゆっくりと、しかし拒絶を許さない力強さで、その指を一本ずつ剥がしていった。
「あそこで君のパートナーが待ってる」
指が離れる。 アイリスの手が、空を彷徨うように俺を求めたが、俺はあえてその手を握り返さなかった。
「行って。そして、最強の姿になって迎えに来て」
その言葉に、アイリスの瞳が揺れた。
恐怖と、依存と、そしてほんの少しの勇気。 彼女は唇を噛みしめ、涙目で俺を見上げ――そして、小さく頷いた。
「……ぜったい、守りますから。……死なないでくださいね」
「うん、期待してる」
俺はオファニムのセーフティを解除し、ネオンに合図を送った。
「行くよ、ネオン。後ろは任せたから」
「もう、最悪! 帰ったらまたお出かけに付き合ってよ!」
俺とネオンは、物陰から勢いよく飛び出した。
目指すは機体ではない。 広場の奥、ベネディクトが見下ろす司令塔だ。
「ベネディクトッ! ここで仕留める!」
俺の叫びと共に、ネオンがシュポンという音とともに煙幕を放つ。
その煙の陰に隠れるようにしながら近づき銃弾を放った。
【弾道予測。命中率3%。……着弾、失敗。距離による減衰を確認】
「くそっ、これ以上は近づけない!」
広場の静寂が破られる。
『おもちゃの兵隊』たちが一斉にこちらを向き、銃口を向ける。
『侵入者検知。排除行動ニ移行シマス』
『パパヲ守レ。パパヲ守レ』
ベネディクトを暗殺はできそうにないが、これで狙い通りだ。
機械の群れが、雪崩のように俺たちへ殺到する。 機体の周囲の警備が、薄くなる。
(走れアイリス!)
背後の闇の中から、二つの影が走り出す気配を感じた。
さあ、耐え凌ぐぞ。 あの子が、涙を拭いて「変身」するまでの時間を。




