第25話 灰かぶりの引きこもり姫
「総員、迎撃開始!!」
俺の号令が、熱気渦巻く地下空間に木霊した。
それと同時に、目の前に広がる悪趣味なパレード――ベネディクトの『おもちゃの兵隊』たちが一斉に火を噴いた。
ダダダダダダッ!!
乾いた発砲音が重なり合い、俺たちの足元のコンクリートを削り取る。
飛んでくるのは実弾だ。だが、それを撃っているのは、遊園地のマスコットのようにデフォルメされた、丸っこい装甲の自律兵器たちだった。
「趣味が悪いにも程がある」
俺は瓦礫の陰にスライディングしながら『オファニム』の撃鉄を起こす。
視界の端で、リボンで飾られた機関銃座がこちらを狙っているのが見えた。
アレスの予測ラインが赤く走る。
「そこっ!」
ズガァァァン!!
轟音と共に、11mm高速徹甲弾が放たれる。 俺の手首に強烈な反動が走ると同時、機関銃座の「ニコニコマーク」の中央に風穴が開いた。
火花を散らして回転し、沈黙する敵機。
だが、破壊された残骸からは、オイルではなく紙吹雪のようなカラフルな絶縁材が舞い散った。 戦いそのものを侮辱するような光景に、俺は奥歯を噛みしめる。
「ルミナ、ネオン、右から来る! 風船付きのドローン!」
「任せて!」
ネオンとルミナが、突入のためにと装備していたアサルトライフルを乱射する。
ネオンの放った銃弾をドローンがひらりと回避――だが、その逃げた先はルミナの射線上だった。
まるで自ら当たりに行ったかのように、ドローンがルミナの弾丸と衝突する。
パン!パン!と軽快な破裂音と共に、風船の中に詰められていた強酸性の液体が周囲に降り注ぎ、ジューッという嫌な音を立てて床が溶けていった。
「うわぁ! あんなの浴びたら骨まで溶けちゃうよ!」
「二人とも下がって。私が前に出るから援護よろしく」
戦況は混戦模様を呈していた。
敵の数は多い。しかも、ただ数が多いだけではない。
奴らは、作業場を逃げ惑う「防護服の子供たち」を、意図的に盾にするような位置取りで迫ってくるのだ。
「あいつら……子供を盾に!」
『気にすることはないわ! 蹴散らしてやる!』
俺が躊躇したその横を、黒い暴風が駆け抜けた。
アイアン・メイデンだ。
『どきなさい! 薄汚いガラクタども!』
アイリスの絶叫と共に、巨大な20mmガトリング砲が火を噴いた。
ズドドドドドッ!!!
それは、一発一発が人体を破裂させる威力を持った砲弾が、毎分1500発という速度で叩き込まれる、破壊の重低音だ。
腹の底に響くような轟音と共に、極太の曳光弾がトイ・ソルジャーの群れに突き刺さる。
おもちゃのような装甲など紙同然。20mm弾の直撃を受けた敵機が、風船が割れるように次々と粉砕されていく。
『死になさい! 壊れなさい! パパの人形なんて、みんなスクラップになればいいのよ!』
ズドン! ガシャァァン!
アイアン・メイデンが突撃し、パイルバンカーで敵機を突き刺し、そのまま壁に叩きつける。 その戦い方は、いつもの優雅なダンスとは程遠い。
まるで癇癪を起した子供が、積み木を崩しているような、なりふり構わぬ破壊だった。
ギリギリのところで防護服の子供たちには当たっていないようだが、それも意図してのことなのか、それともたまたまなのか判別が付かないほど、その動きには余裕がなかった。
「アイリス、突っ込みすぎ! ラインを合わせて!」
『うるさい! 指図しないで! こいつらを壊さないと……私が壊されるのよ!』
彼女は止まらない。
敵の弾丸がアイアン・メイデンの装甲を叩き、塗装を剥がしていくが、彼女はそれを意に介さず、ただひたすらにトリガーを引き続けている。
その姿は、勇猛というよりは、悲痛だった。
(まずいな……この環境で、あんなにエンジンをふかしたら……)
俺は肌を刺す熱気に顔をしかめた。
ただでさえ、ここはサウナのような高温地帯だ。 加えて、戦闘による火薬の煙と、舞い上がった工場の煤。 最悪の空気環境の中で、アイアン・メイデンの排気ダクトからは、悲鳴のような黒煙が噴き出し始めていた。
『ハァ……ハァ……! どうよ! 思い知ったか!』
アイリスが敵の一隊を壊滅させ、荒い息を吐く。
だが、ベネディクトの兵隊はまだ奥から湧いてくる。
次なる敵を狙おうと、彼女が機体を旋回させようとした、その時だった。
ガクンッ。
『……え?』
アイアン・メイデンの動きが、一瞬だけ不自然に硬直した。
まるで、見えない泥沼に足を取られたかのように。 踏ん張りが利かず、巨大な機体がよろめく。
『な、なに? 足が……動かな……』
ウィーン……ガガッ……ガガガッ……。
関節部から、何かが詰まったような異音が響き、照準が定まらない。
「アイリスちゃん、ダメだよ! やっぱり吸気フィルターが限界だ!」
ルミナが端末のモニターを見て悲鳴を上げる。
「ここの空気、煤と油ですごい汚れてるから! フィルターが目詰まりしてエンジンが窒息しかけてる! これ以上動かしたらオーバーヒートしちゃうよ! だから私に整備させてって言ったのに!」
『う、うるさいわね! これくらい、気合で……動きなさいよッ!! あなたが動かないと私っ!!』
アイリスが焦り叫ぶが、機体は重苦しく唸るばかりだ。
その様子を、キャットウォークの上からベネディクトが冷ややかな目で見下ろしていた。
「おや、動きが悪いね。……寒くて震えているのかな?」
彼は口元だけで笑うと、指揮杖のように指を振った。
「なら、もっと温めてあげよう。『ヒーター』の準備だ」
彼の合図で、後方に控えていた大型のドロイドが、背負っていたタンクのような砲口をアイアン・メイデンに向けた。
「まずい、避けてっ!!」
俺が叫んだ瞬間、ドロイドから発射されたのは弾丸ではなかった。
ドロリとした、粘着質の液体だ。
ボフゥッ!!
「キャァァァッ!?」
アイリスの悲鳴。 発射されたのは『粘着焼夷弾』だった。
ゲル状の燃焼剤がアイアン・メイデンの装甲にべっとりと張り付き、次の瞬間、激しく発火した。
ゴォォォォォッ!!
黒い機体が、紅蓮の炎に包まれる。 だが、本当の恐怖は熱さそのものではなかった。
粘着質のゲルが、機体の各所にある「排熱ダクト」や「吸気口」を物理的に塞いでしまったのだ。
『な、なによこの警報……!? 温度が下がらない……排熱ダクトが開かない!!』
「嘘でしょ!? あんなの食らったら、中は蒸し風呂どころじゃないよ!」
ルミナの言う通りだ。 ただでさえフィルター詰まりでオーバーヒート寸前だった機体が、外側から密閉され、さらに火で炙られている。
今のアイアン・メイデンは、直火にかけられた圧力鍋だ。
『あ、熱い……熱いぃぃッ!!』
通信越しに、アイリスの苦悶の声が響く。
「アイリス! 降りて! そのままじゃ蒸し焼きになる!」
俺は通信機に向かって怒鳴った。 だが、返ってきたのは拒絶の叫びだった。
『嫌ぁぁ! 出たくないぃぃ! 外に出たら……溶かされるっ!』
「そんなこと言ってる場合じゃない!」
『嫌よ嫌よ! パパに捕まる! 私を殺す気なんでしょ!? 絶対に出ないぃぃッ!!』
錯乱している。 彼女にとって「機体の外に出る」ことは、昔のトラウマを呼び起こす行為なのだろう。
だが、このままでは数分ともたない。
「ネオン! ハッキングして外部から強制排出とかできない?」
「はぁ!? この状況で!?」
「機体が燃えてるから近づけない! お願い!」
「もう、分かったわよ! 30秒稼いで!」
ネオンが遮蔽物に身を隠しながら、高速で端末を操作する。
敵の弾丸が頭上をかすめる中、彼女の指がタップダンスのように画面を叩く。
「セキュリティ、ガチガチじゃない……! でも、こっちは本職よ! ……開けぇッ!!」
彼女がエンターキーを叩き込んだ、その瞬間。
バシュゥゥゥンッ!!
アイアン・メイデンの背部装甲が、爆発ボルトによって勢いよく吹き飛んだ。
猛烈な白煙と蒸気が、シュウウウウ!と噴き出す。
その煙の中から、何かが「カポッ」と飛び出し、地面に転がり落ちた。
「あ……」
俺たちが固唾を飲んで見守る中、煙が晴れる。
「あうぅ…………」
そこにいたのは、俺が想像していた孤高の「黒鉄アイリス」ではなかった。
年のころはネオンよりも少し下、まだ高校生くらいだろうか。
そして、その服装は――
(ジャージだ。しかも毛玉だらけの、よれよれの)
未来にもジャージってあったんだと場違いな感想を抱いてしまう。
だが、それ以上に衝撃だったのは、その素顔だ。
髪はボサボサで、顔は煤と涙と鼻水でぐしゃぐしゃ。 しかし、その汚れの隙間から覗く素肌は、驚くほど白く、きめ細やかだった。
ヒューマロットのような人形じみた完璧な美貌とは違う、守ってあげたくなるような、小動物じみた愛らしさ。
恐怖で見開かれた大きな瞳は、溢れ出る涙で潤んで宝石のように輝き、濡れて束になった長い睫毛がその縁を震わせている。
恐怖に引きつってはいるが、小さく形の良い桜色の唇が、浅い呼吸を繰り返していた。
涙で濡れた頬の紅潮が、彼女の持つ本来の可憐さを残酷なまでに際立たせており、その無防備な姿は、見てはいけないものを見てしまったような、奇妙な艶かしささえ感じさせた。
彼女は地面に頭をこすりつけるようにして、ガタガタと震えながら縮こまっていた。
「ひぃぃっ! ごめんなさい! ごめんなさい!」
戦場に、似つかわしくない情けない声が響き渡る。
「許してください! 殺さないでぇぇ! 私、硬くてスジっぽいです! 焼いてもおいしくなりません!!」
「…………は?」
俺と、ネオンと、ルミナの声が重なった。 あまりの落差。あまりの情けなさ。
さっきまでの高飛車な態度はどこへやら、そこにいたのは、ただの怯えきった小動物だった。
敵の『おもちゃの兵隊』たちすら、標的のあまりの変わりように、射撃のタイミングを見失ったかのように一瞬動きを止める。
だが、ベネディクトだけは違った。 彼はキャットウォークの上から、ジャージ姿で震える娘を見下ろし――
聖人のような、とろけるほど優しい笑みを浮かべた。
「……おかえり。ようやく、殻から出てきてくれたね」
その声には、嘲りも、失望も一切なかった。 あるのはただ、反抗期を終えて部屋から出てきた愛娘を労うような、純度100%の「父性」だけだった。




